消えた映画館の記憶 - 水戸市の映画館

水戸市

栄楽映画劇場/水戸栄楽映画劇場/浜田東映映画劇場
所在地 : 茨城県水戸市本町5-863(1955年・1958年・1960年・1961年)、茨城県水戸市本5丁目863(1962年)
開館年 : 1951年10月
閉館年 : 1962年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1951年10月開館。1953年の映画館名簿では「栄楽映画劇場」。1955年・1958年・1960年・1961年の映画館名簿では「水戸栄楽映画劇場」。1955年の映画館名簿では経営者は坂場義雄、200席、松竹・大映を上映。1962年の映画館名簿では「浜田東映映画劇場」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。
水戸シネマ/水戸シネマ映画劇場
所在地 : 茨城県水戸市本町1084(1957年)、茨城県水戸市本3-1082(1960年)、茨城県水戸市本3丁目1082(1963年・1964年・1965年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1965年頃
1955年・1956年の映画館名簿には掲載されていない。1957年の映画館名簿では「水戸シネマ」。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「水戸シネマ映画劇場」。1964年の映画館名簿では「水戸シネマ」。1965年の映画館名簿では「水戸シネマ映画劇場」。1963年の映画館名簿では経営者は鈴木興業社、410席、邦画を上映。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
水戸大映劇場/水戸大映映画劇場
所在地 : 茨城県水戸市泉町4丁目(1956年)、茨城県水戸市泉町4-1049(1957年)、茨城県水戸市泉町1040(1958年)、茨城県水戸市泉町4-1049(1960年・1963年・1964年)
開館年 : 1955年頃
閉館年 : 196年頃
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1956年・1957年の映画館名簿では「水戸大映劇場」。1958年・1960年・1963年・1964年の映画館名簿では「水戸大映映画劇場」。1963年の映画館名簿では経営者は京王映画、473席、大映を上映。1965年・1966年の映画館名簿には掲載されていない。
水戸東宝劇場/水戸東宝映画劇場
所在地 : 茨城県水戸市裡信願寺町1286(1955年・1958年・1960年)、茨城県水戸市裡信願寺町1280(1963年)、茨城県水戸市裡信願寺町1286(1966年・1967年・1968年)
開館年 : 1950年9月
閉館年 : 1968年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1950年9月開館。1953年・1955年の映画館名簿では「水戸東宝劇場」。1955年の映画館名簿では経営者は三和興業、450席、洋画を上映。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「水戸東宝映画劇場」。1966年・1967年・1968年の映画館名簿では「水戸東宝劇場」。1966年の映画館名簿では経営者は北日本興行、木造2階建、633席、洋画特選を上映。1967年の住宅地図では「東宝劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「リカーマウンテン水戸大工町店」などが入る「大工町ビル」。最寄駅はJR常磐線・水郡線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅。
水戸国文館/みゆき座/水戸みゆき座
所在地 : 茨城県水戸市本町4丁目(1955年)、茨城県水戸市本4丁目1089(1958年)、茨城県水戸市本4丁目1088(1960年・1963年)、茨城県水戸市本町4-1088(1966年・1969年・1970年)
開館年 : 1952年11月
閉館年 : 1970年以後1973年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1952年11月開館。1953年・1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「水戸国文館」。1955年の映画館名簿では経営者は窪田雄春、200席、東宝・東映・新東宝を上映。1963年の映画館名簿では「みゆき座」。1966年の映画館名簿では経営者は田井唯信、木造平屋建、204席、邦画を上映。1966年・1969年・1970年の映画館名簿では「水戸みゆき座」。1967年の住宅地図では「みゆき屋」(誤字か?)。1973年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「水戸信用金庫下市支店」南70mの駐車場。最寄駅はJR常磐線・水郡線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅。
