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佐世保市

扶蓉映劇
所在地 : 長崎県佐世保市早岐阜町172(1958年)
開館年 : 1958年以前
閉館年 : 1958年1月25日
1958年の映画館名簿では「扶蓉映劇」。

1958年1月25日、佐世保市早岐町の「扶蓉映劇」から出火し、木造2階建てが全焼した。損害額は約1000万円。原因は使用人の火の不始末とみられる。館主の10歳の長女が重体。*1
岳下会館
所在地 : 長崎県北松浦郡小佐々町(1953年・1955年)、長崎県北松浦郡小佐々町矢岳(1958年)、長崎県北松浦郡小佐々町矢岳免169(1960年)
開館年 : 1940年8月
閉館年 : 1960年以後1963年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1940年8月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「岳下会館」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
小佐々会館
所在地 : 長崎県北松浦郡小佐々町(1953年・1955年)、長崎県北松浦郡小佐々町平原免418(1958年)、長崎県北松浦郡小佐々町418(1960年)
開館年 : 1949年3月
閉館年 : 1960年以後1963年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1949年3月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「小佐々会館」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
一力座
所在地 : 長崎県北松浦郡鹿町町(1953年・1958年・1960年)
開館年 : 1950年以後1953年以前
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年の映画館名簿では「一力座」。1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年の映画館名簿では「一力座」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
神林会館
所在地 : 長崎県北松浦郡鹿町町(1953年・1955年)、長崎県北松浦郡鹿町町長串免(1958年)、長崎県北松浦郡鹿町町神林(1960年)
開館年 : 1948年3月
閉館年 : 1960年以後1963年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1948年3月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「神林会館」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
共栄映画クラブ
所在地 : 長崎県佐世保市早岐町928(1960年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「共栄映画クラブ」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
第一映劇/第一映画劇場
所在地 : 長崎県佐世保市松浦町(1955年)、長崎県佐世保市松浦町52(1960年)
開館年 : 1954年3月
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1955年の映画館名簿では「第一映劇」。1960年の映画館名簿では「第一映画劇場」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
富士館/富士東映
所在地 : 長崎県佐世保市港町26(1960年)
開館年 : 1953年1月
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1955年の映画館名簿では「富士館」。1960年の映画館名簿では「富士東映」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
テアトル ダービー
所在地 : 長崎県佐世保市島瀬町36(1960年)
開館年 : 1955年以後1957年以前
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「テアトル・ダービー」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。

