日本の映画館の総合データベースです。

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小松市

小松市の映画館
小松市における映画館繁栄の第1期は昭和10年代である。「日本館」(旧名は芦城館)と「小松館」の2館が営業しており、『愛染かつら』などの純愛もの、阪妻・嵐寛・千恵蔵などの時代劇などが流行した。映画館繁栄の第2期は昭和30年代である。「小松国際」、「小松館」、「市民会館」、「小劇」(洋画)、「粟津会館」、「第一シネマ」の6館となり、2本立てまたは3本立てで上映された。この頃の金沢市には13館もあり、石川県内で町制を敷いた町には必ず1館の映画館があった。1989年3月3日、最後まで営業を続けていた「小松東映会館」も灯りを消し、小松市から映画館がなくなった。*1
芦城劇場/芦城館
所在地 : 石川県能美郡小松町大文字町(1936年)
開館年 : 大正時代初期以前
閉館年 : 1932年10月22日


大正時代初期の小松町大文字町には芝居小屋「芦城劇場」があったが、1932年10月22日の橋南大火で焼失した。1937年、芦城劇場の跡地に常設映画館「日本館」が建てられた。*2

1932年10月22日午前1時頃、小松町大文字町の活動常設館「芦城館」から出火し、大文字町、龍助町、三日市町、八日市町、東町、西町、土居原町、小松駅、飴屋町、本折町が次々と焼失した。全半焼戸数1203戸、罹災者数約6000人、焼失面積8万2500m2。*3

1932年10月22日午前1時、小松町の「芦城館」から出火して約1000戸が焼失した。小松町大火である。*4
都座
所在地 : 石川県小松市(1941年)
開館年 : 1936年以後1941年以前
閉館年 : 1941年以後1943年以前

大衆館/セントラル映劇/セントラル映画劇場
所在地 : 石川県小松市細工町(1950年)
開館年 : 1941年以後1943年以前
閉館年 : 1950年頃

市民会館
所在地 : 石川県小松市細工町1(1956年)
開館年 : 1951年12月
閉館年 : 1956年頃


1955年の『石川県商工便覧』。小松市細工町1の「市民会館」。設立は1951年12月。事業は各社映画上映。座席数は1階が168、2階が66。社長は久保田正、支配人は永森秀次。*5
小松小劇場
所在地 : 石川県小松市三日市町1(1958年)
開館年 : 1954年4月
閉館年 : 1959年


1959年の小松市にあった三日市商店街の写真あり。右側には小松市唯一の百貨店である丸福百貨店があり、「東映」のネオンが光っている。2階には洋画専門館の「小松劇場」(丸福劇場)があった。商店街の突き当りには邦画の上映館「小松館」があった。*6

1958年の小松市三日市町にあった映画館ビルの写真あり(※具体的な館名は記されていない)。『大江戸七人衆』などの看板が見える。すぐ隣には三日市商店街のアーチがあり、化粧品まつやなども見える。1930年に丸和百貨店が創業したが、1932年の火災で焼失し、1934年に3階建ての丸福百貨店として再建された。丸福百貨店の2階に東映の常設映画館が開館し、片岡千恵蔵・市川右太衛門・中村錦之助らが人気だった。*7

1959年9月1日、小松市三日市町の「小松劇場」(※小松小劇場ではなく小松劇場)が全焼した。*8
尾小屋会館
所在地 : 石川県小松市尾小屋(1963年)
開館年 : 1951年頃
閉館年 : 1962年頃

粟津会館
所在地 : 石川県小松市符津町(1963年)
開館年 : 1948年8月
閉館年 : 1963年頃


1955年の『石川県商工便覧』。小松市符津町ウ27の「粟津会館」。創業は1949年8月。建坪が140坪、座席数が250。代表は日向金晴。*9
文化会館/粟津文化会館
所在地 : 石川県小松市粟津町(1965年)
開館年 : 1957年頃
閉館年 : 1965年頃

小松館
所在地 : 石川県小松市本折町33(1980年)
開館年 : 1939年、1952年
閉館年 : 1980年頃


1924年の『大日本職業別明細図』には「小松劇場」が描かれている。*10

1932年の『大日本職業別明細図 第209号』には「劇場」が描かれている。*11

1937年、小松町大文字町に小松初の常設映画館「日本館」が開館した。1939年には「小松館」も開館している。最盛期の小松市には6館の映画館があった。1989年には「小松東映会館」シアター1・2が閉館し、小松市から映画館がなくなった。*12

