閉館した映画館を中心とする、日本の映画館の総合データベースです。管理人「hekikaicinema」のみが編集可能。


高知市

高知市の映画館
2019年9月20日から香美市土佐山田町東本町の商家で、展示会「高知の映画館資料展」が開催されている。高知市の市民団体である黄昏キネマ代表の岡本卓也(65)の調査によると、映画黄金期の1957年の高知市には32館もの映画館があったという。シネコンとミニシアターのウィークエンドキネマMを除けば、戦後の高知市で営業していたのは46館であるが、現在はあたご劇場の1館のみとなっている。*1
菜園場劇場/さえんば劇場
所在地 : 高知県高知市田淵町(1958年)
開館年 : 1955年頃
閉館年 : 1958年以後1960年以前
映画館の建物は廃墟として現存。
高知セントラル/セントラル劇場/MS劇場/高知MS劇場
所在地 : 高知県高知市帯屋町18(1969年)
開館年 : 1951年4月
閉館年 : 1971年1月11日
跡地は商業ビル「リブロード」となり、2017年に「天然温泉ドーミーイン高知」開店。
鴨部パレス/高知鴨部パレス
所在地 : 高知県高知市鴨部町64(1969年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
リベラル劇場/高知リベラル劇場
所在地 : 高知県高知市京町1(1955年)、高知県高知市堺町60(1960年)、高知県高知市堺町(1969年)
開館年 : 1946年10月
閉館年 : 1969年以後1973年以前
鳳館/高知堀詰劇場/堀詰座/高知東映劇場
所在地 : 高知県高知市中島町80(1973年)
開館年 : 1930年以前、1953年2月
閉館年 : 1975年頃移転
跡地は有料駐車場「タイムズトーエイパーキング」。
旭東宝劇場/高知旭東宝
所在地 : 高知県高知市旭駅前通(1973年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1973年以後1976年以前
平和劇場/長浜東映/高知長浜文化劇場
所在地 : 高知県高知市長浜町573(1955年)、高知県高知市長浜町571(1960年・1969年・1973年)
開館年 : 1951年9月
閉館年 : 1973年以後1976年以前
OS劇場/高知天満OS劇場
所在地 : 高知県高知市桟橋通118(1960年)、高知県高知市桟橋通1-28(1969年・1973年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1973年以後1976年以前
大映高知大劇/高知大劇
所在地 : 高知県高知市本町60(1960年・1969年・1973年)
開館年 : 1950年12月
閉館年 : 1973年以後1976年以前
モデル劇場/高知日活モデル劇場(旧)
所在地 : 高知県高知市新京町1212(1955年)、高知県高知市帯屋町18(1976年)
開館年 : 1950年4月
閉館年 : 1976年以後1980年以前(移転)
跡地はアルカビル。
高知中劇/高知中劇場
所在地 : 高知県高知市中島町66(1960年・1969年)、高知県高知市本町2-3-35(1980年・1985年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1969年の映画館名簿では「高知中劇」。1980年・1985年の映画館名簿では「高知中劇場」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。
テアトル土電/高知テアトル土電・高知土電ホール/高知テアトル土電
所在地 : 高知県高知市南播磨屋町5(1960年・1969年)、高知県高知市南播磨屋町1-8-1(1980年・1985年)、高知県高知市南播磨屋町1-8-1 とでん西武2階(閉館時)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1989年
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「テアトル土電」。1969年・1980年の映画館名簿では「高知テアトル土電・高知土電ホール」(2館)。1985年の映画館名簿では「高知テアトル土電」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はパチンコ店「123+Nはりまや橋店」などが入る2011年竣工の「延田ビル」。
高知名画座
所在地 : 高知県高知市旭町1-6(1980年・1985年)
開館年 : 1980年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1980年・1985年の映画館名簿では「高知名画座」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。
旭劇場/高知アサヒ劇場
所在地 : 高知県高知市旭町1-39(1955年)、高知県高知市玉水町99(1960年)、高知県高知市旭町99(1969年・1973年・1976年)、高知県高知市旭町1-39(1980年・1985年)
開館年 : 1926年4月
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1969年・1980年・1985年の映画館名簿では「高知アサヒ劇場」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。
高知第二劇場
所在地 : 高知県高知市城見町137(1966年・1969年)、高知県高知市城見町9-12(1980年・1990年)
開館年 : 1960年以後1966年以前
閉館年 : 1998年6月25日
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1966年・1969年・1980年・1990年の映画館名簿では「高知第二劇場」。2000年の映画館名簿には掲載されていない。
高知東映劇場/高知東映劇場・高知東映パラス/高知東映劇場・高知東映パラス劇場/高知東映
所在地 : 高知県高知市中島町80(1960年・1969年)、高知県高知市本町1-2-25(1980年・1990年・2000年)
開館年 : 1955年以後1960年以前、1975年3月(ビル化)
閉館年 : 2004年8月31日
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「高知東映」。1969年の映画館名簿では「高知東映劇場」。1980年の映画館名簿では「高知東映劇場・高知東映パラス」(2館)。1990年の映画館名簿では「高知東映劇場・高知東映パラス劇場」(2館)。2000年の映画館名簿では「高知東映」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。