1957年7月・8月・9月、佐世保市の「テアトルダービー」でキネマ旬報ベストテン作品を上映する「ダービー名画祭」が開催される。*2

1960年12月下旬、佐世保市島瀬町36の「テアトル・ダービー」が有楽興行の経営となって洋画封切館として営業を再開する予定。館主の川島利夫との間に賃借契約が成立し、改装工事に着手している。*3
国際映劇
所在地 : 長崎県佐世保市港町50(1960年)
開館年 : 1947年7月
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1960年の映画館名簿では「国際映劇」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
弥生映劇
所在地 : 長崎県佐世保市栄町(1960年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「弥生映劇」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
日鉄会館
所在地 : 長崎県佐世保市大野町(1960年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「日鉄会館」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
大島会館
所在地 : 長崎県佐世保市福石町202(1960年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「大島会館」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
宇久映劇
所在地 : 長崎県北松浦郡宇久町平(1963年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1963年の映画館名簿では「宇久映劇」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
加勢会館
所在地 : 長崎県北松浦郡鹿町町(1953年・1955年)、長崎県北松浦郡鹿町町鹿町免502(1958年)、長崎県北松浦郡鹿町町502(1960年・1963年)
開館年 : 1948年3月
閉館年 : 1963年以後1966年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1948年3月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「加勢会館」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
従業員会館/御橋従業員会館/御橋会館/おはし会館
所在地 : 長崎県北松浦郡吉井町(1953年・1955年)、長崎県北松浦郡吉井町吉田橋川内免(1958年)、長崎県北松浦郡吉井町川内免(1960年)、長崎県北松浦郡吉井町橋川内330(1963年)
開館年 : 1950年以後1953年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
『全国映画館総覧 1955』には開館年が掲載されていない。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年の映画館名簿では「従業員会館」。1955年の映画館名簿では「御橋従業員会館」。1958年の映画館名簿では「おはし会館」。1960年の映画館名簿では「御橋会館」。1963年の映画館名簿では「おはし会館」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
矢岳会館/日鉄矢岳会館
所在地 : 長崎県北松浦郡小佐々町(1953年・1955年)、長崎県北松浦郡小佐々町1650(1958年・1960年・1963年)
開館年 : 1939年3月
閉館年 : 1963年以後1966年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1939年3月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年の映画館名簿では「矢岳会館」。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「日鉄矢岳会館」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
西川内坑会館/西川内鉱会館/西川内砿会館
所在地 : 長崎県北松浦郡小佐々町(1955年)、長崎県北松浦郡小佐々町西川内免(1958年・1960年・1963年)
開館年 : 1951年5月
閉館年 : 1963年以後1966年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1951年5月開館。1953年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の映画館名簿では「西河内坑会館」。1958年の映画館名簿では「西川内鉱会館」。1960年・1963年の映画館名簿では「西川内砿会館」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
江友館
所在地 : 長崎県北松浦郡江迎町(1953年・1955年)、長崎県北松浦郡江迎町潜竜(1958年)、長崎県北松浦郡江迎町猪調(1960年・1963年)
開館年 : 1951年6月
閉館年 : 1963年以後1966年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1951年6月開館。1953年・1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「江友館」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
日野映劇
所在地 : 長崎県佐世保市日野町494(1960年)、長崎県佐世保市日野町1949(1963年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「日野映劇」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
日新映劇
所在地 : 長崎県佐世保市日宇町2578(1960年・1963年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「日新映劇」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
相浦映劇/相浦中央館
所在地 : 長崎県佐世保市相浦町(1955年)、長崎県佐世保市相浦町1934(1960年)、長崎県佐世保市相浦町1924(1963年)
開館年 : 1938年
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿では「相浦映劇」。1960年・1963年の映画館名簿では「相浦中央館」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
皆瀬映劇
所在地 : 長崎県佐世保市皆瀬町7-1(1960年・1963年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「皆瀬映劇」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
大野東映
所在地 : 長崎県佐世保市田原町210(1960年・1963年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「大野東映」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
御船東映
所在地 : 長崎県佐世保市御船町3(1960年・1963年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「御船東映」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
俵町東映
所在地 : 長崎県佐世保市俵町105(1960年・1963年)
開館年 : 1958年10月17日
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「俵町東映」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。

