日本の映画館の総合データベースです。



札幌市

中央区

エンゼル館/松竹エンゼル館
所在地 : 北海道札幌市北2条西3(1930年)、北海道札幌市北2条西3丁目(1936年・1947年)、北海道札幌市北2条西2丁目(1950年)、北海道札幌市北2条西3(1953年)、北海道札幌市北3条西3丁目(1955年)
開館年 : 1930年以前、1952年5月
閉館年 : 1957年9月1日
『全国映画館総覧 1955』によると1952年5月開館。1930年・1936年の映画館名簿では「エンゼル館」。1943年の映画館名簿には掲載されていない。1947年・1950年の映画館名簿では「エンゼル館」。1953年・1955年の映画館名簿では「松竹エンゼル館」。1958年の映画館名簿には掲載されていない。

終戦直後の札幌市の映画館数は12館だったが、1954年には23館、1955年には36館となり、東京以北で最も映画館数が多い都市となった。1957年頃には閉館する映画館も現れ、1957年9月1日には北海道庁前にあった松竹二番館「エンゼル館」が閉館した。この頃には北海道放送がテレビ放送を開始し、1959年には札幌テレビも開局した。1960年をピークとして映画館数は減少し、1963年には4館が閉館してスーパーマーケット、病院、貸事務所に転換した。*1
東宝映画劇場/札幌新東宝(新)/札幌新東宝劇場
所在地 : 北海道札幌市南5条西2(1943年)、北海道札幌市南5条西2丁目(1947年)、北海道札幌市南5条西2(1953年)、北海道札幌市南5条西2丁目(1955年・1958年・1960年)
開館年 : 1936年以後1943年以前、1954年4月
閉館年 : 1960年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1954年4月開館。1936年の映画館名簿には掲載されていない。1943年・1947年の映画館名簿では「東宝映画劇場」。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年の映画館名簿では「札幌新東宝」。1960年の映画館名簿では「札幌新東宝劇場」。1961年の映画館名簿には掲載されていない。
国際映画劇場
所在地 : 北海道札幌市北16条東1丁目(1958年・1960年)、北海道札幌市北16条西1丁目(1962年)
開館年 : 1957年7月28日
閉館年 : 1962年頃
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1962年の映画館名簿では「国際映画劇場」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。

1957年7月28日、札幌市北16条西1丁目に「国際映画劇場」(国際映劇)が開館した。オープニングは『柳生武芸帳』と『ジャズ娘誕生』。総工費3000万円。木造モルタル2階建て。客席350。系統は邦洋二番。社長は山本正三郎。札幌市の映画館は45館となった。*2
桑園映画劇場/桑園劇場/桑園映劇
所在地 : 北海道札幌市北4条西16丁目(1955年・1960年・1962年)
開館年 : 1953年8月
閉館年 : 1962年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1953年8月開館。1953年の映画館名簿には掲載されていない。1955年の映画館名簿では「桑園映画劇場」。1960年の映画館名簿では「桑園劇場」。1962年の映画館名簿では「桑園映劇」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
幌南映画劇場/幌南劇場
所在地 : 北海道札幌市南16条西7丁目(1958年・1960年・1962年)
開館年 : 1957年7月6日
閉館年 : 1962年頃
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の映画館名簿では「幌南映画劇場」。1960年・1962年の映画館名簿では「幌南劇場」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。

1957年7月6日、札幌市南16条西7丁目に「幌南映劇」が開館した。オープニングは『白い羽根』と『お若いデス』の二本立。洋画二番館。木造モルタル、3階建て、延150坪。シネスコスクリーンを有する。客席300。総工費2000万円。経営は別当興行であり、別当興行の映画館は札幌市に8館目となる。支配人は鎌田敦。*3
エルム映画劇場/エルム映劇
所在地 : 北海道札幌市北13条西1(1953年)、北海道札幌市北13条西4丁目(1955年・1958年・1960年・1963年)
開館年 : 1951年11月
閉館年 : 1963年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1951年11月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「エルム映画劇場」。1963年の映画館名簿では「エルム映劇」。1964年の映画館名簿には掲載されていない。
南街映画劇場/南街劇場
所在地 : 北海道札幌市南6条西9丁目(1958年・1960年・1963年)
開館年 : 1954年12月25日
閉館年 : 1963年頃
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の映画館名簿では「南街映画劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「南街劇場」。1964年の映画館名簿には掲載されていない。

1954年12月25日、札幌市南6条西9丁目に「南街映画劇場」が開館した。客席488。経営は別当興行。*4
藻岩劇場
所在地 : 北海道札幌市南22条西11丁目(1960年・1963年)
開館年 : 1959年
閉館年 : 1963年8月25日
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「藻岩劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。

1963年8月25日をもって、札幌市の邦画二番館「藻岩劇場」が廃館となった。別当興業が経営する3館のひとつ。木造モルタル2階建て、定員377。*5
美香保映画劇場/美香保映劇
所在地 : 北海道札幌市北18条東1丁目(1959年・1960年・1963年・1964年)
開館年 : 1958年頃
閉館年 : 1964年頃
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1959年・1960年の映画館名簿では「美香保映画劇場」。1963年の映画館名簿では「美香保映劇」。1964年の映画館名簿では「美香保映画劇場」。1965年の映画館名簿には掲載されていない。
苗穂映画劇場/苗穂劇場/苗穂映劇
所在地 : 北海道札幌市北2条東11丁目(1956年・1958年)、北海道札幌市北2条東1丁目(1960年)、北海道札幌市北2条東11丁目(1963年・1964年)
開館年 : 1955年頃
閉館年 : 1964年頃
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1956年の映画館名簿では「苗穂映画劇場」。1958年の映画館名簿では「苗穂劇場」。1960年・1963年・1964年の映画館名簿では「苗穂映劇」。1965年の映画館名簿には掲載されていない。
北映劇場
所在地 : 北海道札幌市北7条東5丁目(1955年・1958年・1960年・1963年・1965年)
開館年 : 1953年11月
閉館年 : 1965年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1953年11月開館。1953年の映画館名簿には掲載されていない。1955年・1958年・1960年・1963年・1965年の映画館名簿では「北映劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
さっぽろ東劇
所在地 : 北海道札幌市南1条東4丁目(1957年・1958年・1960年・1963年)、北海道札幌市南1条東1丁目(1965年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1965年頃
1956年の映画館名簿には掲載されていない。1957年・1958年・1960年・1963年・1965年の映画館名簿では「さっぽろ東劇」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
山鼻映画劇場/山鼻劇場
所在地 : 北海道札幌市南14条西7丁目(1955年・1958年・1960年・1963年・1966年)
開館年 : 1954年7月11日
閉館年 : 1966年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1954年7月開館。1953年の映画館名簿には掲載されていない。1955年・1958年の映画館名簿では「山鼻映画劇場」。1960年・1963年・1966年の映画館名簿では「山鼻劇場」。1967年の映画館名簿には掲載されていない。

1954年7月11日、札幌市南14条西7に「山鼻映画劇場」が開館する。木造3階建て。建坪250坪。客席488。総工費2000万円。経営は別当重栄。*6
美登紀劇場/ミトキ館/美登紀館
所在地 : 北海道札幌市南7条西9(1930年)、北海道札幌市南9条西7丁目(1936年)、北海道札幌市南7条西9(1943年・1953年)、北海道札幌市南7条西9丁目(1955年・1958年・1960年・1963年・1966年)
開館年 : 1930年以前、1938年8月、1955年
閉館年 : 1967年
『全国映画館総覧 1955』によると1938年8月開館。1930年・1936年・1943年の映画館名簿では「美登紀館」。1947年・1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年の映画館名簿では「美登紀劇場」。1955年・1958年の映画館名簿では「美登紀館」。1960年・1963年の映画館名簿では「ミトキ館」。1966年の映画館名簿では「美登紀館」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。

1955年のこのほど、札幌市南7条西9丁目に「美登紀館」が開館した。オープニングは『七変化狸御殿』。経営は別当興行。鉄骨鉄筋造3階建て、280坪。定員650。総工費2000万円。*7
中央館/中央三条東映/三条東映劇場/中央映画劇場
所在地 : 北海道札幌市北3条(1925年)、北海道札幌市南3条西2(1930年)、北海道札幌市南3条西2-14(1936年)、北海道札幌市南3条西2(1943年)、北海道札幌市西2丁目(1947年)、北海道札幌市南3条西2丁目(1950年)、北海道札幌市南3条西2(1953年)、北海道札幌市南3条西2丁目(1955年・1958年)、北海道札幌市南3条西3丁目(1960年)、北海道札幌市南3条西2丁目(1963年・1966年)
開館年 : 1925年以前
閉館年 : 1966年頃
『全国映画館総覧 1955』には開館年が掲載されていない。1925年・1930年・1936年・1943年の映画館名簿では「中央館」。1947年・1950年・1953年・1955年の映画館名簿では「中央映画劇場」。1958年の映画館名簿では「中央三条東映」。1960年の映画館名簿では「三条東映劇場」。1963年・1966年の映画館名簿では「中央映画劇場」。1967年の映画館名簿には掲載されていない。