2004年5月21日の『高知新聞』には「高知東映」が8月をもって閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*2

2004年8月31日、高知市本町1の映画館「高知東映」が閉館した。1975年3月に開館し、土佐を舞台とした『鬼龍院花子の生涯』(1982年製作)が上映された際には1日で3500人を超す観客が集まった。最終上映作品はアニメ映画『金色のガッシュベル 101番目の魔物』だったが、最終日の観客は少なかったという。今年7月にはシネコン「TOHOシネマズ高知」が開館しており、今後は東映配給作品がTOHOシネマズ高知で公開される。*3

2004年8月31日をもって、高知市本町1丁目の映画館「高知東映」が閉館した。1975年に開館し、約30年間営業していた。全盛期には数多くの名優が来館したという。*4
高知松竹/高知松竹劇場/高知松竹劇場・高知ピカデリー劇場・高知にっかつモデル劇場/高知松竹ピカデリー劇場・高知にっかつモデル劇場/高知松竹ピカデリー1・2・3/高知シネプラザ
所在地 : 高知県高知市本町85(1960年・1969年)、高知県高知市本町1-3-22(1980年・1990年・2000年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 2005年6月(高知松竹)、2005年11月11日(高知シネプラザ)
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「高知松竹」。1969年の映画館名簿では「高知松竹劇場」。1980年の映画館名簿では「高知松竹劇場・高知ピカデリー劇場・高知にっかつモデル劇場」(3館)。1990年の映画館名簿では「高知松竹ピカデリー劇場・高知にっかつモデル劇場」(2館)。2000年の映画館名簿では「高知松竹ピカデリー1・2・3」(3館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は2013年竣工のマンション「セントラルレジデンス」建物西側。

2005年4月9日、高知市本町1の映画館「高知松竹ピカデリー」で『ハルウララ』の全国先行上映が始まった。高知競馬で113連敗中の人気馬であるハルウララを描いている。森川時久監督や出演した賀来千香子が舞台挨拶を行った。*5

2005年10月23日の『高知新聞』1面には「高知東宝」が2006年1月に、旧「松竹」が11月11日に閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*6

2005年10月23日の『高知新聞』28面には「高知東宝」と旧「高知松竹」の閉館が決定したという記事が掲載されている。現物は未確認。*7

高知市帯屋町1丁目のPopolo東宝ビルにある映画館「高知東宝」と本町1丁目の電車通りに面したビルにある「高知シネプラザ」の閉館が決まった。高知東宝は2006年1月末に、高知シネプラザは2005年11月中に閉館する予定。2005年6月には「高知松竹」から松竹が撤退したが、7月中旬には「高知シネプラザ」に改称して営業を再開した。しかし、売り上げはかつての3分の1程度に落ち込んでいた。*8

2005年11月11日をもって、高知市本町1丁目の映画館「高知シネプラザ」が閉館した。旧称は高知松竹ピカデリー。高知市中心部にあり、電車通りに面している。昭和50年代前半に現在の建物で開館し、女優の羽田美智子が訪れたこともあった。2004年7月にイオン高知にシネコンが開館したことで観客数が激減した。2003年には約21万5000人だったが、2004年には約4割減少した。2005年6月に松竹が撤退し、7月には改称して営業を続けていた。*9
高知東宝劇場/高知東宝1・2・高知宝塚劇場/高知東宝1・2・3
所在地 : 高知県高知市帯屋町27(1960年)、高知県高知市帯屋町1-9-4(1980年・1990年・2000年)
開館年 : 1954年12月1日
閉館年 : 2006年1月29日
1960年の映画館名簿では「高知東宝」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。1980年の映画館名簿では「高知東宝劇場」。1990年の映画館名簿では「高知東宝1・2・高知宝塚劇場」(3館)。2000年の映画館名簿では「高知東宝1・2・3」(3館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は2007年開業のビジネスホテル「リッチモンドホテル高知」。

