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札幌市

札幌市中心部

札幌劇場
1952年末、札幌市に洋画封切館「札幌劇場」が開館した。7月から改築工事中だった。鉄筋造4階建て。工事費約8000万円。定員1073人。冷暖房完備。館主は須貝富安。*1
同新ニュース劇場
1953年6月13日、札幌市の丸井デパート7階に「同新ニュース劇場」が完成した。3月14日から増設中だった。鉄筋コンクリート造平屋建て。建坪120坪。定員450人。*2
山鼻映画劇場
1954年7月11日、札幌市南14条西7に「山鼻映画劇場」が開館する。木造3階建て。建坪250坪。客席488。総工費2000万円。経営は別当重栄。*3
南街映画劇場
1954年12月25日、札幌市南6条西9丁目に「南街映画劇場」が開館した。客席488。経営は別当興行。*4
美登記館
1955年のこのほど、札幌市南7条西9丁目に「美登記館」が開館した。オープニングは『七変化狸御殿』。経営は別当興行。鉄骨鉄筋造3階建て、280坪。定員650。総工費2000万円。*5
札幌大映劇場
1955年11月29日、札幌市の「札幌大映劇場」が開館披露を行い、11月30日から発足した。1955年夏から総工費1億2000万円で改築中だった。建坪560坪。定員754人。支配人は川本澄夫。*6

1955年11月29日、札幌市南4条西2丁目に大映直営館「札幌大映劇場」の開館披露が行われた。大映の永田雅一社長も札幌を訪れ、知名士約700人が招待されている。鉄筋造4階建て。延557.8坪。座席数は810であり、スタンド式シートが設置されている。*7
幌南映劇
1957年7月6日、札幌市南16条西7丁目に「幌南映劇」が開館した。オープニングは『白い羽根』と『お若いデス』の二本立。洋画二番館。木造モルタル、3階建て、延150坪。シネスコスクリーンを有する。客席300。総工費2000万円。経営は別当興行であり、別当興行の映画館は札幌市に8館目となる。支配人は鎌田敦。*8
国際映画劇場
1957年7月28日、札幌市北16条西1丁目に「国際映画劇場」(国際映劇)が開館した。オープニングは『柳生武芸帳』と『ジャズ娘誕生』。総工費3000万円。木造モルタル2階建て。客席350。系統は邦洋二番。社長は山本正三郎。札幌市の映画館は45館となった。*9
セントラル映画劇場
1957年8月24日、札幌市に「セントラル映画劇場」が開館した。北海道観光株式会社は公費2億6000万円で120メートルのテレビ塔を建設しており、その地下に開館した。経営は本間興行。邦画洋画の三番館。客席300。札幌市の映画館は46館となった。*10
松竹映画劇場・地下劇場・札幌シネマ
1957年9月5日、札幌市の「松竹映画劇場」と「地下劇場」が入るビルに定員85人の「札幌シネマ」が開館した。いずれも経営は中映。支配人は樺沢照三。*11
札幌映画劇場
1953年10月1日、札幌市北11条東8丁目に「札幌映画劇場」が開館した。会長は天野房次郎。木造平屋建、定員280人。*12
札幌東宝劇場/北海道劇場
1955年9月23日、札幌市の「札幌東宝劇場」が「北海道劇場」に改称した。総工費約1500万円で改装し、シネスコ二番館となった。定員は970。経営は別当興行株式会社。*13
札幌オリオン座
1958年9月6日、札幌市北23条西5丁目に邦洋画三番館「札幌オリオン座」が開館した。木造モルタル造。延坪数151坪。客席280。経営は島勝太社長の九島興行。*14
札幌松竹座
1959年3月上旬、札幌市の「札幌松竹座」が改築される。工費1億3000万円。スクリーンは日本最大の75尺となる予定。経営は中央株式会社。*15

1959年6月12日、札幌市に「札幌松竹座会館」が開館した。3月から改装のために休館していた。1階と2階に定員979人の「松竹座」が入り、地下に「札幌座」、235人の「松竹地下劇場」、90人の「札幌シネマ」、165人の「札幌新劇場」と、ビル内に計5館が入った。経営は中映興行。*16

