閉館した映画館を中心とする、日本の映画館の総合データベースです。管理人「hekikaicinema」のみが編集可能。


佐賀地域

佐賀市

佐賀東映劇場(旧)
所在地 : 佐賀県佐賀市松原2-11-10(1980年・1985年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 1986年
1969年・1980年・1985年の映画館名簿では「佐賀東映劇場」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。
佐賀松竹映画劇場/佐賀松竹劇場
所在地 : 佐賀県佐賀市松原2-13-18(1980年・1985年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1969年・1980年の映画館名簿では「佐賀松竹映画劇場」。1985年の映画館名簿では「佐賀松竹劇場」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。
佐賀平和劇場
所在地 : 佐賀県佐賀市松原3-3-39(1980年・1985年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1969年・1980年・1985年の映画館名簿では「佐賀平和劇場」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。
佐賀グランド映画劇場/佐賀グランド劇場
所在地 : 佐賀県佐賀市松原4-5-29(1980年・1990年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 1990年以後1992年以前
1969年の映画館名簿では「佐賀グランド映画劇場」。1980年・1990年の映画館名簿では「佐賀グランド劇場」。1992年・2000年の映画館名簿には掲載されていない。
佐賀朝日映画劇場/佐賀朝日館/佐賀シネマ朝日
所在地 : 佐賀県佐賀市水ケ江1-5-5(1980年・1990年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 1992年以後1998年以前
1969年の映画館名簿では「佐賀朝日映画劇場」。1980年の映画館名簿では「佐賀朝日館」。1990年・1992年の映画館名簿では「佐賀シネマ朝日」。1992年の映画館名簿では木造平屋建、220席、経営会社が有楽商事、経営者が迎勝彦、支配人が長尾征之、成人映画を上映。1998年・2000年の映画館名簿には掲載されていない。
佐賀にっかつ/ロッポニカ佐賀/佐賀セントラルシネマ
所在地 : 佐賀県佐賀市中央本町10-1(1980年・1990年・2000年)
開館年 : 1980年以前
閉館年 : 2000年以後2002年以前
1980年の映画館名簿では「佐賀にっかつ」。1990年の映画館名簿では「ロッポニカ佐賀」。2000年の映画館名簿では「佐賀セントラルシネマ」。2002年・2010年の映画館名簿には掲載されていない。
佐賀有楽映画劇場/佐賀有楽会館・佐賀有楽オスカー/佐賀東映劇場・佐賀有楽劇場・佐賀スカラ座・佐賀セントラル劇場/佐賀東宝劇場・佐賀有楽劇場・佐賀スカラ座・佐賀スカラ座2
所在地 : 佐賀県佐賀市松原2-11-6(1980年・1990年・2000年・2002年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 2002年以後2008年以前
1969年の映画館名簿では「佐賀有楽映画劇場」。1980年の映画館名簿では「佐賀有楽会館・佐賀有楽オスカー」(2館)。1990年の映画館名簿では「佐賀東映劇場・佐賀有楽劇場・佐賀スカラ座・佐賀セントラル劇場」(4館)。2000年・2002年の映画館名簿では「佐賀東宝劇場・佐賀有楽劇場・佐賀スカラ座・佐賀スカラ座2」(4館)。2002年の映画館名簿では鉄筋造1階から4階、230席・234席・270席・300席、経営会社が有楽商事、経営者が迎勝彦、支配人が迎啓二郎。2008年・2010年の映画館名簿には掲載されていない。

1999年3月31日をもって、佐賀市松原の映画館「佐賀東映」が閉館する。佐賀県内では松竹に続いて東映も直営映画館が撤退となる。東映は1957年に佐賀市に進出し、1986年からは佐賀セントラル会館内の1スクリーンを賃借して上映していた。1997年6月に封切られた『失楽園』以降にはめぼしいヒット作がなく、5-6年前から年間700-800万円の赤字が続いていた。佐賀東映のスクリーンは「スカラ座2」に改称し、建物を管理する有楽グループが上映を引き継ぐ。*1

