日本の映画館の総合データベースです。

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春日井市

春日井市の映画館
1963年の商工年鑑には映画館として「勝川キネマ」と「ユニオン劇場」と「鳥居松劇場」と「玉川映画劇場」と「五月座」の5館が掲載されている。勝川キネマの代表者は各務十四冬、所在地は八光町1-28。ユニオン劇場の代表者は石川太吉、所在地は八事町1-45。鳥居松劇場の代表者は大野清、所在地は八事町1-168。玉川映画劇場の代表者は佐藤三二、所在地は高蔵寺町6-122-1。五月座の代表者は岡崎円治、所在地は坂下町3-488。*1

1967年の商工年鑑には映画館として「中部興行(株)ユニオン劇場」と「鳥居松東映」と「玉川劇場」と「(株)五月座」の4館が掲載されている。勝川キネマの代表者は井上太吉、所在地は八事町1-458、従業員数は不明。ユニオン劇場の代表者は石川太吉、所在地は八事町1-45、従業員数は4人。鳥居松劇場の代表者は大野清、所在地は八事町1-168。玉川映画劇場の代表者は佐藤三三、所在地は高蔵寺町6-12211、従業員数は3人。五月座の代表者は岡崎円治、所在地は坂下町3-652-4、従業員数は4人。*2
勝川キネマ/勝川東映
所在地 : 愛知県春日井市八光町(1964年)
開館年 : 1926年1月
閉館年 : 1964年
跡地は1997年竣工のマンション「グリーンオーク」。最寄駅はJR中央本線勝川駅。


春日井市で映画館「勝川シネマ」(※キネマではなくシネマ)を経営していた各務十四冬は、1964年に勝川シネマを閉館させてことぶき浴場の経営に転じた。2012年にはことぶき浴場が48年の歴史に幕を閉じて廃業した。*3

1946年10月7日、春日井市立春日井小学校は「勝川シネマ」で文化昂揚児童生徒芸能大会を開催した。1948年12月7日、春日井小学校は全校で『蜂の巣の子供』を鑑賞した。1949年2月11日、春日井小学校は全校で『鐘のなる丘』を鑑賞した。1949年9月10日、春日井小学校の3年生以上が『日本破れたれど』と『古橋、橋爪ロスアンゼルスの水泳』を鑑賞した。(※春日井市立春日井小学校の学校日誌には「勝川キネマ」と「勝川シネマ」の双方の表記が見られる)*4

JR中央本線勝川駅前からは旭町通りが北に伸びている。かつては菓子屋・八百屋・肉屋・呉服屋などが軒を連ねており、路地に入ったところには小さな劇場兼映画館の「勝川キネマ」があった。筆者が1950年に入学した春日井市立小野小学校では、年1-2回の映画鑑賞日があり、勝川キネマまで約30分の距離をクラスごとにぞろぞろ歩いた。当時の映画開始前には必ずニュース映画が流れた。筆者は小学生の時に『二十四の瞳』、『ノンちゃん雲に乗る』、『緑はるかに』、『山椒大夫』などを勝川キネマで鑑賞している。また、『バンビ』、『砂漠は生きている』なども勝川キネマで鑑賞している。筆者が大学生の時、昭和30年代末に勝川キネマが閉館し、跡地にはスーパーマーケットと卓球場ができた。やがてスーパーマーケットは駐車場が確保できる場所に移転し、その跡地にはマンションが建設された。旭町通りは次第に寂れていったが、勝川キネマより北側にあった勝川大弘法(勝満山崇彦寺)を中心とする大弘法通り商店街に名を改め、再びにぎわいを取り戻している。*5

『勝川商店街誌』には「昭和10年から15年の勝川商店街」のマップが掲載されている。「勝川キネマ」や「勝川座芝居小屋」が描かれている。*6
高蔵劇場/玉川映画劇場/玉川映劇/春日井玉川映画劇場
所在地 : 愛知県春日井市高蔵寺町6-113-3(1969年)
開館年 : 1927年以前
閉館年 : 1969年頃
跡地はマンション「シャトー高蔵寺2」西の数軒分の戸建て住宅地。最寄駅はJR中央本線高蔵寺駅。


