閉館した映画館を中心とする、日本の映画館の総合データベースです。管理人「hekikaicinema」のみが編集可能。


中通り

福島市

共楽座
所在地 : 福島県伊達郡飯野町
開館年 : 1905年
閉館年 : 1968年
1905年、旧飯野町役場近くに「共楽座」が開館した。飯野町唯一の大衆娯楽施設であり、芝居小屋や映画館として親しまれた。1968年に閉館した後も建物は取り壊されず、電器店の倉庫などとして使用されていた。2009年現在も舞台・客席・緞帳・映写室などが残っている。2009年1月31日と2月1日、飯野町商工会青年部が主催して「思い出の飯野町展・共楽座まつり」が開催される。昭和の映画ポスターなどが展示され、入場者は施設内を巡ることができる。*1
東宝プラザ・日活ロマン劇場
所在地 : 福島県福島市
開館年 :
閉館年 : 1989年
1989年1月14日の『福島民友』には「東宝プラザ」と「日活ロマン劇場」が閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*2
フォーラム福島
所在地 : 福島県福島市曽根田町7-8
開館年 : 1987年
閉館年 : 営業中
1998年3月、福島市に7スクリーンの「ワーナー・マイカル・シネマズ福島」が開館した。数百メートルの距離にはミニシアター系作品を多く上映する「福島フォーラム」があり、福島フォーラムのファンによってシネコン進出反対の署名活動が行われた。人口約30万人の福島市で約4万人分の署名が集まったが、ワーナー・マイカル・シネマズ福島は予定通り開館した。年間約30万人だった福島フォーラムの観客数は、1998年度には約15万人と半減した。ワーナー・マイカル・シネマズ福島の観客数は、1998年12月からの1年間で約48万人である。福島フォーラムの支配人は「ハリウッド映画を好む若い層がシネコンに流れた」とするが、福島フォーラムは独自企画でファン層を広げており、福島市の映画人口自体が増えているという。*3
ワーナー・マイカル・シネマズ福島/イオンシネマ福島
所在地 : 福島県福島市曽根田町1-18 MAXふくしま5階
開館年 : 1998年3月
閉館年 : 営業中
1998年3月、福島市に7スクリーンの「ワーナー・マイカル・シネマズ福島」が開館した。数百メートルの距離にはミニシアター系作品を多く上映する「福島フォーラム」があり、福島フォーラムのファンによってシネコン進出反対の署名活動が行われた。人口約30万人の福島市で約4万人分の署名が集まったが、ワーナー・マイカル・シネマズ福島は予定通り開館した。年間約30万人だった福島フォーラムの観客数は、1998年度には約15万人と半減した。ワーナー・マイカル・シネマズ福島の観客数は、1998年12月からの1年間で約48万人である。福島フォーラムの支配人は「ハリウッド映画を好む若い層がシネコンに流れた」とするが、福島フォーラムは独自企画でファン層を広げており、福島市の映画人口自体が増えているという。*4

郡山市

ロッポニカ郡山
所在地 : 福島県郡山市
開館年 :
閉館年 : 1989年10月27日
1989年10月27日の『福島民友』には「ロッポニカ」がこの日限りで閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*5
郡山パレス1・2/アートパレス1・2・3・4
所在地 : 福島県郡山市駅前2-7-2(1990年)
開館年 : 1967年(開館)、1994年(移転)
閉館年 : 1999年6月29日
1990年時点では郡山市駅前2-7-2の郡山パレス機Ν兇里曚に、郡山市駅前1-4-8に郡山東映パレスが、郡山市大町1-4-16に郡山洋画パレスがあった。

1999年6月29日、郡山市堤下町の映画館「アートパレス」が閉館した。4スクリーン。福島地方裁判所郡山支部に自己破産を申し立てて閉館した。負債額は2億8000万円。1967年に国鉄郡山駅前に開館し、4館を経営していた。1994年には現在地に約3億円かけて4スクリーンの映画館を建設して移転した。1980年以降の十数年間は毎年2億円以上の収入があったが、1998年9月期は1億1000万円だった。*6

白河市

中央スター劇場
所在地 : 福島県白河市
開館年 :
閉館年 : 1979年以前
1979年2月の白河市中町にあった映画館「中央スター劇場」の写真あり。日活・東宝系の劇場だった。この頃にはすでに休館しており、撮影の数日後に取り壊された。*7
白河劇場
所在地 : 福島県白河市
開館年 :
閉館年 : 1979年以後
1979年現在の白河市にある映画館「白河劇場」の写真あり。『野性の証明』の看板が見える。1915年に「共楽座」として建てられてから外観は変わっていない。建物は東京の市村座を模しており、回り舞台・花道・楽屋・枡席の客席があった。福島民報は「東北では盛岡劇場を除いて他には見られぬ壮観で、実に立派な、白河のみではない、本県にとっても過ぎたるものの隋一」と称している。*8

須賀川市

中央館
所在地 : 福島県須賀川市
開館年 :
閉館年 : 1997年3月10日
1997年2月26日の『福島民友』には「中央館」が3月10日で閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*9

本宮市

中央館
所在地 : 福島県本宮市
開館年 :
閉館年 : 1990年5月
1990年4月20日の『福島民友』には「中央館」が5月限りで閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*10

浜通り

いわき市

三函座
所在地 : 福島県いわき市常磐湯本町
開館年 : 明治30年代、1918年
閉館年 : 1982年
2010年6月13日、いわき市常磐湯本町にあった「三函座」の建物の見学会が開催された。木造2階建て、420平方メートル。かまぼこ型の屋根が特徴。明治30年代に芝居小屋として建設され、1918年に映画館に改造された。1982年に閉館し、2007年には国の登録有形文化材となった。*11

