閉館した映画館を中心とする、日本の映画館の総合データベースです。管理人「hekikaicinema」のみが編集可能。



佐賀市

早津江映劇/早津江東映
所在地 : 佐賀県佐賀郡川副町早津江(1960年・1963年)
開館年 : 1958年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「早津江映劇」。1963年の映画館名簿では「早津江東映」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
有明座/有明東映
所在地 : 佐賀県佐賀郡南川副町(1955年)、佐賀県佐賀郡川副町(1958年)、佐賀県佐賀郡川副町犬井道(1960年・1963年)
開館年 : 1955年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「有明座」。1963年の映画館名簿では「有明東映」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
春日映劇/春日東映
所在地 : 佐賀県佐賀郡大和町尼寺(1960年・1963年)
開館年 : 1958年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「春日映劇」。1963年の映画館名簿では「春日東映」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
大和館
所在地 : 佐賀県佐賀郡大和町尼寺(1960年・1963年)
開館年 : 1958年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「大和館」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
川久保映劇
所在地 : 佐賀県佐賀市久保泉川久保(1963年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1963年の映画館名簿では「川久保映劇」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
蓮池映劇
所在地 : 佐賀県佐賀市蓮池町(1960年・1963年)
開館年 : 1958年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「蓮池映劇」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
スバル映劇
所在地 : 佐賀県佐賀市松原町通小路(1960年・1963年)
開館年 : 1958年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「スバル映劇」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
佐賀公楽劇場
所在地 : 佐賀県佐賀市八幡小路120(1963年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1963年の映画館名簿では「佐賀公楽劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
第一映画劇場/駅前映劇/佐賀駅前映画劇場
所在地 : 佐賀県佐賀市神野町駅西通(1958年・1960年)、佐賀県佐賀市神野町588(1963年・1966年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年の映画館名簿では「第一映画劇場」。1963年の映画館名簿では「駅前映劇」。1966年の映画館名簿では「佐賀駅前映画劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
佐賀第二東映/昭和東映映画劇場/佐賀昭和東映劇場
所在地 : 佐賀県佐賀市唐人町39-2(1960年)、佐賀県佐賀市唐人町39(1963年)、佐賀県佐賀市唐人町39-2(1966年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「佐賀第二東映」。1963年の映画館名簿では「昭和東映映画劇場」。1966年の映画館名簿では「佐賀昭和東映劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
佐賀名画座
所在地 : 佐賀県佐賀市天神2-2-34(1969年)
開館年 : 1966年以後1969年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
1966年の映画館名簿には掲載されていない。1969年の映画館名簿では「佐賀名画座」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。
若草映劇/若草映画劇場・新若草東映/若草映劇・新若草/佐賀若草映画劇場・佐賀新若草東映劇場
所在地 : 佐賀県佐賀市神野町818(1960年・1963年・1966年)、佐賀県佐賀市天神2-5-10(1969年)
開館年 : 1951年12月
閉館年 : 1969年以後1973年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1951年12月開館。1960年の映画館名簿では「若草映画劇場・新若草東映」(2館)。1963年の映画館名簿では「若草映劇・新若草」(2館)。1966年・1969年の映画館名簿では「佐賀若草映画劇場・佐賀新若草東映劇場」(2館)。1973年の映画館名簿には掲載されていない。
佐賀大映/佐賀大映劇場
所在地 : 佐賀県佐賀市水ケ江町274(1958年・1960年・1963年)、佐賀県佐賀市水ケ江町片田江小路274(1966年)、佐賀県佐賀市水ヶ江1-2-33(1969年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「大映劇場」。1966年・1969年の映画館名簿では「佐賀大映劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。
中央映画劇場/大洋映画劇場/佐賀大洋映画劇場
所在地 : 佐賀県佐賀市神野町中央通(1958年・1960年)、佐賀県佐賀市神野町一本松4-16(1963年・1966年)、佐賀県佐賀市大財町1-3-21(1969年)、佐賀県佐賀市大財1-3-21(1973年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1973年以後1975年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年の映画館名簿では「中央映画劇場」。1963年の映画館名簿では「大洋映画劇場」。1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「佐賀大洋映画劇場」。1975年の映画館名簿には掲載されていない。
佐賀東映劇場(旧)
所在地 : 佐賀県佐賀市松原町52(1958年・1960年・1963年)、佐賀県佐賀市松原町松原小路52(1966年)、佐賀県佐賀市松原2-11-10(1969年・1980年・1985年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1986年(移転)
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1980年・1985年の映画館名簿では「佐賀東映劇場」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「グレイス松原川通り」。

