閉館した映画館を中心とする、日本の映画館の総合データベースです。管理人「hekikaicinema」のみが編集可能。



岩国・玖珂地域

岩国市

岩国国際劇場
所在地 : 山口県岩国市麻里布町(1960年)、山口県岩国市麻里布町3-14-7(1969年・1980年・1990年・2000年)
開館年 : 1954年
閉館年 : 2004年9月24日
1960年・1969年・1980年・1990年・2000年の映画館名簿では「岩国国際劇場」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。

2004年9月24日をもって、岩国市麻里布町の映画館「岩国国際劇場」が閉館する。1954年、洋画専門館として開館した。正方形に近いスクリーンが主流だった時代に、珍しく横長のシネマスコープサイズのスクリーンを設置していた。初回上映の『聖衣』は、配給会社から表彰を受けるほどの盛況ぶりだった。アメリカ・フランス・イタリアなど洋画を中心に約5000ほんの作品を上映し、累計約500万人が来館した。1960年代には岩国基地のアメリカ海兵隊員らが家族連れで訪れたり、広島県からの来館者も多かった。建物の老朽化が目立ち、来館者数の減少も重なって、閉館を決定した。跡地は駐車場になる予定。最終上映作品は『ローマの休日』。*1
岩国東映劇場・岩国松竹・岩国ニューセントラル劇場/岩国東映・岩国ニューセントラル劇場・岩国ニューセントラル2/岩国ニューセントラル1・2・3
所在地 : 山口県岩国市麻里布町2-4-24(1980年・1990年・2000年・2010年)
開館年 : 1956年
閉館年 : 2012年9月28日
1980年の映画館名簿では「岩国東映劇場・岩国松竹・岩国ニューセントラル劇場」(3館)。1990年の映画館名簿では「岩国東映・岩国ニューセントラル劇場・岩国ニューセントラル2」(3館)。2000年・2010年の映画館名簿では「岩国ニューセントラル1・2・3」(3館)。

岩国市麻里布町2丁目の映画館「岩国ニューセントラル1・2・3」は、JR岩国駅前の繁華街のビルにある。冬休みは家族連れが目立ち、親子が弁当を広げたり、ハンバーガーをほおばりながら鑑賞している。ごみの持ち帰り以外の注意は行わない。市内の小学校などで出張上映会を開催することも多く、採算度外視で行っている。子どもの団体入場も積極的に受け入れている。*2

2012年9月28日、岩国市唯一の映画館「岩国ニューセントラル」が休館した。3スクリーン計490席。今後は正月や夏休みのみ不定期上映するという。1956年に岩国市中心部の商店街にニューセントラルが開館した。約20年前には20万人前後の観客数があったが、2011年には約4万人にまで落ち込んでいた。*3

玖珂郡和木町

柳井・大島地域

柳井市

熊毛郡上関町

熊毛郡田布施町

熊毛郡平生町

大島郡周防大島町

周南地域

周南市

周南市

徳山国際日活劇場・徳山大映国際劇場/徳山国際劇場・徳山にっかつ/徳山国際劇場・徳山国際シネマ
所在地 : 山口県徳山市平和通2-47(1969年・1980年・1990年)
開館年 : 1957年
閉館年 : 1997年2月末
1969年の映画館名簿では「徳山国際日活劇場・徳山大映国際劇場」(2館)。1980年の映画館名簿では「徳山国際劇場・徳山にっかつ」(2館)。1990年の映画館名簿では「徳山国際劇場・徳山国際シネマ」(2館)。2000年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はビジネスホテル「アルファ・ワン徳山」。最寄駅はJR山陽本線・山陽新幹線徳山駅。

1997年2月末、徳山市平和通2丁目の映画館「徳山国際劇場」(750席)と併設の「徳山国際シネマ」(380席)が閉館する。経営は岩国市の国際興業。跡地には関連会社である徳山国際土地建物が14階建てのビジネスホテルを建設し、1998年夏に開業する予定。両館は1957年に開館し、山口県では数少ない東宝系洋画の封切館だった。1960年代から1970年代にかけて、1週間で*4
徳山グランド劇場
所在地 : 山口県徳山市戎町1-1(1969年・1980年・1990年・2000年)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 2000年以後2010年以前
1969年・1980年・1990年・2000年の映画館名簿では「徳山グランド劇場」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。
テアトル徳山(初代)/テアトル徳山・徳山映画劇場/テアトル徳山1・2/テアトル徳山機Ε轡優 ヌーヴェル
所在地 : 山口県徳山市銀座3-18(1969年)、山口県徳山市銀座2-18(1980年・1990年・2000年)、山口県周南市銀座2-18(2010年)、山口県周南市銀座2-18 毎日興業銀座ビル2階(閉館時)
開館年 : 1967年
閉館年 : 2005年
1969年の映画館名簿では「テアトル徳山」。1980年の映画館名簿では「テアトル徳山・徳山映画劇場」(2館)。1990年・2000年の映画館名簿では「テアトル徳山1・2」(2館)。2010年の映画館名簿では「テアトル徳山機Ε轡優 ヌーヴェル」(2館)。2020年時点で建物は現存してレンタルホールとして活用されている。最寄駅はJR山陽本線・山陽新幹線徳山駅。