1959年8月14日、札幌市の「札幌松竹座会館」地下に東映二番館「札幌座」が開館した。経営は中映興行。札幌市の映画館は54館となった。*17
三条東映/中央劇場
1959年12月のこのほど、札幌市3条西2の東映上映館「三条東映」は「中央劇場」に改称して洋画三番館に転向した。経営は九島勝太郎社長の九島興行。*18
大蔵娯楽センター
1961年11月1日、札幌市の薄野繁華街に「大蔵娯楽センター」が開館する。鉄筋鉄骨コンクリート造、3階建て。延べ1038坪。1階は20レーンのボウリング場、2階はトルコ風呂・ガンコーナー・ダンスホール、3階は事務室とビリヤード場である。経営は大蔵貢社長の大蔵観光株式会社。*19
藻岩劇場
1963年8月25日をもって、札幌市の邦画二番館「藻岩劇場」が廃館となった。別当興業が経営する3館のひとつ。木造モルタル2階建て、定員377。*20
サンピアザ
札幌市白石区厚別中央でサンピアザを経営する札幌副都心開発公社は、松竹とフランチャイズ契約を結び、国鉄新さっぽろ駅北側の駐車場〈サンピアザ北駐車場〉にスクリーンを設置して北海道初のドライブインシアターを開館させる。上映期間は夏期のみとし、4月から10月をめどとしている。上映開始時間は小売店が閉店する19時以降になる予定。警察や関係業者との話し合い次第で、1984年4月28日から上映を始める。*21
札幌ピカデリー
1990年10月27日、札幌市で松竹が経営する「札幌ピカデリー」に98席の「札幌ピカデリー2」が開館した。ニューシネマシステム21方式。*22
札幌シネマ11
所在地 : 北海道札幌市南3条西1丁目(1990年)
開館年 : 1985年以前
閉館年 : 1990年以後2000年以前
1990年の映画館名簿では「札幌シネマ11」。

札幌市中央区南3条西1丁目の須貝ビルにある「シネマ11」は「日本一小さい映画館」とされる。須貝興行は須貝ビルの空きテナント対策として、すでに10館がある同ビル内に直営映画館としてシネマ11を開館させた。芸術映画専門館という位置づけであり、向こう3年間で懐かしの洋画50本をシリーズ上映するという企画に取り組んでいる。*23
札幌東映
所在地 : 北海道札幌市中央区南2条西5丁目26-5
開館年 : 1955年
閉館年 : 2003年3月31日

1963年4月28日、札幌市の東映二番館「札幌東映地下劇場」は洋画封切館に転向した。経営は東映。定員400人。*24

2002年12月1日の『北海道新聞』には「東映」が2003年3月をもって閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*25

2003年2月25日の『北海道新聞』には「札幌東映会館」が3月末をもって閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*26
松竹遊楽館
所在地 : 北海道札幌市中央区狸小路3丁目
開館年 : 1910年
閉館年 : 2003年3月23日
1956年9月20日、札幌市南2条西3-6に松竹封切館「札幌遊楽館」と洋邦名画特選「地下劇場」が開館した。松竹直営。総工費1億5000万円。高田札幌市長ら業界の知名士約1000人が出席する盛大な開館披露式だった。*27

2003年3月23日、札幌市中央区狸小路3丁目の映画館「松竹遊楽館」が閉館した。最終上映作品は山田洋二監督作『たそがれ清兵衛』。1910年に開館した。JR札幌駅南口に松竹・東宝・東映の3社が共同で運営する「札幌シネマフロンティア」が開館したことで閉館を決めた。「シアターキノ」代表の中島洋は、北海道大学映画研究部時代に松竹遊楽館に通いつめ、ゴダール監督の『気狂いピエロ』を一日中観たこともあるという。*28
札幌東宝日劇
所在地 : 北海道札幌市中央区
開館年 : 1954年9月
閉館年 : 2003年8月31日
2003年9月1日の『北海道新聞』には「東宝日劇」が閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*29

1962年3月1日、東宝の直営館「札幌日劇」「札幌公楽」「小樽東宝」「旭川東宝」「函館大門座」が直営契約を解約され、それぞれ東宝北海道興行に移管された。*30

2003年8月31日、札幌市中央区の映画館「札幌東宝日本劇場」(日劇)が閉館する。東宝系の洋画封切館として親しまれていた。3月には「札幌東映会館」や「松竹遊楽館」も閉館している。8月25日からは「東宝日劇ファイナルシネマ」と題し、『ひまわり』『男と女』『帰らざる河』『ベン・ハー』など名作7本を上映する。『帰らざる河』は初めて正月映画として上映し、立ち見を含めて一日で1万人が入った。『ベン・ハー』は初めて全席指定で上映した作品である。最終上映作品は動員数と売上で同館の記録を持つ『タイタニック』。1954年9月に開館した。地下1階・地上6階建であり、1階から3階が映画館である。座席数は1階席と2階席を合わせて552席。閉館の理由は建物の老朽化だが、JR札幌駅南口に開館したシネコンの存在も大きい。*31
札幌サンピアザ劇場/サンピアザ劇場
所在地 : 北海道札幌市厚別区厚別中央2条5丁目(1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1984年
閉館年 : 2004年5月
1990年・1995年の映画館名簿では「札幌サンピアザ劇場」。2000年の映画館名簿では「サンピアザ劇場」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。