1959年12月のこのほど、札幌市3条西2の東映上映館「三条東映」は「中央劇場」に改称して洋画三番館に転向した。経営は九島勝太郎社長の九島興行。*8
札幌東宝映画劇場/東宝映画劇場/北海道劇場
所在地 : 北海道札幌市南5条西2丁目(1950年)、北海道札幌市南2条西4(1953年)、北海道札幌市南2条西4丁目(1955年・1958年・1960年・1963年・1966年)
開館年 : 1950年8月
閉館年 : 1967年
『全国映画館総覧 1955』によると1950年8月開館。1947年の映画館名簿には掲載されていない。1950年・1953年の映画館名簿では「札幌東宝映画劇場」。1955年の映画館名簿では「東宝映画劇場」。1958年・1960年・1963年・1966年の映画館名簿では「北海道劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。

1955年9月23日、札幌市の「札幌東宝劇場」が「北海道劇場」に改称した。総工費約1500万円で改装し、シネスコ二番館となった。定員は970。経営は別当興行株式会社。*9
北海道新聞ニュース劇場/道新ニュース劇場/道新ニュース映画劇場
所在地 : 北海道札幌市南1西2 丸井デパート5階(1950年)、北海道札幌市南1条西2(1953年)、北海道札幌市南1条西2丁目 今井百貨店7階(1955年)、北海道札幌市南1条西2丁目(1958年・1960年・1963年・1966年)
開館年 : 1947年7月、1953年6月13日
閉館年 : 1968年
『全国映画館総覧 1955』によると1947年7月開館。1947年の映画館名簿には掲載されていない。1950年の映画館名簿では「道新ニュース劇場」。1953年の映画館名簿では「北海道新聞ニュース劇場」。1953年の映画館名簿では「道新ニュース劇場」。1958年・1960年・1963年・1966年の映画館名簿では「道新ニュース映画劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。丸井今井百貨店7階。

1953年6月13日、札幌市の丸井デパート7階に「道新ニュース劇場」が完成した。3月14日から増設中だった。鉄筋コンクリート造平屋建て。建坪120坪。定員450人。*10
さっぽろ名画座/名画座/札幌名画座
所在地 : 北海道札幌市南1条西1(1953年)、北海道札幌市南1条西1丁目(1955年)、北海道札幌市南1条西1-9(1958年)、北海道札幌市南1条西1丁目(1960年・1963年・1966年)
開館年 : 1950年11月
閉館年 : 1966年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1950年11月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年の映画館名簿では「名画座」。1955年の映画館名簿では「札幌名画座」。1958年の映画館名簿では「さっぽろ名画座」。19601960年・1963年の映画館名簿では「名画座」。1966年の映画館名簿では「札幌名画座」。1967年の映画館名簿には掲載されていない。
札幌劇場
所在地 : 北海道札幌市南4条西2丁目(1947年・1950年)、北海道札幌市南3条西1(1953年)、北海道札幌市南3条西1丁目(1955年・1958年・1960年・1963年・1966年)
開館年 : 1943年以後1947年以前、1952年12月
閉館年 : 1968年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1952年12月開館。1947年・1950年・1953年・1955年・1958年・1960年・1963年・1966年の映画館名簿では「札幌劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。

1952年末、札幌市に洋画封切館「札幌劇場」が開館した。7月から改築工事中だった。鉄筋造4階建て。工事費約8000万円。定員1073人。冷暖房完備。館主は須貝富安。*11
公楽文化劇場//東宝公楽劇場・公楽文化劇場/札幌公楽映画劇場・公楽文化劇場
所在地 : 北海道札幌市南5条西3丁目(1957年・1958年)、北海道札幌市南5条西3丁目、南5条西4丁目(1960年)、北海道札幌市南5条西3丁目(1963年・1966年・1969年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1969年頃
1956年の映画館名簿には掲載されていない。1957年・1958年の映画館名簿では「公楽文化劇場」。1960年の映画館名簿では「札幌公楽映画劇場・公楽文化劇場」(2館)。1963年の映画館名簿では「東宝公楽劇場・公楽文化劇場」(2館)。1966年・1969年の映画館名簿では「札幌公楽映画劇場・公楽文化劇場」(2館)。1970年の映画館名簿には掲載されていない。
札幌松竹座会館
所在地 : 北海道札幌市南4条西3丁目(1950年)、北海道札幌市南4条西3(1953年)、北海道札幌市南4条西3丁目(1955年)、北海道札幌市南4条西3-1(1958年)、北海道札幌市南4条西3丁目(1960年・1963年・1966年・1969年・1970年)
開館年 : 1929年12月、1952年12月(2館化)、1959年6月12日
閉館年 : 1970年
『全国映画館総覧 1955』によると1929年12月開館。1950年の映画館名簿では「松竹座」。1953年の映画館名簿では「札幌松竹座」。1953年の映画館名簿では「札幌松竹座・松竹座地下劇場」(2館)。1958年の映画館名簿では「札幌松竹座・さっぽろシネマ・さっぽろ松竹座地下劇場」(3館)。1960年の映画館名簿では「さっぽろ松竹座・松竹座会館札幌座・松竹座会館札幌新劇場・松竹座会館札幌シネマ・松竹座会館地下劇場」(5館)。1963年の映画館名簿では「松竹座会館・松竹座会館札幌座・松竹座会館札幌新劇場・松竹座会館札幌シネマ・松竹座会館四条名画座」(5館)。1966年・1969年・1970年の映画館名簿では「札幌松竹座・札幌新劇場・札幌座・札幌シネマ・四条名画座」(5館)。1973年の映画館名簿には掲載されていない。建物名は札幌松竹座会館。

1957年9月5日、札幌市の「松竹映画劇場」と「地下劇場」が入るビルに定員85人の「札幌シネマ」が開館した。いずれも経営は中映。支配人は樺沢照三。*12

1959年3月上旬、札幌市の「札幌松竹座」が改築される。工費1億3000万円。スクリーンは日本最大の75尺となる予定。経営は中央株式会社。*13

1959年6月12日、札幌市に「札幌松竹座会館」が開館した。3月から改装のために休館していた。1階と2階に定員979人の「松竹座」が入り、地下に「札幌座」、235人の「松竹地下劇場」、90人の「札幌シネマ」、165人の「札幌新劇場」と、ビル内に計5館が入った。経営は中映興行。*14

1959年8月14日、札幌市の「札幌松竹座会館」地下に東映二番館「札幌座」が開館した。経営は中映興行。札幌市の映画館は54館となった。*15
菊水劇場/菊水映画劇場
所在地 : 北海道札幌市菊水北町7丁目(1956年・1957年・1958年)、北海道札幌市菊水町(1960年)、北海道札幌市菊水町7丁目(1963年)、北海道札幌市菊水北町6(1966年・1969年・1970年)
開館年 : 1955年頃
閉館年 : 1970年以後1973年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1956年・1957年・1958年・1960年の映画館名簿では「菊水映画劇場」。1963年の映画館名簿では「菊水劇場」。1966年・1969年の映画館名簿では「菊水映画劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。
セントラル映画劇場
所在地 : 北海道札幌市大通西1 観光センター(1960年)、北海道札幌市大通西1丁目 観光センター(1963年)、北海道札幌市大通西1丁目(1966年・1969年・1970年)
開館年 : 1957年8月24日
閉館年 : 1970年以後1973年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年・1966年・1969年・1970年の映画館名簿では「セントラル映画劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。

1957年8月24日、札幌市に「セントラル映画劇場」が開館した。北海道観光株式会社は公費2億6000万円で120メートルのテレビ塔を建設しており、その地下に開館した。経営は本間興行。邦画洋画の三番館。客席300。札幌市の映画館は46館となった。*16
大映劇場/札幌大映劇場
所在地 : 北海道札幌市南5条西3-6(1950年)、北海道札幌市南5条西3(1953年)、北海道札幌市南5条西3丁目(1955年)、北海道札幌市南4条西2丁目(1958年)、北海道札幌市南4条西1丁目(1960年)、北海道札幌市南4条西2丁目(1963年)、北海道札幌市南4条西2丁目1(1966年)、北海道札幌市南4条西3丁目(1969年)、北海道札幌市中央区南4条西2丁目(1973年)
開館年 : 1946年12月、1955年11月30日
閉館年 : 1973年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1946年12月開館。1947年の映画館名簿には掲載されていない。1950年・1953年・1955年の映画館名簿では「大映劇場」。1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「札幌大映劇場」。1974年の映画館名簿には掲載されていない。

1955年11月29日、札幌市の「札幌大映劇場」が開館披露を行い、11月30日から発足した。1955年夏から総工費1億2000万円で改築中だった。建坪560坪。定員754人。支配人は川本澄夫。*17