1958年9月下旬、佐世保市俵町に東映封切館「俵町東映」が開館する予定。6月から建設中だった。鉄筋造2階建て。定員450。社長は金油清松。*4

1958年10月17日、佐世保市の「俵町東映」が開館した。東映スターの今井俊二らが披露挨拶を行い、『喧嘩太平記』と『神州天馬侠』が公開された。鉄筋造2階建て、110坪。420席。完全冷暖房完備。社長は金納清杉。*5
大宮映劇/大宮劇場
所在地 : 長崎県佐世保市大宮町12(1955年・1960年・1963年)
開館年 : 1955年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年・1960年の映画館名簿では「大宮映劇」。1963年の映画館名簿では「大宮劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
中央座/世知原中央座
所在地 : 長崎県北松浦郡世知原町(1955年)、長崎県北松浦郡世知原町52(1958年・1960年・1963年)、長崎県北松浦郡世知原町(1966年)
開館年 : 1938年4月
閉館年 : 1966年以後1969年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1938年4月開館。1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「中央座」。1966年の映画館名簿では「世知原中央座」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
済美館/潜竜済美館
所在地 : 長崎県北松浦郡江迎町潜竜(1950年)、長崎県北松浦郡江迎町(1953年・1955年)、長崎県北松浦郡江迎町潜竜(1958年・1960年・1963年・1966年)
開館年 : 1945年8月
閉館年 : 1966年以後1969年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1945年8月開館。1950年・1953年・1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「済美館」。1966年の映画館名簿では「潜竜済美館」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
早岐映劇/早岐東映劇場
所在地 : 長崎県佐世保市早岐町(1960年・1963年)、長崎県佐世保市早岐130(1966年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「早岐映劇」。1966年の映画館名簿では「早岐東映劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
日劇/若草映劇/佐世保若草映画劇場
所在地 : 長崎県佐世保市俵町281(1955年・1960年)、長崎県佐世保市俵町28(1963年)、長崎県佐世保市俵町1-19(1966年)
開館年 : 1951年2月
閉館年 : 1966年以後1969年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1951年2月開館。1955年の映画館名簿では「日劇」。1960年・1963年の映画館名簿では「若草映劇」。1966年の映画館名簿では「佐世保若草映画劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
駅前映劇/佐世保駅前映画劇場
所在地 : 長崎県佐世保市潮見町125(1963年・1966年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1963年の映画館名簿では「駅前映劇」。1966年の映画館名簿では「佐世保駅前映画劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
セントラル シアター/セントラル/佐世保セントラルシヤター/佐世保セントラル劇場
所在地 : 長崎県佐世保市島地町1(1955年・1960年・1963年)、長崎県佐世保市島地町2-4(1966年)、長崎県佐世保市島地町(1969年)、長崎県佐世保市島地町2-4(1970年)
開館年 : 1937年5月
閉館年 : 1970年以後1973年以前
1955年の映画館名簿では「セントラル」。1960年の映画館名簿では「セントラル・シアター」。1963年の映画館名簿では「セントラル」。1966年の映画館名簿では「佐世保セントラルシヤター」。1969年・1970年の映画館名簿では「佐世保セントラル劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。

1963年6月1日、佐世保市の「東宝九州興行」は佐世保中央会館チェーンが所有する東宝封切館「東宝中央」(定員1050人)、日活封切館「日活中央」(定員875人)、洋画館「セントラル映劇」(定員275人)を貸借した。*6
東宝中央館/東宝中央映劇/佐世保東宝中央劇場(初代)
所在地 : 長崎県佐世保市島地町1(1960年・1963年)、長崎県佐世保市島地町2-2(1966年)、長崎県佐世保市島地町(1969年)、長崎県佐世保市島地町2-2(1970年)
開館年 : 1933年3月
閉館年 : 1970年以後1973年以前(移転)
『全国映画館総覧 1955』によると1933年3月開館。1955年の映画館名簿では「東宝中央館」。1960年の映画館名簿では「東宝中央映劇」。1963年の映画館名簿では「東宝中央劇場」。1966年・1969年・1970年の映画館名簿では「佐世保東宝中央劇場」。

1963年6月1日、佐世保市の「東宝九州興行」は佐世保中央会館チェーンが所有する東宝封切館「東宝中央」(定員1050人)、日活封切館「日活中央」(定員875人)、洋画館「セントラル映劇」(定員275人)を貸借した。*7
銀映中央館/日活中央映劇/日活中央/佐世保日活中央劇場/佐世保東宝中央劇場(2代)
所在地 : 長崎県長崎市山県町23(1955年・1960年)、長崎県長崎市山県町22(1963年)、長崎県佐世保市山県町2-15(1966年)、長崎県佐世保市山県町2-4(1969年)、長崎県佐世保市山県町2-15(1973年)
開館年 : 1931年5月
閉館年 : 1973年以後1975年以前(移転)
『全国映画館総覧 1955』によると1931年5月開館。1955年の映画館名簿では「銀映中央館」。1960年の映画館名簿では「日活中央映劇」。1963年の映画館名簿では「日活中央」。1966年・1969年の映画館名簿では「佐世保日活中央劇場」。1973年の映画館名簿では「佐世保東宝中央劇場」。