大歯雄司「佐賀の映画館の今昔ものがたり」『SAMOMA』佐賀県興行生活衛生同業組合には、1960年の佐賀市にあった「東映」の写真が掲載されている。*1
松竹世界館/佐賀松竹世界館/佐賀松竹/佐賀松竹映画劇場/佐賀松竹劇場
所在地 : 佐賀県佐賀市(1950年)、佐賀県佐賀市松原町新天地(1953年)、佐賀県佐賀市松原町新天地52(1955年・1960年)、佐賀県佐賀市松原町52(1966年)、佐賀県佐賀市松原2-13-18(1969年・1980年・1985年・1988年)
開館年 : 1940年6月
閉館年 : 1988年以後1990年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1940年6月開館。1950年・1953年・1955年の映画館名簿では「松竹世界館」。1958年の映画館名簿では「佐賀松竹世界館」。1960年の映画館名簿では「佐賀松竹」。1966年・1969年・1980年の映画館名簿では「佐賀松竹映画劇場」。1985年・1988年の映画館名簿では「佐賀松竹劇場」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「松原セントラル駐車場」。

1955年頃の佐賀市にあった「松竹世界館」の写真あり。*2
平和劇場/佐賀平和劇場
所在地 : 佐賀県佐賀市松原町新馬場60(1955年・1958年)、佐賀県佐賀市松原町28(1960年・1963年・1966年)、佐賀県佐賀市松原3-3-39(1980年・1985年・1988年)
開館年 : 1946年11月
閉館年 : 1988年以後1990年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1946年11月開館。1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「平和劇場」。1966年・1969年・1980年・1985年・1988年の映画館名簿では「佐賀平和劇場」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。
佐賀グランド映画劇場/佐賀グランド劇場
所在地 : 松原町通小路(1966年)、佐賀県佐賀市松原4-5-29(1969年・1980年・1990年)
開館年 : 1963年以後1966年以前
閉館年 : 1990年以後1992年以前
1963年の映画館名簿には掲載されていない。1966年・1969年の映画館名簿では「佐賀グランド映画劇場」。1980年・1990年の映画館名簿では「佐賀グランド劇場」。1992年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はレストラン「庄屋佐賀松原店」駐車場。
朝日映劇/佐賀朝日映画劇場/佐賀朝日館/佐賀シネマ朝日
所在地 : 佐賀県佐賀市水ケ江町新道(1955年・1958年・1960年)、佐賀県佐賀市水ケ江1-5-5(1969年・1980年・1990年)
開館年 : 1914年3月
閉館年 : 1995年
『全国映画館総覧 1955』によると1914年3月開館。1958年の映画館名簿では「朝日映劇」。1960年の映画館名簿では「朝日映画劇場」。1969年の映画館名簿では「佐賀朝日映画劇場」。1980年の映画館名簿では「佐賀朝日館」。1990年・1992年の映画館名簿では「佐賀シネマ朝日」。1992年の映画館名簿では木造平屋建、220席、経営会社が有楽商事、経営者が迎勝彦、支配人が長尾征之、成人映画を上映。1998年・2000年の映画館名簿には掲載されていない。2015年取り壊し。跡地は「宗龍寺」南東50mにある駐車場「トヨタシェア水ケ江新道ステーション」。

佐賀市水ケ江1丁目には映画館「朝日館」があった。1950年代後半の佐賀県には100館以上の映画館があったが、次第に数を減らしていった。朝日館は成人映画館や再映館となり、4年前まで上映していた。跡地のビルの1階には切符売り場が残っている。*3

大歯雄司「佐賀の映画館の今昔ものがたり」『SAMOMA』佐賀県興行生活衛生同業組合には、1960年の佐賀市にあった「朝日館」の写真が掲載されている。*4
佐賀日活/佐賀日活劇場/佐賀にっかつ/ロッポニカ佐賀/佐賀セントラルシネマ
所在地 : 佐賀県佐賀市東魚町1(1960年・1963年・1966年)、佐賀県佐賀市中央本町10-1(1969年・1973年1980年・1990年・2000年)
開館年 : 1959年3月15日
閉館年 : 2000年以後2002年以前
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「佐賀日活」。1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「佐賀日活劇場」。1980年の映画館名簿では「佐賀にっかつ」。1990年の映画館名簿では「ロッポニカ佐賀」。2000年の映画館名簿では「佐賀セントラルシネマ」。2002年・2010年の映画館名簿には掲載されていない。建物名はセントラルパレス。

