日本の映画館の総合データベースです。

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熊谷市

熊谷キネマ
所在地 : 埼玉県熊谷市文化町(1936年)
開館年 : 1930年以前
閉館年 : 1936年頃


熊谷市にあった「不二館」の写真あり。1926年に資本金1万5000円で設立されたが、1935年5月に解散した。同年6月7日には熊谷キネマ株式会社が設立し、旧「熊谷キネマ館」を買収すると、1936年12月には新築竣工して不二館が開館した。熊谷市初の腰掛式観覧席を有する映画館だった。*1

熊谷市の映画館「不二館」。1935年6月7日、笹掛義次郎は熊谷キネマ株式会社を設立し、松沢柳太郎社長の旧「熊谷キネマ館」を買収すると、1936年12月に「不二館」が竣工して開館した。戦時中の戦災を免れて、戦後も同じ建物で経営を続けた。映画館としては1963年に閉館し、建物は東莫ストアーに転用された。館主の笹掛義次郎は1965年12月7日に死去し、円光寺に葬られている。*2
電気館(熊谷市)
所在地 : 埼玉県熊谷市墨江町(1943年)
開館年 : 1926年11月2日
閉館年 : 1945年8月


1920年、熊谷市に活動常設館「熊谷電気館」が建てられた。1925年5月には火災で焼失したが、1926年11月には再建された。1945年8月、熊谷空襲で再び焼失した。*3

1930年2月8日、熊谷町の「電気館」で民政党の演説会が開催され、この際には埼玉県で初めてトーキー映画が上映されたが、機材の不調によって途中で打ち切られた。*4

1933年の熊谷市にあった映画館「電気館」の写真あり。*5

1897年には熊谷に「梅盛座」が設立され、演劇や浪花節などを興行していたが、映画の流行とともに閉館した。1919年には熊谷の墨江町に映画専門館の「電気館」として再建された。*6

1897年には熊谷町に劇場「梅盛座」が設立されたが、映画の流行とともに閉館した。1919年には映画専門館の「電気館」として営業を開始した。1925年5月13日の熊谷大火で焼失し、1926年に3階建の建物として再建された。*7

1926年の熊谷市にあった東宝専門映画館「熊谷電気館」の写真あり。1920年に「梅盛座」が移転して改称した。1925年に火災で焼失し、1926年に再興された。*8

明治から大正時代の熊谷市にあった「熊谷電気館」の写真あり。大正ロマンを感じさせる3階建ての建物だった。近くには星川が流れている。1925年5月13日の熊谷大火で焼失したが、1926年に再建された。1945年の熊谷空襲で再び焼失した。大正後期の熊谷市には電気館のほかに「熊盛館」という映画館もあった。*9

熊谷市の映画館「電気館」。1920年、太田重蔵は明神大門前にあった「梅盛座」を墨江町に移築し、熊谷電気館に改称して活動常設館とした。1925年5月には熊谷大火で全焼したが、1926年11月2日に竣工して営業を再開した。戦時中には「産報会館」に改称したが、1945年8月14日の熊谷空襲によって焼失した。*10
天明座/天明館
所在地 : 埼玉県大里郡妻沼町(1963年)
開館年 : 1952年頃
閉館年 : 1963年頃

妻沼映画劇場/妻沼映劇
所在地 : 埼玉県大里郡妻沼町355(1963年)
開館年 : 1954年頃
閉館年 : 1963年頃
跡地は「埼玉りそな銀行妻沼支店」南西140mにある駐車場。最寄駅はJR上越新幹線・高崎線熊谷駅。


1955年の商業地図を基にした妻沼町の商店図が掲載されており、「メヌマ映画館」が描かれている。*11
熊谷不二館/不二館
所在地 : 埼玉県熊谷市文化町2218(1963年)
開館年 : 1936年12月
閉館年 : 1963年頃
跡地は「世界救世教いづのめ教団さきたま浄霊センター」など。最寄駅はJR上越新幹線・高崎線熊谷駅。


熊谷市にあった「不二館」の写真あり。1926年に資本金1万5000円で設立されたが、1935年5月に解散した。同年6月7日には熊谷キネマ株式会社が設立し、旧「熊谷キネマ館」を買収すると、1936年12月には新築竣工して不二館が開館した。熊谷市初の腰掛式観覧席を有する映画館だった。*12

