「愛知県の映画館の総合情報サイト」であり、「日本の映画館の総合データベース」です。管理人「hekikaicinema」のみが編集可能。



金沢市

香林坊・片町・武蔵ケ辻周辺

金沢市の映画館
金沢市で初めて映画が上映されたのは、1897年(明治30年)6月、香林坊の「福助座」でのことである。「騎兵の行進」、「仏国巴里市街の景況」、「海水浴の有様」、「仏国三美人の舞踊」のフィルムが上映された。金沢市に初めて常設映画館が開館したのは、1913年(大正2年)であり、香林坊下の菊水倶楽部である。菊水倶楽部の定員は700人だった。その他の常設映画館としては、尾張町に第二菊水倶楽部(後の昭和劇場)が、香林坊にスメル館が、下尾張町に大手館が、白菊町にキンシ館が開館している。1912年(大正10年)頃になると中央の資本が金沢市にも進出し、相次いで経営者が交代した。このころには香林坊に映画館が集中するようになり、香林坊に娯楽街が形成された。*1
立花座
所在地 : 石川県金沢市
開館年 : 不明
閉館年 : 1960年以前?
跡地は「香林坊東急スクエア」。

第二菊水倶楽部/昭和劇場

所在地 : 石川県金沢市尾張町
開館年 : 1913年
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1938年(昭和13年)の尾張町に開館した際の「昭和劇場」の写真あり。大正時代に開館した映画常設館「第二菊水倶楽部」の後継館である。*2
金沢ロマン菊水(第二東映)
所在地 : 石川県金沢市片町2-7-20(1966年)
開館年 : 1966年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1960年・1963年の映画館名簿でどの館に相当するのか不明。1966年の住宅地図では「第二東映」。1966年の映画館名簿では「金沢ロマン菊水」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。

金沢小劇場
所在地 : 石川県金沢市香林坊2-1-5(1973年)
開館年 : 1963年以後1966年以前
閉館年 : 1973年以後1976年以前
1960年・1963年の映画館名簿には掲載されていないように思われる。1966年の住宅地図では「小劇場」。1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「金沢小劇場」。1976年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「香林坊東急スクエア」中央部。

スカラ座/金沢スカラ座
所在地 : 石川県金沢市香林坊2-14-15(1973年)
開館年 : 1896年
閉館年 : 1975年
1960年・1963年の映画館名簿では「スカラ座」。1966年の住宅地図では「スカラ座」。1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「金沢スカラ座」。1976年の映画館名簿には掲載されていない。

パリー菊水/金沢パリー菊水
所在地 : 石川県金沢市片町2-7-19(1969年・1973年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1976年以後1980年以前
1960年・1963年の映画館名簿では「パリー菊水」。1966年の住宅地図では「パリー菊水」。1966年・1969年・1973年・1976年の映画館名簿では「金沢パリー菊水」。1980年の映画館名簿には掲載されていない。

109シネマ
所在地 : 石川県金沢市香林坊2-1-1(1990年)
開館年 : 1985年以後1990年以前
閉館年 : 1995年以後2000年以前
1985年の映画館名簿には掲載されていない。1990年・1995年の映画館名簿では「109シネマ」。2000年の映画館名簿には掲載されていない。
金沢松竹座・金沢シネマ1・金沢シネマ2/金沢松竹座・金沢シネマ1・金沢シネマ2・金沢シネマピカデリー
所在地 : 石川県金沢市片町2-7-19(1990年)
開館年 : 1893年、1978年
閉館年 : 1997年10月31日
1960年・1963年の映画館名簿では「松竹座」。1966年・1969年の映画館名簿では「金沢松竹座」。1966年の住宅地図では「松竹会館」。1980年の映画館名簿では「金沢松竹座・金沢シネマ1・金沢シネマ2」(3館)。1990年・1995年の映画館名簿では「金沢松竹座・金沢シネマ1・金沢シネマ2・金沢シネマピカデリー」(4館)。2000年の映画館名簿には掲載されていない。

1997年10月31日、金沢市片町2丁目の香林坊シネマビルで最後の興行が行われ、19年の歴史に幕を下ろした。経営は金沢市の松本興行。特別なイベントなどは開催されていない。香林坊シネマビルにはシネマ1・シネマ2・シネマピカデリー・金沢松竹座の4映画館が入っている。1978年から松竹系洋画を上映してきたが、シネコンの開館などを機に閉館が決定した。週明けにも建物の取り壊し工事が始まり、1997年内には取り壊し工事が終了する予定。跡地について当面は有料駐車場となる。*3

金沢劇場
所在地 : 石川県金沢市片町(1960年)、石川県金沢市片町10(1963年・1973年)、石川県金沢市片町1-7-23(1980年・1985年・1995年)
開館年 : 1936年
閉館年 : 1998年4月5日
1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1980年・1985年・1990年・1995年の映画館名簿では「金沢劇場」。1966年の住宅地図では「金沢劇場」。2000年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「金劇パシオン」。