2004年9月、周南市銀座2丁目の映画館「シネマ・ヌーヴェル」が開館2周年を迎える。山口県唯一のミニシアター系映画館であり、地方では上映されにくいヨーロッパやアジアの作品を上映してきた。もともとは大作映画の上映館だったが、シネコンとの差別化を図るためにミニシアターとなった。当初は東京と同じように1作品2週間の上映だったが、認知度が高まる前に上映期間が終了してしまうのが難点だった。2004年になってから上映期間を1か月にしたところ、観客数が増えだしたという。「30-40代の女性」をターゲットとしている。*5

周南市中心部にある映画館「シネマ・ヌーヴェル」「テアトル徳山機廖屮謄▲肇詁岨魁廚3館は、2004年春に支配人になった角田俊一(34)が一人で仕切っている。アート系作品を上映していたシネマ・ヌーヴェルに娯楽系作品を取り入れ、韓国映画2本を1000円で上映したこともあった。*6
徳山東宝/徳山銀南シネマ/テアトル徳山3/テアトル徳山(2代)
所在地 : 山口県徳山市銀南街49(1980年)、山口県徳山市銀南街47(1990年)、山口県徳山市銀南街49(2000年)、山口県周南市銀南街49(2010年)、山口県周南市銀南街49 銀南毎日興業ビル4階(閉館時)
開館年 : 1969年以前
閉館年 : 2012年12月28日
1969年の映画館名簿では「徳山東宝」。1980年の映画館名簿では「徳山銀南シネマ」。1990年・2000年の映画館名簿では「テアトル徳山3」。2010年の映画館名簿では「テアトル徳山」。跡地は2015年11月開館のライブハウス「周南RISING HALL」。最寄駅はJR山陽本線・山陽新幹線徳山駅。

2012年12月28日をもって、周南市銀南街の映画館「テアトル徳山」が45年の歴史に幕を閉じる。9月には岩国市の「岩国ニューセントラル」が休館、12月1日には山口市の「山口スカラ座」が閉館している。1967年に毎日興業が開館させた。1スクリーン206席。山口県出身の監督の作品や、国際的に評価された作品などを上映し、2009年からは周南映画祭の会場にもなっていた。1台約1000万円のデジタル映写機の導入が難しく、休刊を決定した。12月15日からの『人生、いろどり』が最後の上映作品。休館後には貸しホール化し、夏休みなど不定期での上映を検討している。*7

2012年12月28日をもって、周南市唯一の映画館「テアトル徳山」が休館する。1967年に開館した。1997年には観客数がピークとなり、約13万人を集めた。1999年には近隣の下松市や防府市にシネコンが開館した。2005年には系列の「シネマ・ヌーヴェル」と「テアトル徳山1」を休館させ、シネコンでは上映しない作品に絞って差別化を図った。現在の入館者数は1万2000人から1万5000人ほどにまで落ち込んでいた。*8

下松市

光市

県央地域

山口市

金竜館/山口金竜館
所在地 : 山口県山口市道場門前2-2-5(1990年)
開館年 : 1930年以前
閉館年 : 1991年
1930年・1950年・1953年・1958年・1960年の映画館名簿では「金竜館」。1969年・1973年の映画館名簿では「山口金竜館」。1976年・1980年・1985年・1990年の映画館名簿では「金竜館」。1995年の映画館名簿には掲載されていない。