1963年6月1日、佐世保市の「東宝九州興行」は佐世保中央会館チェーンが所有する東宝封切館「東宝中央」(定員1050人)、日活封切館「日活中央」(定員875人)、洋画館「セントラル映劇」(定員275人)を貸借した。*8
江迎映画館/江迎劇場/江迎映画劇場/ロマン映画劇場/江迎映劇/江迎ロマン映画劇場
所在地 : 長崎県北松浦郡江迎町(1943年・1950年・1953年・1955年)、長崎県北松浦郡江迎町156(1958年)、長崎県北松浦郡江迎町167(1960年)、長崎県北松浦郡江迎町162(1963年)、長崎県北松浦郡江迎町(1966年・1969年・1973年・1975年)、長崎県北松浦郡江迎町長坂面(1977年)
開館年 : 1943年以前
閉館年 : 1977年頃
『全国映画館総覧 1955』には開館年が掲載されていない。1943年の映画館名簿では「江迎映画館」。1947年の映画館名簿には掲載されていない。1950年の映画館名簿では「江迎映劇」。1953年の映画館名簿では「江迎映画劇場」。1955年の映画館名簿では「江迎劇場」。1958年の映画館名簿では「江迎映画劇場」。1960年の映画館名簿では「ロマン映画劇場」。1963年の映画館名簿では「江迎映劇」。1966年・1969年・1973年・1975年・1977年の映画館名簿では「江迎ロマン映画劇場」。1978年の映画館名簿には掲載されていない。
千日劇場/大映千日/佐世保大映千日映画劇場/佐世保大映千日劇場/佐世保松竹千日劇場/佐世保東宝中央劇場(新)/佐世保東宝中央
所在地 : 長崎県佐世保市山県町23(1955年・1960年・1963年)、長崎県佐世保市山県町3-18(1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1988年)
開館年 : 1955年以前
閉館年 : 1988年以後1990年以前
1955年の映画館名簿では「千日劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「大映千日」。1966年の映画館名簿では「佐世保大映千日映画劇場」。1969年の映画館名簿では「佐世保大映千日劇場」。1973年の映画館名簿では「佐世保松竹千日劇場」。1975年の映画館名簿では「佐世保東宝中央劇場」。1978年・1980年・1985年・1988年の映画館名簿では「佐世保東宝中央」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。
佐世保スバル座/佐世保松竹スバル座
所在地 : 長崎県佐世保市下京町28(1960年・1963年)、長崎県佐世保市下京町10-6(1966年)、長崎県佐世保市下京町(1969年)、長崎県佐世保市下京町10-6(1973年・1985年・1986年)
開館年 : 1955年9月1日
閉館年 : 1986年以後1988年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「スバル座」。1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「佐世保スバル座」。1985年・1986年の映画館名簿では「佐世保松竹スバル座」。1988年の映画館名簿には掲載されていない。

1955年9月1日、佐世保市に洋画二番館「スバル座映劇」が開館した。オープニング作品は『テオドラ』と『コロラドの急襲』の二本立て。6月からキャバレー「クラブ・ジャングル」の改装工事中だった。*9
大劇/佐世保東映/佐世保東映劇場(旧)
所在地 : 長崎県佐世保市京坪103(1955年)、長崎県佐世保市京坪町103(1960年)、長崎県佐世保市京坪町10(1963年)、長崎県佐世保市京ノ坪町1-15(1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1986年)
開館年 : 1955年以前
閉館年 : 1986年以後1988年以前
『全国映画館総覧 1955』には開館年が掲載されていない。1955年の映画館名簿では「大劇」。1960年・1963年の映画館名簿では「佐世保東映」。1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1986年の映画館名簿では「佐世保東映劇場」。1988年の映画館名簿には掲載されていない。