1927年の「大日本職業別明細図」には「高蔵劇場」が描かれている。*7

1950年の春日井市高蔵寺町にあった「玉川劇場」の写真あり。戦前から現在の高蔵寺町7丁目に存在した劇場である。邦画・洋画問わず上映し、集会所としても用いられた。昭和40年代中頃に閉館した。*8

1961年の春日井市にあった「タマゲキ」の写真あり。ファサードには大きく「タマゲキ」の文字が見え、小さく「TAMAGEKI」の文字もある。高蔵寺農協総会時に撮影された。タマゲキは映画の上映以外に、地域住民の集会の場としても使われた。*9
鳥居松劇場/鳥居松東映
所在地 : 愛知県春日井市八事町2-156(1969年)
開館年 : 1920年代末
閉館年 : 1971年
跡地は「丸十伊藤書店」130m南東の居酒屋「朝日屋」や居酒屋「れいちゃん」がある建物。最寄駅はJR中央本線春日井駅。


春日井市の映画館としては「鳥居松劇場が最も古い。大正初年の鳥居松(町割)にあった芝居小屋の「春木座」を現在地に移したものであり、しばしば地方巡業を行う役者芝居を興行していた。1944年には映画の上映をはじめ、夜のみ上映していたが観客は少なかったという。1963年現在の春日井市には、鳥居松に2館、勝川に1館、高蔵寺に1館、坂下に1館の映画館がある。名古屋市の映画館にははるかに劣り、名古屋市への依存を脱却していない。*10

『春日井の近代史話』には大正末期頃の鳥居松の街並みのマップが掲載されており、劇場の「春木座」も描かれている。春木座は現在の市原商店の場所には春木座があった。春木座は梶田医院などが資金を出して開館し、盆や正月などに芝居を上演した。春木座に来演した役者はよく角平旅館に宿泊した。*11

戦時中の1943年には春日井の青年会が、出征兵士の家族のために「鳥居松劇場」で慰安会を開催した。*12

1927年に鳥居松の耕地整理が開始されて間もなく、「春木座」を前身とする「鳥居松劇場」が誕生した。鳥居松町7丁目から移転。建物は木造2階建てであり、棟梁は本田忠市だった。発起人は林欽平や伊藤十治ら。客席は畳敷きであり、廻り舞台や花道も有していた。昭和10年代には毎晩のように興行が行われ、映画の上映を中心としていたが、芝居がかかることもあった。旅役者は本田屋や明治屋に宿泊した。毎年11月にはえびす講の催事があり、大入り満員となった。昭和20年代には「鳥居松劇場」に改称して1階が椅子席となった。東映・大映・松竹・東宝などの映画が上映され、平日は1日2回、日曜は1日3回上映した。約10人の従業員がいたが、自転車の整理などもあって大忙しだった。歌手の三波春夫は南条文若という芸名の時に来演したことがある。小中学生が『二十四の瞳』などを団体鑑賞することもあった。テレビの普及によって映画人気が衰退し、1971年に閉館した。1940年頃の鳥居松劇場前で撮影した記念写真あり。「東映」の看板前で撮影した時期不明のはっぴ姿の子どもの写真あり。*13

「小鳥座」が「春木座」や「鳥劇」となっても、素人芝居が行われた。戦前の冬の鳥居松商店街ではえびす講大売り出しが行われた。一定額以上の買い物で「鳥居松劇場」の入場券がもらえ、鳥居松劇場は満員となった。正月の鳥居松劇場は昼夜とも満員となる盛況だった。*14
五月座/春日井五月座
所在地 : 愛知県春日井市坂下町坂下652(1969年)
開館年 : 1935年
閉館年 : 1973年
跡地は「坂下区公会堂」南側にある「坂下伊藤農園」のブドウ畑。最寄駅はJR中央本線高蔵寺駅。

西武春日井Pit/春日井西武ドライブインシアター/ザ・モール春日井ドライブインシアター
所在地 : 愛知県春日井市六軒屋町字東丘22 ザ・モール春日井(2000年)
開館年 : 1982年8月7日
閉館年 : 2001年3月4日
跡地はショッピングセンター「イーアス春日井北立体駐車場」付近。最寄駅はJR中央本線春日井駅。