1998年1月13日、金沢市の北陸興業は片町1丁目の金劇ビルを取り壊して総合テナントビルを建設する計画を明らかにした。金劇ビルに入っている映画館「金沢劇場」は1998年4月5日をもって閉館し、4月中旬から取り壊し工事に入る予定である。1936年開館の金沢劇場は、石川県で営業中の映画館としては最も古い。1964年には現在の金劇ビルが竣工し、東宝系邦画を中心に上映していた。北陸興業は東宝系邦画の上映館を金沢プラザ劇場に移す予定である。新築する総合テナントビルは1999年4月完成予定であり、鉄骨造、地下1階・地上7階建。名称は未定だが「金劇」の2文字は残す予定である。*4

1998年4月5日、金沢市片町1丁目の映画館「金沢劇場」が閉館する。1936年に木造2階建て600席の映画館として開館。1964年に鉄筋コンクリート造5階建てのビルを新築した。1965年の『東京オリンピック』、1973年の『日本沈没』、1979年の『ああ野麦峠』、1980年の『天平の甍』などがヒットした。老朽化した建物は取り壊され、1999年4月には7階建てにビルに建て替えられる予定。*5

1998年4月5日、金沢市片町1丁目の映画館「金沢劇場」で最後の興行が行われた。61年の歴史に幕を閉じた。経営は北陸興業。4月4日までは「さよならフェスティバル」と称した特別企画を行っていたが、4月5日は通常のプログラムとして『ドラえもん のび太の南海大冒険』を上映した。春休み最後の日曜日であり、関内は親子連れでにぎわった。これから金劇ビルは取り壊され、1999年4月には総合テナントビルとして生まれ変わる予定。金沢劇場で上映されていた東宝系邦画は、香林坊映画街の金沢プラザ劇場で上映される。*6

金沢日活/金沢日活劇場/金沢日活劇場・金沢プラザ劇場/金沢にっかつ劇場・金沢プラザ劇場/ロッポニカ金沢・金沢プラザ劇場/金沢プラザ劇場
所在地 : 石川県金沢市大藪小路(1960年)、石川県金沢市長町川岸16(1963年)、石川県金沢市片町2-9-2(1966年・1980年・1990年)
開館年 : 1959年
閉館年 : 1999年11月29日
1960年の映画館名簿では「金沢日活」。1963年・1966年・1969年・1973年・1976年の映画館名簿では「金沢日活劇場」。1966年の住宅地図では「金沢日活」。1980年の映画館名簿では「金沢日活劇場・金沢プラザ劇場」(2館)。1985年の映画館名簿では「金沢にっかつ劇場・金沢プラザ劇場」(2館)。1990年の映画館名簿では「ロッポニカ金沢・金沢プラザ劇場」(2館)。1995年の映画館名簿では「金沢プラザ劇場」。2000年の映画館名簿には掲載されていない。

1999年11月29日までに、金沢市片町2丁目の映画館「金沢プラザ劇場」での興行が打ち切られた。経営は金沢市で映画館3館を経営してきた北陸興業。シネコンの興隆による苦渋の決断だった。香林坊映画街の映画館数は、この10年で10館から4館に減ることとなった。金沢プラザ劇場の建物は、1959年に日活の直営館「金沢日活」として開館した。やがて劇場の所有権は東急電鉄に移り、1992年に北陸興業が建物の貸借契約を結び、東宝系の洋画と邦画を上映していた。ここ数年は興行成績が低迷し、建物の老朽化も進行したため、12月の契約更新を行わない決断を下した。1989年の香林坊映画街には10館の映画館があったが、1997年10月に香林坊シネマビルの4館が閉館するなどし、金沢プラザ劇場の閉館によって4館のみとなった。金沢プラザ劇場は座席数610席の平屋建て。日活時代には石原裕次郎の『銀座の恋の物語』や『黒部の太陽』などがヒットし、最近では『ドラえもん』の上映館として家族連れに親しまれた。上映は11月28日で終了し、11月29日には備品などの搬出作業が行われた。*7

1999年12月1日付『北陸中日新聞』金沢市版には、プラザ劇場の閉館を伝える記事が掲載されている。現物は未確認。*8

1999年12月1日付『読売新聞』金沢市版には、プラザ劇場の閉館を伝える記事が掲載されている。現物は未確認。*9

1959年には金沢市片町2丁目に金沢プラザ劇場の建物が建てられた。地下1階・地上3階建て。1999年には老朽化により、金沢プラザ劇場が閉館した。2002年からは中心市街地活性化策として、学生の文化活動拠点「香林坊ハーバー」として利用されている。*10

駅前文化劇場/金沢文化劇場・金沢ロキシー劇場/金沢ニュー東宝1・2
所在地 : 石川県金沢市此花町6-10 金沢都ホテル地下2階(2000年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1992年頃(金沢文化劇場・金沢ロキシー劇場)、2001年2月28日(金沢ニュー東宝)
1960年の映画館名簿には掲載されていないと思われる。1963年の映画館名簿では「駅前文化劇場」。1966年の北陸刊行社住宅明細図では「地下 ロキシー座 文化劇場」。1966年・1969年・1973年・1980年・1990年の映画館名簿では「金沢文化劇場・金沢ロキシー劇場」(2館)。1992年頃に金沢文化劇場と金沢ロキシー劇場が閉館。その後金沢ニュー東宝が開館。1995年・2000年の映画館名簿では「金沢ニュー東宝1・金沢ニュー東宝2」(2館)。2001年2月28日に金沢ニュー東宝が閉館。2005年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は現存する「金沢都ホテル」地下2階。

