消えた映画館の記憶 - 徳島市の映画館

徳島市

徳島市の映画館
『徳島人』メディコム、2013年2月号には「シネマ全盛期をふりかえる」という記事が掲載されている。*1
信富座/シントミ座
所在地 : 徳島県徳島市秋田町1-36(1953年・1955年)
開館年 : 1952年12月
閉館年 : 1955年以後1958年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1952年12月開館。1953年の映画館名簿では「信富座」。1955年の映画館名簿では「シントミ座」。1958年の映画館名簿には掲載されていない。
南国劇場
所在地 : 徳島県徳島市佐古町4丁目(1955年・1958年)、徳島県徳島市北佐古町4(1960年)
開館年 : 1951年8月
閉館年 : 1960年以後1963年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1951年8月開館。1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「南国劇場」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
佐古パラダイス
所在地 : 徳島県徳島市新佐古町10(1958年・1960年)、徳島県徳島市新佐古10(1963年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「佐古パラダイス」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
南地劇場/南地東映
所在地 : 徳島県徳島市南新地60(1958年)、徳島県徳島市秋田町6(1960年・1963年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。。1958年の映画館名簿では「南地劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「南地東映」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
港座/津田東映
所在地 : 徳島県徳島市津田本町3(1953年・1955年)、徳島県徳島市津田町(1958年)、徳島県徳島市津田本町3(1960年・1963年)
開館年 : 1949年7月
閉館年 : 1963年以後1966年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1949年7月開館。1953年・1955年・1958年の映画館名簿では「港座」。1960年・1963年の映画館名簿では「津田東映」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
佐古東映/徳島佐古東映劇場
所在地 : 徳島県徳島市佐古町7(1963年)、徳島県徳島市佐古町7丁目(1966年)
開館年 : 1960年以後19年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1963年の映画館名簿では「佐古東映」。1966年の映画館名簿では「徳島佐古東映劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
城南劇場/徳島城南劇場
所在地 : 徳島県徳島市二軒屋町1丁目(1955年)、徳島県徳島市二軒屋町1(1958年・1960年・1963年)、徳島県徳島市二軒屋町1-24(1966年)
開館年 : 1953年11月
閉館年 : 1966年以後1969年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1953年11月開館。1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「城南劇場」。1966年の映画館名簿では「徳島城南劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
福島劇場/福島東映/徳島福島東映劇場
所在地 : 徳島県徳島市福島仲町1-1(1953年・1955年)、徳島県徳島市福島仲町(1958年)、徳島県徳島市福島仲町2(1960年・1963年)、徳島県徳島市福島仲町(1966年)
開館年 : 1951年2月
閉館年 : 1966年以後1969年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1951年2月開館。1953年・1955年の映画館名簿では「福島劇場」。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「福島東映」。1966年の映画館名簿では「徳島福島東映劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
新町劇場/徳島新町劇場
所在地 : 徳島県徳島市西船場1(1953年・1955年)、徳島県徳島市西船場町1(1958年)、徳島県徳島市西船場町1-2(1960年・1963年)、徳島県徳島市西船場町132(1966年)
開館年 : 1952年1月
閉館年 : 1966年以後1969年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1952年1月開館。1953年・1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「新町劇場」。1966年の映画館名簿では「徳島新町劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
徳島会館/徳島日活会館/日活徳島会館
所在地 : 徳島県徳島市南新町1-456(1953年・1955年)、徳島県徳島市南新町1(1958年・1960年・1963年)、徳島県徳島市南新町1-456(1966年)
開館年 : 1946年8月
閉館年 : 1966年以後1969年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1946年8月開館。1953年・1955年・1958年の映画館名簿では「徳島会館」。1960年の映画館名簿では「徳島日活会館」。1963年・1966年の映画館名簿では「日活徳島会館」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
津田劇場/津田映劇/徳島津田映劇/徳島津田劇場
所在地 : 徳島県徳島市津田町本町1(1958年)、徳島県徳島市津田町1(1960年・1963年)、徳島県徳島市津田本町(1966年)、徳島県徳島市津田本町1丁目(1969年・1970年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1970年以後1973年以前
1958年の映画館名簿では「津田劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「津田映劇」。1966年の映画館名簿では「徳島津田映劇」。1969年の映画館名簿では「徳島津田劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。
日活丸新劇場/徳島テアトル丸新/テアトル丸新
所在地 : 徳島県徳島市東新町1(1958年・1960年・1963年・1966年)、徳島県徳島市南新町(1969年・1970年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1970年以後1973年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の映画館名簿では「日活丸新劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「テアトル丸新」。1966年の映画館名簿では「徳島テアトル丸新」。1969年・1970年の映画館名簿では「テアトル丸新」。1969年の映画館名簿では経営会社はマルシン百貨店。1973年の映画館名簿には掲載されていない。

