閉館した映画館を中心とする、日本の映画館の総合データベースです。管理人「hekikaicinema」のみが編集可能。


福島県

福島市

フォーラム福島
所在地 : 福島県福島市曽根田町7-8
開館年 : 1987年
閉館年 : 営業中
1998年3月、福島市に7スクリーンの「ワーナー・マイカル・シネマズ福島」が開館した。数百メートルの距離にはミニシアター系作品を多く上映する「福島フォーラム」があり、福島フォーラムのファンによってシネコン進出反対の署名活動が行われた。人口約30万人の福島市で約4万人分の署名が集まったが、ワーナー・マイカル・シネマズ福島は予定通り開館した。年間約30万人だった福島フォーラムの観客数は、1998年度には約15万人と半減した。ワーナー・マイカル・シネマズ福島の観客数は、1998年12月からの1年間で約48万人である。福島フォーラムの支配人は「ハリウッド映画を好む若い層がシネコンに流れた」とするが、福島フォーラムは独自企画でファン層を広げており、福島市の映画人口自体が増えているという。*1
ワーナー・マイカル・シネマズ福島/イオンシネマ福島
所在地 : 福島県福島市曽根田町1-18 MAXふくしま5階
開館年 : 1998年3月
閉館年 : 営業中
1998年3月、福島市に7スクリーンの「ワーナー・マイカル・シネマズ福島」が開館した。数百メートルの距離にはミニシアター系作品を多く上映する「福島フォーラム」があり、福島フォーラムのファンによってシネコン進出反対の署名活動が行われた。人口約30万人の福島市で約4万人分の署名が集まったが、ワーナー・マイカル・シネマズ福島は予定通り開館した。年間約30万人だった福島フォーラムの観客数は、1998年度には約15万人と半減した。ワーナー・マイカル・シネマズ福島の観客数は、1998年12月からの1年間で約48万人である。福島フォーラムの支配人は「ハリウッド映画を好む若い層がシネコンに流れた」とするが、福島フォーラムは独自企画でファン層を広げており、福島市の映画人口自体が増えているという。*2

郡山市

郡山パレス機Ν/アートパレス1・2・3・4
所在地 : 福島県郡山市駅前2-7-2(1990年)
開館年 : 1967年(開館)、1994年(移転)
閉館年 : 1999年6月29日
1990年時点では郡山市駅前2-7-2の郡山パレス機Ν兇里曚に、郡山市駅前1-4-8に郡山東映パレスが、郡山市大町1-4-16に郡山洋画パレスがあった。

1999年6月29日、郡山市堤下町の映画館「アートパレス」が閉館した。4スクリーン。福島地方裁判所郡山支部に自己破産を申し立てて閉館した。負債額は2億8000万円。1967年に国鉄郡山駅前に開館し、4館を経営していた。1994年には現在地に約3億円かけて4スクリーンの映画館を建設して移転した。1980年以降の十数年間は毎年2億円以上の収入があったが、1998年9月期は1億1000万円だった。*3

白河市

中央スター劇場
1979年2月の白河市中町にあった映画館「中央スター劇場」の写真あり。日活・東宝系の劇場だった。この頃にはすでに休館しており、撮影の数日後に取り壊された。*4
白河劇場
1979年現在の白河市にある映画館「白河劇場」の写真あり。『野性の証明』の看板が見える。1915年に「共楽座」として建てられてから外観は変わっていない。建物は東京の市村座を模しており、回り舞台・花道・楽屋・枡席の客席があった。福島民報は「東北では盛岡劇場を除いて他には見られぬ壮観で、実に立派な、白河のみではない、本県にとっても過ぎたるものの隋一」と称している。*5

いわき市

三函座
所在地 : 福島県いわき市常磐湯本町
開館年 : 明治30年代、1918年
閉館年 : 1982年
2010年6月13日、いわき市常磐湯本町にあった「三函座」の建物の見学会が開催された。木造2階建て、420平方メートル。かまぼこ型の屋根が特徴。明治30年代に芝居小屋として建設され、1918年に映画館に改造された。1982年に閉館し、2007年には国の登録有形文化材となった。*6

南相馬市

朝日座
所在地 : 福島県南相馬市原町区大町1
開館年 : 1923年、1952年
閉館年 : 1991年
1923年(大正12年)には芝居小屋兼活動写真館として旭座が開館。1952年(昭和27年)には朝日座に改称して映画専門館となった。1991年(平成3年)の『ホーム・アローン』『シザーハンズ』の上映を最後に閉館。その後もスクリーンなどは残し、小規模な鑑賞会などが開催されている。建物は「旧朝日座」として登録有形文化財となっている。*7

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