2001年2月末をもって、金沢市此花町の映画館「金沢ニュー東宝1」と「金沢ニュー東宝2」が閉館する。両館を経営する東宝中部興行が1月19日までに決定した。外資系のシネコンに観客を場われた形。1993年12月、金沢都ホテル地下街の「ロキシー劇場」と「文化劇場」の跡地を利用して両館が開館した。座席数は金沢ニュー東宝1が309席、金沢ニュー東宝2が120席。東宝系洋画を中心として上映した。1997年10月以降には石川県に3施設のシネコンが開館しており、金沢ニュー東宝は徐々に業績が悪化していた。現在の石川県には33スクリーンがあり、スクリーン数は人口比では全国平均の1.5倍である。33スクリーンすべてが金沢市とその周辺に集中しており、金沢都市圏は全国屈指の映画館激戦区となっている。シネコン進出以前の金沢市中心市街地には13館があったが、金沢ニュー東宝が閉館すると半分以下の6館となる。金沢都ホテルを所有する近畿日本鉄道は、映画館跡地の活用方法について「現段階では答えられない」としている。*11

2012年6月23日付『北陸中日新聞』金沢市版には、ロキシー劇場跡地がカナザワ映画祭の会場となることを伝える記事が掲載されている。現物は未確認。*12

金沢東映劇場・金沢東映パラス劇場/金沢東映劇場・金沢東映パラス/金沢東映劇場・金沢東映パラス劇場/金沢東映劇場・金沢東映2
所在地 : 石川県金沢市片町3-9(1966年・1969年・1973年)、石川県金沢市片町2-9-1(1980年・1990年・2000年)
開館年 : 1963年以後1966年以前
閉館年 : 2001年4月6日
1963年以後1966年以前の金沢東映劇場とは場所が大きく異なる。1966年の住宅地図では「金沢東映」。1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「金沢東映劇場」。1976年の映画館名簿では「金沢東映劇場・金沢東映パラス劇場」(2館)。1980年の映画館名簿では「金沢東映劇場・金沢東映パラス」(2館)。1985年・1990年の映画館名簿では「金沢東映劇場・金沢東映パラス劇場」(2館)。1995年・2000年の映画館名簿では「金沢東映劇場・金沢東映2」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。東映劇場が1階、東映2が2階。跡地は駐車場。

金沢市片町2丁目の映画館「金沢東映1・2」は4月6日をもって閉館する見込みとなった。東映劇場管理部は、「採算が厳しい状態にある。まだ正式に決定していないが、閉館も選択肢の一つだ」としている。金沢都市圏への相次ぐシネコンの進出によって採算が厳しくなったため。1998年に10館あった香林坊映画街の映画館数は、金沢東映1・2の閉館によって2館のみとなる。*13

金沢大映/金沢大映劇場/金沢グランド劇場/金沢グランド劇場・金沢グランドスカラ座
所在地 : 石川県金沢市大藪小路(1960年)、石川県金沢市大藪小路3-1(1963年)、石川県金沢市片町2-9-3(1966年・1969年・1980年・2000年)
開館年 : 1960年以前(金沢大映劇場)、1976年以後1980年以前(金沢グランド劇場)
閉館年 : 1969年以後1973年以前(金沢大映劇場)、2002年9月1日(金沢グランド劇場)
1960年の映画館名簿では「金沢大映」。1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「金沢大映劇場」。1966年の住宅地図では「金沢大映」。1973年・1976年の映画館名簿には掲載されていない。1980年の映画館名簿では「金沢グランド劇場」。1990年・2000年の映画館名簿では「金沢グランド劇場・金沢グランドスカラ座」(2館)。2005年の映画館名簿には掲載されていない。

2002年9月1日、金沢市の映画館「金沢グランド劇場」と「グランドスカラ座」が閉館する。2001年2月から4月にはJR金沢駅前や「香林坊映画街」の4館が閉館しており、1913年に始まった「香林坊映画街」から映画館が消滅する。金沢市中心部の映画館は香林坊109のミニシアター「シネモンド」と成人映画館「駅前シネマ」のみとなる。金沢グランド劇場の観客数は2割にまで落ち込んでいた。*14

金沢駅前シネマ
所在地 : 石川県金沢市鍛冶町(1960年)、石川県金沢市鍛冶町118(1963年)、石川県金沢市笠市町6-10(1966年・1980年・1990年・2000年・2010年)
開館年 : 1958年
閉館年 : 営業中
1960年・1963年の映画館名簿では「駅前シネマ」。1966年の北陸刊行社住宅明細図では「駅前シネマ」。1966年・1969年・1973年・1980年・1990年・2000年・2005年・2010年・2015年の映画館名簿では「金沢駅前シネマ」。