オデオン座/水戸オデオン/水戸オデオン座
所在地 : 茨城県水戸市(1953年)、茨城県水戸市仲町(1955年)、茨城県水戸市仲町49(1958年)、茨城県水戸市仲町490(1960年・1963年)、茨城県水戸市宮町2-5-14(1980年)、茨城県水戸市宮町2-5-14 新水戸会館(閉館時)
開館年 : 1953年1月
閉館年 : 1984年8月31日
『全国映画館総覧 1955』によると1953年1月開館。1953年の映画館名簿では「オデオン座」。1955年の映画館名簿では経営者は柴田厚、300席、洋画を上映。1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「水戸オデオン座」。1966年・1969年の映画館名簿には掲載されていない。1973年の映画館名簿では「水戸オデオン」。1977年の住宅地図では「新水戸会館 オデオン座」。1980年の映画館名簿では「水戸オデオン座」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「水戸東照宮」南の有料駐車場「宮之下駐車場」。最寄駅はJR常磐線・水郡線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅。
ロマンス座/水戸ロマンス座
所在地 : 茨城県水戸市銀杏町100-6(1959年)、茨城県水戸市銀杏町100-1(1960年)、茨城県水戸市銀杏町100-6(1963年)、茨城県水戸市宮町100(1969年・1973年)、茨城県水戸市宮町2-3-2(1980年・1985年・1986年・1988年)
開館年 : 1958年頃
閉館年 : 1988年頃
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1959年・1960年の映画館名簿では「ロマンス座」。1963年・1969年・1973年・1980年・1985年・1986年・1988年の映画館名簿では「水戸ロマンス座」。1966年の映画館名簿では経営者は宝来館興業、鉄筋コンクリート造(地下1階)、250席、松竹・東映を上映。1967年の住宅地図では「富士ビル 映画ロマンス座など」。1977年の住宅地図では「富士ビル 地下1階ロマンス座」。1989年・1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「東進衛星予備校水戸校」などが入る1989年竣工の(2代)「富士ビル」。最寄駅はJR常磐線・水郡線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅。
水戸松竹映画劇場/水戸京王グランド・水戸京王東宝映画劇場/水戸京王グランド・水戸日活映画劇場/水戸京王グランド・水戸京王日活/水戸京王グランド・水戸京王プラザ/水戸京王グランド・水戸京王プラザ劇場
所在地 : 茨城県水戸市(1953年)、茨城県水戸市鳥見町948(1955年・1960年・1963年・1966年)、茨城県水戸市天王町4-27(1969年・1973年・1980年・1985年)
開館年 : 1952年9月(松竹映画劇場)、1963年(京王グランド・京王東宝)
閉館年 : 1988年10月28日(京王プラザ)、1988年11月25日(京王グランド)
『全国映画館総覧 1955』によると1952年9月開館。1953年・1955年・1960年・1963年の映画館名簿では「水戸松竹映画劇場」。1955年の映画館名簿では経営者は柴田厚、700席、邦画を上映。1966年の映画館名簿では「水戸京王グランド・水戸京王東宝映画劇場」(2館)。1966年の映画館名簿では経営者は京王映画、鉄筋コンクリート造(それぞれ2階と地下1階)、それぞれ880席と252席、それぞれ洋画と東宝を上映。1967年の住宅地図では「京王グランド 京王東宝劇場 京王映画水戸営業所 喫茶モンブランなど」。1969年の映画館名簿では「水戸京王グランド・水戸日活映画劇場」(2館)。1973年の映画館名簿では「水戸京王グランド・水戸京王日活」(2館)。1977年の住宅地図では「京王グランド劇場」。1980年の映画館名簿では「水戸京王グランド・水戸京王プラザ」(2館)。1985年の映画館名簿では「水戸京王グランド・水戸京王プラザ劇場」(2館)。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「ライオンズマンション水戸」。最寄駅はJR常磐線・水郡線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅。