1955年11月29日、札幌市南4条西2丁目に大映直営館「札幌大映劇場」の開館披露が行われた。大映の永田雅一社長も札幌を訪れ、知名士約700人が招待されている。鉄筋造4階建て。延557.8坪。座席数は810であり、スタンド式シートが設置されている。*18
平和館/円山映劇/円山映画劇場
所在地 : 北海道札幌市北1条円山3(1943年)、北海道札幌市北1条円山3丁目(1947年)、北海道札幌市北1条西23(1950年・1953年)、北海道札幌市北1条西23丁目(1955年・1958年・1960年・1963年・1966年)、北海道札幌市北1条西3丁目(1969年)、北海道札幌市中央区北1条西23丁目(1973年・1974年)
開館年 : 1936年以後1943年以前、1954年7月
閉館年 : 1974年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1954年7月開館。1936年の映画館名簿には掲載されていない。1943年・1947年・1950年・1953年の映画館名簿では「平和館」。1955年・1958年の映画館名簿では「円山映画劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「円山映劇」。1966年・1969年・1973年・1974年の映画館名簿では「円山映画劇場」。1975年の映画館名簿には掲載されていない。
札幌ピカデリー映画劇場(旧)
所在地 : 北海道札幌市中央区南5条西2丁目(1970年・1973年・1975年)
開館年 : 1969年頃
閉館年 : 1975年頃
1969年の映画館名簿には掲載されていない。1970年・1973年・1975年の映画館名簿では「札幌ピカデリー映画劇場」。1976年の映画館名簿には掲載されていない。
日活館/札幌日活館/東宝プラザ
所在地 : 北海道札幌市南2条西5-18(1936年)、北海道札幌市南2条西5(1943年)、北海道札幌市南2条西5丁目(1947年・1950年)、北海道札幌市南2条西5(1953年)、北海道札幌市南2条西6丁目(1955年)、北海道札幌市南2条西5丁目(1958年・1960年・1963年・1966年・1969年)、北海道札幌市中央区南2条西5丁目(1973年・1975年・1978年・1979年)
開館年 : 1926年
閉館年 : 1979年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1926年開館。1930年の映画館名簿には掲載されていない。1936年・1943年・1947年・1950年・1953年の映画館名簿では「日活館」。1955年・1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1975年の映画館名簿では「札幌日活館」。1978年・1979年の映画館名簿では「東宝プラザ」。1980年の映画館名簿には掲載されていない。
中映劇場
所在地 : 北海道札幌市中央区南4条西3丁目(1973年・1975年・1978年・1980年・1982年・1984年)
開館年 : 1970年以後1973年以前
閉館年 : 1984年頃
1970年の映画館名簿には掲載されていない。1973年・1975年・1978年の映画館名簿では「中映劇場」。1980年の映画館名簿では「中央劇場」。1982年・1984年の映画館名簿では「中映劇場」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。
オークラ劇場/オークラ劇場・大蔵東映劇場/オークラ劇場・大蔵名画座
所在地 : 北海道札幌市南5条西2丁目(1967年・1969年)、北海道札幌市中央区南5条西2丁目(1973年・1975年・1978年・1980年・1982年・1984年)
開館年 : 1966年頃
閉館年 : 1984年頃
1966年の映画館名簿には掲載されていない。1967年・1969年・1973年・1969年の映画館名簿では「オークラ劇場」。1973年・1975年の映画館名簿では「オークラ劇場・大蔵東映劇場」(2館)。1978年・1980年・1982年・1984年の映画館名簿では「オークラ劇場・大蔵名画座」(2館)。1985年の映画館名簿には掲載されていない。
札幌日活映画劇場/札幌日活劇場/日活オスカー/札幌にっかつ劇場/ロッポニカ札幌
所在地 : 北海道札幌市南4条西3丁目(1955年・1958年・1960年・1963年・1966年・1969年)、北海道札幌市中央区南4条西3丁目(1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年)
開館年 : 1954年8月
閉館年 : 1991年9月30日
『全国映画館総覧 1955』によると1954年8月開館。1953年の映画館名簿には掲載されていない。1955年の映画館名簿では「札幌日活映画劇場」。1958年・1960年・1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「札幌日活劇場」。1973年・1975年・1978年の映画館名簿では「日活オスカー」。1980年・1985年の映画館名簿では「札幌にっかつ劇場」。1990年の映画館名簿では「ロッポニカ札幌」。1995年の映画館名簿には掲載されていない。
ジャブ70ホール/札幌ジャブ70ホール・札幌ジャブパート2
所在地 : 北海道札幌市中央区南8条西4丁目 大京ビル(1985年・1990年)
開館年 : 1982年3月
閉館年 : 1992年3月
1980年の映画館名簿には掲載されていない。1985年の映画館名簿では「ジャブ70ホール」。1990年の映画館名簿では「札幌ジャブ70ホール・札幌ジャブパート2」(2館)。1995年の映画館名簿には掲載されていない。

1986年8月2日、札幌市中央区南8条西4丁目大京ビルに「ジャブPART2」が開館した。49席。経営は有限会社ジャブ。*19

1992年には「ジャブ70ホール」が閉館した。*20
札幌みゆき座
所在地 : 北海道札幌市南2条西6丁目(1969年)、北海道札幌市中央区南2条西6丁目(1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年)
開館年 : 1968年頃
閉館年 : 1990年9月30日
1968年の映画館名簿には掲載されていない。1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年の映画館名簿では「札幌みゆき座」。1995年の映画館名簿には掲載されていない。
サッポロアイマックスシアター
所在地 : 北海道札幌市中央区北1条東4丁目 サッポロファクトリー一条館(1994年・1995年・1996年)
開館年 : 1993年
閉館年 : 1996年頃
1992年の映画館名簿には掲載されていない。1994年・1995年・1996年の映画館名簿では「サッポロアイマックスシアター」。1994年の映画館名簿では経営会社がSIT株式会社、経営者が林明夫、支配人んが加納勝彦、鉄筋造2階、508席、邦画・洋画を上映。1996年の映画館名簿では経営会社が札幌ビール開発、経営者が下村司郎、支配人が加納勝彦、鉄筋造2階、508席、邦画・洋画を上映。1997年の映画館名簿には掲載されていない。後継館はパラマウント・ユニバーサル・シネマ。
札幌シアターキノ(旧)
所在地 : 北海道札幌市中央区南3条西6丁目 長栄ビル(1994年・1995年・1998年)
開館年 : 1992年7月4日
閉館年 : 1998年頃(移転)
Wikipedia : シアターキノ
1990年の映画館名簿には掲載されていない。1994年・1995年・1998年の映画館名簿では「札幌シアターキノ」。1998年の映画館名簿では経営会社が株式会社キノ、経営者が中島洋、支配人が中島ひろみ、鉄筋造2階、29席、邦画・洋画を上映。後継館は札幌シアターキノA・B。
テアトルポー/札幌テアトルポー/シネマさっぽろ/札幌シネマさっぽろ
所在地 : 北海道札幌市 札幌駅地下(1955年)、北海道札幌市北5条西4(1958年)、北海道札幌市 札幌駅地下(1960年)、北海道札幌市北5条西4丁目(1963年)、北海道札幌市北5条西3丁目 駅地下(1966年)、北海道札幌市北5条西3丁目(1969年)、北海道札幌市中央区北5条西3丁目(1973年・1975年・1978年)、北海道札幌市中央区北5条西4丁目(1980年)、北海道札幌市中央区北4条西3丁目(1985年・1990年・1992年)、北海道札幌市中央区北5条西4丁目(1995年)、北海道札幌市中央区北5条西4丁目 地下名店街(1998年)
開館年 : 1952年12月
閉館年 : 1998年5月10日
『全国映画館総覧 1955』によると1952年12月開館。1953年の映画館名簿には掲載されていない。1955年の映画館名簿では「テアトルポー」。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「テアトル・ポー」。1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年の映画館名簿では「テアトルポー」。1990年の映画館名簿では「札幌テアトルポー」。1992年の映画館名簿では「シネマさっぽろ」。1995年・1998年の映画館名簿では「札幌シネマさっぽろ」。1998年の映画館名簿では経営会社が天野興業、経営者が天野秀章、支配人が渡辺省吾、鉄筋造地下2階、216席、邦画・洋画を上映。2000年の映画館名簿には掲載されていない。
札幌ピカデリー/札幌ピカデリー1・2
所在地 : 北海道札幌市中央区南3条西4丁目 アーバン札幌ビル(1990年・1992年・1995年・1998年・2000年)
開館年 : 1987年12月27日
閉館年 : 2001年3月2日
1988年の映画館名簿には掲載されていない。1990年の映画館名簿では「札幌ピカデリー」。1992年の映画館名簿では「札幌ピカデリー・札幌ピカデリー2」(2館)。1995年・1998年・2000年の映画館名簿では「札幌ピカデリー1・2」(2館)。2002年の映画館名簿には掲載されていない。