JR金沢駅近くの住宅街にはピンク映画専門館「駅前シネマ」がある。1958年に開館した時から二番館だった。現在の支配人の藤岡紫浪(54)は高校生の時から編成を担当し、『網走番外地』や『不良番長シリーズ』やお色気作品などを中心に組んだ。藤岡は1947年生まれ。父は藤岡が生後間もなく家を出て、母は藤岡が中学1年生の時に家を出た。藤岡には両親がいなくなり、可愛がってくれる祖父母の元、進学校から現役で金沢大学に進んだ。金沢大学では映画研究会に入ったが、ヤクザ映画を称賛しても理解されなかったためすぐに退会した。大学卒業後に駅前シネマの支配人となり、1978年に「駅前シネマニュース」を創刊。2002年10月には「駅前シネマニュース」が創刊24年を迎える。月刊の4ページ立てであり、藤岡やフリーライターが映画批評などを行う。バブル期には200坪の土地に4億円の価格がついたが、藤岡は売る気がなかった。藤岡の著書には『映画館番外地』がある。*15

JR金沢駅東口から東別院に抜ける住宅街にある「駅前シネマ」は48年前から建っている。切符のもぎりは今も昔も金沢大学の男子学生である。売店にはアンパン、さきいか、バターピーナッツなどが並び、薄い壁を通して喘ぎ声が館内に響く。「駅前シネマニュース」は2006年2月で329号を数える。上映作品の紹介のほかに、映画を通じて世相を切り取る藤岡紫浪支配人(58)のコラムなどが人気であり、県外にも愛読者は多い。金沢大学が角間に移転したことで学生客は減少したが、50代以上の常連客は少なくない。*16

JR金沢駅近くには藤岡紫浪(64)が経営する映画館「駅前シネマ」がある。藤岡は石川県興行生活衛生同業組合で10年間にわたって理事長を務め、2011年には紫綬褒章を受章している。1958年には駅前シネマが開館。*17

JR金沢駅に近い路地裏には成人映画館「駅前シネマ」がある。1958年、現在の支配人である藤岡紫浪(71)の祖父が一般映画の二番館として開館させた。藤岡紫浪は金沢大学卒業と同時に経営を引き継ぎ、日活ロマンポルノの登場を機に成人映画に軸足を移した。最盛期には一晩で学生ら500人の観客があったという。現在の売り上げは最盛期の半分に満たない月200万円足らず。観客の大半は、年配の常連客と、非日常の装いや出会いを楽しむ人々である。ここ5年ほどは成人映画の封切りが激減したため、上映する作品の中心は10-20年前の旧作である。入場料は一般1500円、学生と60歳以上1100円。18歳未満は入場負荷。土曜日はレイトショーもある。*18

シネモンド
所在地 : 石川県金沢市香林坊2-1-1 香林坊109ビル4階
開館年 : 1998年12月19日
閉館年 : 営業中
2000年の映画館名簿では「シネ・モンド」。2005年・2015年の映画館名簿では「シネモンド」。
Wikipedia : シネモンド

イオンシネマ金沢フォーラス
所在地 : 石川県金沢市堀川新町3番1号 金沢フォーラス7階
開館年 : 2006年11月
閉館年 : 営業中
2005年の映画館名簿には掲載されていない。2010年・2015年の映画館名簿では「イオンシネマ金沢フォーラス」。金沢市で3番目に開館したシネコン。最寄駅はJR金沢駅。

金沢市郊外

森本会館
所在地 : 石川県金沢市森本町吉原(1963年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1963年の映画館名簿では「森本会館」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
金沢ヘルスセンター
所在地 : 石川県金沢市東御影町(1963年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1960年・1963年の映画館名簿では「金沢ヘルスセンター」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「卯辰山公園」の頂上付近にある「卯辰山見晴らし台」。

標高141mの卯辰山(うたつやま)には四季を問わず多くの市民が訪れる。金沢城まで約2劼閥瓩、場内の様子が手に取るようにわかるため、江戸時代には庶民の入山はご法度だった。1867年(慶応3年)には加賀藩第14代藩主の前田慶寧が方針を転換し、芝居小屋や神社などを整備する開発を進めた。1914年(大正3年)には金沢市が所有者となり、都市公園としての整備を進めた。動物園・水族館・映画館・大浴場などがあった「金沢ヘルスセンター」の跡地は「見晴らし台」となっている。金沢ヘルスセンターは1958年に開業し、石川県最大の娯楽施設としてにぎわったが、娯楽の多様化などで1993年に閉館した。*19
益美金石劇場
所在地 : 石川県金沢市金石味噌屋町(1966年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1960年・1963年・1966年の映画館名簿では「益美金石劇場」。1966年の住宅地図では「映画館」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。

シネマパレス/金沢シネマパレス
所在地 : 石川県金沢市寺町1-6-37(1966年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1960年・1963年の映画館名簿では「シネマパレス」。1966年の映画館名簿では「金沢シネマパレス」。1966年の住宅地図では「シネマパレス」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「川原けんこう歯科」。至近に北陸鉄道金沢市内線(路面電車)寺町停留所があったが、金沢市内線は1966年に廃止されている。