1959年2月28日をもって、徳島市の「丸新日活」は日活との契約が切れた。3月1日、「丸新劇場」に改称して洋画封切館となった。丸新劇場は丸新百貨店の興業課に属している。*2
徳島東宝劇場(旧)
所在地 : 徳島県徳島市籠屋町1-43(1953年・1955年・1958年・1960年)、徳島県徳島市籠屋町1(1963年)、徳島県徳島市籠屋町1-45(1966年・1969年・1970年)
開館年 : 1946年4月
閉館年 : 1971年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1946年4月開館。1953年・1955年・1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1970年の映画館名簿では「徳島東宝劇場」。1971年6月にダイエー徳島店に移転。
両国座/新東宝/両国館/両国東映/徳島両国館
所在地 : 徳島県徳島市新内町2-35(1953年・1955年)、徳島県徳島市新内町2(1958年・1960年)、徳島県徳島市新内町2-35(1963年・1966年・1969年・1973年)
開館年 : 1922年、1950年6月
閉館年 : 1973年以後1976年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1950年6月開館。1953年の映画館名簿では「新東宝」。1955年・1958年の映画館名簿では「両国館」。1960年・1963年の映画館名簿では「両国東映」。1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「徳島両国館」。1976年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「両国館モータープール駐車場」だと思われる。

1922年(大正11年)には両国橋北詰東側(現・南内町1丁目)に「両国座」が開館した。1929年(昭和4年)には全焼したが、1930年(昭和5年)に再建されて「両国館」に改称した。*3

1922年(大正11年)には両国橋北詰東側に映画館「両国座」が開館した。1929年(昭和4年)9月3日に全焼したが、1930年(昭和5年)に再建されて「両国館」に改称した。*4

1959年4月1日、徳島市の新東宝封切館「両国館」は「両国東映」に改称し、東映専門館となった。東映封切館は「徳島東映」であり、両国東映は徳島東映より1か月遅れで上映する。*5
徳島松竹映画劇場/徳島松映/徳島ピカデリー
所在地 : 徳島県徳島市籠屋町2-1(1953年・1955年)、徳島県徳島市籠屋町3(1958年)、徳島県徳島市籠屋町2(1960年・1963年・1966年・1969年・1973年)
開館年 : 1950年3月
閉館年 : 1973年以後1976年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1950年3月開館。1953年・1955年・1958年の映画館名簿では「徳島松竹映画劇場」。1960年・1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「徳島松映」。1973年の映画館名簿では「徳島ピカデリー」。1976年の映画館名簿には掲載されていない。