1952年(昭和27年)の水戸市鳥見町(現在の泉町2丁目)にあった映画館「水戸松竹」の写真あり。「水戸松竹」の文字が見える。後に北関東初の70ミリフィルム上映館である「京王グランド」が開館した。*1

1989年の正月興行をもって、水戸市の映画館「京王グランド」(485席)と「京王プラザ」(180席)と「京王東宝」(294席)が閉館する。東京・新宿に本社がある京王映画の直営館であり、1988年3月には同社の旗艦館である「新宿京王」も閉館している。東京都内にはまだ2館が残っているが、水戸市の3館と同時に閉館する予定であり、京王グループは映画興行から全面的に撤退するという。1958年、京王系では初の映画館が水戸市に開館。1963年には水戸市天王町に京王会館が開館し、「京王グランド」と「京王プラザ」を有する大型映画館だった。「京王グランド」は70ミリフィルムも上映でき、開館当初は「北関東一の映画館」と称されたことで、栃木県などからも観客が訪れた。京王映画の直営館は5館あったが、1965年までに現在の3館となった。*2

1988年10月28日には水戸市天王町の映画館「京王プラザ」(180席)が、11月25日には同一ビル内の映画館「京王グランド」(485席)が閉館する。1963年に京王映画の直営館として開館したが、京王グループは映画事業からの撤退を決定していた。1989年の正月興行を最後に水戸市南町1丁目の「京王東宝」(294席)の運営からも撤退するが、京王東宝は東宝系の封切館として上映が続けられる予定。*3
スカイシネマ/水戸スカイシネマ
所在地 : 茨城県水戸市南町1-2-22(1980年・1985年・1986年・1988年・1989年)
開館年 : 1978年5月26日
閉館年 : 1989年頃
1973年の映画館名簿には掲載されていない。1977年の住宅地図では後の映画館の場所に「サントピア水戸(建)」。1980年の映画館名簿では「スカイシネマ」。1985年・1988年・1989年の映画館名簿では「水戸スカイシネマ」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「ライオンズシティ水戸」北60mの有料駐車場「ONE'S PARK南町第10駐車場」。最寄駅はJR常磐線・水郡線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅。
水戸銀座映画劇場/水戸宝塚映画劇場/水戸宝塚劇場/水戸京王東宝劇場/水戸京王東宝/水戸サンリオ東宝
所在地 : 茨城県水戸市南町242(1955年)、茨城県水戸市南町424(1960年・1963年・1966年)、茨城県水戸市南町1-4-14(1969年・1973年・1980年・1985年・1990年)
開館年 : 1953年1月
閉館年 : 1992年1月26日
『全国映画館総覧 1955』によると1953年1月開館。1955年の映画館名簿では「水戸銀座映画劇場」。1955年の映画館名簿では経営者は柴田厚、360席、邦画を上映。1960年・1963年の映画館名簿では「水戸宝塚映画劇場」。1966年の映画館名簿では「水戸宝塚劇場」。1966年の映画館名簿では経営者は京王映画、木造2階建、407席、大映・洋画を上映。1966年の映画館名簿によると経営者は京王映画、支配人は副島隆二、木造2階建て冷暖房付、407席、大映・洋画を上映。1967年の住宅地図では「水戸日活」。1969年の映画館名簿では「水戸京王東宝劇場」。1977年の住宅地図では「京王東宝」。1973年・1980年・1985年の映画館名簿では「水戸京王東宝」。1990年の映画館名簿では「水戸サンリオ東宝」。1995年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は有料駐車場「ONE'S PARK 南町第6駐車場」。最寄駅はJR常磐線・水郡線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅。

1988年、水戸市南町1丁目で京王映画が運営していた映画館「京王東宝」が、ハローキティで知られるファンシー用品会社のサンリオに委譲された。「水戸サンリオ東宝」に改称し、約1000万円をかけて改修した。館内にはキャラクター商品のギフトコーナーなどもある。東宝作品の合間に自社制作のがみりー映画を上映するという。*4
日活三笠館/日活三笠会館/三笠OP劇場・水戸三笠松竹・水戸三笠大映/三笠OP劇場・三笠松竹・三笠東映/水戸パンテオン1・2/水戸パンテオン
所在地 : 茨城県水戸市大工町1070-3(1963年・1966年)、茨城県水戸市大工町1070(1969年)、茨城県水戸市大工町107(1973年)、茨城県水戸市大工町1-6-1(1985年・1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1962年頃
閉館年 : 2001年
1960年・1962年の映画館名簿には掲載されていない。1963年の映画館名簿では「日活三笠館」。1966年の映画館名簿では「日活三笠会館」。1966年の映画館名簿では経営者は三笠会館、鉄筋コンクリート造(2階)、300席、松竹・大映・日活を上映。1967年の住宅地図では「三笠OP劇場・三笠松竹・三笠大映」。1969年の映画館名簿では「三笠OP劇場・水戸三笠松竹・水戸三笠大映」(3館)。1973年の映画館名簿では「三笠OP劇場・三笠松竹・三笠東映」(3館)。1980年の映画館名簿には掲載されていない。1985年の映画館名簿では「水戸パンテオン」。1990年・1995年の映画館名簿では「水戸パンテオン1・2」(2館)。2000年の映画館名簿では「水戸パンテオン」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「大工町交番」北の「ベルスポットビル」。最寄駅はJR常磐線・水郡線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅。

