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土浦市

荒川沖映画劇場
所在地 : 茨城県土浦市荒川沖町(1955年)、茨城県土浦市荒川沖町2-658(1958年)、茨城県土浦市荒川沖西区2-658(1960年)、茨城県土浦市荒川沖町2-658(1963年)
開館年 : 1952年10月
閉館年 : 1963年以後1966年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1952年10月開館。1953年の映画館名簿には掲載されていない。1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「荒川沖映画劇場」。1962年の土浦市石岡市住宅明細図では跡地に「アキヤ(旧荒川映劇)」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。1968年の住宅地図では跡地に「(建)」。1974年の住宅地図では跡地に「泉アパート」。跡地は「姫宮神社」すぐ西のアパート「エスポワール」とアパート「ハーモニー」。最寄駅はJR常磐線荒川沖駅。
祇園セントラル劇場/祇園セントラル映画劇場/土浦セントラル/土浦セントラル劇場
所在地 : 茨城県土浦市川口町812(1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1975年)、茨城県土浦市川口1-11-5(1978年・1980年・1981年)
開館年 : 1957年
閉館年 : 1981年頃
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の映画館名簿では「土浦祇園セントラル」。1960年の映画館名簿では「祇園セントラル劇場」。1963年の映画館名簿では「祇園セントラル映画劇場」。1962年の土浦市石岡市住宅明細図では「セントラル劇場」。1966年・1969年・1973年・1975年の映画館名簿では「土浦セントラル」。1968年・1974年・1980年の住宅地図では「セントラル劇場」。1978年・1980年・1981年の映画館名簿では「土浦セントラル劇場」。1981年の映画館名簿では経営会社が常陽土地建物、経営者が寺内竜太郎、支配人が梅村昌三郎、木造1階、290席、東宝・洋画を上映。1982年の映画館名簿には掲載されていない。後継館は土浦セントラルシネマズ。最寄駅はJR常磐線土浦駅。
明治館/土浦映画劇場/土浦劇場
所在地 : 茨城県新治郡土浦町幸町(1927年)、茨城県新治郡土浦町東崎(1930年)、茨城県新治郡土浦町匂町(1936年)、茨城県土浦市匂町3135(1943年・1947年・1950年)、茨城県土浦市匂町3135(1953年・1955年・1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1975年)、茨城県土浦市桜町14-20(1978年・1980年)
開館年 : 1926年? 1928年?
閉館年 : 1988年6月頃
Wikipedia : 土浦劇場
『全国映画館総覧 1955』によると1927年5月開館。1927年の映画館名簿では「明治館」。1930年・1936年・1943年・1947年・1950年・1953年・1955年・1958年の映画館名簿では「土浦劇場」。1960年の映画館名簿では「土浦映画劇場」。1962年の土浦市石岡市住宅明細図では「土浦劇場」。1963年・1966年・1969年・1973年・1980年の映画館名簿では「土浦劇場」。1968年・1974年・1980年の住宅地図では「土浦劇場」。1988年の住宅地図では跡地に空白の建物。1990年の映画館名簿には掲載されていない。1993年・2000年の住宅地図では跡地に空き地。跡地はマンション「パテラ土浦桜町」。最寄駅はJR常磐線土浦駅。

1988年(昭和63年)のこのほど、土浦市桜町3丁目の映画館「土浦劇場」が閉館した。60年前の1928年(昭和3年)に開館し、昭和初期には製糸業の女工らの憩いの場だった。同時期には「小野座」(現在の「土浦日活」)、「銀映座」(現在の「土浦東映」)、「霞浦劇場」も開館し、土浦市には4館の映画館があった。海軍の兵隊や予科練生にも親しまれ、戦後の昭和20年代には若者でにぎわった。*1
土浦東宝映劇/土浦東宝映画劇場/土浦東宝劇場/小野座劇場/小野座/土浦日活劇場/土浦にっかつ劇場
所在地 : 茨城県新治郡土浦町(1925年・1927年)、茨城県土浦市仲町(1943年・1947年・1950年)、茨城県土浦市仲町650(1953年・1955年・1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年)、茨城県土浦市中央2-6-28(1975年・1978年・1980年)
開館年 : 1925年以前、1939年
閉館年 : 1989年7月頃
Wikipedia : 土浦日活劇場
『全国映画館総覧 1955』によると1938年開館。1925年・1927年の映画館名簿では「小野座」。1930年・1936年の映画館名簿には掲載されていない。1943年の映画館名簿では「土浦東宝映劇」。1947年の映画館名簿では「土浦東宝映画劇場」。1950年・1953年の映画館名簿では「土浦東宝劇場」。1955年の映画館名簿では「小野座」。1958年の映画館名簿では「小野座劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「小野座」。1962年の土浦市石岡市住宅明細図では「小野座」。1966年・1969年・1973年・1975年・1978年の映画館名簿では「土浦日活劇場」。1968年・1974年の住宅地図では「土浦日活映画」。1980年の映画館名簿では「土浦にっかつ劇場」。1980年・1988年の住宅地図では「土浦日活」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。2000年の住宅地図では跡地に駐車場。跡地は「妙顕寺駐車場」。最寄駅はJR常磐線土浦駅。