1955年頃の徳島市にあった「徳島松竹映画劇場」の写真あり。『この広い空のどこかに』の看板が見える。*6

1959年4月1日、徳島市籠屋町1の洋画再映館「徳島松映」は新東宝封切館となった。これまで新東宝封切館だった「両国館」が東映専門館に転換したため。*7
福島平和劇場
所在地 : 徳島県徳島市福島町2-4-13(1973年・1980年・1982年)
開館年 : 1970年以後1973年以前
閉館年 : 1982年以後1985年以前
1970年の映画館名簿には掲載されていない。1973年・1980年・1982年の映画館名簿では「福島平和劇場」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。徳島市蔵本の徳島平和劇場との混同に注意。
徳島松竹座/SY松竹座/徳島SY松竹座
所在地 : 徳島県徳島市南新町1-16(1953年・1955年)、徳島県徳島市南新町1(1958年・1960年・1963年)、徳島県徳島市南新町(1966年・1969年・1973年・1976年)、徳島県徳島市南新町1(1980年・1982年)
開館年 : 1950年9月
閉館年 : 1982年以後1985年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1950年9月開館。1953年の映画館名簿では「徳島SY松竹座」。1955年の映画館名簿では「徳島松竹座」。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「SY松竹座」。1966年・1969年・1980年・1982年の映画館名簿では「徳島SY松竹座」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。
城北パラダイス/かぶと劇場/徳島城北かぶと劇場/徳島かぶと劇場
所在地 : 徳島県徳島市下助任町2-51(1953年・1955年)、徳島県徳島市下助任町2(1958年・1960年・1963年)、徳島県徳島市下助任町3丁目(1966年・1969年・1973年・1976年)、徳島県徳島市下助任町3-51(1980年・1985年・1986年)
開館年 : 1951年11月
閉館年 : 1986年以後1988年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1951年11月開館。1953年・1955年の映画館名簿では「城北パラダイス」。1958年の映画館名簿では「カブト劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「かぶと劇場」。1966年・1969年の映画館名簿では「徳島城北かぶと劇場」。1980年・1985年・1986年の映画館名簿では「徳島かぶと劇場」。1988年の映画館名簿には掲載されていない。
徳島第一劇場/徳島大映第一劇場/徳島大映第一劇場・徳島日活劇場/徳島日活オスカー劇場/徳島日活オスカー/徳島にっかつ劇場/徳島銀座第一シネマ
所在地 : 徳島県徳島市東新町3-19(1953年)、徳島県徳島市東新町1-15(1955年)、徳島県徳島市東新町3(1958年・1960年・1963年)、徳島県徳島市東新町3-19(1966年・1969年・1973年・1976年)、徳島県徳島市東新町1-4-7(1980年)、徳島県徳島市東新町2-20(1990年・1995年・1996年)
開館年 : 1946年4月
閉館年 : 1996年以後1998年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1946年4月開館。1953年・1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「徳島第一劇場」。1963年・1966年の映画館名簿では「徳島大映第一劇場」。1969年の映画館名簿では「徳島大映第一劇場・徳島日活劇場」(2館)。1980年・1990年の映画館名簿では「徳島にっかつ劇場」。1995年・1996年の映画館名簿では「徳島銀座第一シネマ」。1998年・2000年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「銀座アビタシオン東新町」。
徳島ミニ新東宝劇場
所在地 : 徳島県徳島市籠屋町1-36(1980年・1990年・1995年・1996年)
開館年 : 1978年以後1980年以前
閉館年 : 1996年以後1998年以前
1978年の映画館名簿には掲載されていない。1980年・1990年・1995年・1996年の映画館名簿では「徳島ミニ新東宝劇場」。1990年の住宅地図では「徳島ミニ新東宝劇場」。1998年・2000年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「籠屋町アビタシオン」南西にある駐車場。
名画座/徳島名画座
所在地 : 徳島県徳島市昭和町1(1963年)、徳島県徳島市昭和町1丁目(1966年・1969年)、徳島県徳島市昭和町1-22-1(1980年・1990年・1995年・1996年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1996年以後1998年以前
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1963年の映画館名簿では「名画座」。1966年・1969年・1980年・1990年・1995年・1996年の映画館名簿では「徳島名画座」。1990年の住宅地図では「徳島松竹歌舞伎座」。1998年・2000年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「フレグランス望」にある薬局「サザン薬局県庁前」。
徳島東映パラス・徳島松映ピカデリー/徳島東映パラス劇場・徳島松映ピカデリー
所在地 : 徳島県徳島市籠屋町1-26-1 高瀬会館内(1978年・1980年)、徳島県徳島市籠屋町1-20-1 高瀬会館内(1985年・1990年・1995年・1998年)
開館年 : 1976年以後1978年以前
閉館年 : 1998年以後2000年以前
1976年の映画館名簿には掲載されていない。1978年の映画館名簿では「徳島東映パラス劇場・徳島松映ピカデリー」(2館)。1980年の映画館名簿では「徳島東映パラス・徳島松映ピカデリー」(2館)。1985年・1990年・1995年・1998年の映画館名簿では「徳島東映パラス劇場・徳島松映ピカデリー」(2館)。1990年の住宅地図では「徳島東映パラス劇場 徳島松映ピカデリー」。1998年の映画館名簿では経営会社が松竹関西興行株式会社、鉄筋造2階、357席・156席、松竹・洋画を上映。2000年の映画館名簿には掲載されていない。
グランドシネマ/徳島OSグランド劇場/徳島OSグランド
所在地 : 徳島県徳島市栄町1-4(1958年)、徳島県徳島市栄町2(1960年)、徳島県徳島市栄町1-4(1963年・1966年・1969年・1973年・1976年)、徳島県徳島市栄町1-51(1980年・1985年)、徳島県徳島市栄町1-51-1(1990年)、徳島県徳島市栄町1-51(1995年・2000年)
開館年 : 1955年
閉館年 : 2002年3月24日
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年の映画館名簿では「グランドシネマ」。1963年の映画館名簿では「OSグランド劇場」。1966年・1969年・1973年・1976年の映画館名簿では「徳島OSグランド」。1980年・1985年の映画館名簿では「徳島OSグランド劇場」。1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「徳島OSグランド」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は2007年10月27日開業のラブホテル「OSグランドホテル」。

