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新潟市

新潟宝塚劇場

所在地 : 新潟市東堀通9番町
開館年 : 1920年(新潟劇場として)、1940年1月1日(新潟宝塚劇場に改称)
閉館年 : 1968年9月30日
新潟宝塚劇場は東宝映画の封切館だった。新潟東宝・スカラ座が入る新潟宝塚会館の建設のために閉館。*1

新潟東宝・スカラ座

所在地 : 新潟市東堀通9番町
開館年 : 1970年4月23日
閉館年 : 1992年11月30日
新潟宝塚劇場の後継館として新潟宝塚会館が建設された。新潟東宝は東宝作品の封切館。スカラ座は『ジョーズ』や『スター・ウォーズ』などの洋画中心。2008年に建物が取り壊された。*2

新潟東映・東映パラス

所在地 : 新潟市東堀前通6番町
開館年 : 1956年12月26日
閉館年 : 1992年12月(東映パラス)、2001年4月8日(新潟東映)
新潟東映は東映作品の封切館。東映パラスは洋画や『宇宙戦艦ヤマト』などのアニメが中心。*3

新潟東宝/新潟日活

所在地 : 新潟市古町通4番町
開館年 : 1939年(新潟東宝として)、1958年1月1日(新潟日活に改称)
閉館年 : 1989年1月23日
1939年から1958年の新潟東宝時代は洋画専門館。1958年以降は新潟日活に改称して日活作品の封切館であり、石原裕次郎主演作や日活ロマンポルノを上映。*4

松竹館/SY松竹

所在地 : 新潟市古町通5番町
開館年 : 1928年8月9日(松竹館として)、1958年11月(SY松竹に改称)
閉館年 : 1988年6月1日
1928年から1958年までは松竹作品の封切館。1958年から1973年までは洋画も上映し、1973年以後は松竹映画の封切館だった。1988年の閉館後に建物は取り壊され、跡地に新潟松竹・新潟ピカデリーが建設された。*5

小林ニュース劇場/小林映画劇場

所在地 : 新潟市西堀通5番町
開館年 : 1946年6月15日
閉館年 : 1976年4月29日
1946年6月15日に小林ニュース劇場として開館。1955年10月に新潟大火で焼失。1956年8月に再建。1976年に閉館。『2001年宇宙の旅』や『アラビアのロレンス』などを上映。*6

グランド劇場

所在地 : 新潟市西堀通5番町
開館年 : 1956年2月9日
閉館年 : 1981年3月20日
グランド劇場では『十戒』、『エクソシスト』、『ジョーズ』などを上映。*7

寿座/大竹座/松竹大竹座

所在地 : 新潟市古町通8番町
開館年 : 1913年8月14日
閉館年 : 1971年2月11日
1913年8月14日に寿座から大竹座に改称。1946年から洋画を上映。1958年から松竹作品の封切り館。1968年から東宝作品の封切館。1971年2月11日に火災で焼失。*8

花月劇場

所在地 : 新潟市西厩島町
開館年 : 1914年6月1日(こんぴら館として)、1945年3月1日(花月劇場に改称)
閉館年 : 1966年4月1日
花月劇場ではディズニーのアニメ作品や『風と共に去りぬ』などを上映。*9

南街劇場

所在地 : 新潟市関屋本村町1
開館年 : 1953年
閉館年 : 1968年9月10日
南街劇場は東宝・松竹・大映の邦画と洋画の二番館。*10

本五座/東映ライオン劇場

所在地 : 新潟市西厩島町
開館年 : 1956年
閉館年 : 1968年11月2日
戦前からあった本五座という劇場が、1956年に映画館の東映ライオン劇場に。東映作品の二番館。*11

セキヤ東映

所在地 : 新潟市白山浦2
開館年 : 1956年11月3日(テアトルセキヤとして)、1959年11月20日(セキヤ東映に改称)
閉館年 : 1970年9月頃
関屋演芸場跡地。セキヤ東映は、当初は東映の二番館だったが、やがて洋画も上映する二番館になり、そして成人映画や実演も行う劇場に。*12

東光映画劇場

所在地 : 新潟市横七番町通3
開館年 : 1956年7月
閉館年 : 1974年1月29日
東光映画劇場は東宝・松竹・日活の二番館。写真あり。*13

春日劇場

所在地 : 新潟市春日町
開館年 : 1956年8月22日
閉館年 : 1994年8月31日
春日劇場は、邦画の二番館から、昭和40年代には成人映画を上映するように。写真あり。*14

明治座/沼垂日劇

所在地 : 新潟市沼垂東6
開館年 : 1943年3月4日
閉館年 : 1995年3月10日
前身は演芸場の明治座。1943年に沼垂日劇に改称して映画館に。邦画の二番館から、昭和40年代後半には成人映画を上映するように。写真あり。*15

大漁座/港座

所在地 : 新潟市沼垂東4
開館年 : 1914年5月1日
閉館年 : 1970年6月頃
前身は寄席の大漁座。1914年に港座に改称して映画館に。戦前は洋画の上映館だった。1947年からは大映・松竹・新東宝の二番館に。写真あり。*16