ムサシ映劇/金沢ムサシ映画劇場
所在地 : 石川県金沢市安江町一番18(1966年)
開館年 : 1945年以前
閉館年 : 1967年
1960年・1963年の映画館名簿では「ムサシ映劇」。1966年の北陸刊行社住宅明細図では「ムサシ映劇」。1966年の映画館名簿では「金沢ムサシ映画劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。

北国会館/金沢北国会館/金沢シネラマ会館
所在地 : 石川県金沢市並木町72(1969年)、石川県金沢市橋場町9-20(1973年)
開館年 : 1957年
閉館年 : 1975年
1960年・1963年の映画館名簿では「北国会館」。1966年の住宅地図では「北国会館」。1966年・1969年の映画館名簿では「金沢北国会館」。1973年の映画館名簿では「金沢シネラマ会館」。1976年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「浅の川ハイム」。
北国第一劇場/金沢北国第一劇場
所在地 : 石川県金沢市並木町72(1969年)、石川県金沢市橋場町9-20(1973年)
開館年 : 1897年
閉館年 : 1975年
1960年の映画館名簿では「北国第一劇場」。1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「金沢北国第一劇場」。1966年の住宅地図では「北国第一劇場」。1973年の映画館名簿では「金沢北国第一劇場」。1976年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「パストラルハイム橋場」。

金沢市の浅野川の河岸に細長く伸びるのが並木町。1970年代以降にはマンションの建設が進んだが、かつては劇場や料亭が軒を連ねる市内屈指の繁華街だった。泉鏡花の出世作『義血侠血』でもにぎわいが描かれており、泉鏡花が好んで散歩した河岸の道は「鏡花のみち」と名づけられている。加賀藩3代藩主の前田利常の時代に、護岸工事のために松が植えられたことが、並木町という名称の由来。この松並木は石川県の天然記念物に指定されている。話題の映画が封切られると、街の端まで観客の行列が伸びたといい、映画鑑賞後の客で料亭や居酒屋がにぎわったという。1975年には映画館が閉館し、閉店する飲食店が相次いだ。跡地はマンションに変わっていった。1960年代の住居表示変更時には並木町が橋場町の一部となったが、その後は旧町名への変更運動が行われ、2006年に並木町という町名が復活した。*20
スタア劇場/金沢スター劇場/金沢スタア劇場
所在地 : 石川県金沢市石比3-5-24(1980年)
開館年 : 1954年
閉館年 : 1984年
1960年・1963年の映画館名簿では「スタア劇場」。1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「金沢スター劇場」。1980年の映画館名簿では「金沢スタア劇場」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。

『写真が語る 金沢市の130年』いき出版、2019年には、1982年のスタア劇場の写真が掲載されている。現物は未確認。*21
テアトル東映/テアトル・ムサシ/金沢テアトル
所在地 : 石川県金沢市彦三町2-1-13(1980年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1990年
1960年の映画館名簿では「テアトル東映」。1963年の映画館名簿では「テアトル・ムサシ」。1966年の北陸刊行社住宅明細図では「テアトル東映」。1966年・1969年・1973年・1980年・1985年・1990年の映画館名簿では「金沢テアトル」。1995年の映画館名簿には掲載されていない。

ルネス9シネマ/ユナイテッド・シネマ金沢
所在地 : 石川県金沢市高柳町1-70-1
開館年 : 1997年10月
閉館年 : 営業中
2000年の映画館名簿では「ルネス9シネマ」。2005年・2010年・2015年の映画館名簿では「ユナイテッド・シネマ金沢」。ユナイテッド・シネマとしては日本第2号店であり、金沢市初のシネコンである。9スクリーンのシネコン。
ワーナー・マイカル・シネマズ金沢/イオンシネマ金沢
所在地 : 石川県金沢市福久2-58 金沢サティ3階(2005年)、石川県金沢市福久2-58 イオン金沢店3階(2015年)
開館年 : 2000年4月21日
閉館年 : 営業中
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2005年・2010年の映画館名簿では「ワーナー・マイカル・シネマズ金沢」。2015年の映画館名簿では「イオンシネマ金沢」。金沢市で2番目に開館したシネコン。8スクリーンのシネコン。金沢市北部郊外。
金沢コロナシネマワールド
所在地 : 石川県金沢市無量寺第二地区整理事業施行地内20街区(2010年)、石川県金沢市無量寺4丁目121番地1(2015年)
開館年 : 2008年11月
閉館年 : 営業中
2005年の映画館名簿には掲載されていない。2010年・2015年の映画館名簿では「金沢コロナシネマワールド」。金沢市で4番目に開館したシネコン。金沢市西部郊外。

2008年11月、金沢市無量寺の大型商業施設「アピタタウン金沢ベイ」に大型レジャー施設「金沢コロナワールド」が開業した。シネコンの「金沢コロナシネマワールド」は、107席から346席の10スクリーン・計1489席。金沢市では10月に同様の施設を持つ「ルネスかなざわ」が閉館したばかりである。*22