2002年3月24日、徳島市の映画館「OSグランド」が閉館する。最終上映作品は『風と共に去りぬ』。1955年に開館し、全盛期には500席あった客席が満席となることもあった。2000年から急激に観客が減少した。*8

2002年3月24日、徳島市栄町1の映画館「OSグランド」が閉館した。『ゴッドファーザー』や『インディジョーンズ』などは立ち見が出るほどの人気だった。閉館までの3週間には『風と共に去りぬ』を上映した。*9
徳島名劇/徳島東映劇場
所在地 : 徳島県徳島市東新町1-15(1953年・1955年・1958年・1960年)、徳島県徳島市東新町1(1963年)、徳島県徳島市東新町(1966年・1969年・1973年・1976年)、徳島県徳島市東新町1-12(1980年)、徳島県徳島市東新町1-11(1985年)、徳島県徳島市東新町1-12(1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1946年12月
閉館年 : 2003年6月30日
『全国映画館総覧 1955』によると1946年12月開館。1953年・1955年の映画館名簿では「徳島名劇」。1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1976年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「徳島東映劇場」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。

2004年4月29日、徳島市東新町1の「徳島東映」跡地にイベントホール「しんまち劇場707」が開館した。講演会や演劇など様々な利用が可能である。徳島東映は2003年6月に閉館していた。*10

2004年4月29日、徳島市の東新町商店街にあった映画館「徳島東映」跡地に多目的ホール「しんまち劇場707」が開館した。280席。徳島東映は2003年6月末をもって閉館していた。東新町一丁目商店街振興組合が多目的ホールへの改修を検討し、約400万円を投じて改修した。座席数を20席減らして舞台を広げ、照明や音響機器を一新した。*11
歌舞伎座/徳島松竹歌舞伎座/徳島歌舞伎座/徳島松竹1・2(新)
所在地 : 徳島県徳島市籠屋町1(1953年・1955年)、徳島県徳島市籠屋町2(1958年)、徳島県徳島市籠屋町1(1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1976年)、徳島県徳島市籠屋町2-9-1(1980年・1985年・1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1951年5月、1979年
閉館年 : 2004年3月
『全国映画館総覧 1955』によると1951年5月開館。1953年・1955年の映画館名簿では「歌舞伎座」。1958年・1960年の映画館名簿では「徳島松竹」。1963年の映画館名簿では「歌舞伎座」。1966年・1969年・1973年・1976年・1980年・1985年・1990年の映画館名簿では「徳島松竹歌舞伎座」。1990年の住宅地図では「徳島松竹歌舞伎座」。1995年の映画館名簿では「徳島歌舞伎座」。2000年の映画館名簿では「徳島松竹1・2」(2館)。2005年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「籠屋町アビタシオン2」。