水戸市に3映画館を有していた東日本ヘラルドは映画館の集中と縮小を行っている。1988年、大工町1丁目の映画館「水戸パンテオン」(400席)の管理をオーナーのベルスポットビルに委譲した。南町1丁目のサントピア6階にある「スカイシネマ」(172席)は1989年1月中旬に閉館する予定。代わりに南町3丁目のリードビル4階にある「コートピア」(170席)を「リードシネマ1」に改称し、リードビル5階に新たに「リードシネマ2」(130席)を開館させた。*5
水戸アート名画座/水戸にっかつ劇場/水戸スカラ座
所在地 : 茨城県水戸市泉町2-1-25(1969年・1973年・1980年・1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1968年頃
閉館年 : 2001年
1966年・1967年・1968年の映画館名簿には掲載されていない。1969年・1973年の映画館名簿では「水戸アート名画座」。1980年の映画館名簿では「水戸にっかつ劇場」。1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「水戸スカラ座」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「ライオンズマンション水戸」南西40mの有料駐車場「ファーストパーク水戸泉町第6」。
水戸セントラル劇場/水戸東映映画劇場/水戸東映劇場/水戸東映シネマ1・2
所在地 : 茨城県水戸市黒羽根町312(1955年・1960年)、茨城県水戸市宮下町73(1963年)、茨城県水戸市宮下町宮下73(1966年)、茨城県水戸市宮町73(1969年・1973年)、茨城県水戸市宮町2-5-45(1980年・1985年・1990年・1995年・2000年・2005年)
開館年 : 1954年9月
閉館年 : 2006年2月10日
『全国映画館総覧 1955』によると1954年9月開館。1955年の映画館名簿では「水戸セントラル劇場」。1955年の映画館名簿では経営者は出口しん、354席、東映を上映。1960年・1963年の映画館名簿では「水戸東映映画劇場」。1966年の映画館名簿では経営者は東映、鉄筋コンクリート造(2階)、572席、東映を上映。1966年・1969年・1973年・1980年の映画館名簿では「水戸東映劇場」。1967年・1977年の住宅地図では「水戸東映」。1985年・1990年・1995年・2000年・2005年の映画館名簿では「水戸東映シネマ1・2」(2館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「水戸東照宮」北東の有料駐車場「水戸東照宮駐車場」。最寄駅はJR常磐線・水郡線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅。

2006年2月10日、水戸市宮町の宮下銀座にある映画館「水戸東映シネマ」が閉館する。1960年に開館し、水戸東照宮の鳥居前で46年間にわたって営業していた。水戸駅北口から徒歩5分というアクセスのよい映画館だった。建物は取り壊して更地にしたうえで水戸東照宮に返還する予定。東映直営の封切館であり、約25年前には1つだった大型スクリーンを2つに増設した。近年にはTOHOシネマズひたちなかやシネプレックスつくばに観客を奪われ、観客数が激減していた。また、ダイエー水戸店の閉店も客足の減少につながった。*6

2006年2月10日、水戸市宮町2の映画館「水戸東映シネマ」が46年の歴史に幕を下ろして閉館した。水戸市では2005年10月にも南町3の映画館「水戸リードシネマ」が一部休館している。水戸東映シネマは1960年に開館し、現在は2スクリーン計約400席を有する。水戸東映シネマの地主である水戸東照宮は、映画館の跡地を参道に整備する考えを示している。一方で水戸リードシネマは休館後、1月に地下1階の映画館を小劇場に改築した。*7
コートワンシネマ/水戸リードシネマ1・2・3/水戸リードシネマ1-5
所在地 : 茨城県水戸市南町3(1983年)、茨城県水戸市南町3-3-33(1984年・1985年・1990年・1995年・2000年・2005年・2008年)、茨城県水戸市南町3-3-33 水戸リードビル5階・4階・1階・地下1階(閉館時)
開館年 : 1982年頃
閉館年 : 2008年4月
1982年の映画館名簿には掲載されていない。1983年・1984年・1985年の映画館名簿では「コートワンシネマ」。1990年・1995年の映画館名簿では「水戸リードシネマ1・2・3」(3館)。2000年・2005年の映画館名簿では「水戸リードシネマ 5階A・5階B・4階・1階・地下」(5館)。2008年の映画館名簿では「水戸リードシネマ 1階」。2008年の映画館名簿では鉄筋造1階、178席、経営会社は株式会社関東地産、邦画・洋画を上映。2010年の映画館名簿には掲載されていない。5スクリーンの映画館。