1999年のこのほど、山口市道場門前にあった映画館「金竜館」の再建が先送りされることが決定した。金竜館は毎日興業が運営していたが、1991年に台風で壊れて閉館した。跡地は道場門前商店街振興組合の所有地と合わせて駐車場となっている。商店街振興組合は立体駐車場の建設を決めており、中心市街地活性化法に基づく国や山口県の補助事業に採択された。一方で毎日興業も映画館の再建を決め、組合に設計案を提示したが、組合による設計案との調整がつかなかった。*9
ぱるるプラザ山口
所在地 : 山口県山口市惣太夫町1-15(2000年)、山口県山口市惣太夫町1-15 ぱ・る・るプラザ山口(閉館時)
開館年 : 1990年以後2000年以前
閉館年 : 2006年3月
1990年の映画館名簿には掲載されていない。2000年の映画館名簿では「ぱるるプラザ山口」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。
山口スカラ座・山口ニュー泉都劇場/山口スカラ座・山口ニュー泉都/山口スカラ座1・2・3・4
所在地 : 山口県山口市泉都町1154(1969年・1980年・1990年・2000年・2010年)
開館年 : 1960年
閉館年 : 2012年11月1日
1969年の映画館名簿では「山口泉都映劇」。1980年の映画館名簿では「山口スカラ座・山口ニュー泉都劇場」(2館)。1990年の映画館名簿では「山口スカラ座・山口ニュー泉都」(2館)。2000年・2010年の映画館名簿では「山口スカラ座1・2・3・4」(4館)。跡地は「ファミリーマート山口泉都町店」駐車場。

2012年11月1日、山口市の映画館「山口スカラ座」が閉館する。4スクリーン計530席を有する。山口市は2年前に映画館がなくなった奈良市に続いて、全国で2例目の常設映画館がない県庁所在地となる。山口スカラ座は1960年に開館したが、約15年前が観客数のピークであり、シネコンの進出以後は経営が苦しかった。*10

2012年11月1日、山口市泉都町の映画館「山口スカラ座」が閉館する。4スクリーン計540席であり、山口市唯一の映画館である。日本映画製作者連盟によると、常設映画館がない県庁所在地は奈良市に次いで2か所目だという。もともとあった映画館の経営を引き継いで、1960年にスカラ座が開館した。『E.T.』や『南極物語』がヒットした約30年前が観客数のピークだったが、その後は年々観客数が減少した。閉館後には建物を取り壊し、コンビニや飲食店が入るビルを建設する予定。*11

2012年11月1日、山口市の映画館「山口スカラ座」が閉館する。1960年の開館から約半世紀がたち、建物の老朽化が目立つようになった。山口県内に最新設備を導入した映画館が相次いで開館しており、観客数が大幅に減少していた。山口スカラ座は山口市立中央図書館などがある中央公園と繁華街の湯田温泉の間に位置する。4スクリーン計530席を有する。跡地には平屋建ての店舗を建設し、コンビニや飲食店が入居する予定である。現在の県庁所在地で映画館がないのは奈良県だけであり、山口県は2例目となる。山口市から最寄りの映画館は防府市や宇部市にあるシネコンとなる。*12

防府市

宇部・美祢地域

宇部市

有楽劇場/宇部松竹有楽劇場/宇部有楽劇場
所在地 : 山口県宇部市東区錦町6丁目(1963年)、山口県宇部市東区錦町6-6(1966年・1969年・1973年)、山口県宇部市錦町11-10(1976年・1980年・1985年・1990年・1995年)
開館年 : 1959年
閉館年 : 1999年3月12日
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1963年の映画館名簿では「有楽劇場」。1966年・1969年・1973年・1976年・1980年・1985年の映画館名簿では「宇部有楽劇場」。1985年の映画館名簿では「宇部松竹有楽劇場」。1990年・1995年の映画館名簿では「宇部有楽劇場」。2000年の映画館名簿には掲載されていない。

1999年3月12日をもって、宇部市の「宇部有楽劇場」が閉館した。1959年に「松竹有楽劇場」として開館し、洋画を中心に上映していた。1986年には松竹関西興行から徳山市の毎日興業が経営を引き継いだ。近年には『ドラえもん』シリーズや『子猫物語』、『もののけ姫』などが人気だった。*13

山陽小野田市

美祢市

豊関地域

下関市

下関スカラ座・下関東宝劇場
所在地 : 山口県下関市竹崎町4-4-8(1980年・1990年・2000年)
開館年 : 1969年以後1980年以前
閉館年 : 2007年10月28日
1980年・1990年・2000年の映画館名簿では「下関スカラ座・下関東宝劇場」(2館)。
下関スカラ座シアター ゼロ1・2
所在地 : 山口県下関市竹崎町4-4-8 シーモール下関2階(2010年)
開館年 : 2007年11月10日
閉館年 : 2014年3月31日
2010年の映画館名簿では「下関スカラ座シアター ゼロ1・2」(2館)。