1977年6月17日、春日井市六軒屋町に西武春日井ショッピングセンターが開店する。西武流通グループにとっては中京地区への進出第1号店である。国道19号に面しており、1500台の駐車場を設けた郊外型ショッピングセンターである。*15

1982年8月7日、春日井市六軒屋町の春日井西武店舗東側の駐車場に、ドライブインシアター「SEIBU春日井PIT」がオープンする。入場者はカーラジオを用いて音声を聴き、縦12メートル×横18メートルのスクリーンに投影される映像を鑑賞する。入場料は1人1500円、2人以上3000円。*16

1982年8月7日、春日井市六軒屋町の春日井西武店舗東側の駐車場に、パークイン・シアター「シネファイ西武春日井ピット」がオープンした。中部地方では初の屋外映画施設であり、日本全体でも千葉県船橋市にダイエーが、埼玉県所沢市に西友が開設しているものがあるだけである。渥美清主演作『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』が上映され、150台収容の駐車場に約100台が入場した。20時頃からは小雨がぱらつき、ワイパーを動かしながらの鑑賞となった。入場者はカーラジオを用いて音声を聴き、縦12メートル×横18メートルのスクリーンに投影される映像を鑑賞する。入場料は1人1500円、2人以上3000円。*17

1987年11月上旬、愛知郡日進町の愛知トヨタ自動車の新型店舗「ツインカム」にドライブインシアターが併設される。東海3県では1981年開設の春日井西武に次いで2例目。春日井西武のドライブインシアターは年中無休であり、日曜・祝日には約100台、平日には約50代、年間約18,000台を集めている。*18

1984年1月時点で、春日井市の春日井西武にパーク・イン・シアターが登場してから約1年半となる。車内にいながら映画を鑑賞できる。全国で5か所目であり、東海三県では初のパーク・イン・シアターだった。営業実績はまずまずであり、関係者は商業ベースにも乗れそうと喜ぶ。縦8メートル×横12メートルのスクリーンを設け、100メートル離れたバスの中から映写。利用者は車内のラジオで音声を聞く。駐車台数は150台まで。車ごと家族で楽しめるのが売りであるが、天候に左右されるのが弱みであり、雨天日はワイパーを動かしながら鑑賞しなければいけない。これまでの入場台数は計34,000台。平日には30-40台、日曜祝日には100-150台が訪れる。春日井市民は約半数であり、名古屋市北部や多治見市などからの観客が多い。ショッピング帰りの家族連れを期待する春日井西武に反して、観客の8割は若いカップルであり、インターチェンジが近いことからデートに使われている。松竹の封切り映画と洋画を上映している。正月と盆には『男はつらいよ』シリーズが人気を集め、『E.T.』はほぼ毎日満車となる人気だった。春休みやクリスマスシーズンにはディズニー作品を上映した。入場料は1台1500円であり、2人以上の場合は1台につき3000円。(※この記事では一貫してパーク・イン・シアター表記であり、ドライブイン・シアターという表記は用いられていない)*19

1992年10月現在の全国のドライブイン・シアターは以下の通り。「新さっぽろPIT1、同2」(北海道札幌市)、「ムービックス太田」(群馬県太田市)、「鹿沼モナミ ドライブイン・シアター」(栃木県鹿沼市)、「こてさし ドライブイン・シアター」(埼玉県所沢市)、「ジャスコ ドライブイン・シアター」(千葉県野田市)、「ムービックスららぽーと」(千葉県船橋市)、「ムービックス多摩」(東京都多摩市)、「ムービックス軽井沢」(長野県軽井沢町 ※夏季のみ)、「金沢セイモア ドライブイン・シアター」(石川県石川郡河内村 ※夏季のみ)、「ツインカムくるま座」(愛知県愛知郡日進町)、「ザ・モール春日井」(愛知県春日井市)、「スターダスト千里、同2」(大阪府吹田市)、「ゴールドタワー・ドライブイン・シアター」(香川県綾歌郡宇多津町)。このほかに埼玉県入間郡三芳町でも「町おこし事業」として不定期にドライブイン・シアターを開催している。*20