1987年12月、「札幌ピカデリー」が開館した。*21

1990年10月27日、札幌市で松竹が経営する「札幌ピカデリー」に98席の「札幌ピカデリー2」が開館した。ニューシネマシステム21方式。*22

2001年3月2日をもって、札幌市中央区南3西4の「札幌ピカデリー1・2」が閉館した。*23

2001年3月2日をもって、松竹第一興行による「札幌ピカデリー1・2」が閉館した。*24
三越名画劇場/札幌三越名画劇場
所在地 : 北海道札幌市中央区南1条西5丁目(1982年)、北海道札幌市中央区南1条西5丁目 ホテルアルファサッポロ(1985年・1988年)、北海道札幌市中央区南1条西5丁目(1990年・1992年・1995年・1998年・2000年・2002年)
開館年 : 1980年4月25日
閉館年 : 2003年2月27日
1980年の映画館名簿には掲載されていない。1982年・1985年の映画館名簿では「三越名画劇場」。1988年・1990年・1992年・1995年・1998年・2000年・2002年の映画館名簿では「札幌三越名画劇場」。2002年の映画館名簿では経営会社がヘラルドエンタープライズ、経営者が八十河瑞雄、支配人が高田弘、鉄筋造地下1階、63席、邦画・洋画を上映。2005年の映画館名簿には掲載されていない。

1996年5月1日、札幌三越店が経営する「札幌三越名画劇場」がヘラルド・エンタープライズの経営となった。これを機にヘラルド・エンタープライズはミニシアターを全国展開する。*25

2003年2月27日、札幌市中央区南1西5の「三越名画劇場」が閉館した。*26
札幌東映会館
所在地 : 北海道札幌市南2条西5丁目(1958年・1960年・1963年)、北海道札幌市南2条西5丁目26(1966年)、北海道札幌市南2条西5丁目(1969年)、北海道札幌市中央区南2条西5丁目(1973年・1975年・1978年・1980年・1982年・1985年・1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1955年
閉館年 : 2003年3月30日
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年の映画館名簿では「札幌東映劇場・札幌東映地下劇場」(2館)。1963年の映画館名簿では「東映劇場・東映地下劇場」(2館)。1966年・1969年・1973年・1975年の映画館名簿では「札幌東映劇場・東映パラス劇場」(2館)。1978年・1980年の映画館名簿では「札幌東映劇場・札幌東映パラス」(2館)。1982年・1985年の映画館名簿では「札幌東映劇場・札幌東映パラス・札幌東映ホール」(3館)。1990年・1995年の映画館名簿では「札幌東映劇場・札幌東映パラス・札幌東映パラス2」(3館)。2000年の映画館名簿では「札幌東映劇場・札幌東映パラス・シネスイッチ札幌」(3館)。2005年の映画館名簿には掲載されていない。建物名は札幌東映会館。

1963年4月28日、札幌市の東映二番館「札幌東映地下劇場」は洋画封切館に転向した。経営は東映。定員400人。*27

2002年12月1日の『北海道新聞』には「東映」が2003年3月をもって閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*28

2003年2月25日の『北海道新聞』には「札幌東映会館」が3月末をもって閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*29

2003年3月28日、札幌市中央区南2西5の「シネスイッチ札幌」「東映パラス」が閉館した。*30

2003年3月30日、札幌市中央区南2西5の「札幌東映劇場」が閉館した。*31
遊楽館/札幌遊楽館/松竹遊楽館・遊楽地下劇場/札幌札幌松竹遊楽館・札幌SY遊楽/札幌松竹遊楽館1・2
所在地 : 北海道札幌市南4条(1925年)、北海道札幌市南2条西3(1930年)、北海道札幌市南2条西3丁目6(1936年)、北海道札幌市南2条西3(1943年)、北海道札幌市西3丁目(1947年)、北海道札幌市南2条西3丁目(1950年)、北海道札幌市南2条西3(1953年)、北海道札幌市南2条西3丁目(1955年)、北海道札幌市南2条西3-6(1958年)、北海道札幌市南2条西3丁目(1960年・1963年・1966年・1969年)、北海道札幌市中央区南2条西3丁目(1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1910年9月、1940年、1956年(2館化)
閉館年 : 2003年3月23日
Wikipedia : 松竹遊楽館
『全国映画館総覧 1955』によると1910年9月開館。1925年・1930年・1936年・1943年・1947年の映画館名簿では「遊楽館」。1950年・1953年の映画館名簿では「松竹遊楽館」。1955年の映画館名簿では「札幌遊楽館」。1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1975年・1978年の映画館名簿では「松竹遊楽館・遊楽地下劇場」。1980年の映画館名簿では「松竹遊楽館・札幌SY遊楽」。1985年・1990年・1995年の映画館名簿では「札幌松竹遊楽館・札幌SY遊楽」。2000年の映画館名簿では「札幌松竹遊楽館1・2」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。

1946年1月、「築地松竹映画劇場」、「浜松松竹」、「水戸松竹」、「札幌遊楽館」、「小樽中央劇場」が閉館した。*32

1956年9月20日、札幌市南2条西3-6に松竹封切館「札幌遊楽館」と洋邦名画特選「地下劇場」が開館した。松竹直営。総工費1億5000万円。高田札幌市長ら業界の知名士約1000人が出席する盛大な開館披露式だった。*33

1991年8月、「札幌松竹遊楽館・札幌SY遊楽」が新装開館した。*34

1999年6月12日、「梅田松竹」と「梅田ピカデリー1・2・3」を「梅田ピカデリー1-4」に改称し、「札幌松竹遊楽館」と「札幌SY有楽」を「札幌松竹遊楽館1・2」に改称し、「上野松竹」と「上野映画」と「上野セントラル」と「上野名画座」を「上野セントラル1-4」に改称した。*35

2003年3月6日、東宝、松竹、ティ・ジョイの共同運営による「札幌シネマフロンティア」が閉館した。3月23日、「札幌松竹遊楽館1・2」が閉館した。*36

2003年3月23日、札幌市中央区南2西3の「松竹遊楽館・SY遊楽」が閉館した。*37

2003年3月23日、札幌市中央区狸小路3丁目の映画館「松竹遊楽館」が閉館した。最終上映作品は山田洋二監督作『たそがれ清兵衛』。1910年に開館した。JR札幌駅南口に松竹・東宝・東映の3社が共同で運営する「札幌シネマフロンティア」が開館したことで閉館を決めた。「シアターキノ」代表の中島洋は、北海道大学映画研究部時代に松竹遊楽館に通いつめ、ゴダール監督の『気狂いピエロ』を一日中観たこともあるという。*38
札幌ニコー劇場
所在地 : 北海道札幌市南3条西2丁目(1969年)、北海道札幌市中央区南3条西2丁目(1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1968年頃
閉館年 : 2003年8月25日
1968年の映画館名簿には掲載されていない。1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年の映画館名簿では「札幌ニコー劇場」。1990年の映画館名簿では「ニコー劇場」。1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「札幌ニコー劇場」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。

2003年9月5日、札幌市に本社を置く天野興業が札幌地方裁判所に自己破綻を申し立てた。負債総額は約10億円。天野興業は1938年に創業。中央区南3西1の狸小路で映画館「帝国座会館」を経営しており、「ポーラスター」と「ニコー劇場」の各映画館、バッティングセンターの札幌スポーツプラザなども経営していた。1979年頃には約10億円の売り上げがあったが、2003年3月期には3億4500万円にまで落ち込んでいた。ニコー劇場は8月25日に閉館し、帝国座会館とポーラスターは9月4日に閉館した。なお、8月31日には他社の「東宝日本劇場」も閉館している。*39

2003年8月25日、札幌市中央区南3西2の「ニコー劇場」が閉館した。*40
日本劇場/東宝日本劇場/札幌日本劇場
所在地 : 北海道札幌市南1条西1丁目(1955年・1958年・1960年・1963年)、北海道札幌市南1条西1丁目1(1966年)、北海道札幌市南1条西1丁目(1969年)、北海道札幌市中央区南1条西1丁目(1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1954年9月29日
閉館年 : 2003年8月31日
Wikipedia : 日本劇場 (札幌市)
『全国映画館総覧 1955』によると1954年10月開館。1953年の映画館名簿には掲載されていない。1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「札幌日本劇場」。1963年の映画館名簿では「日本劇場」。1966年・1969年の映画館名簿では「札幌日本劇場」。1973年・1975年・1978年・1980年の映画館名簿では「東宝日本劇場」。1985年・1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「札幌日本劇場」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。札幌東宝日劇。