2007年11月10日、下関市のシーモール下関専門店街に映画館「下関スカラ座シアター・ゼロ」が開館する。俳優で映画監督の奥田瑛二が支配人を務める。初回上映作品は奥田が監督を務めた『風の外側』。10月28日に閉館した「下関スカラ座」と「下関東宝劇場」を引き継いで開館し、当初は2007年末までの臨時運営の予定だったが、奥田は2008年以降の運営続行を明言した。*14

2014年3月末、下関市唯一の映画館「シアター・ゼロ」が閉館した。前身は約40年前に開館した下関東宝・スカラ座。2007年11月にはシアター・ゼロが開館し、約2年間は映画監督の奥田瑛二が初代支配人を務めた。2008年の観客数は1万5000人、2009年は2万2000人、2010年は2万8000人と右肩上がりだったが、2011年は2万7000人、2012年は2万5000人、2013年は2万8000人と横ばいだった。もっとも観客を集めた作品は、下関市在住の古川薫が原作の『獄に咲く花』の5130人であり、次いで全編下関ロケを行った奥田瑛二監督作『風の外側』で4957人だった。7月にはJR下関駅前にシネコンが開館する。*15

長門大津地域

長門市

萩地域

萩市

萩キラク1・2/萩ツインシネマ1・2
所在地 : 山口県萩市東田町18(1990年)、山口県萩市東田町18-4(2010年)、山口県萩市東田町18-4 ヤングプラザビル3階(現在)
開館年 : 1981年(萩キラク)、1996年7月19日(萩ツインシネマ)
閉館年 : 営業中
1990年の映画館名簿では「萩キラク1・2」(2館)。2000年・2010年の映画館名簿では「萩ツインシネマ1・2」(2館)。

1981年に映画館「萩キラク」が開館し、キラク1(150席)とキラク2(195席)の2スクリーンからなっていた。1985年の観客数は約6万人だったが、1994年9月以降の一年間では約6000人にまで減少していた。赤字額は年間200万円となり、経営者の山萩企画は閉館を検討していた。山口県日本海側の北浦地方では唯一の映画館である。1995年には「萩の映画館を守る会」などが募金活動を開始した。1996年4月には元市長の林秀宣が発起人となって出資を募り、約50人が応じて資本金1000万円が集まったことから、1996年6月22日には新会社の設立総会が行われた。映画ファンの陶芸家・医師・市議会議員などが出資した株式会社が運営を引き継ぎ、1996年7月19日に『スーパーの女』でこけら落としとなる。*16

2004年3月13日、防府市の小学校であった実話に基づく映画『ほたるの星』の先行上映が行われ、ツインシネマでも菅原浩志監督・原作者の宗田理・俳優の北見敏之・女優の小柳友貴美による舞台挨拶が行われた。*17

2004年5月9日、萩市の映画館「ツインシネマ」が閉館する。北浦地方では唯一の映画館だった。宇部市や防府市のシネコンに観客を奪われ、駐車場がないことなどもあって観客が伸び悩んでいた。かつて萩市には2館の映画館があったが、ツインシネマの前身となる映画館が閉館する際に、市民有志が株式会社「ムービー・ボラトピア」を設立して運営を引き継いだ。資本金は1000万円であり、萩市で歯科医院を経営する高雄一寿が社長に就任。館名は公募でツインシネマに決定し、1996年7月に2スクリーンのツインシネマを開館させた。1997年度の観客数は4万4000人だったが、1998年度は3万4000人、2000年度は1万7000人と減少した。2001年度には萩市が舞台となった『釣りバカ日誌12』もあって3万4000人と盛り返したが、近年は再び1万人台に低迷していた。*18

2004年5月9日には萩市の映画館「ツインシネマ」が閉館したが、同年夏には「萩コミュニティシネマ」が設立され、現在はNPO法人の申請中である。理事長はツインシネマの運営会社で社長を務めていた高雄一寿。8月7日から上映を再開する。*19

2005年7月30日と31日、萩市の映画館「ツインシネマ」は上映再開1周年記念イベントとして、入場者200人に萩市産のトマトをプレゼントした。両日とも定員200人は予約で満席。*20