1951年の熊谷市にあった南本町通り入口の写真あり。「金星館」と「不二館」の2館共同の映画館看板が設置されており、「縣北に誇る文化の殿堂」という文字が見える。*13

1951年の熊谷市にあった映画館「不二館」の写真あり。*14

熊谷市の映画館「不二館」。1935年6月7日、笹掛義次郎は熊谷キネマ株式会社を設立し、松沢柳太郎社長の旧「熊谷キネマ館」を買収すると、1936年12月に「不二館」が竣工して開館した。戦時中の戦災を免れて、戦後も同じ建物で経営を続けた。映画館としては1963年に閉館し、建物は東莫ストアーに転用された。館主の笹掛義次郎は1965年12月7日に死去し、円光寺に葬られている。*15
金星館/熊谷金星館/熊谷日活金星館/熊谷金星座
所在地 : 埼玉県熊谷市南本町2872(1973年)
開館年 : 1951年頃
閉館年 : 1973年頃
跡地は有料駐車場「三井のリパーク熊谷本町」。最寄駅は秩父鉄道秩父本線上熊谷駅。


1964年現在の熊谷市には、映画館として「金星館」、「熊谷銀座映画劇場」、「熊谷文化映画劇場」、「熊谷キネマ」、「富士見映画劇場」、「松竹映画劇場」がある。*16
熊谷映画劇場(錦町)/文化映画劇場/熊谷文化劇場/熊谷文化映画劇場
所在地 : 埼玉県熊谷市末広1-60(1984年)
開館年 : 1943年以後1947年以前
閉館年 : 1984年頃
跡地は「JA埼玉県信連熊谷事業推進部」西の「末広月極駐車場」。最寄駅はJR上越新幹線・高崎線熊谷駅。


1964年現在の熊谷市には、映画館として「金星館」、「熊谷銀座映画劇場」、「熊谷文化映画劇場」、「熊谷キネマ」、「富士見映画劇場」、「松竹映画劇場」がある。*17
熊谷銀座映劇/熊谷銀映/熊谷映画劇場(星川)/熊谷銀座映画劇場
所在地 : 埼玉県熊谷市星川2-41(1984年)
開館年 : 1955年頃
閉館年 : 1984年頃
跡地は「グートビル」。最寄駅はJR上越新幹線・高崎線熊谷駅。


1954年10月4日の『埼玉新聞』には「熊谷に映画館 十二月第一週から開場」という記事が掲載されている。現物は未確認。*18

1964年現在の熊谷市には、映画館として「金星館」、「熊谷銀座映画劇場」、「熊谷文化映画劇場」、「熊谷キネマ」、「富士見映画劇場」、「松竹映画劇場」がある。*19
熊盛座/熊谷松竹映劇/熊谷松竹映画劇場/熊谷松竹劇場/熊谷銀映2/熊谷銀映(新)
所在地 : 埼玉県熊谷市星川1-41(1991年)
開館年 : 1926年8月
閉館年 : 1991年頃
跡地は有料駐車場「タイムズ熊谷星川第2」。最寄駅はJR上越新幹線・高崎線熊谷駅。


1885年、熊谷町泉町の水田地帯を棚沢房吉が埋め立てて芝居小屋が開場した。1894年には定員1300人の芝居小屋が建てられた。1925年5月には火災で焼失したが、1926年8月には映画館として再建された。1940年には「松竹映画劇場」に改称したが、1945年8月には熊谷空襲で焼失した。戦後には再び再建された。*20

1894年から1895年頃、熊谷に芝居小屋「熊盛座」が開設された。1925年5月13日の熊谷大火で焼失し、1926年8月に映画館として再建された。*21

大正時代中期の熊谷市にあった映画館「熊盛座」の写真あり。「常設活動熊盛座」の文字が見える。『ああ無情』の看板が見える。松竹とともにユニバーサル社と特約していた。1925年の火災で焼失し、1926年に再建された。*22