2006年8月末をもって、佐賀市松原2の映画館「佐賀セントラル」と「セントラルプラザ」が閉館する。佐賀セントラルの前身は1959年開館の「有楽劇場」であり、1984年に迎勝彦社長が経営を引き継ぐと、1985年には映画館ビルに建て替えた。1996年には閉館した映画館を買い取ってセントラルプラザを開館させた。両施設で計7スクリーンあり、現在は6スクリーンを使用している。*2
イオンシネマ佐賀大和
所在地 : 佐賀県佐賀市大和町尼寺2965(2010年)
開館年 : 2001年7月20日
閉館年 : 営業中
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2010年の映画館名簿では「イオンシネマ佐賀大和1-8」(8館)。
109シネマズ佐賀
所在地 : 佐賀県佐賀市巨勢町牛島717 モラージュ佐賀2階(2010年)
開館年 : 2006年11月
閉館年 : 営業中
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2010年の映画館名簿では「109シネマズ佐賀1-10」(10館)。
佐賀セントラル1・2・3/シアター シエマ1・2
所在地 : 佐賀県佐賀市松原町新天地(1960年)、佐賀県佐賀市松原2-14-6(1969年)、佐賀県佐賀市松原2-14-16(1980年・1990年・2000年)、佐賀県佐賀市松原2-14-16 セントラルプラザ3階(2010年・2020年)
開館年 : 1996年7月(佐賀セントラル1・2・3)、2007年12月15日(シアター シエマ)
閉館年 : 2006年9月(佐賀セントラル1・2・3)、営業中(シアター・シエマ)
2000年・2002年の映画館名簿では「佐賀セントラル1・2・3」(3館)。2002年の映画館名簿では鉄筋造3階、125席・125席・80席、経営会社が有楽商事、経営者が迎勝彦、支配人が迎啓二郎、3巻とも洋画を上映。2008年・2010年・2020年の映画館名簿では「シアター シエマ1・2」(2館)。2008年の映画館名簿では鉄筋造3階、110席と72席、経営会社が69'ersFILM、経営者が芳賀英行、支配人が重松恵梨子、邦画・洋画を上映。

1985年7月、佐賀市に4スクリーンを有する映画館ビルのセントラル会館がオープンした。セントラル会館は2006年4月まで続いた。1996年7月には「セントラル1・2・3」が開館し、2006年9月まで続いた。*3

2006年8月末をもって、佐賀市松原2の映画館「佐賀セントラル」と「セントラルプラザ」が閉館する。佐賀セントラルの前身は1959年開館の「有楽劇場」であり、1984年に迎勝彦社長が経営を引き継ぐと、1985年には映画館ビルに建て替えた。1996年には閉館した映画館を買い取ってセントラルプラザを開館させた。両施設で計7スクリーンあり、現在は6スクリーンを使用している。*4

2007年12月15日、佐賀市松原にミニシアター「CIEMA」(シエマ)が開館する。2006年8月末に閉館した「セントラルプラザ」の跡地。上映イベントなどを手がける福岡市の69’nersFILM(シックスナイナーズフィルム)が運営。芳賀英行代表。館内にはカフェ、映画関連の書籍、絵本の展示スペースなどが設置される。空を意味するスペイン語のCIEROと映画館を意味する英語のCINEMAを組み合わせた造語である。72席と110席の2スクリーンを有し、単館系の名作や新作を上映する。*5

2007年12月15日、佐賀市に映画館「CIEMA」(シエマ)が開館する。12月12日から14日にはプレイベントが開催され、12日にはおやこでみるチェコアニメ上映会、13日には『ニュー・シネマ・パラダイス』の上映、14日には山田広野のライブと『バサラ人間』の先行上映が行われる。*6