1955年頃の佐世保市にあった「佐世保東映館」の写真あり。*10
カズバ映画劇場/カズバ映劇/佐世保カズバ映画劇場/佐世保カズバ映劇/佐世保カズバ1・2
所在地 : 長崎県佐世保市島地町2(1955年)、長崎県佐世保市島瀬町2(1960年・1963年)、長崎県佐世保市島瀬町4-12(1966年・1969年・1973年)、長崎県佐世保市島瀬町4-14(1975年)、長崎県佐世保市島瀬町4-12(1978年・1980年・1985年・1990年・1995年)
開館年 : 1954年10月
閉館年 : 1995年5月31日
『全国映画館総覧 1955』によると1954年10月開館。1955年の映画館名簿では「カズバ映画劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「カズバ映劇」。1966年・1969年・1973年・1975年の映画館名簿では「佐世保カズバ映画劇場」。1978年・1980年・1985年の映画館名簿では「佐世保カズバ映劇」。1990年・1995年の映画館名簿では「佐世保カズバ1・2」(2館)。1992年の映画館名簿では鉄筋造2階建、310席と269席、経営会社が九東商事、経営者が山家靖郎、支配人が今村利男、洋画・東映を上映。2000年の映画館名簿には掲載されていない。

1960年10月6日、佐世保市島瀬町2の「カスバ映画劇場」のスクリーン拡張や館内一部改装工事が完成した。スクリーンは16.5メートル×6.5メートルであり、九州最大である可能性がある。経営は堀田辰雄。*11

1994年11月18日、佐世保市の映画館「佐世保カズバ劇場」で、小説家の井上光晴を題材としたドキュメンタリー映画『全身小説家』の招待試写会がある。1995年2月には佐世保カズバ劇場で特別上映される予定。佐世保市は井上が7歳から青年期を過ごした第二の故郷である。*12

1995年5月31日をもって、佐世保市島瀬町の映画館「佐世保カズバ」が閉館する。経営は中央カズバ映劇。1954年、米軍専用のキャバレーを改装して開館した。通常の映画館は35ミリフィルムを用いるが、佐世保カズバは開館当時から全国では十数館しかない70ミリフィルムの上映館だった。「洋画の殿堂」とされ、長崎市や福岡市からも観客が訪れた。1985年には中央カズバ映劇が九州東映事業に対して10年契約で貸し、中央カズバ映劇は上映事業から撤退した。近年には洋画上映館と邦画上映館の2館に分けていた。5月27日から31日までは冥府がフェスティバルを開催し、『80日間世界一周』や『カサブランカ』を上映する。跡地には9階建てのテナントビルが建設される。*13
佐世保東宝プラザ
所在地 : 長崎県佐世保市島地町2-4(1973年)、長崎県佐世保市島地町2-1(1975年・1978年・1980年・1985年・1990年)
開館年 : 1970年以後1973年以前
閉館年 : 1992年5月
1970年の映画館名簿には掲載されていない。1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年の映画館名簿では「佐世保東宝プラザ」。1992年の映画館名簿では鉄筋造2階建、400席、経営会社が東宝九州興行、経営者が浮島好之、支配人が黒坪繁、洋画を上映。1995年の映画館名簿には掲載されていない。

佐世保市の夜店通りには「東宝中央館」、「セントラル小劇場」、「日活中央館」、「千日劇場」など映画館が集中していた。昭和40年代中頃、東宝中央館とセントラル小劇場は統合されて「東宝プラザ」となり、計約1500席が400席に減らされた。日活中央館は閉館して駐車場となった。1992年5月には東宝プラザが閉館し、ゲームセンターや飲食店が入るビルとなった。*14
ピカデリー映劇/佐世保ピカデリー劇場/佐世保ピカデリー映劇/佐世保ピカデリー/佐世保東宝ピカデリー/佐世保東宝ピカデリ
所在地 : 長崎県佐世保市島瀬町2(1960年)、長崎県佐世保市島瀬町25(1963年)、長崎県佐世保市島瀬町4-13(1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年・2005年)
開館年 : 1957年
閉館年 : 2005年1月31日
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「ピカデリー映劇」。1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年の映画館名簿では「佐世保ピカデリー劇場」。1985年の映画館名簿では「佐世保ピカデリー映劇」。1990年の映画館名簿では「佐世保ピカデリー」。1995年の映画館名簿では「佐世保東宝ピカデリー」。2000年・2005年の映画館名簿では「佐世保東宝ピカデリ」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。