2015年12月18日、金沢コロナシネマワールドに北陸地方で初めて体感型シアター「4DX」が導入される。スクリーンのアクションシーンなどに合わせて、座席が前後上下に動いたり、背中や尻の部分が振動したりする。壁面や座席から風・雨・シャボン玉・香りが出たりする。同日に公開される『スター・ウォーズ フォースの覚醒』が皮切り。*23

加賀地方

白山市

鶴来劇場
所在地 : 石川県松任市三浦町610(1980年)
開館年 : 1953年
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1963年・1966年の映画館名簿では「鶴来劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。

『目で見る松任・石川郡の100年』には鶴来劇場が掲載されている。現物は未確認。*24
松任会館
所在地 : 石川県石川郡松任町西新町オ21-3(1969年)、石川県松任市西新町オ21-3(1973年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1976年以後1980年以前
1960年・1963年・1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「松任会館」。1976年の映画館名簿には掲載されていない。
六本木名作劇場/名作劇場六本木
所在地 : 石川県松任市三浦町610(1980年・1985年)
開館年 : 1973年以後1976年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1973年の映画館名簿には掲載されていない。1976年・1980年の映画館名簿では「六本木名作劇場」。1985年の映画館名簿では「名作劇場六本木」。1985年の日本地政協会明細区分図では「喫茶・映画六本木」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。白山市最後の常設型映画館。国道8号「徳丸南」交差点西側角。

セイモア・ドライブインシアター
所在地 : 石川県石川郡河内村字内尾(1995年)
開館年 : 1990年以後1995年以前
閉館年 : 1995年以後2000年以前
1990年の映画館名簿には掲載されていない。1995年の映画館名簿では「セイモア・ドライブインシアター」。2000年の映画館名簿には掲載されていない。

小松市

小松第一シネマ/テアトル小松
所在地 : 石川県小松市上本折町72(1966年・1969年・1973年)、石川県小松市上本折町130(1980年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1980年以後1985年以前
1960年・1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「小松第一シネマ」。1970年の日本地政協会明細区分図では「第一シネマ」。1973年・1980年の映画館名簿では「テアトル小松」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。

小松館/小松館・小松グランド劇場
所在地 : 石川県小松市本折町75(1966年・1969年)、石川県小松市本折町33(1973年・1980年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1980年以後1985年以前
1960年・1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「小松館」。1970年の日本地政協会明細区分図では「小松館・小松グランド劇場」。1973年・1980年の映画館名簿では「小松館・小松グランド劇場」(2館)。1985年の映画館名簿には掲載されていない。

大映名画座/小松北国劇場/小松日活ロマン座
所在地 : 石川県小松市細工町1(1980年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1980年以後1985年以前
1960年の映画館名簿では「大映名画座」。1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「小松北国劇場」。1970年の日本地政協会明細区分図では「成人向映画 小松北国劇場」。1973年・1980年の映画館名簿では「小松日活ロマン座」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「眼鏡の王様小松店」北側の駐車場。

小松東映劇場/小松東映劇場シアター1・2
所在地 : 石川県小松市大文字町154(1980年・1985年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1980年の映画館名簿では「小松東映劇場」。1970年の日本地政協会明細区分図では「小松東映」。1985年の映画館名簿では「小松東映劇場シアター1・2」(2館)。1990年の映画館名簿には掲載されていない。

イオンシネマ新小松
所在地 : 石川県小松市清六町315番地 イオンモール新小松3階
開館年 : 2017年3月24日
閉館年 : 営業中
2017年3月24日、北陸地方最大級の商業施設であるイオンモール新小松のオープンと同時に開館。石川県4館目のイオンシネマ。7スクリーンのシネコン。

加賀市

大聖寺劇場/加賀東映北国劇場/加賀北国劇場
所在地 : 石川県加賀市大聖寺法ヶ坊町73(1966年)
開館年 : 1916年
閉館年 : 1968年
1960年・1963年の映画館名簿では「加賀東映北国劇場」。1966年の映画館名簿では「加賀北国劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
山代映画劇場
所在地 : 石川県江沼郡山代町(1955年)、石川県加賀市山代町(1969年)
開館年 : 1955年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
1955年・1960年・1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「山代映画劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。
大聖寺南映劇場
所在地 : 石川県加賀市大聖寺荒町39(1980年)
開館年 : 1956年10月6日
閉館年 : 1983年3月31日
1980年の映画館名簿では「加賀南映劇場」。1980年の日本地政協会明細区分図では「南映劇場」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。加賀市最後の映画館。

1956年10月6日、大聖寺商店街の中心部である荒町に「南映劇場」が開館した。邦画は東映と大映の直系であり、洋画は20世紀フォックスだった。1958年には東映のスター俳優である市川右太衛門が来館している。1983年3月31日に閉館した。*25