2006年9月には佐賀県佐賀市の「佐賀セントラル」が閉館し、シネコン以外の既存映画館が姿を消した。2006年10月には鹿児島県鹿児島市の鹿児島東宝が閉館し、奄美を除くとシネコンしかない県となった。しかし、2007年4月には鹿屋市の市民交流センターに映画館が開館する予定である。山口県山口市の映画館「コミュニティシネマ山口」は全国でも珍しい公設公営の映画館である。2004年に山口県萩市に開館した「萩ツインシネマ」は、閉館した映画館をNPOが引き受けた。山口県の日本海側唯一の映画館であり、『武士の一分』など大手の作品も上映している。*21

2008年1月10日、東京都の不動産会社が所有していた萩市東田町の4階建てビル「ヤングプラザ萩」を、NPO法人萩コミュニティシネマの高雄一寿理事長ら3人で設立した土地建物賃貸借会社「株式会社TTF」が買収した。資本金は300万円であり、3人が100万円ずつ出資している。約6000万円の買収費用は市内の金融機関からの融資で賄っている。1階と2階に入居している飲食店や薬局などからの家賃収入で、借入金の返済を含めたビル経営が可能であるとしている。1981年、市内にある2館の映画館の経営者が良寛を統合した新映画館の開館のために建設された。映画館は3階と4階にある。*22

2008年11月21日から11月30日まで、萩市の映画館「萩ツインシネマ」で「萩コミュニティ映画祭」が開催される。下関市出身の佐々部清監督の作品6本が上映される。『陽はまた昇る』、『半落ち』、『チルソクの夏』、『四日間の奇蹟』、『夕凪の街桜の国』、『三本木農業高校馬術部』。11月22日には14時から『チルソクの夏』に主演した水谷妃里の舞台挨拶があり、16時15分から佐々部監督のトークショーがある。2008年8月には島根県益田市の映画館が閉館したことで、山口県長門市から島根県出雲市までの間にある映画館は萩ツインシネマのみとなった。*23

2010年初頭には萩市の映画館「萩ツインシネマ」が3D作品上映設備を導入し、3D第1弾として『アバター』を上映している。山口県内では宇部市と岩国市の映画館にも3D上映設備があるという。現在の会員は約500人。年間観客数は2006年度が1万6800人、2007年度が1万2300人、2008年度が9900人と漸減している。起爆剤として3D作品上映設備の導入を決め、総事業費1527万円のうち、2/3は国からの補助金で、1/3は萩市からの補助金で賄った。*24

2010年1月、萩ツインシネマに3D作品上映設備が導入された。2008年度の観客数は9900人であり1万人を割り込んだ。約1500万円で導入。山口県内では宇部市と岩国市の映画館でも3D設備を導入している。*25

2014年3月には下関市の「シアター・ゼロ」が休館し、単独映画館は萩市の「萩ツインシネマ」のみとなった。1999年には防府市・宇部市・下松市にシネコン3施設計21スクリーンが相次いで開館し、2014年には下関市に8スクリーンのシネマサンシャイン下関が開館している。1967年に開館した周南市のテアトル徳山は、デジタル上映設備の資金を捻出できず、2012年に閉館した。萩ツインシネマは2004年にいったん閉館したが、3カ月後にNPO法人が運営を引き継いだ。2スクリーンを1スクリーンに絞り、配給会社への支払いを歩合制に変更してもらうなどした。2004年の再出発時には年間2万人の観客がいたが、現在は8000人にまで減少している。*26

萩市の映画館「萩ツインシネマ」。2019年2月18日からは映写機の故障により休館していたが、映写機をレンタルして3月9日に営業を再開し、『ボヘミアン・ラプソディ』や『笑顔の向こうに』などを上映した。*27

2019年2月には映写機が故障して一時休館となり、3月にはレンタルした映写機で営業を再開した。4月には映写機の購入のためのクラウドファウンディングを開始すると、約2か月半で432万5000円が集まり、その他にも約250万円の寄付が寄せられた。8月には約600万円で最新式の映写機を購入した。*28

阿武郡阿武町

このページへのコメント

山口県宇部市の宇部有楽劇場、1999年3月に閉館したとの記録がありました。
http://bbs.c-studio.net/ube/32311.html

私の記憶でも大体この頃の閉館だったと思います。閉館が決まってから現地に行き、「ユー・ガット・メール」を見たような気がします。

なお、当時宇部新川駅の近くの古い映画館はまだ営業していましたが、こちらはいつ閉館したのかわかりません。

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Posted by 通りすがり 2020年11月28日(土) 11:37:55 返信数(1) 返信

貴重な情報をありがとうございます!

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Posted by  hekikaicinema hekikaicinema 2020年12月01日(火) 22:53:46

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