閉館した映画館を中心とする、日本の映画館の総合データベースです。管理人「hekikaicinema」のみが編集可能。


宮崎県

宮崎市

宮崎東映劇場
所在地 : 宮崎県宮崎市中央通6-2(1990年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1999年1月17日(宮崎東映劇場)
Wikipedia : 宮崎東映劇場
1960年の映画館名簿では「宮崎東映」。1969年の映画館名簿では「宮崎東映劇場」。1980年の映画館名簿では「宮崎東映劇場・宮崎東映パラス」(2館)。1990年の映画館名簿では「宮崎東映シネマ1・2」(2館)。2000年の映画館名簿には掲載されていない。

1999年1月17日、宮崎市中央通の映画館「宮崎東映劇場」が閉館する。東映の直営館だった。理由は観客離れによる業績不振。施設は宮崎市内の興行会社が引き継ぎ、5月23日に洋画上映館「マジソンシアター」として再出発する。運営する九州東映事業によると、移転や建て替えなどの際に資料が廃棄されて詳しくわからないものの、1956年頃には開館していたとされる。1993年から現在の貸しビルで営業していたが、施設を借りてまで直営するメリットが薄れていたという。*1

1999年1月17日、宮崎市中央通3丁目の映画館「宮崎東映劇場」が閉館する。1スクリーン180席。観客数の減少による経営不振が理由。東映の子会社である九州東映事業が運営していた。宮崎県における大手邦画会社の直営館は宮崎東宝劇場のみとなる。昭和30年代初頭に開館し、1993年には現在の貸しビルに移転していた。1998年の観客数は2万7000人、興行収入は3700万円だった。宮崎市内の興行会社が施設を引き取って改装し、1月23日には洋画上映館「マジソンシアター」が開館する予定である。*2
宮崎セントラル会館
所在地 : 宮崎県宮崎市橘通西4-1-4(1980年)、宮崎県宮崎市橘通西4-1-2(1990年・2000年)
開館年 : 1977年
閉館年 : 2005年5月1日
1980年野映画館名簿では「宮崎スカラ座・宮崎東宝劇場・宮崎東宝プラザ・宮崎セントラル・宮崎オスカー」(5館)。1990年の映画館名簿では「宮崎スカラ座・宮崎東宝劇場・宮崎東宝プラザ・宮崎セントラル・宮崎アカデミー・宮崎オスカー・宮崎セントラル1」(7館)。2000年の映画館名簿では「宮崎セントラル・宮崎アカデミー・宮崎オスカー・宮崎ティアラ・宮崎東宝劇場・宮崎プラザ」(6館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。

2005年5月1日、宮崎市の映画館ビル「宮崎セントラル会館」でセントラル観光が運営していた映画館が閉館した。5月17日にはイオン宮崎内に、セントラル観光によるシネコンが開館する。1977年にセントラル観光が運営を開始し、宮崎県最大規模の映画館であった。宮崎セントラル会館の映画館は7スクリーン計1300席を有しているが、シネコンは9スクリーン計1832席となる。*3
宮崎松竹ピカデリー・宮崎にっかつ/宮崎ピカデリー・宮崎シネサロン・宮崎にっかつ劇場/宮崎ピカデリー・宮崎シネサロン・ロッポニカ宮崎/宮崎ピカデリー・宮崎シネサロン・宮崎マジソンシアター
所在地 : 宮崎県宮崎市中央通3-47(1980年・1985年・1990年)、宮崎県宮崎市中央通3-47 中めがね東洋ビル5階、4階(2000年)
開館年 : 1980年以前
閉館年 : 2007年12月21日
1980年の映画館名簿では「宮崎松竹ピカデリー・宮崎にっかつ」(2館)。1985年の映画館名簿では「宮崎ピカデリー・宮崎シネサロン・宮崎にっかつ劇場」(3館)。1990年の映画館名簿では「宮崎ピカデリー・宮崎シネサロン・ロッポニカ宮崎」(3館)。2000年の映画館名簿では「宮崎ピカデリー・宮崎シネサロン・宮崎マジソンシアター」(3館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。

2007年12月21日、宮崎市の映画館「宮崎ピカデリー」と「宮崎シネサロン」が閉館する。経営難などが理由。1974年に開館し、当初はピカデリーが大作映画、シネサロンが単館系作品を上映していた。宮崎市内にシネコンが開館したことで、2005年頃から観客数が減少し、ピーク時の半分まで落ち込んだことから、2007年9月に閉館が決定した。*4

2007年12月21日、宮崎市中央通の商業ビル5階にある「宮崎ピカデリー」と「宮崎シネサロン」が閉館する。2005年に宮崎市郊外にシネコンが開館して観客数が減少したことが理由。宮崎ピカデリーでは最終週の12月15日から12月21日に『ニュー・シネマ・パラダイス』を上映する。*5