明治30年代には湯本温泉街に芝居小屋「三函座」が建てられた。1918年には建て替えられて映画館化された。木造2階建て、延べ床面積約460平方メートル。白色のかまぼこ型の屋根が特徴である。炭鉱の閉山やテレビの普及などが理由で、1982年に閉館した。その後、近くにある白石菓子店の白石広司が建物を買い取っている。*12

「三函座」に言及している書籍として、伊藤隆之『看板建築・モダンビル・レトロアパート』グラフィック社、2014年がある。*13
平衆楽館/聚楽館シネマ1・2
所在地 : 福島県いわき市平才槌小路9(1969年)、福島県いわき市平字白銀町4-1(1980年)、福島県いわき市平字白銀町1-15(1990年)
開館年 : 1897年、昭和初期(移転)、1973年(移転)
閉館年 : 1999年9月1日
1999年9月1日をもって、いわき市平の映画館「聚楽館」(しゅうらっかん)シネマ1・2が休館した。飯田幸男社長は改装して再オープンするか閉館するか検討している。1897年に芝居小屋として開館した。昭和初期に現在のいわき市平1丁目に移転して映画館となった。1973年にはいわき駅前の世界館ビル地下1階に移転し、洋画を中心に上映していた。世界館ビルには1998年11月に開館した平テアトルの2館と平東宝1館もあり、聚楽館2館を含めて計5館がある。*14
平東映
所在地 : 福島県いわき市
開館年 :
閉館年 : 2007年9月
2007年9月4日の『福島民友』には「平東映」が閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*15
有声座/世界館/平大映・アポロ座・平東宝/平テアトル/ポレポレいわき
所在地 : 福島県いわき市
開館年 : 1931年(有声座)、1969年8月(3館のビル化)、2008年(平テアトル)、2010年7月10日(ポレポレいわき)
閉館年 : 営業中
Wikipedia : ポレポレいわき
7スクリーンのシネコン。

2009年3月14日、いわき市唯一の映画館「平テアトル」で『実録 連合赤軍あさま山荘への道程』が上映された。地元の映画ファンからの要望を受けて、地方ではなかなか上映されないミニシアター系作品の上映を初めて企画した。2008年11月、平テアトルを経営していた興行会社が撤退し、平テアトルが入る世界館ビルのオーナーを務める鈴木修典が経営を引き継いだ。近年のいわき市には3館の映画館があったが、2007年には「平東映」が、2008年には「小名浜グリーン劇場」が閉館し、いわき市では平テアトルのみが営業を続けている。スズキは24歳から11年間東宝に勤務して映画館の経営に携わっていた。*16

南相馬市

朝日座
所在地 : 福島県南相馬市原町区大町1
開館年 : 1923年7月、1952年
閉館年 : 1991年9月30日
1991年9月29日の『福島民友』には「朝日座」が9月30日をもって閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*17

2008年9月7日まで、南相馬市博物館で「朝日座の軌跡 地方の映画館が遺したもの」が開催されている。3代目館長を務めた布川雄幸(82)が寄託した1500枚の映画ポスターのうち19枚の映画ポスター、手回しの映写機などが展示されている。1923年、現在の南相馬市原町区に開館した。最盛期の1960年頃には年間約20万人の観客を集めた。この地方で唯一の映画館だったが、1991年に財政難などが理由で閉館した。*18

大正時代の1923年7月、地元の有力者らによって芝居小屋兼活動写真館として「朝日座」が開設された。大衆演劇や無声映画などの興行が行われた。1991年9月に閉館したが、その後も地元有志らが年数回の頻度で映画上映会などを開催している。2008年からは「朝日座を楽しむ会」が保存活動を行っており、2011年3月11日の東日本大震災から3か月後には復興上映会が開催された。2013年7月には誕生から90年を迎え、地元住民らが寄付を募っている。*19

2013年11月15日、文化審議会は南相馬市の映画館「朝日座」を国の登録有形文化財とするよう文部科学相に答申した。1923年に芝居小屋兼活動写真館として建てられた。木造2階建てであり、三角形の屋根が特徴である。1991年に閉館し、2008年からは「朝日座を楽しむ会」が上映会を開催するなどして保存活動を続けている。2011年3月11日の東日本大震災の3か月後には復興上映会が開催され、約90人が参加して盛り上がった。*20

1923年(大正12年)には芝居小屋兼活動写真館として「旭座」(※朝日ではなく旭)が開館。1952年(昭和27年)には「朝日座」(※旭ではなく朝日)に改称して映画専門館となった。1991年(平成3年)の『ホーム・アローン』『シザーハンズ』の上映を最後に閉館。その後もスクリーンなどは残し、小規模な鑑賞会などが開催されている。建物は「旧朝日座」として登録有形文化財となっている。*21

会津地方

会津若松市

栄楽座
所在地 : 福島県会津若松市
開館年 : 明治時代
閉館年 : 2008年12月21日
2008年12月21日をもって、会津若松市栄町の映画館「会津若松栄楽座」が閉館する。同じビルにある3劇場がすべて閉館する。興行収入が10年前の約3分の1に落ち込んだのが理由。*22

2008年12月6日の『福島民友』には「栄楽座」が12月21日で閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*23

2008年12月6日の『福島民報』には「栄楽座」が12月21日で閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*24

2008年12月9日の『河北新報』には福島県の映画館(※見出しでは館名はわからず)が12月21日で閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*25

2008年12月22日の『福島民友』には「栄楽座」の閉館を伝える記事が掲載されている。現物は未確認。*26

2008年12月22日の『福島民報』には「栄楽座」の閉館を伝える記事が掲載されている。現物は未確認。*27

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