水戸市に3映画館を有していた東日本ヘラルドは映画館の集中と縮小を行っている。1988年、大工町1丁目の映画館「水戸パンテオン」(400席)の管理をオーナーのベルスポットビルに委譲した。南町1丁目のサントピア6階にある「スカイシネマ」(172席)は1989年1月中旬に閉館する予定。代わりに南町3丁目のリードビル4階にある「コートピア」(170席)を「リードシネマ1」に改称し、リードビル5階に新たに「リードシネマ2」(130席)を開館させた。*8

2005年9月30日、水戸市の映画館「リードシネマ」の運営が東日本映画からビル所有者に引き継がれた。東日本映画は1982年からリードシネマを運営していたが、シネコン開館のあおりで2005年夏は観客数が3割減だったという。運営元の変更で5スクリーンから3スクリーンに縮小したほか、上映作品ががらりとかわった。*9

2008年4月、水戸市南町3丁目の水戸リードビル1階・4階・5階にあった映画館「水戸リードシネマ」が約40年の歴史に幕を閉じて閉館した。水戸リードビルは地下1階・地上7階建て。2007年春には2階の水戸献血ルームが水戸駅前に移転し、水戸リードシネマも閉館することで、読売・日本テレビ文化センター水戸とライブハウスのみとなった。ビル所有会社であり水戸リードシネマも運営していた関東地産は、賃貸収入の減少により十分な保守管理ができないとして、2008年12月に水戸リードビルを閉鎖することを決定した。*10
水戸テアトル西友1・2
所在地 : 茨城県水戸市三の丸1-1-12(1990年・1995年・2000年・2005年)、茨城県水戸市三の丸1-1-12 リヴィン水戸店6階(2008年)
開館年 : 1988年4月
閉館年 : 2008年8月31日
1985年の映画館名簿には掲載されていない。1990年・1995年・2000年・2005年・2008年の映画館名簿では「水戸テアトル西友1・2」(2館)。2008年の映画館名簿では鉄筋造6階、84席と260席、経営会社は東京テアトル株式会社、邦画・洋画を上映。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「水戸地方法務局」が入る「駿優教育会館」東側の空き地。最寄駅はJR常磐線・水郡線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅。

1988年4月末、水戸駅前の西武百貨店水戸店6階に「テアトル西友1」(84席)と「テアトル西友2」(260席)が開館した。1客20万円以上するフランス製の椅子が売りであり、美術館のような落ち着いた雰囲気を有している。西武系の配給会社であるシネセゾンから配給を受ける。*11

2008年8月31日、水戸市の映画館「水戸テアトル西友」が閉館する。職人による手書き看板などで知られた。最終上映作品は『ニュー・シネマ・パラダイス』。1988年4月にスティーブン・スピルバーグ監督の『太陽の帝国』で開館し、260席のスクリーンでは大作映画を、84席のスクリーンでは名作などを上映した。2005年に水戸市内にシネコンが開館した影響などで、2006年は観客数が58%も減少した。2008年2月には石原裕次郎特集を、2008年3月には吉永小百合特集を組むなどして工夫したが、期待したほどの反応はなかった。水戸市では2006年2月に水戸東映シネマが、2008年4月には水戸リードシネマも閉館している。*12

2008年8月31日、水戸市のJR水戸駅北口にある映画館「水戸テアトル西友」が閉館する。単館系作品を積極的に上映したり、特集上映を行うなどの工夫を行っていたが、2006年の観客動員数は前年比60%減となり、2007年も赤字だった。最終上映作品は1989年のイタリア映画『ニュー・シネマ・パラダイス』である。*13