1959年3月15日、佐賀市東魚町に「佐賀日活」が開館した。オープニング作品は『今日に生きる』と『実いまだ青し』。博多興業の直営。鉄筋造、ワンスロープ式、冷暖房設備完備。椅子席400、定員800。*5

大歯雄司「佐賀の映画館の今昔ものがたり」『SAMOMA』佐賀県興行生活衛生同業組合には、1960年の佐賀市にあった「日活」の写真が掲載されている。「佐賀日活」の文字が見える。*6
佐賀有楽映画劇場/佐賀有楽会館・佐賀有楽オスカー/佐賀東映劇場・佐賀有楽劇場・佐賀スカラ座・佐賀セントラル劇場/佐賀東宝劇場・佐賀有楽劇場・佐賀スカラ座・佐賀スカラ座2
所在地 : 佐賀県佐賀市松原町52(1958年・1960年・1963年・1966年)、佐賀県佐賀市松原2-11-6(1969年・1980年・1990年・2000年・2002年)
開館年 : 1955年以後1958年以前、1985年(セントラル会館)
閉館年 : 2002年以後2008年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年の映画館名簿では「佐賀有楽映劇」。1963年の映画館名簿では「有楽映画劇場」。1966年・1969年の映画館名簿では「佐賀有楽映画劇場」。1980年の映画館名簿では「佐賀有楽会館・佐賀有楽オスカー」(2館)。1990年の映画館名簿では「佐賀東映劇場・佐賀有楽劇場・佐賀スカラ座・佐賀セントラル劇場」(4館)。2000年・2002年の映画館名簿では「佐賀東宝劇場・佐賀有楽劇場・佐賀スカラ座・佐賀スカラ座2」(4館)。2002年の映画館名簿では鉄筋造1階から4階、230席・234席・270席・300席、経営会社が有楽商事、経営者が迎勝彦、支配人が迎啓二郎。2008年・2010年の映画館名簿には掲載されていない。

1999年3月31日をもって、佐賀市松原の映画館「佐賀東映」が閉館する。佐賀県内では松竹に続いて東映も直営映画館が撤退となる。東映は1957年に佐賀市に進出し、1986年からは佐賀セントラル会館内の1スクリーンを賃借して上映していた。1997年6月に封切られた『失楽園』以降にはめぼしいヒット作がなく、5-6年前から年間700-800万円の赤字が続いていた。佐賀東映のスクリーンは「スカラ座2」に改称し、建物を管理する有楽グループが上映を引き継ぐ。*7

2006年8月末をもって、佐賀市松原2の映画館「佐賀セントラル」と「セントラルプラザ」が閉館する。佐賀セントラルの前身は1959年開館の「有楽劇場」であり、1984年に迎勝彦社長が経営を引き継ぐと、1985年には映画館ビルに建て替えた。1996年には閉館した映画館を買い取ってセントラルプラザを開館させた。両施設で計7スクリーンあり、現在は6スクリーンを使用している。*8
東宝映画劇場/佐賀東宝映劇/佐賀東宝映画劇場/佐賀東宝劇場/佐賀セントラル1・2・3
所在地 : 佐賀県佐賀市松原町新天地(1953年)、佐賀県佐賀市松原町新天地42(1955年)、佐賀県佐賀市松原町新天地52(1958年)、佐賀県佐賀市松原町新天地(1960年)、佐賀県佐賀市松原町52(1963年)、佐賀県佐賀市松原新天地52(1966年)、佐賀県佐賀市松原2-14-6(1969年・1973年)、佐賀県佐賀市松原2-14-16(1980年・1985年・1990年・2000年)
開館年 : 1939年10月、1996年7月
閉館年 : 2006年9月
『全国映画館総覧 1955』によると1939年10月開館。1953年の映画館名簿では「東宝映画劇場」。1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「佐賀東宝映劇」。1966年・1969年の映画館名簿では「佐賀東宝映画劇場」。1973年・1980年・1985年・1990年の映画館名簿では「佐賀東宝劇場」。1995年の映画館名簿では「佐賀セントラル劇場」。2000年・2002年の映画館名簿では「佐賀セントラル1・2・3」(3館)。2002年の映画館名簿では鉄筋造3階、125席・125席・80席、経営会社が有楽商事、経営者が迎勝彦、支配人が迎啓二郎、3巻とも洋画を上映。