1962年3月1日、東宝の直営館「札幌日劇」「札幌公楽」「小樽東宝」「旭川東宝」「函館大門座」が直営契約を解約され、それぞれ東宝北海道興行に移管された。*41

2003年8月31日、札幌市中央区南1西1の映画館「東宝日劇」が閉館する。1954年9月にシネマスコープ作品『聖衣』で開館した際は、737席という規模が首都圏以北最大だった。1997年には『タイタニック』を上映し、約4か月半で14万人を動員した。8月25日からのファイナル上映では『ひまわり』や『ゴースト ニューヨークの幻』など7作品を上映する。8月28日にはジャズコンサートを開催し、8月30日には映画評論家の水野晴郎のトークショーが開催される。*42

2003年8月31日、札幌市中央区の映画館「札幌東宝日本劇場」(日劇)が閉館する。東宝系の洋画封切館として親しまれていた。3月には「札幌東映会館」や「松竹遊楽館」も閉館している。8月25日からは「東宝日劇ファイナルシネマ」と題し、『ひまわり』『男と女』『帰らざる河』『ベン・ハー』など名作7本を上映する。『帰らざる河』は初めて正月映画として上映し、立ち見を含めて一日で1万人が入った。『ベン・ハー』は初めて全席指定で上映した作品である。最終上映作品は動員数と売上で同館の記録を持つ『タイタニック』。1954年9月に開館した。地下1階・地上6階建であり、1階から3階が映画館である。座席数は1階席と2階席を合わせて552席。閉館の理由は建物の老朽化だが、JR札幌駅南口に開館したシネコンの存在も大きい。*43

2003年8月31日、札幌市中央区南1西1の映画館「東宝日劇」が49年の歴史に幕を下ろして閉館した。最終日には『タイタニック』を上映し、朝から長蛇の列ができた。看板職人の扇田恒夫(66)も閉館と共に筆を置く。9月中旬に取り壊しを開始し、2005年には跡地にテナントビルが建つ予定。*44

2003年8月31日、札幌市中央区南1西1の「東宝日劇」が閉館した。*45

2003年9月1日の『北海道新聞』には「東宝日劇」が閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*46
ポーラスター/札幌ポーラスター
所在地 : 北海道札幌市中央区南3条西1丁目(1984年・1985年・1990年・1995年・2000年・2002年)
開館年 : 1983年頃
閉館年 : 2003年9月4日
1983年の映画館名簿には掲載されていない。1984年・1985年の映画館名簿では「ポーラスター」。1990年・1995年・2000年・2002年の映画館名簿では「札幌ポーラスター」。2002年の映画館名簿では経営会社が天野興業、経営者が天野秀章、支配人が渡辺省吾、鉄筋造地下1階、75席、邦画・洋画を上映。2005年の映画館名簿には掲載されていない。

2003年9月5日、札幌市に本社を置く天野興業が札幌地方裁判所に自己破綻を申し立てた。負債総額は約10億円。天野興業は1938年に創業。中央区南3西1の狸小路で映画館「帝国座会館」を経営しており、「ポーラスター」と「ニコー劇場」の各映画館、バッティングセンターの札幌スポーツプラザなども経営していた。1979年頃には約10億円の売り上げがあったが、2003年3月期には3億4500万円にまで落ち込んでいた。ニコー劇場は8月25日に閉館し、帝国座会館とポーラスターは9月4日に閉館した。なお、8月31日には他社の「東宝日本劇場」も閉館している。*47

2003年9月5日、札幌市中央区南3西1の「帝国座」「ポーラスター」が休館した。*48
帝国座/帝国座・帝国スカラ座/札幌帝国座・札幌スカラ座/札幌帝国座会館1・2
所在地 : 北海道札幌市南3条(1925年)、北海道札幌市南3条西1(1943年)、北海道札幌市南3条西1丁目(1950年)、北海道札幌市南3条西1(1953年)、北海道札幌市南3条西1丁目(1955年・1958年・1960年・1963年・1966年・1969年)、北海道札幌市中央区南3条西1丁目(1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1939年6月、1949年12月(2館化)、1976年
閉館年 : 2003年9月4日
Wikipedia : 帝国座 (札幌市)
『全国映画館総覧 1955』によると1939年6月開館。1925年の映画館名簿では「帝国館」。1930年・1936年の映画館名簿には掲載されていない。1943年の映画館名簿では「帝国座」。1947年の映画館名簿には掲載されていない。1950年の映画館名簿では「帝国座」。1953年・1955年・1958年・1960年・1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「帝国座・帝国地下劇場」(2館)。1973年・1975年・1978年・1980年の映画館名簿では「帝国座・帝国スカラ座」(2館)。1985年の映画館名簿では「帝国座・スカラ座」(2館)。1990年・1995年の映画館名簿では「札幌帝国座・札幌スカラ座」(2館)。2000年の映画館名簿では「札幌帝国座会館1・2」(2館)。2005年の映画館名簿には掲載されていない。

1975年10月16日午前4時頃、札幌市中央区の映画館「帝国座」と裏手の三条工芸の境界付近から出火し、9棟が全半焼した。消火活動を行っていた札幌中央消防署の消防司令補が建材の下敷きになって殉職した。*49

2003年9月5日、札幌市に本社を置く天野興業が札幌地方裁判所に自己破綻を申し立てた。負債総額は約10億円。天野興業は1938年に創業。中央区南3西1の狸小路で映画館「帝国座会館」を経営しており、「ポーラスター」と「ニコー劇場」の各映画館、バッティングセンターの札幌スポーツプラザなども経営していた。1979年頃には約10億円の売り上げがあったが、2003年3月期には3億4500万円にまで落ち込んでいた。ニコー劇場は8月25日に閉館し、帝国座会館とポーラスターは9月4日に閉館した。なお、8月31日には他社の「東宝日本劇場」も閉館している。*50

2003年9月5日、札幌市中央区南3西1の「帝国座」「ポーラスター」が休館した。*51
札幌赤れんがホール/札幌西武五番館赤れんがホール
所在地 : 北海道札幌市中央区北4条西3丁目 五番街西武B館(1995年)、北海道札幌市中央区北4条西3丁目 札幌ロフト7階(2000年)
開館年 : 1990年6月
閉館年 : 2009年9月30日
1990年の映画館名簿には掲載されていない。1995年の映画館名簿では「札幌赤れんがホール」。2000年の映画館名簿では「札幌西武五番館赤れんがホール」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。
札幌マリオン劇場
所在地 : 北海道札幌市中央区南3条西2丁目(1995年・2000年・2005年)
開館年 : 1991年12月21日
閉館年 : 2009年1月9日
Wikipedia : マリオン劇場
1995年・2000年・2005年の映画館名簿では「札幌マリオン劇場」。南3条西2丁目1-1 塚本マリオンビル地下1階。建物の塚本マリオンビルはH&Bプラザとして現存。後継館は別地点のマリオンシネマ。

2008年12月20日の『北海道新聞』には「札幌マリオン劇場」が2009年1月9日に閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*52
東宝プラザ・札幌プラザ2/札幌東宝プラザ・札幌プラザ2
所在地 : 北海道札幌市中央区南2条西5丁目(1985年・1990年・1995年・2000年・2005年・2010年)
開館年 : 1981年3月13日
閉館年 : 2011年8月31日
Wikipedia : 札幌東宝プラザ
1985年の映画館名簿では「東宝プラザ・札幌プラザ2」(2館)。1990年・1995年・2000年・2005年・2010年の映画館名簿では「札幌東宝プラザ・札幌プラザ2」(2館)。2015年の映画館名簿には掲載されていない。

「札幌東宝プラザ」に言及している書籍として、大屋尚浩『日本懐かし映画館大全』辰巳出版、2017年がある。*53
東宝劇場/東宝公楽劇場/札幌東宝公楽劇場/札幌東宝公楽
所在地 : 北海道札幌市中央区南5条西3丁目(1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年・2005年・2010年)
開館年 : 1970年12月5日
閉館年 : 2010年8月31日
Wikipedia : 札幌東宝公楽
1973年・1975年の映画館名簿では「東宝劇場」。1978年・1980年の映画館名簿では「東宝公楽劇場」。1985年の映画館名簿では「札幌東宝公楽劇場」。1990年・1995年・2000年・2005年・2010年の映画館名簿では「札幌東宝公楽」。2015年の映画館名簿には掲載されていない。

1960年後半のこのほど、本間誠一社長の本間興業は札幌市に娯楽センターの建設を計画している。札幌市南5条西3丁目の「東宝公楽劇場」を取り壊し、跡地に地下2階・地上9階建て、鉄筋コンクリート造、延床面積1万3000平方メートルのビルを建設する。総工費は約4億円。地下1階と地下2階に500人程度収容の洋画二番館、1階は名店街、2階から5階は約1000人収容の東宝封切館、5階から8階は約1000人収容の洋画封切館となる予定。1961年明春に着工予定であり、同年末または1962年春までに完成予定である。*54