2007年12月15日、佐賀市松原のセントラルプラザに映画館「シアター・シエマ」が開館する。1996年に開館した映画館が2006年9月に閉館していたセントラルプラザの跡地。2スクリーン、95席と72席。運営は市民団体「まちなかキネマさが」。12月12日にはプレイベントが開催され、13日には『ニュー・シネマ・パラダイス』の上映会が、14日には『バサラ人間』の上映会が開催された。正式オープン日の12月15日には『ボルベール』、『もがりの森』などを上映する。1985年に開館した佐賀セントラルも2006年9月に閉館している。*7

2007年12月15日、佐賀市松原地区に映画館「シアター・シエマ」が開館する。松原地区にはかつて複数の映画館があったが、佐賀市郊外にシネコンが進出した影響もあり、約1年前に最後の映画館が閉館した。運営はシックスナイナーズフィルム。2006年8月に閉館したセントラルプラザの跡地を改装し、110席と72席の2スクリーンを有する。改装前の座席の一部はソファと入れ替えた。上映作品は名画や単館系作品が中心であり、開館当初はスペイン映画『ボルベール 帰郷』や河鹹照監督の『もがりの森』を上映する。2007年末には佐賀や吉野ケ里を舞台とする『男はつらいよ ぼくの伯父さん』(1989年)を上映する。かつてスクリーンだった空間をカフェに改装し、映画館の観客以外でも利用できるようにした。コーヒー・アルコール・軽食などを販売し、本棚には映画関連書籍や絵本を並べた。正式開館前の12月13日には『ニュー・シネマ・パラダイス』を上映し、12月14日には活弁映画を上映する。*8

佐賀市の閉館した映画館を使用して、2007年12月15日に「シアター・シエマ」が開館。2スクリーンに計165席。ランチが食べれるカフェもある。10年間で上映した作品数は約1700作品。2008・2009年頃にはデジタル化に際して約1000万円かかる機材の導入に頭を悩ませたが、募金で1200万円超が集まり、2014年末に1スクリーンで新しい映写機を導入できた。2014年以降には上映された作品についてカフェで語り合う催しを開催。2017年12月10日にはファン投票による歴代上映作ベスト10を発表。*9

芳賀英行(33歳)はシアター・シエマを運営するシックスナイナーズフィルムの社長を務めている。20代の頃にバーや喫茶店で自主上映会「移動映画館」を始めた。後に有名になった監督のデビュー前の作品を上映したり、ウナギ店で邦画を上映したこともあった。自ら厳選した作品のみを上映し、自主上映会は好評を博した。2006年9月には佐賀市中心部で最後の映画館が閉館し、やがてシアター・シエマの開館につながった。*10

2008年2月23日未明にかけて、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」がキャバレーに変貌した。東京・新宿のゴールデン街を拠点とするシャンソン歌手のソワレが来館し、電子ピアノに合わせて『サントワマミー』や『バラ色の人生』などを歌った。シアター・シエマでは小規模な演奏会などを行っているが、本格的に歌手を招いたライブは初めて。*11

2008年4月27日、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」で「シエマスクール 昭和レトロ編」が開催される。40年以上の渡って手描き看板を描いてきた絵師の豊福久義が講師。カフェスペースをアトリエ代わりとし、アクリル絵の具で『男はつらいよ』シリーズの寅さんを描く。2008年1月にシアター・シエマが『男はつらいよ ぼくの伯父さん』を上映した際、シアター・シエマが豊福に手描き看板の製作を依頼したことがきっかけ。手描き看板は1980年代まで映画館の顔だったが、平成になると印刷物のポスターで代用され、目にする機会がめっきり減っていた。*12

2008年12月10日、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」の開館1周年記念イベントとして、フランス人歌手・俳優のピエール・バルーのライブが行われる。映画『男と女』に出演して主題歌も歌い、「シャバダバダ〜」のスキャットで人気を博した。*13

2008年12月15日、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」が開館1周年を迎える。開館後1年間で『靖国』や『いのちの食べ方』など135本を上映し、最大のヒット作はリリー・フランキー主演の『ぐるりのこと。』だった。支配人の重松恵梨子(25)は「シエマが県内のほかの映画館でも見られる作品を上映しないのは、作品選びの幅を広げたいから」と語る。カフェには軽食用のソファや絵本棚が並び、読み聞かせ会・絵画教室・音楽ライブなどを月3回程度開催している。運営するシックスナイナーズフィルムの芳賀英行社長(33)は「スクリーンもカフェも含めたサロンのような“空間”として発信したい」と語る。開館後1年間の入場者数は約1万2000人であり、目標の半分程度だった。年間会員は約250人であり、目標の300人には届いていない。*14