1989年のこのほど、土浦市中央2丁目の映画館「土浦日活」が閉館した。現在の土浦市には12館の映画館があり、人口規模を考えると全国屈指の激戦区だった。明治30年代に芝居小屋として開館し、1939年に建て替えて東宝系の映画館となった。1955年には茨城県初の冷暖房完備の映画館となり、洋画上映館に転向して『風と共に去りぬ』などを上映した。東京と同時に公開することができ、「洋画の殿堂」と呼ばれた。1965年には日活の直営となり、1971年には日活ロマンポルノの上映館となった。1988年からは一般作品のロッポニカ路線に切り替えたが、すぐに成人映画の上映館に戻している。*2
大都座/土浦大都座/銀映座/土浦東映映画劇場/土浦東映劇場
所在地 : 茨城県新治郡土浦町本通り(1936年)、茨城県土浦市本町(1943年・1947年)、茨城県土浦市朝日町(1950年)、茨城県土浦市本町808(1953年・1955年)、茨城県土浦市本町801(1958年・1960年・1963年)、茨城県土浦市本町812(1966年)、茨城県土浦市本町808(1969年)、茨城県土浦市本町807(1973年・1975年)、茨城県土浦市中央2-3-7(1978年・1980年・1990年)
開館年 : 1941年
閉館年 : 1995年
Wikipedia : 土浦東映劇場
『全国映画館総覧 1955』によると1941年開館。1936年の映画館名簿では「大都座」。1943年の映画館名簿では「土浦大都座」。1947年・1950年・1953年・1955年の映画館名簿では「銀映座」。1958年の映画館名簿では「土浦東映銀映座」。1960年の映画館名簿では「土浦東映映画劇場」。1962年の土浦市石岡市住宅明細図では「銀映座」。1963年の映画館名簿では「銀映座」。1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1990年の映画館名簿では「土浦東映劇場」。1968年・1974年の住宅地図では「銀映座」。1980年の住宅地図では「土浦東映」。1988年の住宅地図では「土浦東映」。2000年の映画館名簿には掲載されていない。2000年の住宅地図では跡地に「月極銀映座有料駐車場」。跡地は月極駐車場「銀映座有料駐車場」。最寄駅はJR常磐線土浦駅。
土浦大映劇場/土浦大映映画劇場/テアトル土浦・土浦プラザ/テアトル土浦1・2
所在地 : 茨城県土浦市朝日町3072(1955年・1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1975年)、茨城県土浦市桜町3-4-4(1978年・1980年・1990年・2000年)
開館年 : 1954年
閉館年 : 2000年5月31日
Wikipedia : テアトル土浦
『全国映画館総覧 1955』によると1953年12月開館。1954年土浦大映劇場開館。1955年・1958年の映画館名簿では「土浦大映劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「土浦大映映画劇場」。1962年の土浦市石岡市住宅明細図では「土浦大映」。1964年テアトル土浦改称。1966年・1969年・1973年・1975年・1978年の映画館名簿では「テアトル土浦」。1968年・1974年の住宅地図では「テアトル土浦」。1980年の住宅地図では「テアトル土浦・土浦プラザ」。1980年・1990年の映画館名簿では「テアトル土浦・土浦プラザ」(2館)。2000年5月31日閉館。2000年の映画館名簿では「テアトル土浦1・2」(2館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は有料駐車場「ファーストパーク土浦桜町第12駐車場」。最寄駅はJR常磐線土浦駅。
霞浦映画劇場/霞浦劇場
所在地 : 茨城県新治郡土浦町東崎(1930年・1936年)、茨城県土浦市東崎町(1943年)、茨城県土浦市本町(1947年)、茨城県土浦市東崎町(1950年)、茨城県土浦市東崎町744(1953年・1955年・1958年・1960年)、茨城県土浦市東崎町844(1963年)、茨城県土浦市東崎町744(1966年・1969年・1973年・1975年)、茨城県土浦市中央4-16(1978年)、茨城県土浦市中央2-4-16(1980年・1990年・2000年)
開館年 : 1927年6月
閉館年 : 2003年2月
Wikipedia : 霞浦劇場
『全国映画館総覧 1955』によると1927年開館。1930年・1936年・1943年・1947年・1950年・1953年・1955年・1958年の映画館名簿では「霞浦劇場」。1960年の映画館名簿では「霞浦映画劇場」。1962年の土浦市石岡市住宅明細図では「霞浦劇場」。1968年・1974年の住宅地図では「霞ヶ浦劇場」。1963年・1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1990年・2000年の映画館名簿では「霞浦劇場」。1980年の住宅地図では「霞浦劇場」。1988年・2000年の住宅地図では「霞浦劇場」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は月極駐車場。最寄駅はJR常磐線土浦駅。