山代OSミュージック/山代劇場
所在地 : 石川県加賀市山代温泉東山町18区7-1
開館年 : 1969年2月
閉館年 : 2003年12月20日(山代OSミュージック)、2010年3月2日(山代劇場)
映画館ではなくストリップ劇場。1980年の日本地政協会明細区分図では「O・Sミュージック」。2003年12月20日に山代OSミュージックとしては閉館。2008年11月1日に山代劇場として再開館。2010年3月2日に摘発されてそのまま閉館。

野々市市

野々市劇場
所在地 : 石川県石川郡野々市町本町(1963年・1966年)
開館年 : 1959年10月4日
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1963年・1966年の映画館名簿では「野々市劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
ワーナー・マイカル・シネマズ御経塚/イオンシネマ御経塚
所在地 : 石川県石川郡野々市町御経塚36街区53番地 御経塚サティ(2000年)、石川県石川郡野々市町御経塚2-91 御経塚サティ(2005年)、石川県野々市市御経塚2-91 イオン御経塚S.C 2階(2015年)
開館年 : 1998年3月14日
閉館年 : 営業中
1995年の映画館名簿には掲載されていない。2000年・2005年・2010年の映画館名簿では「ワーナー・マイカル・シネマズ御経塚」。2015年の映画館名簿では「イオンシネマ御経塚」。8スクリーンのシネコン。

石川郡野々市町御経塚(おきょうづか)は金沢市の副都心のイメージがあり、大型ショッピングセンターや飲食店が立ち並んでいる。御経塚サティ2階には映画館「ワーナー・マイカル・シネマズ御経塚」がある。観客数は年間約50万人であり、観客数は石川県最大規模である。北陸地方の映画館では唯一、3D映画の上映設備を有している。*26

能美市

リバーズ・ドライブインシアター
所在地 : 石川県能美郡寺井町寺井町粟生ク-50(1995年・2000年)
開館年 : 1990年以後1995年以前
閉館年 : 2000年以後2005年以前
1990年の映画館名簿には掲載されていない。1995年・2000年の映画館名簿では「リバーズ・ドライブインシアター」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。「手取フィッシュランド」駐車場にあった。

かほく市

益美木津劇場
所在地 : 石川県河北郡七塚町(1960年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1960年以後1963年以前
高松劇場
所在地 : 石川県河北郡高松町旭町(1963年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
宇ノ気孝松座
所在地 : 石川県河北郡宇ノ気町(1966年)
開館年 : 1953年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
シネマサンシャインかほく
所在地 : 石川県かほく市内日角タ25番 イオンモールかほく2階
開館年 : 2009年10月24日
閉館年 : 営業中
2010年・2015年の映画館名簿では「シネマサンシャインかほく」。8スクリーンのシネコン。

2009年10月24日付『北國新聞』には、「シネマサンシャインかほく」がこの日に開館することを伝える記事が掲載されている。現物は未確認。*27

河北郡津幡町

河北郡内灘町

能美郡川北町

能登地方

七尾市

玉木映画劇場/七尾玉木映画劇場
所在地 : 石川県七尾市府中町21(1966年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1960年・1963年の映画館名簿では「玉木映画劇場」。1966年の映画館名簿では「七尾玉木映画劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「どんたく新鮮館」北側の駐車場。
七尾劇場
所在地 : 石川県七尾市三島町87(1969年)
開館年 : 1940年
閉館年 : 1969年以後1973年以前
1960年・1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「七尾劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。1976年の日本地政協会明細区分図では跡地に空き地。跡地は「金刀比羅神社」の西、「北陸電力七尾支店」の2軒東の駐車場。

1970年の七尾劇場の写真あり。入母屋造の屋根や「七尾劇場」の文字が見える。かつて七尾劇場は演劇場だったが、1970年時点では映画館だった。*28

1956年の七尾劇場の写真あり。1940年に三島町の金刀比羅神社付近に開館し、一時は演劇場だった。東宝ほか各社の作品を上映し、夏休みには子供向け作品が10円で上映されることもあった。*29
七尾東映劇場/七尾ロマン東映劇場/七尾ロマン東映/七尾ロマン劇場/七尾にっかつ劇場
所在地 : 石川県七尾市阿良町109(1990年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1990年以後1995年以前
1960年・1963年の映画館名簿では「七尾東映劇場」。1966年の映画館名簿では「七尾ロマン東映劇場」。1969年・1973年の映画館名簿では「七尾ロマン東映」。1976年の日本地政協会明細区分図では「ロマン東映 映画劇場」。1976年・1980年の映画館名簿では「七尾ロマン劇場」。1990年の映画館名簿では「七尾にっかつ劇場」。1995年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は駐車場。
オリオン劇場/七尾オリオン劇場
所在地 : 石川県七尾市神明町ロ-2(1990年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1990年以後1995年以前
1960年・1963年の映画館名簿では「オリオン劇場」。1966年・1969年・1973年・1976年・1980年・1990年の映画館名簿では「七尾オリオン劇場」。1976年の日本地政協会明細区分図では「オリオン映画劇場」。1995年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「株式会社磯野工業」。