1955年頃の高知市にあった「高知東宝劇場」の写真あり。『山を守る兄弟』や『次郎長と小天狗 殴り込み甲州路』の看板が見える。*10

2005年3月6日の『高知新聞』には「高知東宝会館」が時期未定だが閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*11

高知市帯屋町1丁目のPopolo東宝ビルにある映画館「高知東宝」と本町1丁目の電車通りに面したビルにある「高知シネプラザ」の閉館が決まった。高知東宝は2006年1月末に、高知シネプラザは2005年11月中に閉館する予定。高知東宝は約50年前に現在地に開館し、1969年に地下1階・地上6階建てのビルに移った。帯屋町筋商店街のアーケードにある映画館として親しまれた。2004年7月に「TOHOシネマズ高知」が開館したことで売上が低迷していた。閉館後にはビルを解体し、跡地はビジネスホテルになる予定。*12

2005年10月31日、高知市中心市街地活性化推進懇話会の会合で帯屋町1の映画館「高知東宝」と本町1の映画館「高知シネプラザ」の閉館が明らかにされた。2004年7月にシネコン「TOHOシネマズ高知」が開館したことが理由。高知東宝は2006年1月末に閉館する予定。高知東宝が入居しているビルは取り壊され、跡地にはビジネスホテルが建設される予定。*13

2006年1月29日、高知市の映画館「高知東宝会館」が36年の歴史に幕を閉じて閉館した。高知市中心部のアーケード街唯一の映画館だった。2004年には「高知東映」が、2005年11月には松竹系映画館が閉館しており、高知市中心部から一般映画館がなくなった。1月7日から1月29日までは、『砂の器』や『ロード・オブ・ザ・リング』などの名作30作品を1本500円で上映する「サヨナラフェスティバル」を実施していた。2005年10月から12月の月間入場者数は3000人台から5000人台だったが、1月は28日までに約7700人と増加した。*14

2006年1月29日をもって、高知市帯屋町1丁目の映画館「高知東宝」が閉館した。1954年に開館し、アーケード内の映画館として親しまれた。2004年には郊外に同じ東宝系のシネコンが開館し、「高知東映」や「高知松竹ピカデリー」が相次いで閉館した。高知東宝が閉館したことで、高知市中心部の封切館がすべて姿を消した。*15

2006年1月30日の『高知新聞』には「高知東宝」が閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*16

2006年6月4日の『高知新聞』には「高知東宝会館」跡地にロイネットホテルが進出するという記事が掲載されている。現物は未確認。*17
高知小劇/高知小劇場
所在地 : 高知県高知市本町99(1960年・1969年)、高知県高知市本町2-2-7(1980年・1990年・2000年)
開館年 : 1950年7月
閉館年 : 2013年3月31日
1960年・1969年の映画館名簿では「高知小劇」。1980年・1990年・2000年の映画館名簿では「高知小劇場」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。閉館時は成人映画館。跡地は国道32号中ノ橋通り交差点南南西60mの有料駐車場「あなぶきパーク本町2丁目」。
ウィークエンドキネマM
所在地 : 高知県高知市帯屋町1-13-8 アルカビル1階(2018年)
開館年 : 2017年10月7日
閉館年 : 2019年1月23日
2015年の映画館名簿には掲載されていない。2018年の映画館名簿では「ウィークエンドキネマM」。2018年の映画館名簿では経営会社が桃山商店、代表者が中村桃子、支配人が宇賀朋未。2020年の映画館名簿には掲載されていない。

2017年10月7日、高知市帯屋町1のおびさんロード商店街に映画館「ウィークエンドキネマM」が開館する。代表は映画監督の安藤桃子であり、安藤は『0.5ミリ』の撮影をきっかけに高知に移住している。1スクリーン57席。2018年12月末までの期間限定で営業する。*18