新さっぽろアークシティ内。サンピアザ劇場は貸しホールとして現存していたが2022年3月31日営業終了予定。

2005年4月3日の『北海道新聞』には2004年に閉館した「サンピアザ劇場」がホールに転換したという記事が掲載されている。現物は未確認。*32
レディースシアター マリオン/札幌マリオン劇場(旧)
所在地 : 北海道札幌市中央区南3条西2丁目(1995年・2000年・2005年)
開館年 : 1991年12月21日
閉館年 : 2009年1月9日
Wikipedia : マリオン劇場
1995年・2000年・2005年の映画館名簿では「札幌マリオン劇場」。南3条西2丁目1-1 塚本マリオンビル地下1階。建物の塚本マリオンビルはH&Bプラザとして現存。後継館は別地点のマリオンシネマ。

2008年12月20日の『北海道新聞』には「札幌マリオン劇場」が2009年1月9日に閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*33
札幌東宝公楽
所在地 : 北海道札幌市中央区
開館年 : 1955年、1970年代(ビル化)
閉館年 : 2010年8月20日
1960年後半のこのほど、本間誠一社長の本間興業は札幌市に娯楽センターの建設を計画している。札幌市南5条西3丁目の「東宝公楽劇場」を取り壊し、跡地に地下2階・地上9階建て、鉄筋コンクリート造、延床面積1万3000平方メートルのビルを建設する。総工費は約4億円。地下1階と地下2階に500人程度収容の洋画二番館、1階は名店街、2階から5階は約1000人収容の東宝封切館、5階から8階は約1000人収容の洋画封切館となる予定。1961年明春に着工予定であり、同年末または1962年春までに完成予定である。*34

1962年3月1日、東宝の直営館「札幌日劇」「札幌公楽」「小樽東宝」「旭川東宝」「函館大門座」が直営契約を解約され、それぞれ東宝北海道興行に移管された。*35

2010年5月26日の『北海道新聞』には札幌東宝公楽の閉館を伝える記事が掲載されている。現物は未確認。*36

2010年5月27日の『北海道新聞』には札幌東宝公楽の閉館を伝える記事が掲載されている。現物は未確認。*37

2010年8月20日、札幌市中央区の映画館「札幌東宝公楽」が閉館する。現在では珍しい手描きの看板が名物だった。1955年に東宝の直営館として開館したが、前身の映画館は大正時代までさかのぼるという。1970年代にはビルに建て替え、3階で営業していた。ススキノ中心部の交差点角に建っていることから、携帯電話がない時代にはよく待ち合わせ場所に使われたという。2003年にはJR札幌駅のJRタワーに「札幌シネマフロンティア」が開館し、同年には札幌市中心部の「松竹遊楽館」など3館が立て続けに閉館した。*38

2010年9月1日の『北海道新聞』には札幌東宝公楽の閉館を伝える記事が掲載されている。現物は未確認。*39

札幌市郊外

琴似東映劇場
1956年9月3日、札幌市琴似町に「琴似東映劇場」が開館した。東映専門館。経営は東映商事であり、札幌市の東映商事直営館は6館となった。札幌市の映画館は34館となった。鉄筋造2階建て、1階150坪、2階50坪。総工費1700万円。*40

東映は直営館を50館まで増やす積極方針を掲げている。1957年4月下旬現在、東映の直営館は北海道2館、関東16館、中部4館、関西6館、九州4館の32館だった。その後、1957年5月1日には「福島東映」が、7月23日には「琴似東映」が、8月14日には「松江東映」が、9月30日には「迫川東映」が、10月1日には「松山東映」が、10月28日には「鹿児島東映」が開館した。12月3日には「静岡東映」「静岡東映パラス」が、12月27日には「函館東映」が開館予定であり、1957年内に40館を超える。*41

1966年2月、東映直営館「琴似東映」が閉館した。*42
白石劇場
所在地 : 北海道札幌市白石区
開館年 :
閉館年 : 2001年10月
2001年10月27日の『北海道新聞』には「白石劇場」が10月中に閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*43

このページへのコメント

札幌東映、開館年1955です。記入してください。

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Posted by いぐち 2021年05月15日(土) 15:22:29 返信数(1) 返信

いずれ札幌東映の開館年も掲載したいと思います。

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Posted by  hekikaicinema hekikaicinema 2021年05月18日(火) 02:59:43

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