2009年1月24日、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」で『天使のいた屋上』の上映が始まり、高木聡監督による舞台挨拶が行われた。伊万里市の敬徳高校や長崎市で撮影が行われた作品である。*15

2009年4月11日から九州4県の映画館で、『島田洋七の佐賀のがばいばあちゃん』が先行上映される。2006年にも映画化されているが、今回は島田が自ら監督した。2008年夏に鹿島市でロケが行われた。佐賀県内ではシアター・シエマ、イオンシネマ佐賀大和、109シネマズ佐賀、ワーナー・マイカル・シネマズ上峰で上映される。*16

2007年末に開館した佐賀市の映画館「シアター・シエマ」の売りは映画鑑賞だけではない。カフェスペースには人形などの雑貨・書籍・CDなどが並ぶ。DJブースではヒップホップのレコードを回す若者がおり、子ども連れの母親はカフェでおしゃべりする。絵本の読み聞かせや音楽ライブが開催される日もある。劇場の座席は半分がソファ席であり、カフェから自由に飲食物を持ち込める。映画以外の要素で観客を呼ぶことには映画業界から否定的な意見もあるが、映画ファンを掘り起こそうと努力を続けている。経営者の芳賀英行(34)は大分県日田市の「日田シネマテーク・リベルテ」にもプロデューサーとしてかかわり、休館していた映画館を2009年6月末に再開させる。*17

2011年2月から、佐賀市松原の映画館「シアター・シエマ」で「午前十時の映画祭」が開催される。佐賀県内ではシアター・シエマのみ。*18

2011年9月10日、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」で映画字幕翻訳者の戸田奈津子のトークイベントがあった。古川康佐賀県知事も出演した。本来は3月に開催予定だったが、東日本大震災の影響で延期されていた。*19

2012年3月3日から、佐賀市松原の映画館「シアター・シエマ」で「午前十時の映画祭」の第2弾「青のシリーズ」の上映が開始される。2011年2月から2012年1月には第1弾「赤のシリーズ」を上映。全国の上映館25館のうち第6位となる1万6307人が観賞し、人口比では第1位を記録した。*20

2012年11月17日から11月23日、福島県南相馬市を撮影したドキュメンタリー「相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶」が佐賀市の「シアター・シエマ」で上映される。初日には福岡県大川市出身の松林要樹監督の舞台挨拶もある。*21

佐賀市松原の映画館「シアター・シエマ」のデジタル化に向けた機材購入のために、常連客らが1000万円を目標とする募金活動を開始した。近年には新作映画の大半はデジタルデータで配信されるが、シアター・シエマはフィルム上映用の機材しか保有しておらず、フィルムからデジタルへの移行期用の臨時システムを使用している。デジタル化のためには専用のサーバやプロジェクターが必要であり、2スクリーンのうち片方をデジタル化するためには約1000万円かかる。毎月の観客数は採算ラインの約1200人程度であり、機材を更新する資金がないため存続が危ぶまれている。2013年12月に常連客が数十万円を寄付したことがきっかけで、映画ファン11人が発起人となって募金活動をお行うことを決めた。*22

2007年12月には佐賀市に映画館「シアター・シエマ」が開館。2014年3月には「シエマでいろんな映画をずっと見たいからシエマのデジタル化に協力する会」(シエデジ会)が発足し、約1000万円かかる新型映写機の導入に取り組んでいる。*23*24