大歯雄司「佐賀の映画館の今昔ものがたり」『SAMOMA』佐賀県興行生活衛生同業組合には、1957年の佐賀市にあった「東宝」の写真が掲載されている。「佐賀東宝」の文字が見える。*9

1985年7月、佐賀市に4スクリーンを有する映画館ビルのセントラル会館がオープンした。セントラル会館は2006年4月まで続いた。1996年7月には「セントラル1・2・3」が開館し、2006年9月まで続いた。*10

2006年8月末をもって、佐賀市松原2の映画館「佐賀セントラル」と「セントラルプラザ」が閉館する。佐賀セントラルの前身は1959年開館の「有楽劇場」であり、1984年に迎勝彦社長が経営を引き継ぐと、1985年には映画館ビルに建て替えた。1996年には閉館した映画館を買い取ってセントラルプラザを開館させた。両施設で計7スクリーンあり、現在は6スクリーンを使用している。*11
イオンシネマ佐賀大和
所在地 : 佐賀県佐賀市大和町尼寺2965(2010年)
開館年 : 2001年7月20日
閉館年 : 営業中
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2010年の映画館名簿では「イオンシネマ佐賀大和1-8」(8館)。
109シネマズ佐賀
所在地 : 佐賀県佐賀市巨勢町牛島717 モラージュ佐賀2階(2010年)
開館年 : 2006年11月
閉館年 : 営業中
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2010年の映画館名簿では「109シネマズ佐賀1-10」(10館)。
シアター シエマ1・2
所在地 : 佐賀県佐賀市松原2-14-16 セントラルプラザ3階(2010年・2020年)
開館年 : 2007年12月15日
閉館年 : 営業中
2008年・2010年・2020年の映画館名簿では「シアター シエマ1・2」(2館)。2008年の映画館名簿では鉄筋造3階、110席と72席、経営会社が69'ersFILM、経営者が芳賀英行、支配人が重松恵梨子、邦画・洋画を上映。

2007年12月15日、佐賀市松原にミニシアター「CIEMA」(シエマ)が開館する。2006年8月末に閉館した「セントラルプラザ」の跡地。上映イベントなどを手がける福岡市の69’nersFILM(シックスナイナーズフィルム)が運営。芳賀英行代表。館内にはカフェ、映画関連の書籍、絵本の展示スペースなどが設置される。空を意味するスペイン語のCIEROと映画館を意味する英語のCINEMAを組み合わせた造語である。72席と110席の2スクリーンを有し、単館系の名作や新作を上映する。*12

2007年12月15日、佐賀市に映画館「CIEMA」(シエマ)が開館する。12月12日から14日にはプレイベントが開催され、12日にはおやこでみるチェコアニメ上映会、13日には『ニュー・シネマ・パラダイス』の上映、14日には山田広野のライブと『バサラ人間』の先行上映が行われる。*13

2007年12月15日、佐賀市松原のセントラルプラザに映画館「シアター・シエマ」が開館する。1996年に開館した映画館が2006年9月に閉館していたセントラルプラザの跡地。2スクリーン、95席と72席。運営は市民団体「まちなかキネマさが」。12月12日にはプレイベントが開催され、13日には『ニュー・シネマ・パラダイス』の上映会が、14日には『バサラ人間』の上映会が開催された。正式オープン日の12月15日には『ボルベール』、『もがりの森』などを上映する。1985年に開館した佐賀セントラルも2006年9月に閉館している。*14

2007年12月15日、佐賀市松原地区に映画館「シアター・シエマ」が開館する。松原地区にはかつて複数の映画館があったが、佐賀市郊外にシネコンが進出した影響もあり、約1年前に最後の映画館が閉館した。運営はシックスナイナーズフィルム。2006年8月に閉館したセントラルプラザの跡地を改装し、110席と72席の2スクリーンを有する。改装前の座席の一部はソファと入れ替えた。上映作品は名画や単館系作品が中心であり、開館当初はスペイン映画『ボルベール 帰郷』や河鹹照監督の『もがりの森』を上映する。2007年末には佐賀や吉野ケ里を舞台とする『男はつらいよ ぼくの伯父さん』(1989年)を上映する。かつてスクリーンだった空間をカフェに改装し、映画館の観客以外でも利用できるようにした。コーヒー・アルコール・軽食などを販売し、本棚には映画関連書籍や絵本を並べた。正式開館前の12月13日には『ニュー・シネマ・パラダイス』を上映し、12月14日には活弁映画を上映する。*15