2008年8月31日、水戸市三の丸の商業ビル「リヴィン」6階にあった映画館「水戸テアトル西友」が閉館した。最終上映作品は『ニュー・シネマ・パラダイス』。シネコン以外では一般映画を上映する水戸市唯一の映画館だった。1988年4月に開館し、全国公開のヒット作や独自に厳選した作品などを上映していた。座席数は84席と260席。2006年4月には水戸駅南口にもシネコンが進出し、同年の観客数は前年と比べて約6割減少した。シネコンとの差別化を図るために石原裕次郎特集や吉永小百合特集を組んだり、茨城県の他館では上映されない単館系作品を上映するなどしたが、観客数が伸び悩んだ。*14
銀星映画劇場/水戸銀星劇場/水戸銀星映画劇場
所在地 : 茨城県水戸市(1953年)、茨城県水戸市袴塚町3-2745(1955年)、茨城県水戸市袴塚4-2745(1960年)、茨城県水戸市袴塚町2745(1963年)、茨城県水戸市袴塚2-2743(1966年)、茨城県水戸市袴塚4-2743(1969年)、茨城県水戸市袴塚2-2743(1973年)、茨城県水戸市袴塚1-6-16(1980年・1985年・1990年)、茨城県水戸市袴塚1-6-1(1995年)、茨城県水戸市袴塚1-6-16(2000年・2005年・2010年・2020年)
開館年 : 1951年11月
閉館年 : 営業中
1953年・1955年の映画館名簿では「銀星映画劇場」。1955年の映画館名簿では経営者は吉村秀太郎、400席、大映・東映・東宝を上映。1960年・1963年の映画館名簿では「水戸銀星映画劇場」。1966年の映画館名簿では経営者は吉村秀太郎、木造平屋建、400席、東宝・大映・東映・日活を上映。1966年・1969年・1973年・1980年・1985年の映画館名簿では「水戸銀星劇場」。1967年の住宅地図では「銀星映画劇場 中華・喫茶パール」。1977年の住宅地図では「銀星映画劇場」。1990年・1995年・2000年・2005年・2010年・2020年の映画館名簿では「水戸銀星映画劇場」。2008年の映画館名簿では木造1階、327席、経営者・支配人はいずれも吉村賢治郎、成人映画を上映。成人映画館。最寄駅はJR常磐線赤塚駅。
TOHOシネマズ水戸内原
所在地 : 茨城県水戸市中原町字西135 イオンモール水戸内原3階(2010年)、茨城県水戸市中原2丁目1 イオンモール水戸内原3階(2020年)
開館年 : 2005年11月9日
閉館年 : 営業中
2005年の映画館名簿には掲載されていない。2010年・2020年の映画館名簿では「TOHOシネマズ水戸内原1-8」(8館)。最寄駅はJR常磐線内原駅。

2005年11月9日、イオン水戸内原ショッピングセンター内に「TOHOシネマズ水戸内原」が開館する。8スクリーン計約1600席を有する水戸市初のシネコンである。3か月前の2005年8月にひたちなか市に開館した「TOHOシネマズひたちなか」に次いで茨城県2サイト目のTOHOシネマズ。年間80万人から90万人の来場者数を見込んでいる。2006年春には、JR水戸駅南口にもヘラルド・エンタープライズの「シネプレックス水戸」が開館する予定である。*15

2005年11月9日、水戸市中原町のイオン水戸内原ショッピングセンター3階にシネコン「TOHOシネマズ水戸内原」が開館する。年間77万人の来館者数と10億円の収入を目標としている。8月にひたちなか市に開館したTOHOシネマズひたちなかに続いて、茨城県2館目のTOHOシネマズである。イオン水戸内原自体は11月11日に開業する。*16
シネプレックス水戸/ユナイテッド・シネマ水戸
所在地 : 茨城県水戸市宮町1-7-44 COMBOX310内(2010年・2020年)
開館年 : 2006年4月26日
閉館年 : 営業中
2005年の映画館名簿には掲載されていない。2010年の映画館名簿では「シネプレックス水戸」(8館)。2020年の映画館名簿では「ユナイテッド・シネマ水戸」(8館)。最寄駅はJR常磐線・水郡線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅。

2006年4月26日、水戸市のJR水戸駅南口に商業施設「COMBOC310」が開業する。地上13階建てであり、4階から5階には8スクリーンのシネコン「シネプレックス水戸」が入る。*17