2014年12月27日から、佐賀市の映画館「シアター・シエマ」はデジタル上映を開始する。4月に常連客が開始した募金は目標額の1000万円を超え、12月21日には報告会が開催された。近年には35ミリフィルム映写機では上映できないデジタルデータの映画配信が増え、機材の切り替えが映画館存続の課題となっていた。3月には常連客によって「シエマでいろんな映画をずっと見たいからシエマのデジタル化に協力する会」(シエデジ会)が結成され、飲食店など佐賀県内100ヵ所に募金箱を設置、チャリティコンサートを企画するなどして寄付を募り、12月20日までに1236万6384円を集めた。*25

2014年3月には「シエマでいろんな映画をずっと見たいからシエマのデジタル化に協力する会」(シエデジ会)が発足。シエデジ会を継承する形で「シエマでずっといろんな映画を観たいからシエマをサポートする会」(シエサポ会)が設立され、月1回のトークイベントなどを行っている。*26

2015年10月から、佐賀市松原の映画館「シアター・シエマ」の支援団体「シエサポ会」は、月2回の講座を開く「かっぱカレッジ」を始める。10月18日には三根楽器店の代表らを講師とする「癒しの和楽器時間」を開催し、10月24日には陶芸家を講師とする「金継風 器の補修ワークショップ」を開催する。2016年3月まで。*27

2017年12月、佐賀市松原2の映画館「シアター・シエマ」が開館10周年を迎えた。佐賀県唯一のミニシアターである。2007年12月15日、閉館した映画館を活用して開館した。2スクリーンに計165席があり、ランチを提供するカフェも有する。2008年から2009年頃には映画のデジタル化に伴って約1000万円の機材を導入する必要があり、上映継続が危ぶまれたが、募金活動で1200万円超が集まるなどして乗り越えた。2014年末には1スクリーンで新しい映写機を導入した。2014年以降には常連客らと協力して、毎月1回の頻度で上映作品についてカフェで語り合う催しを開催している。2017年12月10日には、来場者らの投票で決めた上映作ベスト10を発表した。10年間で上映した作品は新旧合わせて約1700作品にのぼる。*28

2021年1月にWeb OYA-bunko(大宅壮一文庫)で検索したが有意な言及は発見できず。

多久市

別府劇場/多久別府映画劇場
所在地 : 佐賀県多久市東多久町(1969年)
開館年 : 1955年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
多久昭映館/多久昭映
所在地 : 佐賀県多久市多久莇原(1969年)
開館年 : 1954年3月
閉館年 : 1969年以後1973年以前

小城市

昭和館/小城昭和館
所在地 : 佐賀県小城市小城町160(1973年)
開館年 : 1950年以前
閉館年 : 1973年以後1980年以前
小城巡映
所在地 : 佐賀県小城郡小城町(1980年・1985年)
開館年 : 1973年以後1980年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1980年・1985年の映画館名簿では「小城巡映」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。小城市最後の映画館。

唐津地域

唐津市

高串中央館
所在地 : 佐賀県東松浦郡肥前町高串(1969年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
浜崎映劇/浜崎映画劇場
所在地 : 佐賀県東松浦郡浜崎玉島町浜崎(1960年)、佐賀県東松浦郡浜玉町(1969年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
唐津中央大劇
所在地 : 佐賀県唐津市材木町2987(1980年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 1980年以後1985年以前
1980年の映画館名簿では「唐津中央大劇」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。
唐津スカラ座・唐津センターシネマ
所在地 : 佐賀県唐津市材木町2087(1980年・1985年・1990年)
開館年 : 1973年以後1980年以前
閉館年 : 1990年以後1997年以前
1980年・1985年・1990年の映画館名簿では「唐津スカラ座・唐津センターシネマ」(2館)。2000年の映画館名簿には掲載されていない。
唐津東宝大劇/唐津東宝大劇1・2
所在地 : 佐賀県唐津市千代田町2109-3(1980年・1990年)
開館年 : 1957年
閉館年 : 1997年2月16日
1980年の映画館名簿では「唐津東宝大劇」。1990年の映画館名簿では「唐津東宝大劇1・2」(2館)。2000年の映画館名簿には掲載されていない。唐津市最後の従来型映画館。