佐賀市の閉館した映画館を使用して、2007年12月15日に「シアター・シエマ」が開館。2スクリーンに計165席。ランチが食べれるカフェもある。10年間で上映した作品数は約1700作品。2008・2009年頃にはデジタル化に際して約1000万円かかる機材の導入に頭を悩ませたが、募金で1200万円超が集まり、2014年末に1スクリーンで新しい映写機を導入できた。2014年以降には上映された作品についてカフェで語り合う催しを開催。2017年12月10日にはファン投票による歴代上映作ベスト10を発表。*16

芳賀英行(33歳)はシアター・シエマを運営するシックスナイナーズフィルムの社長を務めている。20代の頃にバーや喫茶店で自主上映会「移動映画館」を始めた。後に有名になった監督のデビュー前の作品を上映したり、ウナギ店で邦画を上映したこともあった。自ら厳選した作品のみを上映し、自主上映会は好評を博した。2006年9月には佐賀市中心部で最後の映画館が閉館し、やがてシアター・シエマの開館につながった。*17

2008年2月23日未明にかけて、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」がキャバレーに変貌した。東京・新宿のゴールデン街を拠点とするシャンソン歌手のソワレが来館し、電子ピアノに合わせて『サントワマミー』や『バラ色の人生』などを歌った。シアター・シエマでは小規模な演奏会などを行っているが、本格的に歌手を招いたライブは初めて。*18

2008年4月27日、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」で「シエマスクール 昭和レトロ編」が開催される。40年以上の渡って手描き看板を描いてきた絵師の豊福久義が講師。カフェスペースをアトリエ代わりとし、アクリル絵の具で『男はつらいよ』シリーズの寅さんを描く。2008年1月にシアター・シエマが『男はつらいよ ぼくの伯父さん』を上映した際、シアター・シエマが豊福に手描き看板の製作を依頼したことがきっかけ。手描き看板は1980年代まで映画館の顔だったが、平成になると印刷物のポスターで代用され、目にする機会がめっきり減っていた。*19

2008年12月10日、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」の開館1周年記念イベントとして、フランス人歌手・俳優のピエール・バルーのライブが行われる。映画『男と女』に出演して主題歌も歌い、「シャバダバダ〜」のスキャットで人気を博した。*20

2008年12月15日、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」が開館1周年を迎える。開館後1年間で『靖国』や『いのちの食べ方』など135本を上映し、最大のヒット作はリリー・フランキー主演の『ぐるりのこと。』だった。支配人の重松恵梨子(25)は「シエマが県内のほかの映画館でも見られる作品を上映しないのは、作品選びの幅を広げたいから」と語る。カフェには軽食用のソファや絵本棚が並び、読み聞かせ会・絵画教室・音楽ライブなどを月3回程度開催している。運営するシックスナイナーズフィルムの芳賀英行社長(33)は「スクリーンもカフェも含めたサロンのような“空間”として発信したい」と語る。開館後1年間の入場者数は約1万2000人であり、目標の半分程度だった。年間会員は約250人であり、目標の300人には届いていない。*21

2009年1月24日、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」で『天使のいた屋上』の上映が始まり、高木聡監督による舞台挨拶が行われた。伊万里市の敬徳高校や長崎市で撮影が行われた作品である。*22

2009年4月11日から九州4県の映画館で、『島田洋七の佐賀のがばいばあちゃん』が先行上映される。2006年にも映画化されているが、今回は島田が自ら監督した。2008年夏に鹿島市でロケが行われた。佐賀県内ではシアター・シエマ、イオンシネマ佐賀大和、109シネマズ佐賀、ワーナー・マイカル・シネマズ上峰で上映される。*23

2007年末に開館した佐賀市の映画館「シアター・シエマ」の売りは映画鑑賞だけではない。カフェスペースには人形などの雑貨・書籍・CDなどが並ぶ。DJブースではヒップホップのレコードを回す若者がおり、子ども連れの母親はカフェでおしゃべりする。絵本の読み聞かせや音楽ライブが開催される日もある。劇場の座席は半分がソファ席であり、カフェから自由に飲食物を持ち込める。映画以外の要素で観客を呼ぶことには映画業界から否定的な意見もあるが、映画ファンを掘り起こそうと努力を続けている。経営者の芳賀英行(34)は大分県日田市の「日田シネマテーク・リベルテ」にもプロデューサーとしてかかわり、休館していた映画館を2009年6月末に再開させる。*24