1925年5月13日午前2時、熊谷町の墨江町から出火し、折からの突風もあって3万坪が焼失、641戸が全焼した。焼失した建物には「電気館」、「熊盛座」、桜雲閣、松泉閣、魚勝、熊谷製糸会社、秩父鉄道株式会社、中村写真館、福島材木店などがある。*23

熊谷市の劇場「熊盛座」(ゆうせいざ)。1894年から1895年頃、日清戦争の勝利を祝して歌舞伎座を模した「熊盛座」が開場した。間口12間、奥行20間、定員1300人という大規模な芝居小屋であり、廻り舞台を有していた。1925年5月13日の熊谷大火で全焼したが、1926年8月に再建されて映画館として営業を再開した。1935年には合資会社となり、1940年には「松竹映画劇場」に改称して松竹系上映館となった。戦時中には戦災を免れて1982年現在に至っている。*24

1946年4月、「郡山松竹」、「仙台南松竹」、「仙台中央劇場」、「熊谷松竹」、「室蘭大国館」、「函館松竹」が松竹の直営館として開館した。*25

1951年の熊谷市にあった映画館「松竹映画劇場」の写真あり。*26

1964年現在の熊谷市には、映画館として「金星館」、「熊谷銀座映画劇場」、「熊谷文化映画劇場」、「熊谷キネマ」、「富士見映画劇場」、「松竹映画劇場」がある。*27
富士見劇場/熊谷富士見映画劇場
所在地 : 埼玉県熊谷市星川2-82(2000年)
開館年 : 1950年
閉館年 : 2000年2月4日
跡地は有料駐車場「Fujimiパーク」。最寄駅はJR上越新幹線・高崎線熊谷駅。


1959年12月10日の熊谷市にあった「富士見映画館」前の写真あり。市役所通りと星川通りが交差する付近にあり、2015年現在のお祭り広場に近い。星川の整備は1953年に完成した。星川沿いの久山寺跡地には「銀映」もあった。富士見映画館や銀映に加えて、「金星館」、「文映」、「松竹映画館」などもあった。1984年12月、これらを統括して「シネプラザ21」となった。*28

1959年12月10日の熊谷市にあった「富士見映画館」の写真あり。「富士見」「富士見映画劇場」の文字が見える。小津安二郎監督作『浮草』、鶴田浩二主演作『夜を探せ』の看板が見える。右隣には格子状の中村写真館が見える。*29

1964年の熊谷市にあった「富士見映画館」などを写した空中写真あり。中央の巨大な建物が富士見映画館である。市役所通りは弥生町通りまで幅員36mに拡幅されているが、その先は細い道で「開かずの踏切」国鉄高崎線第2踏切に至っている。1993年には「開かずの踏切」を解消するための立体交差に着工し、1999年3月に開通した。*30

1964年現在の熊谷市には、映画館として「金星館」、「熊谷銀座映画劇場」、「熊谷文化映画劇場」、「熊谷キネマ」、「富士見映画劇場」、「松竹映画劇場」がある。*31
熊谷シネマ1・2・3/熊谷シネプラザ21シネマ1・2・3/熊谷シネプラザ21シネマ1-4
所在地 : 埼玉県熊谷市星川2-41(2002年)
開館年 : 1985年
閉館年 : 2003年9月30日
映画館が入っていた「グートビル」は現存。最寄駅はJR上越新幹線・高崎線熊谷駅。

ワーナー・マイカル・シネマズ熊谷/イオンシネマ熊谷
所在地 : 埼玉県熊谷市本石2-135 イオン熊谷店4階(2025年)
開館年 : 2000年11月16日
閉館年 : 営業中
最寄駅は秩父鉄道秩父本線上熊谷駅。


2000年11月7日の『埼玉新聞』には、11月16日に8スクリーンの映画館を有する熊谷サティが開館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*32

2000年11月16日、熊谷市本石2-135 熊谷サティ4階に「ワーナー・マイカル・シネマズ熊谷」が開館した。8スクリーンを有する。*33
シネティアラ21
所在地 : 埼玉県熊谷市筑波3-202 ティアラビル8階(2026年)
開館年 : 2004年11月20日
閉館年 : 営業中
公式サイト : シネティアラ21
Wikipedia : シネティアラ21
最寄駅はJR上越新幹線・高崎線熊谷駅。

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