2007年12月21日、宮崎市中央通の映画館「宮崎ピカデリー」が閉館する。12月15日からは「ラストショー」と題して、500円で『ニュー・シネマ・パラダイス』を上映する。*6

2007年12月21日、宮崎市中央通の映画館「宮崎ピカデリー」と「宮崎シネサロン」が閉館した。1974年に開館し、当初は「ピカデリー」が主に大作映画、「シネサロン」が主に単館系映画を上映していた。現在は単館系作品を中心とし、約800作品を上映してきた。最終上映作品は『ニュー・シネマ・パラダイス』。*7
宮崎ロマン東映/宮崎東映パラス/宮崎ロマン
所在地 : 宮崎県宮崎市中央通6-10(1980年・1985年・1990年・2000年・2010年)
開館年 : 1980年以前
閉館年 : 営業中
Wikipedia : 宮崎ロマン
1980年・1985年の映画館名簿では「宮崎ロマン東映」。1990年の映画館名簿では「宮崎東映パラス」。2000年・2010年の映画館名簿では「宮崎ロマン」。
宮崎キネマ館1・2
所在地 : 宮崎県宮崎市橘通東3-1-11 アゲインビル2階(2010年)
開館年 : 2001年3月24日
閉館年 : 営業中
Wikipedia : 宮崎キネマ館
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2010年の映画館名簿では「宮崎キネマ館1・2」(2館)。

2011年10月1日、宮崎市の映画館「宮崎キネマ館」で『僕たちは世界を変えることができない。』の舞台挨拶が行われ、主演した俳優の向井理が挨拶した。配給会社の東映は最も多くの応援メッセージを集めた映画館に向井を派遣するイベントを企画し、9745通のメッセージを集めた宮崎キネマ館は、全国108の映画館の中で首位となった。*8

宮崎市のミニシアター「宮崎キネマ館」で上映されている『カメラを止めるな!』には行列ができている。宮崎県で唯一の上映館であるため。人気に火が付く前から公開を決めていたが、ブームに火が付いたことで、予定より2週間早く8月11日から上映を開始した。8月26日に行われた上田慎一郎監督の舞台挨拶は、瞬く間に予約が埋まった。*9
宮崎セントラルシネマ
所在地 : 宮崎県宮崎市新別府町江口862-1 イオンモール宮崎内(2010年)
開館年 : 2005年5月17日
閉館年 : 営業中
Wikipedia : セントラルシネマ宮崎
2000年の映画館名簿には掲載されていない。前身は2005年5月1日に閉館した「宮崎セントラル会館」。2010年の映画館名簿では「宮崎セントラルシネマ1-9」(9館)。

2005年5月、宮崎県初のシネコンが開館する(※自治体名や館名は記されていない)。1993年に初登場してから12年で、日本全体のスクリーン数の6割を超えるまでに急増しているが、47都道府県唯一の空白県だった宮崎県に進出して全都道府県を制覇することになった。3月には埼玉県のシネコンが閉館する予定だが、シネコンの閉館はおそらく全国初という。*10

延岡市

有楽映劇/延岡有楽映画劇場/延岡東宝有楽
所在地 : 宮崎県延岡市幸町88(1980年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1980年以後1985年以前
1960年の映画館名簿では「有楽映劇」」。1969年の映画館名簿では「延岡有楽映画劇場」。1980年の映画館名簿では「延岡東宝有楽」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。
延岡大師館・延岡名画座
所在地 : 宮崎県延岡市山下町2-6-6(1980年・1985年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1969年・1980年・1985年の映画館名簿では「延岡大師館・延岡名画座」(2館)。1990年の映画館名簿には掲載されていない。
延岡ニュー旭館・延岡松竹劇場・延岡日活劇場・延岡東映劇場/延岡旭館1・2
所在地 : 宮崎県延岡市安賀多町3-3-1(1980年・1985年・1990年)
開館年 : 1980年以前
閉館年 : 1990年以後1995年以前
1980年の映画館名簿では「延岡ニュー旭館・延岡松竹劇場・延岡日活劇場・延岡東映劇場」(4館)。1985年の映画館名簿では「延岡旭館1・2・3・4」(4館)。1990年の映画館名簿では「延岡旭館1・2」(2館)。1995年の映画館名簿には掲載されていない。
延岡シネマ・延岡ピカデリー・延岡ロマン/延岡スカラ座・延岡ピカデリー・延岡セントラル/延岡セントラル1・2・3/延岡シネマ1・2・3
所在地 : 宮崎県延岡市北町1-1-13(1980年・1985年・1990年・2000年)、宮崎県延岡市中町17-9(2010年)
開館年 : 1970年
閉館年 : 営業中
港町キネマ通り : 延岡シネマ
1970年開館。1979年現行ビル化。1980年・1985年の映画館名簿では「延岡シネマ・延岡ピカデリー・延岡ロマン」(3館)。1990年の映画館名簿では「延岡スカラ座・延岡ピカデリー・延岡セントラル」。2000年の映画館名簿では「延岡セントラル1・2・3」(3館)。2010年の映画館名簿では「延岡シネマ1・2・3」(3館)。