1962年3月1日、東宝の直営館「札幌日劇」「札幌公楽」「小樽東宝」「旭川東宝」「函館大門座」が直営契約を解約され、それぞれ東宝北海道興行に移管された。*55

2010年5月26日の『北海道新聞』には札幌東宝公楽の閉館を伝える記事が掲載されている。現物は未確認。*56

2010年5月27日の『北海道新聞』には札幌東宝公楽の閉館を伝える記事が掲載されている。現物は未確認。*57

2010年8月20日、札幌市中央区の映画館「札幌東宝公楽」が閉館する。現在では珍しい手描きの看板が名物だった。1955年に東宝の直営館として開館したが、前身の映画館は大正時代までさかのぼるという。1970年代にはビルに建て替え、3階で営業していた。ススキノ中心部の交差点角に建っていることから、携帯電話がない時代にはよく待ち合わせ場所に使われたという。2003年にはJR札幌駅のJRタワーに「札幌シネマフロンティア」が開館し、同年には札幌市中心部の「松竹遊楽館」など3館が立て続けに閉館した。*58

2010年9月1日の『北海道新聞』には札幌東宝公楽の閉館を伝える記事が掲載されている。現物は未確認。*59
マリオンシネマ
所在地 : 北海道札幌市中央区南3条西2丁目 リバティタワービル4階(2010年)
開館年 : 2009年5月1日
閉館年 : 2012年5月7日
Wikipedia : マリオン劇場
前身館は別地点の札幌マリオン劇場。2010年の映画館名簿では「マリオンシネマ」。2015年の映画館名簿には掲載されていない。
有楽シネマ/札幌有楽シネマ
所在地 : 北海道札幌市中央区南5条西3丁目(1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年・2005年・2010年・2015年・2016年)
開館年 : 1970年以後1973年以前
閉館年 : 2016年頃
1970年の映画館名簿には掲載されていない。1973年・1975年・1978年・1980年・1985年の映画館名簿では「有楽シネマ」。1990年・1995年・2000年・2005年・2010年・2015年・2016年の映画館名簿では「札幌有楽シネマ」。2016年の映画館名簿では経営会社が古谷興業、経営者が古谷龍夫、支配人が古谷龍一、72席。2017年の映画館名簿には掲載されていない。後継館は別地点の札幌有楽シアター。
スガイシネプレックス札幌劇場/ディノスシネマズ札幌劇場
所在地 : 北海道札幌市南3条西1丁目(1969年)、北海道札幌市中央区南3条西1丁目(1973年・1975年・1978年・1980年)、北海道札幌市中央区南3条西1丁目8(1985年)、北海道札幌市中央区南3条西1丁目(1990年・1995年)、北海道札幌市中央区南3条西1丁目 須貝ビル(2000年・2005年・2010年)、北海道札幌市中央区南3条西1丁目8(2015年)
開館年 : 1968年10月10日
閉館年 : 2019年6月2日
前身館は札幌劇場。1969年の映画館名簿では「札幌劇場・地下劇場」(2館)。1973年の映画館名簿では「札幌劇場」と「テアトロ・ポニー」(2館)。1975年の映画館名簿では「札幌劇場・シネマ5・テアトロポニー」(3館)。1978年の映画館名簿では「札幌劇場・グランドシネマ・シネマ5・シネマロキシー・テアトロポニー・シネマアポロン・テアトロピッコロ」(7館)。1980年の映画館名簿では「札幌劇場・グランドシネマ・シネマ5・シネマロキシー・シネマリド・テアトロポニー・シネマアポロン・シネマミレ・テアトロピッコロ」(9館)。1985年の映画館名簿では「札幌劇場・札幌グランドシネマ・シネマ5・シネマロキシー・札幌テアトロポニー・札幌シネマアポロン・シネマピッコロ・シネマミレ・シネマ11・シネマリド・シネマエイト」(11館)。1990年の映画館名簿では「札幌劇場・札幌グランドシネマ・札幌シネマ5・札幌シネマロキシ・札幌テアトロポニー・札幌シネマアポロン・札幌テアトロピッコロ・札幌シネマミレ・札幌シネマ11・札幌シネマリド・札幌シネマエイト」(11館)。1995年の映画館名簿では「札幌劇場・札幌テアトロポニー・札幌シネマアポロン・札幌テアトロピッコロ・札幌シネマミレ・札幌シネマ11・札幌シネマリド・札幌シネマエイト」(8館)。2000年の映画館名簿では「スガイシネマプレックス札幌劇場1-7」(7館)。2005年・2010年の映画館名簿では「スガイシネプレックス札幌劇場1-6」(6館)。2015年の映画館名簿では「ディノスシネマズ札幌劇場1-5」(5館)。2020年の映画館名簿には掲載されていない。

札幌市中央区南3条西1丁目の須貝ビルにある「シネマ11」は「日本一小さい映画館」とされる。須貝興行は須貝ビルの空きテナント対策として、すでに10館がある同ビル内に直営映画館としてシネマ11を開館させた。芸術映画専門館という位置づけであり、向こう3年間で懐かしの洋画50本をシリーズ上映するという企画に取り組んでいる。*60

1997年3月25日、札幌市白石区南郷田通り1丁目に100席の「ディノス・シネマ1」、50席の「ディノス・シネマ2」、50席の「ディノス・シネマ3」が開館した。経営はスガイ・エンタテイメント。*61
札幌有楽シアター
所在地 : 北海道札幌市中央区南3条西2丁目 リバティタワービル4階(2017年・2018年・2019年)
開館年 : 2016年5月14日
閉館年 : 2019年9月30日
前身館は別地点の札幌有楽シネマ。2016年の映画館名簿には掲載されていない。2017年・2018年・2019年の映画館名簿では「札幌有楽シアター」。2019年の映画館名簿では経営会社がアールティ、経営者・支配人ともに古谷竜一、36席。2020年の映画館名簿には掲載されていない。後継館は別地点のススキノ有楽シアター。
ススキノ有楽シアター
所在地 : 北海道札幌市中央区南6条西5丁目3-6 シティーボーイズビル地下1階(2020年)
開館年 : 2019年11月15日
閉館年 : 2021年2月25日
前身館は別地点の札幌有楽シアター。2019年の映画館名簿には掲載されていない。2020年の映画館名簿では「有楽シアター」。2020年の映画館名簿では経営会社がアールティ、経営者・支配人ともに古谷竜一、36席。2022年の映画館名簿には掲載されていない。
札幌シアターキノA・B
所在地 : 北海道札幌市中央区南3条西6丁目 南3条グランドビル(2000年・2005年・2010年・2015年・2020年)
開館年 : 1998年4月24日
閉館年 : 営業中
Wikipedia : シアターキノ
1998年4月24日移転開館。2000年・2005年・2010年・2015年・2020年の映画館名簿では「札幌シアターキノA・B」(2館)。2000年の映画館名簿では経営会社が株式会社キノ、経営者が中島洋、支配人が中島ひろみ、鉄筋造2階、1が63席、2が100席、いずれも邦画・洋画を上映。
札幌シネマフロンティア
所在地 : 北海道札幌市中央区北5条西2丁目5 JRタワー・ステラプレイス7階(2005年・2010年・2015年・2020年)
開館年 : 2003年3月6日
閉館年 : 営業中
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2005年・2010年・2015年・2020年の映画館名簿では「札幌シネマフロンティア1-12」(12館)。

2003年3月6日、札幌市中央区北5西2のJRタワー・ステラプレイスに「札幌シネマフロンティア」が開館した。12スクリーン計2705席。*62

2003年3月6日、東宝、松竹、ティ・ジョイの共同運営による「札幌シネマフロンティア」が開館した。3月23日、「札幌松竹遊楽館1・2」が閉館した。*63

1998年6月、サッポロファクトリーにシネコン「パラマウント・ユニバーサル・シネマ11」が開館した。11スクリーン計2741席という規模は国内最大級である。2003年3月にはJR札幌駅に「札幌シネマフロンティア」が開館し、札幌市内の映画館の閉館が相次いだ。*64
パラマウント・ユニバーサル・シネマ/ユナイテッド・シネマ札幌
所在地 : 北海道札幌市中央区北1条東4丁目1-1 サッポロファクトリー1条館(2000年・2005年・2010年)、北海道札幌市中央区北1条東4丁目1-1 サッポロファクトリー1条館2階(2015年・2020年)
開館年 : 1998年6月20日(PUC)、2004年(UC)
閉館年 : 営業中
前身館はサッポロアイマックスシアター。1998年の映画館名簿には掲載されていない。2000年の映画館名簿では「パラマウント・ユニバーサル・シネマ1-11」(11館)。2005年・2010年・2015年・2020年の映画館名簿では「ユナイテッド・シネマ札幌1-11」(11館)。

1998年6月20日、札幌市中央区北1条東4-1-1 サッポロファクトリーに「パラマウント・ユニバーサル シネマ11」が開館した。11スクリーン計2741席。IMAX劇場を併設している。経営はUCI。*65