2004年3月末をもって、徳島市籠屋町2の映画館「徳島松竹」が閉館する。1979年に現在地に「松竹歌舞伎座」として開館した。一時期は近くで営業していたが、1999年には現在地に戻り、2002年からは松竹の関連会社が年間約30作品を上映していた。216席と70席の2スクリーン。十数年前の籠屋町周辺には6館の映画館があったが、2002年には栄町1の「OSグランド」が、2003年6月には東新町1の「徳島東映」が閉館しており、周辺の映画館は籠屋町1の「徳島東宝」のみとなる。徳島松竹は4月にも取り壊され、跡地は13-14階建てのファミリー向け分譲マンションになる予定。*12

2004年3月末をもって、徳島市籠屋町2の映画館「徳島松竹」が閉館する。1979年に邦画専門館「徳島松竹歌舞伎座」として開館した。199年には2スクリーンの「徳島松竹1」と「徳島松竹2」にリニューアルした。2001年夏には月間入場者数が1万5000人を超えたが、その後北島町にシネコンができたことで入場者数が減少し、月間入場者数は2000人〜3000人にまで低迷していた。建物を所有する伸松建設が映画館を引き継ぐことも模索されたが、フィルムの供給などの問題から断念した。跡地には分譲マンションが建設される予定。2002年3月には「OSグランド」、2003年6月には「徳島東映」も閉館している。*13
平和劇場/平和東映/徳島平和劇場/アタック平和劇場・平和ドルビー劇場
所在地 : 徳島県徳島市蔵本町2-6(1953年・1955年)、徳島県徳島市蔵本町2(1958年・1960年・1963年)、徳島県徳島市蔵本町2丁目(1966年・1969年)、徳島県徳島市蔵本町2(1973年・1976年)、徳島県徳島市蔵本町2-17(1980年)、徳島県徳島市蔵本町2-17-1 平和会館内(1985年)、徳島県徳島市蔵本町2-17-1 平和会館2階(1990年・2000年・2005年)
開館年 : 1946年4月
閉館年 : 2005年9月16日
1953年・1955年の映画館名簿では「平和劇場」。1958年の映画館名簿では「徳島平和劇場」。1960年の映画館名簿では「平和劇場」。1963年の映画館名簿では「平和東映」。1966年・1969年・1973年・1976年・1980年の映画館名簿では「徳島平和劇場」。1985年・1990年・2000年・2005年の映画館名簿では「アタック平和劇場・平和ドルビー劇場」(2館)。「シネアルテ」の前身館。

2005年9月をもって、徳島市蔵本町の映画館「徳島平和劇場」(2スクリーン)が約60年の歴史に幕を閉じて閉館した。映画に情熱を燃やしていた社長の後継者がいなかったことが閉館の理由。2002年には徳島市の「OSグランド」が、2003年には「徳島東映」が、2004年には「徳島松竹」が相次いで閉館している。徳島平和劇場の閉館によって、徳島市内の映画館はわずか3館となった。*14
徳島東宝・徳島東宝シネマ
所在地 : 徳島県徳島市籠屋町1-34(1973年・1976年)、徳島県徳島市籠屋町1-30(1980年・1985年・1990年・1995年・2000年・2005年)
開館年 : 1971年6月
閉館年 : 2006年1月27日
1971年6月に籠屋町1-45から籠屋町1-34のダイエー徳島店5階に移転して2館化。1973年・1976年・1980年・1985年の映画館名簿では「徳島東宝劇場・徳島東宝シネマ」(2館)。1990年・1995年・2000年・2005年の映画館名簿では「徳島東宝・徳島東宝シネマ」(2館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は2009年竣工のマンション「アルファステイツ新町」。