延岡市北町1丁目の映画館「延岡シネマ」は県北地域唯一の映画館である。1階から3階までに3スクリーンを有し、邦画や洋画の新作を上映している。数千万円かけて3D作品用の映写機も2台導入している。観客数が減少の一途であり、有田を除く6人のスタッフはパート勤務である。2012年7月27日には、『ブレイブハーツ 海猿』の上映に合わせて日向海上保安署が協力するイベントを開催する。5月には『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』の公開に合わせて、県北地域の女性議員6人の座談会を開催した。6月中旬には白雪姫を題材とする『スノー・ホワイト』の公開に合わせて、鍵盤の古典楽器の演奏会やグリム童話について語る会などを開催した。これらのイベントを企画したのは、1月に福岡市の映画配給会社から転身した支配人の有田美紀である。*11

都城市

神都館/都城神都館
所在地 : 宮崎県都城市上町2-19(1980年)
開館年 : 1953年以前
閉館年 : 1980年以後1985年以前
1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1960年の映画館名簿では「神都館」。1969年・1980年の映画館名簿では「都城神都館」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。
都城セントラル映画劇場/都城セントラル劇場・都城にっかつ劇場/都城セントラル劇場・都城日活劇場
所在地 : 宮崎県都城市中町13-6(1980年・1985年・1990年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 1990年以後1995年以前
1969年の映画館名簿では「都城セントラル映画劇場」。1980年の映画館名簿では「都城セントラル劇場・都城日活劇場」(2館)。1985年の映画館名簿では「都城セントラル劇場・都城にっかつ劇場」(2館)。1990年の映画館名簿では「都城セントラル劇場・都城日活劇場」(2館)。1995年の映画館名簿には掲載されていない。
都城東宝劇場/都城東宝劇場・都城東宝劇場2/都城スカラ座/都城シネポート別館
所在地 : 宮崎県都城市上町6-19(1980年・1985年・1990年・2000年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 2003年1月26日
1969年・1980年・1985年の映画館名簿では「都城東宝劇場」。1990年の映画館名簿では「都城東宝劇場・都城東宝劇場2」(2館)。1996年にシネポートの運営会社が都城東宝を引き継いで別館に。2000年の映画館名簿では「都城シネポート別館」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。

2003年1月26日、都城市の映画館「シネポート別館」が閉館した。1スクリーン180席。都城市にはかつて10館近くの映画館があったが、これによって3スクリーンの「シネポート」のみとなった。1962年に「都城東宝」として開館。当時は傾斜がある客席は珍しかった。1990年に経営者が交代して「都城スカラ座」に改称し、1996年にシネポート別館に改称した。観客数の減少や施設の老朽化などが閉館の理由。都城東宝時代には年間3万人以上の観客数があったが、1万人余りに減少していた。*12
都城東映劇場/都城シネポート/シネポート1・2・3
所在地 : 宮崎県都城市中町16-20(1980年・1985年・1990年・2000年)、宮崎県都城市北町1-1-13(2010年)
開館年 : 1955年
閉館年 : 営業中
港町キネマ通り : CINE PORT
1980年・1985年の映画館名簿では「都城東映劇場」。1990年・2000年の映画館名簿では「都城シネポート」。2001年移転。2010年の映画館名簿では「シネポート1・2・3」(3館)。

日向市

シネスクリーンアスティ1・2/シネスクリーンアスティ1
所在地 : 宮崎県日向市都町10754-11(1990年・2000年)、宮崎県日向市都町 日向寿屋3階(閉館時)
開館年 : 1987年10月14日
閉館年 : 2000年以後2010年以前
1990年の映画館名簿では「シネスクリーンアスティ1・2」(2館)。2000年の映画館名簿では「シネスクリーンアスティ1」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。2スクリーン176席のビデオシアター。

日南市

日南大劇・テアトル日南/シネマ日南
所在地 : 宮崎県日南市岩崎3-13-1(1990年・2000年)
開館年 : 1990年以前
閉館年 : 2000年以後2010年以前
1990年の映画館名簿では「日南大劇・テアトル日南」(2館)。2000年の映画館名簿では「シネマ日南」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。

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