輪島市

岩城座
所在地 : 石川県輪島市河井町(1960年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1960年の映画館名簿では「岩城座」。1963年の映画館名簿では「岩城座」(休館中)。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
町野劇場
所在地 : 石川県輪島市町野町(1960年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1960年・1963年の映画館名簿では「町野劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
中央劇場/輪島日活劇場
所在地 : 石川県輪島市河井町(1960年)、石川県輪島市河井町4-3(1966年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1960年・1963年の映画館名簿では「中央劇場」。1966年の映画館名簿では「輪島日活劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
輪島東映/輪島東映劇場
所在地 : 石川県輪島市河井町(1960年・1963年)、石川県輪島市河井町4-3(1966年)、石川県輪島市河井町24-11(1969年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
1960年の映画館名簿では「輪島東映」。1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「輪島東映劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。1979年の刊広社住宅明細図では河井町24-11に「田谷漆輝堂」。
門前茂館
所在地 : 石川県鳳至郡門前町鬼屋99(1963年)、石川県鳳至郡門前町(1976年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1976年以後1980年以前
1960年・1963年・1966年・1969年・1976年の映画館名簿では「門前茂館」。1980年の映画館名簿には掲載されていない。

輪島市門前町鬼屋にはかつて映画館「門前茂館」(もんぜんしげるかん)があり、1957年から1980年代まで営業していた。閉館後には倉庫として使用されていたが、能登半島地震で建物が損壊し、建物は地震後に取り壊された。この際に業者が倉庫から映写機を発見し、日本大学芸術学部江古田校舎に引き取られることとなった。*30

羽咋市

羽咋劇場
所在地 : 石川県羽咋市古池町(1960年・1963年)、石川県羽咋市旭町コ114(1969年・1973年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1976年以後1980年以前
羽咋文化劇場
所在地 : 石川県羽咋市旭町コ-114-2(1980年・1985年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1976年・1980年・1985年の映画館名簿では「羽咋文化劇場」。1976年の日本地政協会明細区分図では「羽咋文化劇場」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。羽咋市最後の映画館。建物は2016年に取り壊され、跡地は「旭町防災公園」。

『保存版 羽咋・かほく今昔写真帖』2008年、郷土出版社、p.79には羽咋文化劇場が掲載されている。現物は未確認。*31

珠洲市

飯田劇場/飯田東映劇場
所在地 : 石川県珠洲市飯田町(1963年)
開館年 : 1955年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿では「飯田劇場」。1960年の映画館名簿では「飯田東映」。1963年の映画館名簿では「飯田東映劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
蛸島劇場
所在地 : 石川県珠洲市蛸島町(1963年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1960年・1963年の映画館名簿では「蛸島劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
飯田スメル/飯田スメル館
所在地 : 石川県珠洲市飯田町(1955年・1960年・1963年)、石川県珠洲市飯田町15-50(1966年・1973年・1976年)
開館年 : 1955年以前
閉館年 : 1976年
1955年・1960年の映画館名簿では「飯田スメル館」。1963年の映画館名簿では「飯田スメル」。1966年・1969年・1973年・1976年の映画館名簿では「飯田スメル館」。1979年の刊広社住宅明細図では「アキ屋」。1980年の映画館名簿には掲載されていない。建物は現存。

珠洲市飯田町の旧映画館「スメル館」が奥能登国際芸術祭の会場となり、旧映画館内にアート作品が展示されている。スメル館は1976年に閉館した映画館である。*32

羽咋郡志賀町

能登高浜劇場/高浜劇場/高浜東映
所在地 : 石川県羽咋郡高浜町大念寺884(1969年)
開館年 : 1947年
閉館年 : 1974年
1955年の映画館名簿では「高浜劇場」。1960年の映画館名簿では「高浜東映」。1963年の映画館名簿では「高浜劇場」。1966年の映画館名簿では「能登高浜劇場」。1969年の映画館名簿では「高浜東映」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。

1947年に工場の建物を利用して高浜劇場が開館した。1957年の建て替え中の高浜劇場の写真あり。建て替え後は高浜東映に改称したが、1974年に焼失して閉館した。*33

羽咋郡宝達志水町

鳳珠郡能登町

能都東映/能都東映館
所在地 : 石川県能都町宇出津夕字61(1980年)
開館年 : 1960年以前
閉館年 : 1980年以後1985年以前
1960年・1963年の映画館名簿では「能都東映」。1966年・1969年・1973年・1976年・1980年の映画館名簿では「能都東映館」。1979年の刊広社住宅明細図では「能都東映」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は民家? 「公立宇出津総合病院」西、「こどもみらいセンター」があるブロックの中央部。

『能都町史 第5巻 通史・人物誌編』には1969年の宇出津商店街の略図が掲載されており、「宇出津病院」の西のブロックに「能都東映」も掲載されている。*34

鳳珠郡穴水町

穴水文化劇場
所在地 : 石川県鳳至郡穴水町川島イ139(1966年)
開館年 : 1957年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
穴水町には計3館の映画館があり、穴水町川島には「文化劇場」があった。1957年に上映作品の宣伝を行うキャラバン隊の写真あり。*35

鹿島郡中能登町

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

管理人/副管理人のみ編集できます