2011年2月から、佐賀市松原の映画館「シアター・シエマ」で「午前十時の映画祭」が開催される。佐賀県内ではシアター・シエマのみ。*25

2011年9月10日、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」で映画字幕翻訳者の戸田奈津子のトークイベントがあった。古川康佐賀県知事も出演した。本来は3月に開催予定だったが、東日本大震災の影響で延期されていた。*26

2012年3月3日から、佐賀市松原の映画館「シアター・シエマ」で「午前十時の映画祭」の第2弾「青のシリーズ」の上映が開始される。2011年2月から2012年1月には第1弾「赤のシリーズ」を上映。全国の上映館25館のうち第6位となる1万6307人が観賞し、人口比では第1位を記録した。*27

2012年11月17日から11月23日、福島県南相馬市を撮影したドキュメンタリー「相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶」が佐賀市の「シアター・シエマ」で上映される。初日には福岡県大川市出身の松林要樹監督の舞台挨拶もある。*28

佐賀市松原の映画館「シアター・シエマ」のデジタル化に向けた機材購入のために、常連客らが1000万円を目標とする募金活動を開始した。近年には新作映画の大半はデジタルデータで配信されるが、シアター・シエマはフィルム上映用の機材しか保有しておらず、フィルムからデジタルへの移行期用の臨時システムを使用している。デジタル化のためには専用のサーバやプロジェクターが必要であり、2スクリーンのうち片方をデジタル化するためには約1000万円かかる。毎月の観客数は採算ラインの約1200人程度であり、機材を更新する資金がないため存続が危ぶまれている。2013年12月に常連客が数十万円を寄付したことがきっかけで、映画ファン11人が発起人となって募金活動をお行うことを決めた。*29

2007年12月には佐賀市に映画館「シアター・シエマ」が開館。2014年3月には「シエマでいろんな映画をずっと見たいからシエマのデジタル化に協力する会」(シエデジ会)が発足し、約1000万円かかる新型映写機の導入に取り組んでいる。*30*31

2014年12月27日から、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」はデジタル上映を開始する。4月に常連客が開始した募金は目標額の1000万円を超え、12月21日には報告会が開催された。近年には35ミリフィルム映写機では上映できないデジタルデータの映画配信が増え、機材の切り替えが映画館存続の課題となっていた。3月には常連客によって「シエマでいろんな映画をずっと見たいからシエマのデジタル化に協力する会」(シエデジ会)が結成され、飲食店など佐賀県内100ヵ所に募金箱を設置、チャリティコンサートを企画するなどして寄付を募り、12月20日までに1236万6384円を集めた。*32

2014年3月には「シエマでいろんな映画をずっと見たいからシエマのデジタル化に協力する会」(シエデジ会)が発足。シエデジ会を継承する形で「シエマでずっといろんな映画を観たいからシエマをサポートする会」(シエサポ会)が設立され、月1回のトークイベントなどを行っている。*33

2015年10月から、佐賀市松原の映画館「シアター・シエマ」の支援団体「シエサポ会」は、月2回の講座を開く「かっぱカレッジ」を始める。10月18日には三根楽器店の代表らを講師とする「癒しの和楽器時間」を開催し、10月24日には陶芸家を講師とする「金継風 器の補修ワークショップ」を開催する。2016年3月まで。*34

2017年12月、佐賀市松原2の映画館「シアター・シエマ」が開館10周年を迎えた。佐賀県唯一のミニシアターである。2007年12月15日、閉館した映画館を活用して開館した。2スクリーンに計165席があり、ランチを提供するカフェも有する。2008年から2009年頃には映画のデジタル化に伴って約1000万円の機材を導入する必要があり、上映継続が危ぶまれたが、募金活動で1200万円超が集まるなどして乗り越えた。2014年末には1スクリーンで新しい映写機を導入した。2014年以降には常連客らと協力して、毎月1回の頻度で上映作品についてカフェで語り合う催しを開催している。2017年12月10日には、来場者らの投票で決めた上映作ベスト10を発表した。10年間で上映した作品は新旧合わせて約1700作品にのぼる。*35

「シアター・シエマ」に言及している書籍として中馬聰『映画館 中馬聰写真集』リトルモア、2015年がある。*36

2021年1月にWeb OYA-bunko(大宅壮一文庫)で検索したが有意な言及は発見できず。

コメントをかく


利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

目次

管理人/副管理人のみ編集できます