1998年6月20日、札幌市中央区北1東4のサッポロファクトリー一条館に「パラマウント・ユニバーサル・シネマ11が開館した。11スクリーン計2741席。*66

1998年6月、サッポロファクトリーにシネコン「パラマウント・ユニバーサル・シネマ11」が開館した。11スクリーン計2741席という規模は国内最大級である。2003年3月にはJR札幌駅に「札幌シネマフロンティア」が開館し、札幌市内の映画館の閉館が相次いだ。*67
TOHOシネマズすすきの
所在地 : 北海道札幌市中央区南4条西4丁目 COCONO SUSUKINO
開館年 : 2023年秋
閉館年 : 開館前
10スクリーンのシネコン。

札幌市郊外

西区

テアトルコトニ
所在地 : 北海道札幌市琴似町山の手(1958年)、北海道札幌市琴似町(1960年)、北海道札幌市琴似町53(1962年)
開館年 : 1957年頃
閉館年 : 1962年頃
1957年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1962年の映画館名簿では「テアトル・コトニ」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
ことに東映劇場/琴似東映劇場
所在地 : 北海道札幌市琴似町本町50(1957年)、北海道札幌市琴似町50(1958年)、北海道札幌市琴似町(1960年)、北海道札幌市琴似町50(1963年)、北海道札幌市琴似町琴似50(1966年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1966年2月
1956年の映画館名簿には掲載されていない。1957年の映画館名簿では「琴似東映劇場」。1958年の映画館名簿では「ことに東映劇場」。1960年・1963年・1966年の映画館名簿では「琴似東映劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。

1956年9月3日、札幌市琴似町に「琴似東映劇場」が開館した。東映専門館。経営は東映商事であり、札幌市の東映商事直営館は6館となった。札幌市の映画館は34館となった。鉄筋造2階建て、1階150坪、2階50坪。総工費1700万円。*68

東映は直営館を50館まで増やす積極方針を掲げている。1957年4月下旬現在、東映の直営館は北海道2館、関東16館、中部4館、関西6館、九州4館の32館だった。その後、1957年5月1日には「福島東映」が、7月23日には「琴似東映」が、8月14日には「松江東映」が、9月30日には「迫川東映」が、10月1日には「松山東映」が、10月28日には「鹿児島東映」が開館した。12月3日には「静岡東映」「静岡東映パラス」が、12月27日には「函館東映」が開館予定であり、1957年内に40館を超える。*69

1966年2月、東映直営館「琴似東映」が閉館した。*70
琴似劇場/琴似映画劇場/コトニ映劇/札幌コトニシアター/コトニシアター
所在地 : 北海道札幌市琴似町(1959年・1960年)、北海道札幌市琴似町琴似300(1963年)、北海道札幌市琴似町(1966年・1969年)、北海道札幌市西区琴似町2-1-23(1973年・1975年)、北海道札幌市西区琴似2条1丁目(1978年・1980年・1985年・1990年)、北海道札幌市西区琴似2条1丁目23 三光ビル4階(2000年)
開館年 : 1958年頃、1986年8月1日
閉館年 : 2001年5月31日
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1959年・1960年・1963年の映画館名簿では「琴似劇場」。1966年・1969年・1973年・1975年の映画館名簿では「琴似映画劇場」。1978年・1980年・1985年の映画館名簿では「コトニ映劇」。1990年の映画館名簿では「札幌コトニシアター」。1995年の映画館名簿には掲載されていない。2000年の映画館名簿では「コトニシアター」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。

1986年8月1日、札幌市西区琴似2条1丁目に「札幌コトニシアター」が開館した。245席。経営は札幌エスター。*71

2001年5月31日、札幌市西区琴似2条1丁目の「コトニシアター」が閉館した。*72

北区

オリオン座
所在地 : 北海道札幌市北23条西5丁目(1960年・1963年・1966年・1969年)、北海道札幌市北区北23条西5丁目(1973年・1975年)
開館年 : 1958年9月6日
閉館年 : 1975年
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1975年の映画館名簿では「オリオン座」。1977年の映画館名簿には掲載されていない。

1958年9月6日、札幌市北23条西5丁目に邦洋画三番館「札幌オリオン座」が開館した。木造モルタル造。延坪数151坪。客席280。経営は島勝太社長の九島興行。*73
テアトル24/札幌テアトル24
所在地 : 北海道札幌市北区北24条西4丁目(1976年・1977年・1978年・1980年・1982年・1985年・1986年・1987年)
開館年 : 1975年頃
閉館年 : 1987年頃
1975年の映画館名簿には掲載されていない。1976年・1977年・1978年・1980年・1982年・1985年・1986年の映画館名簿では「テアトル24」。1986年の映画館名簿では経営会社が北邦サービス株式会社、経営者が相馬浩、支配人が辺見義久、鉄筋造1階、144席、邦画を上映。1987年の映画館名簿では「札幌テアトル24」。1988年の映画館名簿には掲載されていない。
札幌シネマ23
所在地 : 北海道札幌市北区北23条西5丁目(1982年・1985年・1986年・1987年)
開館年 : 1980年
閉館年 : 1987年
1980年の映画館名簿には掲載されていない。1982年・1985年・1986年・1987年の映画館名簿では「札幌シネマ23」。1986年の映画館名簿では経営会社が宍戸興業、経営者が宍戸満、支配人が宍戸隆一、木造1階、90席、邦画・洋画を上映。1988年の映画館名簿には掲載されていない。
札幌蠍座/蠍座
所在地 : 北海道札幌市北区北9条西3丁目 高野ビル(1998年)、北海道札幌市北区北9条西3丁目 タカノビル(2000年・2005年・2010年・2012年)
開館年 : 1996年6月11日
閉館年 : 2014年12月30日
Wikipedia : 蠍座 (札幌市)
1995年の映画館名簿には掲載されていない。1998年の映画館名簿では「札幌蠍座」。1998年の映画館名簿では経営会社が有限会社スコルピオ、経営者・支配人ともに田中次郎、鉄筋造地下1階、68席、邦画・洋画を上映。2000年・2005年・2010年・2012年の映画館名簿では「蠍座」。2012年の映画館名簿では経営会社が有限会社スコルピオ、経営者・支配人ともに田中次郎、鉄筋造地下1階、55席、成人映画を上映。2015年の映画館名簿には掲載されていない。ディノスシネマズ札幌白石。

1996年には須貝ビル内の映画館の支配人だった田中次郎が独立し、68席の名画座「蠍座」が開館した。1999年には南区に自主映画上映館「まるバ会館」が開館した。映像作家の吉雄孝紀が伊藤隆介らともに開館させたが、2004年に閉館した。*74

東区

新街映画劇場/新街劇場
所在地 : 北海道札幌市東苗穂町78(1959年)、北海道札幌市東苗穂町(1960年)、北海道札幌市東苗穂町78(1963年・1964年)
開館年 : 1958年頃
閉館年 : 1964年頃
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1959年の映画館名簿では「新街映画劇場」。1960年・1963年・1964年の映画館名簿では「新街劇場」。1965年の映画館名簿には掲載されていない。
札東映画劇場/札東劇場
所在地 : 北海道札幌市北11条東8丁目(1955年・1958年・1960年・1963年・1966年・1969年)、北海道札幌市東区北11条東8丁目(1973年・1975年・1978年)、北海道札幌市東区北10条東8丁目(1980年・1985年・1990年・1995年・2000年・2005年・2010年・2012年・2015年・2020年)
開館年 : 1953年10月1日
閉館年 : 2023年3月31日
『全国映画館総覧 1955』によると1953年10月開館。1953年の映画館名簿には掲載されていない。1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「札東映画劇場」。1963年の映画館名簿では「札東劇場」。1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年の映画館名簿では「札東映画劇場」。1995年・2000年・2005年・2010年・2012年・2015年・2020年の映画館名簿では「札東劇場」。2012年の映画館名簿では経営会社が株式会社札東映画劇場、経営者・支配人ともに秋山綱司、鉄筋造1階、180席、成人映画を上映。

1953年10月1日、札幌市北11条東8丁目に「札幌映画劇場」が開館した。会長は天野房次郎。木造平屋建、定員280人。*75

札幌市白石区北10条東8丁目の「札東映画劇場」。営業再開に向けて尽力していたが、2023年3月31日に68年の歴史に幕を閉じて閉館した。*76

南区

自衛隊会館/真駒内自衛隊会館/真駒内自衛隊劇場
所在地 : 北海道札幌市真駒内自衛隊(1966年・1969年)、北海道札幌市南区真駒内自衛隊内(1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年・1995年)、北海道札幌市南区真駒内自衛隊名井駐屯地(1998年)、北海道札幌市南区真駒内17番地(2000年)
開館年 : 1965年頃
閉館年 : 2000年頃
1965年の映画館名簿には掲載されていない。1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年の映画館名簿では「自衛隊会館」。1966年の映画館名簿では経営者が天野成勝、支配人が内藤武、木造2階暖房付、600席。1985年の映画館名簿では「真駒内自衛隊劇場」。1990年・1995年の映画館名簿では「真駒内自衛隊会館」。1998年・2000年の映画館名簿では「真駒内自衛隊劇場」。2000年の映画館名簿では経営会社が天野興業、経営者が天野秀章、支配人が江戸康之、木造1階、600席、邦画・洋画を上映。2001年の映画館名簿には掲載されていない。