1997年2月8日付『佐賀新聞』には唐津東宝大劇の閉館に関する記事が掲載されている。*29

1997年2月13日付『西日本新聞』佐賀版には唐津東宝大劇の閉館に関する記事が掲載されている。*30

1997年2月16日、唐津市の映画館「東宝大劇」が閉館する。1957年に開館し、全盛期には唐津市だけで約8館の映画館があった。閉館後には建物を取り壊し、テナントビルを建設する予定。*31
THEATER ENYA
所在地 : 佐賀県唐津市京町1783 KARAE 1階(2020年)
開館年 : 2019年10月25日
閉館年 : 営業中
Wikipedia : THEATER ENYA
読みはシアター・エンヤ。

2021年1月にWeb OYA-bunko(大宅壮一文庫)で検索したが有意な言及は発見できず。

東松浦郡玄海町

松竹館/有明松竹館
所在地 : 佐賀県東松浦郡玄海町諸浦(1960年)、佐賀県東松浦郡玄海町(1969年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
玄海町のドライブインシアター
所在地 : 佐賀県東松浦郡玄海町
開館年 : 1997年9月
閉館年 : 不明
1997年9月以降の毎週土曜日、東松浦郡玄海町有浦のいこいの広場にドライブインシアターが開館する。『インデペンデンス・デイ』など最近のヒット作を上映する予定。1995年に結成された玄海町青年団が企画した。1997年2月には唐津市と東松浦郡で唯一営業していた映画館が閉館し、映画を観るためには片道約2時間かけて福岡市や佐賀市周辺を訪れる必要があった。本格的なレンタルビデオ店は唐津市や呼子町にしかなく、ドライブインシアターの開館を決定した。玄海町から200万円の助成を受け、フィルム・スクリーン・えいしゃきなどをじゅんびした。130台分の駐車場があり、入場料は車1台につき1500円。9月6日は『インデペンデンス・デイ』、13日は『ウルトラマン・ゼアス』、20日は『ロミオ+ジュリエット』、27日は『セブン』を上映する。18時30分に開場し、19時に上映開始する。*32

東部地域

鳥栖市

鳥栖東映/鳥栖東映劇場
所在地 : 佐賀県鳥栖市本通1丁目860(1960年)、佐賀県鳥栖市本通町680(1969年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
銀星映劇/鳥栖銀星映画劇場/鳥栖銀星映劇
所在地 : 佐賀県鳥栖市京町784(1973年)、佐賀県鳥栖市京町(1980年)
開館年 : 1953年12月
閉館年 : 1980年以後1985年以前
1980年の映画館名簿では「鳥栖銀星映劇」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。鳥栖市最後の映画館。

神埼市

新世界/新世界映劇/神埼新世界映画劇場
所在地 : 佐賀県神埼郡神埼町駅通(1960年)、佐賀県神埼郡神埼町(1969年)
開館年 : 1953年2月
閉館年 : 1969年以後1973年以前

三養基郡上峰町

ワーナー・マイカル・シネマズ上峰
所在地 : 佐賀県三養基郡上峰町大字坊所1539-1(2000年・2010年)
開館年 : 1996年9月28日
閉館年 : 2010年2月28日
2000年・2010年の映画館名簿では「ワーナー・マイカル・シネマズ上峰1-7」(7館)。佐賀県初のシネコン。

このほど、佐賀県上峰町の「ワーナー・マイカル・シネマズ上峰」が開館1周年を迎えた。1997年9月28日までの入館者は40万65人であり、目標の40万人を超えた。うち2割近くは福岡県久留米市からであり、筑後地区だけで38.4%を占めている。1日当たりの平均入館者数は平日が約500人、土日祝日が約2000人、夏休みの週末が約4000人だった。入館者の居住地は久留米市が17.8%、鳥栖市が9.8%、佐賀市が8.5%、筑後市が4%、八女市が3.1%、大川市が2.5%、八女郡が2.3%、柳川市が1.7%、唐津市が1.3%、鹿島市が0.9%などだった。マイカー利用者が89.3%だった。*33