2006年1月27日をもって、徳島市籠屋町1の映画館「徳島東宝」と「東宝シネマ」が閉館する予定。徳島東宝は276席、東宝シネマは122席。同じビルのダイエー徳島店が11月27日をもって閉店するため。2002年には「OSグランド」、2003年には「徳島東映」、2004年には「徳島松竹」、2005年には「徳島平和劇場」が閉館しており、中心部に残るのは「徳島ホール」のみとなる。徳島東宝は1946年に現在地に開館した。1971年にはダイエー徳島店を核店舗とするビルを建設し、5階に映画館2館を構えた。*15

2006年1月末をもって、徳島市の映画館「徳島東宝」と「東宝シネマ」が閉館する。同じビルに入るダイエー徳島店が11月27日をもって閉店することが影響したという。1946年に小屋で徳島東宝が開館した。1971年には現在のビル都内、山口百恵主演作『伊豆の踊子』、『八甲田山』や『ゴジラ』シリーズなどの東宝系作品、『ローマの休日』『サウンド・オブ・ミュージック』『地獄の黙示録』などを上映してきた。2005年9月には「徳島平和劇場」も閉館しており、徳島東宝の閉館後には徳島市の映画館は「徳島ホール」のみとなる。*16

2006年1月27日をもって、徳島市中心部の映画館「徳島東宝」と「東宝シネマ」が閉館する。ダイエー徳島店の撤退に伴って閉館が決定した。最終上映作品は『あらしのよるに』、『Mr. & Mrs.スミス』、『輪廻』。閉館記念興業などは予定していない。2005年から2006年にかけて徳島市では4館が閉館しており、徳島東宝と東宝シネマの閉館後には「徳島ホール」のみとなる。*17

2006年1月27日をもって、徳島市籠屋町1の映画館「徳島東宝」と「東宝シネマ」が閉館した。2005年11月に同じビルのダイエー徳島店が閉店し、映画館だけではビル全体の採算が取れないと判断したため。徳島東宝は1946年に開館。1971年にはダイエー徳島店が開店し、同じビルの5階に2館体制でリニューアル開館した。*18
徳島ホール
所在地 : 徳島県徳島市幸町2丁目(1969年)、徳島県徳島市幸町3(1973年・1976年)、徳島県徳島市幸町1-32(1980年)、徳島県徳島市幸町1-6(1985年・1990年・1995年・2000年・2005年)
開館年 : 1962年
閉館年 : 2006年9月28日
1960年・1963年・1966年の映画館名簿には掲載されていない。1969年・1973年・1976年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年・2005年の映画館名簿では「徳島ホール」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。

2006年9月28日をもって、徳島市幸町の映画館「徳島ホール」が封切り作品の上映を終了する。287席。徳島市唯一の映画館だった。2001年末に板野郡北島町に開館したシネコンの影響で、近年は年間数千万円の赤字が出ているため。徳島ホールは1962年に開館し、1963年から常設のロードショー館として営業していた。最終上映作品は『X-MEN ファイナルディシジョン』。9月29日以降は多目的ホールとして運営する予定。*19

2006年9月28日、徳島市唯一の映画館「徳島ホール」が封切り映画の上映を終える。2001年に隣接する北島町に8スクリーンのシネコンが開館して観客を奪われたことが理由。今後は映画上映やイベントの開催が可能な多目的ホールに衣替えする予定。1962年に開館し、1965年から封切館として営業していた。2001年以降は採算割れし、2006年夏に上映した地元が舞台の『バルトの楽園』も振るわなかった。9月28日までの最終上映作品は『X-MEN』。現在の県庁所在地で映画館がないのは群馬県前橋市のみである。*20
シネアルテ
所在地 : 徳島県徳島市蔵本町2-17-1(2010年)
開館年 : 2008年12月23日
閉館年 : 2009年末
Wikipedia : シネアルテ
前身館はアタック平和劇場・平和ドルビー劇場。2010年の映画館名簿では「シネアルテ」。2015年の映画館名簿には掲載されていない。