2005年1月末をもって、佐世保市島瀬町の映画館「東宝ピカデリ」が閉館する。佐世保市にある10館の中で最も多い310席を有している。1957年、ピカデリー映劇の中田正明社長(88)が開館させ、1985年からは東宝の関連会社に運営を任せていた。開館当初は個人経営だったことから配給を受けるのに苦労し、アメリカ映画ではなくヨーロッパ映画を上映していた。やがてディズニー映画などが子供の人気となり、最盛期には一日に2000人以上を集めた。現在はスタジオジブリ作品『ハウルの動く城』を上映中であり、1月31日午後6時30分からの上映が最後となる。*15

2005年1月31日をもって、佐世保市島瀬町の映画館「東宝ピカデリ」が閉館する。「欧州映画の殿堂」として親しまれ、近年はアニメ映画で子供の観客も多かった。経営はピカデリ映劇であり、中田正明社長(88)の高齢化などが閉館の理由。戦後に営業していた米兵向けのレストランを中田が購入し、1957年に開館した。当初は封切り作品の配給を受けられず、弐番館として営業していた。オードリー・ヘプバーン主演作などが人気であり、最もヒットしたのはジェニファー・ジョーンズ主演作『慕情』だった。映画全盛期には映画館の1階にレストランがあった。340席という座席数は佐世保市最大である。1992年には九州共栄興行と共同で運営していた。最終上映作品は『ハウルの動く城』。*16

2005年1月31日をもって、佐世保市島瀬町の映画館「東宝ピカデリ」が閉館する。客足の伸び悩みや中田正明社長(88)の高齢化が理由。1957年に「ピカデリー」として開館した。当初は封切り作品の配給を受けられず、ヨーロッパ映画の再上映を中心に営業していた。オードリー・ヘプバーン主演『ティファニーで朝食を』の上映時には、連日380席あった座席がすべて埋まり、立ち見すらできないにぎわいだった。一日に2000人以上を集めた時代もある。現在はスタジオジブリ作品『ハウルの動く城』を上映中であり、閉館後の2月1日からは栄町の『エクラン東宝』に引き継がれる。*17
西海パールシー アイマックスドームシアター
所在地 : 長崎県佐世保市 西海パールシーセンター
開館年 : 1994年
閉館年 : 2008年8月31日
2008年8月いっぱいで、佐世保市の西海パールシーセンターにある映画館「アイマックスドームシアター」が閉館する。1994年に開館し、座席数は158席。傾斜を付けた直径18メートルのドーム型のスクリーンに広角レンズで映写している。隣接する水族館を改修してクラゲドームをオープンさせるために閉館が決まった。*18
東館/佐世保東館/佐世保松竹劇場・佐世保日活東館/佐世保松竹劇場・佐世保東館/佐世保日活・佐世保東館/佐世保にっかつ・佐世保東館/佐世保ロッポニカ1・2/佐世保エクラン東宝1・2
所在地 : 長崎県佐世保市栄町4(1960年・1963年)、長崎県佐世保市栄町7-5(1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年・2005年・2010年)
開館年 : 1954年(東館)、1988年(佐世保ロッポニカ)、1990年(佐世保エクラン東宝)
閉館年 : 2011年9月30日
Wikipedia : 佐世保エクラン東宝
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「東館」。1966年の映画館名簿では「佐世保東館」。1969年の映画館名簿では「佐世保松竹劇場・佐世保日活東館」(2館)。1973年・1975年・1978年の映画館名簿では「佐世保松竹劇場・佐世保東館」(2館)。1980年の映画館名簿では「佐世保日活・佐世保東館」(2館)。1985年の映画館名簿では「佐世保にっかつ・佐世保東館」(2館)。1990年の映画館名簿では「佐世保ロッポニカ1・2」(2館)。1990年に5階建てビル化。1995年・2000年・2005年・2010年の映画館名簿では「佐世保エクラン東宝1・2」(2館)。2015年の映画館名簿には掲載されていない。