1955年の『石川県商工便覧』。小松市本折町76の「小松館」。創業は1939年2月15日。事業は松竹・東宝・日活の映画上映。建坪は290坪、観覧席は400。代表者は太田孝三。*13

1955年頃の小松市にあった三日市商店街の南側の写真あり。三日市商店街と書かれたアーチが見える。三合洋装店・だるま薬局・茶山電器・ラブシンヤなどがあった。中央奥には1939年に建設された映画館「小松館」がある。ファサードに「小松館」の文字が見える。小松グランドホテルが建設される際に閉館した。*14

大正時代初期の小松には、本折町に芝居小屋「福助座」、大文字町に芝居小屋「芦城劇場」があったが、1932年の橋南の大火で全焼した。昭和10年代前半には映画館の「日本館」(後の小松新興館)と映画館「小松館」が開館した。1941年頃の小松新興館の写真あり。*15
小松グランド劇場
所在地 : 石川県小松市本折町33(1980年)
開館年 : 1969年頃
閉館年 : 1980年頃

小松東映劇場(細工町)/大映名画座/小松北国劇場/小松日活ロマン座
所在地 : 石川県小松市細工町1(1981年)
開館年 : 1958年頃
閉館年 : 1981年頃


1959年9月1日午後1時10分頃、小松市三日市町の丸福デパート内にある「小松北国劇場」から出火し、同館とデパートが全焼、さらに隣接する家屋16戸が焼失した。原因と損害額は調査中。経営は松田清栄。*16
小松第一シネマ/テアトル小松
所在地 : 石川県小松市上本折町130(1981年)
開館年 : 1958年12月28日
閉館年 : 1981年頃


1958年12月28日、小松市上本折町に新東宝・洋画封切館「小松第一シネマ」が開館した。総工費2000万円。椅子席355。スタジアム形式。経営は松井七平。*17
日本館/日本劇場/小松新興館/小松国際劇場/小松東映劇場(大文字町)/小松東映会館シアター1・2
所在地 : 石川県小松市大文字町154(1988年)
開館年 : 1937年、1952年9月
閉館年 : 1989年


1932年10月22日午前1時、小松の十文字町にあった映画館「芦城館」から出火し、橋南の大火が起こった。橋南の中心街のほとんどが焼失し、猫橋川を越えた南側の本折町も延焼した。*18

1937年、小松町大文字町に小松初の常設映画館「日本館」が開館した。1939年には「小松館」も開館している。最盛期の小松市には6館の映画館があった。1989年には「小松東映会館」シアター1・2が閉館し、小松市から映画館がなくなった。*19

1941年頃の小松市にあった「小松新興館」の写真あり。1932年の橋南大火で大門字町の芝居小屋「芦城劇場」が焼失した。1937年には芦城劇場の跡地に「日本館」が建てられ、その後小松新興館に改称した。戦後には「小松国際劇場」に改称し、1979年現在は「小松東映劇場」となっている。*20

1941年頃の「小松新興館」の写真あり。1937年に「日本館」として建てられ、その後小松新興館に改称した。戦後には「小松国際劇場」に改称し、1989年現在は「小松東映会館」となっている。*21

1955年の『石川県商工便覧』。小松市大文字町145の「小松国際劇場」。創業は1935年7月。事業は大映・東映・新東宝・洋画の上映。建坪は100坪、観覧席は450。社長は久保田正、支配人は吉田亨。*22

1937年、小松町大文字町に小松初の常設映画館「日本館」が開館した。1939年には「小松館」も開館している。最盛期の小松市には6館の映画館があった。1989年には「小松東映会館」シアター1・2が閉館し、小松市から映画館がなくなった。*23
イオンシネマ新小松
所在地 : 石川県小松市清六町315番地 イオンモール新小松3階(2025年)
開館年 : 2017年3月24日
閉館年 : 営業中


このほど北陸地方最大級の商業施設であるイオンモール新小松が開業し、7スクリーンのシネコン「イオンシネマ新小松」が開館した。筆者は40年ほど前に小学生だったが、当時はまだ小松市と加賀市に映画館があった。中学生か高校生の頃には加賀市最後の映画館「南映劇場」が閉館した。1989年には小松市最後の映画館が閉館し、南加賀地方から映画館がなくなった。南加賀地方の映画ファンは金沢市や福井市まで足を運ぶ必要があった。*24

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