2008年内にも、徳島市のJR蔵本駅前に映画館「シネアルテ」が開館する。徳島市は全国の県庁所在地で唯一常設の映画館がないとされる。1947年に開館した「徳島平和劇場」(「平和ドルビー」「アタック平和」の2スクリーン)は2005年9月に閉館したが、喫茶店主の三木稔(32)が改装して復活させる。カビが生えていたアタック平和の座席を外し、1人〜3人掛けのソファ約40席を並べた。収容人数は70人。平和ドルビーは傾斜した床を平らにしてカフェに改装し、映画館に先立って2008年11月10日に開店する。当初は「OSグランド」の復活を計画したが、建物の傷みが激しかったため断念していた。*21

2008年12月23日、徳島市のJR蔵本駅近くに映画館「シネアルテ」が開館する。まずは2週間の予定で『百万円と苦虫女』を1日5回上映する。*22

2008年12月23日、徳島市蔵本町に映画館「シネアルテ」が開館した。2005年に閉館した映画館の設備を再利用した。初日には蒼井優主演作『百万円と苦虫女』を4回上映した。2009年1月5日からは『トウキョウソナタ』の上映を予定している。*23

2008年12月23日、徳島市のJR蔵本駅近くに映画館「シネアルテ」が開館した。70席。徳島市内で3店の喫茶店を経営する三木稔が、閉館していた映画館の施設を貸借して営業を再開した。うち1店の喫茶店は「シネアルテ」に隣接している。2006年に徳島ホールが封切り映画の上映を終了したことで、徳島市から常設映画館がなくなっており、前橋市に映画館が開館した2007年からは「全国の県庁所在地で唯一常設映画館がない市」となっていた。*24

2010年5月2日の『徳島新聞』には「シネアルテ」が2009年末に閉館したという記事が掲載されている。現物は未確認。*25
ufotable CINEMA 1・2
所在地 : 徳島県徳島市東新町1-5-3(2015年・2020年)
開館年 : 2012年3月18日
閉館年 : 営業中
2010年の映画館名簿には掲載されていない。2015年の映画館名簿では経営会社がユーフォーテーブル、経営者が近藤光、支配人が井上耕平、71席と29席。2015年・2020年の映画館名簿では「ufotable CINEMA 1・2」(2館)。

2011年5月4日、アニメ制作会社のユーフォーテーブルの近藤光社長(41)が記者会見し、1年以内をめどに徳島市東新町に映画館を開館させる計画を発表した。2006年には徳島市中心部から常設映画館がなくなっている。近藤社長は徳島市出身であり、徳島市でアニメイベント「マチ☆アソビ」を企画してきた。マクドナルドなどが入っていた3階建ての守住ビルを改装し、2スクリーンでアニメ映画主体の映画館とする。*26

2012年3月18日、徳島市東新町1の東新町1丁目商店街に映画館「ufotable CINEMA」が開館する。アニメ制作会社のユーフォーテーブルが手掛け、アニメを主体とした映画館となる。ユーフォーテーブル代表の近藤光(42)は徳島市出身である。1階がグッズ販売店、2階が71席と29席の2スクリーンとなる。地下1階にはアニメイトが入る。3月18日には文化庁によるプロジェクト「アニメミライ」の4作品が先行上映され、声優のトークイベントが開催される。*27

2012年3月18日、徳島市東新町1の商店街内に映画館「ユーフォーテーブルシネマ」が開館した。71席と29席の2スクリーン。2006年1月に「徳島東宝」と「東宝シネマ」が閉館して以来、約6年ぶりに徳島市中心部に映画館が復活する。運営するユーフォーテーブルはアニメ制作会社であるが、ユーフォーテーブルシネマはアニメ映画に限らず上映する予定。*28
イオンシネマ徳島
所在地 : 徳島県徳島市南末広町4-1 イオンモール徳島5階(2020年)
開館年 : 2017年4月27日
閉館年 : 営業中
2015年の映画館名簿には掲載されていない。2020年の映画館名簿では「イオンシネマ徳島1-9」(9館)。