千種区の名古屋三越星ヶ丘店の9階にある「三越映画劇場」は主婦や家族連れの人気を集めている。68席の小劇場だが、灰色のじゅうたん、ベージュ色の壁面と天井、こげ茶色の椅子などの内装は豪華。他館でロードショー公開された作品の中から、ファッション性の高い欧米の作品を上映している。料金は1本立て1000円と手頃。地下鉄駅の直上にある立地面の良さから、愛知県外からも観客が訪れている。*21

2001年3月4日をもって、東京テアトルが経営する「春日井ドライブインシアター」が閉館した。*22

2001年3月4日の『中日新聞』の映画上映案内。「THE MALL春日井」は「※3月4日で閉館致します」とあり『アンブレイカブル』と『クリムゾン・リバー』を上映。*23
高蔵寺サンマルシェシアター
所在地 : 愛知県春日井市中央台1-2-2 サンマルシェ南館3階(2004年)
開館年 : 1992年4月23日
閉館年 : 2004年頃
映画館が入っていた「サンマルシェ」は現存。最寄駅はJR中央本線高蔵寺駅。


1992年4月23日、春日井市の高蔵寺ニュータウンにあるサンマルシェの核テナントとしてサンテラス高蔵寺店が開店する。既存のユニー高蔵寺店に南館を新設し、直営店舗面積が1万平方メートルを超えることからサンテラスという名称に変更する。南館には76席のビデオシアターも設置される。*24
春日井コロナ会館/春日井コロナシネマワールド
所在地 : 愛知県春日井市西本町3-126(2015年)
開館年 : 1983年頃
閉館年 : 2017年2月26日
映画館が入っていた建物は「パチンココロナ春日井店」として現存。最寄駅は名鉄小牧線味美駅。


名古屋空港に国際線があった頃は離陸するジェット機の轟音がうっすら聞こえたという。2017年2月26日の最終上映は『天使にラブ・ソングを』の無料上映会。2008年以降は西春日井郡豊山町のエアポートウォークにある「ミッドランドシネマ名古屋空港」に観客を取られたとされる。春日井コロナシネマの閉館後もパチンコ春日井コロナは営業を続けている。
ユニオン劇場/春日井ユニオン劇場
所在地 : 愛知県春日井市八事町1-45(2025年)
開館年 : 1957年頃、1979年頃(建て替え)
閉館年 : 営業中
港町キネマ通り : 春日井ユニオン劇場
最寄駅はJR中央本線春日井駅。


1957年には鳥居松に「ユニオン劇場」が誕生し、新東宝や日活の作品を中心に上映した。*25

JR中央本線春日井駅から約15分の住宅地の真ん中にある。2012年現在は代表の加藤由紀と支配人の加藤正日の夫婦で経営している。1978年には新東宝の社員だった加藤由紀の父親が、閉館していたユニオン劇場を買い取り、ブームだった成人映画館として営業を再開した。全盛期には土曜日のオールナイト上映に300人もの観客が訪れた。観客層の主体は年輩者だが、女性の一人客やカップルも訪れ、また女装子やゲイもいる。座席数は約100席で床面はフラット。映画館の隣には喫茶店があり、映画館の観客のみ喫茶店を利用することができる。*26

「春日井ユニオン劇場」に言及している書籍として、大屋尚浩『日本懐かし映画館大全』辰巳出版、2017年がある。*27

2021年1月にWeb OYA-bunko(大宅壮一文庫)で検索したが有意な言及は発見できず。

2021年の訪問時。ロビーの本棚には漫画『奈緒子』や『蒼天航路』が置かれている。八熊文化劇場(?)や築地劇場(?)も経営していた。「港町キネマ通り」には誤りがいくつもある。父はフィルムを麻縄で縛ったりしなかった。金沢市の駅前シネマで支配人をしていた藤岡紫浪と知り合いである。ユニオン劇場は愛知県の成人映画館の中ではデジタル上映機材の導入が一番早かったのではないか。

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