2010年2月28日、佐賀県上峰町の映画館「ワーナー・マイカル・シネマズ上峰」が閉館した。施設の老朽化や、商圏への相次ぐシネコンの進出が影響した。1996年9月、大型ショッピングセンターの上峰サティに佐賀県初のシネコンとして開館した。7スクリーン計1559席。1997年には『タイタニック』や『もののけ姫』などのヒット作が公開され、一家の娯楽としてシネコンでの映画鑑賞が定着したという。佐賀県と福岡県の2件にまたがる、20-30km圏内を商圏に見込んでいたが、2001年と2006年には佐賀市にシネコンが開館し、2004年には久留米市に(ティ・ジョイ久留米)、2008年には筑紫野市に(ワーナー・マイカル・シネマズ筑紫野)シネコンが開館し、スクリーン数で上回るシネコン4施設に囲まれる形となっていた。*34

三養基郡基山町

三養基郡みやき町

神埼郡吉野ヶ里町

伊万里地域

伊万里市

伊万里東宝喜楽館/伊万里東宝喜楽
所在地 : 佐賀県伊万里市浜町甲503(1980年・1985年)
開館年 : 1963年以後1966年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1980年の映画館名簿では「伊万里東宝喜楽館」。1985年の映画館名簿では「伊万里東宝喜楽」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。
銀映映劇/伊万里銀映映画劇場/伊万里銀映劇場/伊万里国際映劇/伊万里第二国際
所在地 : 佐賀県伊万里市浜町甲541(1980年・1985年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1980年の映画館名簿では「伊万里国際映劇」。1985年の映画館名簿では「伊万里第二国際」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。
国際映劇/伊万里国際映画劇場/伊万里第二国際映劇/伊万里国際劇場
所在地 : 佐賀県伊万里市浜町甲545(1980年・1990年)
開館年 : 1952年8月
閉館年 : 1990年以後1992年以前
1980年の映画館名簿では「伊万里第二国際映劇」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。1990年の映画館名簿では「伊万里国際劇場」。1992年・2000年の映画館名簿には掲載されていない。

西松浦郡有田町

蔵宿日新館
所在地 : 佐賀県西松浦郡有田町蔵宿町(1969年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
有田昭映館/有田昭映
所在地 : 佐賀県西松浦郡有田町145(1960年)、佐賀県西松浦郡有田町上有田(1969年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
日新館/有田日新館/有田東映劇場
所在地 : 佐賀県西松浦郡有田町丙999(1960年)、佐賀県西松浦郡有田町本町(1969年)
開館年 : 1953年7月
閉館年 : 1969年以後1973年以前

杵藤地域

武雄市

武雄日活銀映劇場
所在地 : 佐賀県武雄市武雄町大字富岡(1969年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
武雄大洋映画劇場/武雄大洋映劇
所在地 : 佐賀県武雄市松原町(1980年)、佐賀県武雄市松原町3丁目(1990年・1992年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 1992年以後1998年以前
1980年・1990年・1992年の映画館名簿では「武雄大洋映劇」。1992年の映画館名簿では鉄筋造2階建、68席、経営者が村上又次郎、支配人は記載なし、邦画・洋画を上映。1998年2000年の映画館名簿には掲載されていない。武雄市最後の映画館。

鹿島市

第二マコト映劇/鹿島第二マコト映画劇場
所在地 : 佐賀県鹿島市大字高津原3198(1973年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1973年以後1980年以前
マコト映劇/鹿島マコト映画劇場/鹿島マコト映劇
所在地 : 佐賀県鹿島市大字高津原3804-1(1980年・1985年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1980年・1985年の映画館名簿では「鹿島マコト映劇」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。鹿島市最後の映画館。

嬉野市

嬉野劇場/嬉野映画劇場
所在地 : 佐賀県藤津郡嬉野町大字下宿(1973年)
開館年 : 1950年以前
閉館年 : 1973年以後1980年以前

杵島郡白石町

杵島郡大町町

杵島郡江北町

藤津郡太良町

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