1965年(昭和40年)頃の「霞ヶ浦劇場」の写真あり。亀城公園方面から鷲神社に向かう道沿いに、巨大な建物の映画館「霞ヶ浦劇場」があった。当時の土浦市には「小野座」・「土浦劇場」・「霞ヶ浦劇場」という3館の映画館があった。2008年(平成20年)現在の跡地は駐車場となっている。*3

2003年9月の今週中にも、土浦市で唯一の木造映画館「霞浦劇場」(かほげきじょう)が取り壊される。1927年、霞浦劇場は土浦で2番目の映画館として開館した。高い天井、回り舞台、2階の畳敷き桟敷席などを有する芝居小屋形式の構造である。昭和初期には芝居・無声映画・歌謡ショーなど多目的に用いられた。戦後の1950年頃に映画専門館となり、松竹系作品を中心に上映した。*4
シアター505/土浦シネマイースター
所在地 : 茨城県土浦市川口1-3-304(1990年・1995年)、茨城県土浦市川口1-3-304 モール505 3階(2005年)
開館年 : 1985年3月
閉館年 : 1998年以後2000年以前(シアター505)、2005年(シネマイースター)
1985年の映画館名簿には掲載されていない。1988年・1993年の住宅地図では「シアター505」。1990年・1995年・1998年の映画館名簿では「シアター505」。1998年の映画館名簿では鉄筋造3階、166席、経営会社が土浦映画チェーン株式会社、洋画を上映。2000年の映画館名簿には掲載されていない。2000年の住宅地図には掲載されていない。2005年の映画館名簿では「土浦シネマイースター」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。最寄駅はJR常磐線土浦駅。商業施設「ザ・モール505」は現存。
土浦ピカデリー1・2/土浦ピカデリー
所在地 : 茨城県土浦市中央2-5-1(1985年・1990年・1995年・2000年・2005年)
開館年 : 1982年
閉館年 : 2005年
1980年の映画館名簿には掲載されていない。1985年・1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「土浦ピカデリー1・2」(2館)。1988年・2000年の住宅地図では「土浦ピカデリー機Ν供廖2005年の映画館名簿では「土浦ピカデリー」。2008年取り壊し。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「カスミ駐車場」。最寄駅はJR常磐線土浦駅。

2007年、土浦市中央の映画館「土浦ピカデリー」が23年の歴史に幕を閉じて閉館した。990平方メートルの敷地は売却されて駐車場となった。土浦ピカデリーの組織そのものは存続しており、小学校や公民館などでの出張映画上映を行っている。*5
土浦セントラルシネマズ
所在地 : 茨城県土浦市川口1-11-5(1983年・1985年・1988年・1990年・1995年・2000年・2005年・2010年・2020年)
開館年 : 1981年
閉館年 : 営業中
Wikipedia : 土浦セントラルシネマズ
前身館は土浦セントラル劇場。1982年の映画館名簿には掲載されていない。1983年・1985年・1988年の映画館名簿では「土浦セントラル1・2」(2館)。1983年の映画館名簿では経営会社が常陽土地建物、経営者が寺内龍太郎、支配人が寺内龍地、鉄筋造2階、1が220席で東宝を上映、2が150席で洋画を上映。1988年の住宅地図では「TCビル 2階セントラルシネマ1・2」。1990年の映画館名簿では「土浦セントラル1・2・3・4」(4館)。1993年・2000年の住宅地図では「TCビル 2階セントラルシネマ1・2・3・4」。1995年・2000年・2005年・2010年・2015年の映画館名簿では「土浦セントラルシネマ1・2・3・4」(4館)。2020年の映画館名簿では「土浦セントラルシネマ1・2」(2館)。最寄駅はJR常磐線土浦駅。

2009年5月現在、茨城県で個人が経営する一般映画館は土浦セントラルシネマズのみ。1957年に「祇園セントラル」として開館。土浦市には人口12万人に対して12館があった時代もある。海軍航空隊の軍人やその家族がいたという背景もある。*6
シネマサンシャイン土浦
所在地 : 茨城県土浦市上高津367 イオン土浦ショッピングセンター3階(2010年・2015年)、茨城県土浦市上高津367 イオンモール土浦3階(2020年)
開館年 : 2009年5月
閉館年 : 営業中
2005年の映画館名簿には掲載されていない。2010年・2015年・2020年の映画館名簿では「シネマサンシャイン土浦1-9」(9館)。最寄駅はJR常磐線土浦駅。

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