第二富士館/中央映画劇場

所在地 : 新潟市沼垂西横町
開館年 : 1952年
閉館年 : 1965年12月12日
戦前にあった第二富士館が、1952年に中央映画劇場に改称。東映作品を中心とする二番館。写真あり。*17

山ノ下銀映劇場

所在地 : 新潟市山ノ下末広通
開館年 : 1954年6月
閉館年 : 1967年11月28日
山ノ下銀映劇場は東宝・大映・新東宝の二番館。時代劇、『ゴジラ』や『ガメラ』などの特撮を上映。写真あり。*18

北都映画劇場

所在地 : 新潟市山ノ下通1(現在の新潟市長者町15)
開館年 : 1958年
閉館年 : 1976年8月31日
北都映画劇場は松竹・東映・日活の二番館。写真あり。*19

おおとり映画劇場

所在地 : 新潟市本町通14番町
開館年 : 1956年7月
閉館年 : 1966年3月頃
おおとり映画劇場は当初は新東宝の封切館だったが、大映・日活・新東宝などの二番館に。写真あり。*20

ニュース劇場/ライフ

所在地 : 新潟市古町通7番町
開館年 : 1960年10月26日
閉館年 : 1985年3月1日
ライフはニュース劇場として開館。1962年から洋画の二番館に。ルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』(1958年・フランス)、ルネ・クレマン監督の『禁じられた遊び』(1952年・フランス)などを上映。写真あり。*21

映劇大要

所在地 : 新潟市古町通12番町
開館年 : 1962年5月2日
閉館年 : 営業中
映劇大要は大映の二番館だったが、やがて洋画の二番館となり、1964年から成人映画専門館に。2018年現在も営業中。写真あり。*22
Wikipedia : 映劇大要

新潟万代東宝プラザ/T・ジョイ新潟万代ANNEX

所在地 : 新潟県新潟市中央区万代1丁目3-1 万代シネモールビル
開館年 : 1984年12月22日
閉館年 : 2004年4月11日
1984年12月22日、万代シネモールビルに新潟万代東宝プラザが開館。2001年6月24日、近隣にシネコンのT・ジョイ新潟万代が開館する1か月前に閉館。しかし6月30日にはT・ジョイ新潟万代ANNEXとして再開館。3年後の2004年4月11日に閉館した。

新潟万代東宝1・2

所在地 : 新潟県新潟市中央区万代1丁目3-1 万代シネモールビル
開館年 : 1992年12月12日
閉館年 : 2001年4月8日
1992年12月12日、万代シネモールビルの南西のブロックにある万代シテイバスセンタービルに新潟万代東宝1・2が開館。前身は信濃川対岸の中心市街地の新潟宝塚会館にあった新潟東宝劇場・スカラ座である。2001年4月8日、近隣にシネコンのT・ジョイ新潟万代が開館する3か月前に閉館した。

新潟・市民映画館シネ・ウインド

所在地 : 新潟県新潟市中央区八千代2-1-1 万代シテイ第二駐車場ビル1階
開館年 : 1985年12月7日
閉館年 : 営業中
Wikipedia : 新潟・市民映画館シネ・ウインド

糸魚川市

糸魚川市の映画館

明治末期から大正期には西頸城郡にも相次いで劇場や芝居小屋が建設された。下早川村(現・糸魚川市)新町には新富座、大和川村(現・糸魚川市)梶屋敷には大平座が開館。1913年(大正2年)には糸魚川町大町に金楽座が、1923年(大正12年)には同じく糸魚川町大町に糸魚川劇場が開館した。

糸魚川劇場/糸魚川映画劇場/糸魚川東映劇場

所在地 : 新潟県糸魚川市大町
開館年 : 1923年
閉館年 : 1968年?
1928年(昭和3年)5月には糸魚川劇場で初めてトーキー映画が上映された。糸魚川劇場はやがて糸魚川映画劇場、糸魚川東映劇場に改称した。1968年閉館とされる。*23

糸魚川銀座映画劇場

所在地 : 新潟県糸魚川市大町
開館年 : 1959年頃
閉館年 : 1970年?
1959年に開館したとされる。映画年鑑には1967年版から1970年版に名前が見られる。『糸魚川市史 昭和編3』には開館時の記念写真が掲載されている。*24

中央映画劇場/糸魚川中央劇場

所在地 : 新潟県糸魚川市大町
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1989年5月?
映画年鑑には1956年版から1968年版に「中央映画劇場」の名が、1969年版から1984年版に「糸魚川中央劇場」の名がある。1984年から1989年までの動向は不明だが、1989年5月に閉館したとされる。糸魚川市唯一の映画館だったため、1か月の間にアニメ、邦画、成人映画、洋画など様々な映画を上映していた。『日本沈没』(1973年)が上映された際には満員となった。入れ替え制ではなかった。*25

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