佐世保市には映画館「エクラン東宝」がある。大正時代に芝居小屋「弥生座」として開館し、やがて映画も上映するようになった。1945年に空襲で焼失したが、1954年に戦前の3分の1の規模で営業を再開した。1988年に現在のビルを建て、一部はテナントとして貸している。*19

2011年9月いっぱいで、佐世保市栄町の映画館「佐世保エクラン東宝」が閉館した。経営は野口武義社長のエクラン。大正時代に野口社長の祖父が芝居小屋「弥生座」を創業し、日本海軍の兵隊や佐世保海軍工廠の作業員が主な観客だった。1954年には映画館の運営会社を設立し、日活作品を上映する映画館の「東館」となった。1990年には建物を建て替え、2スクリーンを有する「エクラン東宝」となった。佐世保市はもちろん、平戸市と松浦市、佐賀県からも観客が訪れた。レンタルビデオの普及、シネコンの誕生などによって、若者を中心に客足が遠のいた。エクラン東宝の閉館によって、佐世保市の映画館は「シネマボックス太陽」のみとなる。*20

2012年2月、佐世保市の映画館「エクラン東宝」跡地を改装してバー「Blue Mile」が開店した。映画館の広いスペースを生かしており、音楽ライブ、大型スクリーンでのスポーツ観戦などのイベントも開催している。*21
佐世保松竹映画劇場/佐世保太陽館/佐世保太陽劇場/佐世保シネマボックス太陽松竹1・太陽名画座2・太陽3・太陽4/佐世保シネマボックス太陽1-7
所在地 : 長崎県佐世保市島地町(1969年)、長崎県佐世保市島地町1-17(1973年)、長崎県佐世保市島地町1-7(1975年)、長崎県佐世保市島地町1-17(1978年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年・2005年・2010年・2015年・2020年)
開館年 : 1966年以後1966年以前(太陽館)、1987年(シネマボックス太陽)、1999年(7館化)
閉館年 : 営業中
Wikipedia : シネマボックス太陽
1966年の映画館名簿には掲載されていない。1969年・1973年・1975年の映画館名簿では「佐世保太陽館」。1978年・1980年・1985年の映画館名簿では「佐世保太陽劇場」。1986年ビル化。1990年の映画館名簿では「佐世保シネマボックス太陽松竹1・名画座2・3・4」(4館)。1992年・1995年・1998年の映画館名簿では「佐世保シネマボックス太陽松竹1・太陽2・3・4」(4館)。2000年の映画館名簿では「佐世保シネマボックス太陽松竹・太陽2-7」(7館)。2005年・2010年・2015年・2020年の映画館名簿では「佐世保シネマボックス太陽1-7」(7館)。

佐世保市の夜店公園通りにある飲食店街には、7スクリーンを有する映画館「シネマボックス太陽」がある。1955年、進駐軍相手のキャバレーを改造して「スバル座」が開館した。約40年前、現在地に2館目の「太陽劇場」が開館した。1987年、現在の7階建てビルを建設し、スバル座と大洋劇場の2館を統合、4スクリーンのシネマボックス太陽が開館した。開館を記念し、女優の松阪慶子らを招いてテープカットが行われた。1999年に3スクリーン増やして7スクリーン体制となり、長崎県ではここでしか上映しない作品もある。先にシネコンを作ってしまえば大手が進出しにくいという読みが当たった。地元に密着した取り組みを行っており、映画祭に会場を提供したり、離島で出張上映をしたりしている。*22

2019年6月22日、佐世保市の映画館「シネマボックス太陽」で、『こはく』の上映に合わせて舞台挨拶が行われた。佐世保市出身の横尾初喜監督、主演の井浦新、お笑い芸人の大橋彰(アキラ100%)、女優で横尾監督の妻である遠藤久美子の4人。7月6日に全国公開される。*23

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