2019年1月23日、高知市帯屋町1丁目の映画館「ウィークエンドキネマM」がビル建て替え前の最終上映を行った。高知市在住の映画監督である安藤桃子が運営する。2021年春には新築される13階建てのビル内にリニューアルオープンする予定。最終上映には安藤桃子の父親である奥田瑛二、母親である安藤和津も駆け付けた。*19

2021年1月にWeb OYA-bunko(大宅壮一文庫)で検索したが有意な言及は発見できず。
あたご劇場/高知あたご劇場
所在地 : 高知県高知市愛宕町79(1960年)、高知県高知市愛宕町1-79(1969年)、高知県高知市愛宕町1-1-22(1980年・1990年・2000年・2010年)
開館年 : 1955年4月
閉館年 : 営業中
1960年の映画館名簿では「あたご劇場」。1969年・1980年・1990年・2000年・2010年の映画館名簿では「高知あたご劇場」。

高知市愛宕町にある映画館「あたご劇場」を支援するウェブサイトが開設された。1955年に開館し、高知市で最も古い映画館である。愛宕商店街の路地を右折して30メートルほどの場所にある。木造モルタル2階建て、客席数は150席。劇場主の水田兼美(85)、妻の二三(77)、息子で映写技師の朝雄(50)、娘の昌子(43)など、5人中4人が家族である。2004年夏には高知市秦南町1丁目にシネコンが開館する予定である。*20

高知城の北東の高知市愛宕町には、1955年開館の映画館「あたご劇場」がある。館主の水田朝雄(63)の実家は大正期から映画館の経営を行っており、県外の大学を卒業した後に父親が経営するあたご劇場を手伝い始めた。経営は10年以上も赤字であり、2012年末で閉館する予定だったが、約600万円を投じてドイツ製デジタル映写機を購入し、フィルム映写機と併用しながら映画館を存続させた。2013年現在の上映本数は年間約40本であり、旧作のほかに新作も多く上映している。*21

「高知あたご劇場」に言及している書籍として中馬聰『映画館 中馬聰写真集』リトルモア、2015年がある。*22

2021年1月にWeb OYA-bunko(大宅壮一文庫)で検索したが有意な言及は発見できず。
TOHOシネマズ高知
所在地 : 高知県高知市秦南町1-4-8 イオンモール高知3階(2010年)
開館年 : 2004年7月17日
閉館年 : 営業中
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2010年の映画館名簿では「TOHOシネマズ高知1-9」(9館)。

2004年7月17日、イオン高知ショッピングセンターの3階と4階に、シネコン「TOHOシネマズ高知」が開館する。延床面積は約5,800m2。9スクリーン計1597席を有し、延床面積と座席数で四国最大のシネコンとなる。年間65万人の観客と8億円の売り上げを目指している。2001年の開館を目指していたが、中心市街地への影響などを理由に高知市議会が反対した。イオン側は11万人分の署名を集めて建設を申請し、高知市が認めなかったことから訴訟に発展したが、2003年9月に高知市が敗訴して建設許可が下りた。東宝関西興行は高知市帯屋町に「高知東宝」を経営しているが、シネコンとの共存を図るとしており、すぐに撤退する気はないという。*23

2004年7月17日、高知市のイオン高知SC3階・4階部分にシネコン「TOHOシネマズ高知」が開館する。高知県初のシネコンであり、9スクリーンを有する。総床面積5821m2、座席数計1579席はいずれも四国最大。7月16日には『世界の中心で愛をさけぶ』に出演した長沢まさみなどが招待された開館記念式典が開催された。*24

2004年(平成16年)7月には高知市郊外に、高知県内初のシネコンとして「TOHOシネマズ高知」が開館。10スクリーン計約1600席。同年8月には本町1丁目の「高知東映」が閉館し、翌2005年(平成17年)3月には帯屋町1丁目の「高知東宝」が閉館を決定した。同年6月末には本町1丁目の「高知松竹ピカデリー」も閉館するが、高知松竹ピカデリーの支配人は運営を引き継ぐ方針を示しており、松竹の撤退後しばらくして営業を再開する予定である。TOHOシネマズ高知の開館後、高知東宝と高知松竹ピカデリーの観客数は従来の3割にまで激減していた。*25

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