豊平区

豊平第一劇場
所在地 : 北海道札幌市豊平3条11丁目(1958年)、北海道札幌市豊平町(1960年)、北海道札幌市豊平3条11丁目(1963年)
開館年 : 1957年頃
閉館年 : 1963年頃
1957年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「豊平第一劇場」。1964年の映画館名簿には掲載されていない。
月寒公栄劇場
所在地 : 北海道札幌市月寒中央(1962年・1963年)
開館年 : 1961年頃
閉館年 : 1963年頃
1961年の映画館名簿には掲載されていない。1962年・1963年の映画館名簿では「月寒公栄劇場」。1964年の映画館名簿には掲載されていない。
月寒中央映画劇場/月寒中央劇場
所在地 : 北海道札幌市豊平町月寒(1960年)、北海道札幌市月寒(1963年)、北海道札幌市月寒西1条5丁目(1964年)
開館年 : 1959年頃
閉館年 : 1964年頃
1959年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「月寒中央映画劇場」。1963年・1964年の映画館名簿では「月寒中央劇場」。1965年の映画館名簿には掲載されていない。
美園映劇/美園劇場
所在地 : 北海道札幌市美園九条(1962年)、北海道札幌市美園九条1丁目(1963年・1964年・1965年)
開館年 : 1961年頃
閉館年 : 1965年頃
1961年の映画館名簿には掲載されていない。1962年・1963年・1964年の映画館名簿では「美園映劇」。1965年の映画館名簿では「美園劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
豊栄劇場/豊栄映画劇場
所在地 : 北海道札幌市豊平3条6丁目(1957年・1958年・1960年・1963年)、北海道札幌市豊平3-6(1966年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1966年
1956年の映画館名簿には掲載されていない。1957年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「豊栄劇場」。1966年の映画館名簿では「豊栄映画劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
豊平劇場/豊平映劇/豊平映画劇場
所在地 : 北海道札幌市豊平2条2(1943年)、北海道札幌市豊平2条2丁目(1947年・1950年)、北海道札幌市豊平2条2(1953年)、北海道札幌市豊平2条2丁目(1955年・1958年)、北海道札幌市豊平2条2(1960年)、北海道札幌市豊平2条西2丁目(1963年)、北海道札幌市豊平2条2丁目(1966年)、北海道札幌市豊平町2条2丁目(1969年)、北海道札幌市豊平区豊平2条3丁目(1973年・1975年)
開館年 : 1936年以後1943年以前、1952年7月
閉館年 : 1975年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1952年7月開館。1936年の映画館名簿には掲載されていない。1943年の映画館名簿では「豊平映画劇場」。1947年の映画館名簿では「豊平劇場」。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「豊平映画劇場」。1963年の映画館名簿では「豊平映劇」。1966年・1969年・1973年・1975年の映画館名簿では「豊平映画劇場」。1976年の映画館名簿には掲載されていない。
大門シネマ
所在地 : 北海道札幌市豊平町2条(1969年)、北海道札幌市豊平区豊平3条1丁目(1973年・1975年・1978年・1980年・1981年)
開館年 : 1968年頃
閉館年 : 1981年頃
1966年の映画館名簿には掲載されていない。1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1981年の映画館名簿では「大門シネマ」。1982年の映画館名簿には掲載されていない。

厚別区

Cine-fi新さっぽろPit/Cine-fi 新さっぽろPit1・2/Cine-fi 新さっぽろPit2/新さっぽろPit1・2
所在地 : 北海道札幌市厚別区厚別中央2条5丁目(1985年・1990年・1995年)、北海道札幌市厚別区厚別中央2条5丁目 アークシティ北駐車場(1998年・2000年・2001年)
開館年 : 1984年4月28日
閉館年 : 2001年頃
1980年の映画館名簿には掲載されていない。1985年の映画館名簿では「Cine-fi 新さっぽろPit」。1990年の映画館名簿では「Cine-fi 新さっぽろPit1・2」(2館)。1995年の映画館名簿では「Cine-fi 新さっぽろPit2」。1998年・2000年の映画館名簿では「新さっぽろPit1・2」(2館)。2000年の映画館名簿では経営会社がアーク観光振興、経営者が千葉倶哉、支配人が大内甚吉、1が130台収容、2が80台収容。2001年の映画館名簿では「新さっぽろPit」。2002年の映画館名簿には掲載されていない。

札幌市白石区厚別中央でサンピアザを経営する札幌副都心開発公社は、松竹とフランチャイズ契約を結び、国鉄新さっぽろ駅北側の駐車場〈サンピアザ北駐車場〉にスクリーンを設置して北海道初のドライブインシアターを開館させる。上映期間は夏期のみとし、4月から10月をめどとしている。上映開始時間は小売店が閉店する19時以降になる予定。警察や関係業者との話し合い次第で、1984年4月28日から上映を始める。*77

1984年には厚別のサンピアザ北駐車場に280台収容のドライブインシアターがオープンした。*78
札幌サンピアザ劇場/サンピアザ劇場
所在地 : 北海道札幌市厚別区厚別中央2条5丁目(1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1984年
閉館年 : 2004年5月
1985年の映画館名簿には掲載されていない。1990年・1995年の映画館名簿では「札幌サンピアザ劇場」。2000年の映画館名簿では「サンピアザ劇場」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。新さっぽろアークシティ内。サンピアザ劇場は貸ホールとして現存していたが2022年3月31日営業終了。

2005年4月3日の『北海道新聞』には2004年に閉館した「サンピアザ劇場」がホールに転換したという記事が掲載されている。現物は未確認。*79

白石区

本郷映劇/本郷劇場/本郷映画劇場
所在地 : 北海道札幌市白石町本郷(1959年)、北海道札幌市白石町本通(1960年)、北海道札幌市白石町本郷(1963年・1966年)
開館年 : 1958年頃
閉館年 : 1966年頃
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1959年の映画館名簿では「本郷劇場」。1960年の映画館名簿では「本郷映劇」。1963年の映画館名簿では「本郷劇場」。1966年の映画館名簿では「本郷映画劇場」。1967年の映画館名簿には掲載されていない。
白石映画劇場/札幌白石映画劇場
所在地 : 北海道札幌市白石本通り(1958年)、北海道札幌市白石町(1960年)、北海道札幌市白石町本通(1963年・1966年・1969年)、北海道札幌市白石区白石町本通(1973年・1975年・1978年)、北海道札幌市白石区白石本通(1980年・1985年)、北海道札幌市白石区白石本通3丁目(1990年)、北海道札幌市白石区本通3丁目(1995年・2000年)
開館年 : 1957年頃
閉館年 : 2001年10月31日
1957年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年の映画館名簿では「白石映画劇場」。1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「札幌白石映画劇場」。2002年の映画館名簿には掲載されていない。

2001年10月27日の『北海道新聞』には「白石劇場」が10月中に閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*80

2001年10月31日、札幌市白石区本通3丁目の「白石劇場」が閉館した。*81
ディノスシネマズ札幌白石
所在地 : 北海道札幌市白石区南郷通1の北8(2000年・2005年・2010年)
開館年 : 1997年3月25日
閉館年 : 2011年5月8日
1995年の映画館名簿には掲載されていない。2000年・2005年・2010年の映画館名簿では「ディノスシネマ1・2・3」(3館)。2012年の映画館名簿には掲載されていない。ディノスシネマズ札幌白石。

このページへのコメント

開館時期と閉館時期について修正お願いします。

テアトルポー(シネマさっぽろ):1952年12月 - 1998年5月10日
札幌日活劇場(ロッポニカ):1954年 - 1991年9月30日
札幌みゆき座:1990年9月30日閉館
三越名画劇場:1980年4月25日 - 2003年2月27日
ジャブ70ホール:1982年3月 - 1992年3月
ポーラスター:帝国座と同日(2003年9月5日)。
札幌ピカデリー:1987年12月27日 - 2001年3月2日
五番館赤れんがホール:1990年6月 - 2009年9月30日閉店。
ディノスシネマズ札幌白石:1997年3月25日開業。

ちなみに有楽シアターはその後「マッシブシアター」と改名して現在に至っています。

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Posted by チャッP 2022年12月08日(木) 20:21:17 返信数(1) 返信

ありがとうございます。反映させました。このページは作成したばかりなので、今後も情報の精度を上げていきます。

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Posted by  hekikaicinema hekikaicinema 2022年12月10日(土) 19:32:46

札幌東映、開館年1955です。記入してください。

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Posted by いぐち 2021年05月15日(土) 15:22:29 返信数(1) 返信

いずれ札幌東映の開館年も掲載したいと思います。

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Posted by  hekikaicinema hekikaicinema 2021年05月18日(火) 02:59:43

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