消えた映画館の記憶 - 上越市の映画館

上越市

上越市の映画館
1948年(昭和23年)時点の高田市には、本町6丁目の松竹館、本町2丁目の高田シネマ、仲町3丁目の高田中央劇場、大町2丁目の文化劇場と、4館の映画館があった。1956年(昭和31年)末には高田中央劇場の向かいに高田東映劇場が開館した。1957年(昭和32年)には本町5丁目のいずも屋百貨店にいずも屋劇場が開館し、松竹作品の上映を引き継いだため、松竹館は高田大映に改称し、のちに高田日活に改称した。*1

1948年(昭和23年)時点の中頸城郡直江津町には、中央3丁目の直江津座、中央3丁目の越後座と、2館の映画館があった。1951年(昭和26年)には直江津座が直江津第一劇場に改称し、越後座が直江津銀座劇場に改称した。1956年(昭和31年)には住吉町に直江津東映劇場が開館した。*2
いずも屋劇場
所在地 : 新潟県高田市本町5丁目 いずも屋百貨店内
開館年 : 1957年1月1日
閉館年 : 1962年8月28日
地図 : 「消えた映画館の記憶地図」上越市高田地区付近
映画館名簿には掲載されていない。いずも屋百貨店は1987年に取り壊された。跡地には1993年(平成5年)に「上越ワシントンホテル」が開業し、その後幾度もの改名を経て「ホテルラングウッド上越」となっている。最寄駅はえちごトキめき鉄道妙高はねうまライン高田駅。

1957年から1962年まで、高田本町5丁目にあったデパートのいずも屋百貨店には映画館「いずも屋劇場」が併設されていた。いずも屋百貨店は高田市唯一のデパートであり、駅前通りと本町通りの交差点北西角にあった。*3

1957年1月1日、映画館「いずも屋劇場」が開館した。*4

1962年8月28日、いずも屋百貨店は映画館を廃業した。*5
柿崎平和館/平和館
所在地 : 新潟県中頸城郡柿崎町(1955年)、新潟県中頸城郡柿崎町6480(1963年)
開館年 : 1953年以後1955年以前
閉館年 : 1964年以後1966年以前
1953年の映画館名簿には掲載されていない。1955年の映画館名簿では「柿崎平和館」。1960年の映画館名簿には掲載されていない。1963年の映画館名簿では「柿崎平和館」。1964年の映画館名簿では「平和館」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
高田文化劇場
所在地 : 新潟県高田市大町2丁目(1953年・1955年)、新潟県高田市大町3丁目(1960年・1963年)
開館年 : 1941年2月
閉館年 : 1963年頃
地図 : 「消えた映画館の記憶地図」上越市高田地区付近
1953年・1955年・1960年・1963年の映画館名簿では「高田文化劇場」。1964年・1966年の映画館名簿には掲載されていない。最寄駅はえちごトキめき鉄道妙高はねうまライン高田駅。

1941年(昭和16年)2月、「大漁座」の経営者が交代し、常設映画館の「文化劇場」となった。1948年には大町2丁目に文化劇場の新館が新築され、仲町3丁目の旧館は「高田中央劇場」となった。これによって4館の常設映画館ができた。1954年(昭和29年)現在の高田市の映画館は、松竹館(松竹)、高田シネマ(東宝・新東宝)、文化劇場(大映)、中劇(東映)の4館である。*6
越後座/銀座映画劇場/直江津銀座映画劇場/直江津銀座劇場
所在地 : 新潟県直江津市中島区1066(1955年)、新潟県直江津市天王町1066(1960年・1963年)、新潟県直江津市天王町1128(1966年)、新潟県直江津市天王町(1969年)
開館年 : 1932年8月
閉館年 : 1969年以後1973年以前
地図 : 「消えた映画館の記憶地図」上越市直江津地区付近
『全国映画館総覧 1955』によると1932年8月開館。1955年・1960年の映画館名簿では「直江津銀座劇場」。1963年の映画館名簿では「銀座映画劇場」。1966年の映画館名簿では「直江津銀座映画劇場」。1969年の映画館名簿では「直江津銀座劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。直江津第一劇場の通りを北に向かうと右手にあったらしい。最寄駅はJR信越本線・えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン直江津駅。
電気館/松竹館/高田シネマ/高田シネマ・高田ムービータイム
所在地 : 新潟県高田市本町2-82(1953年・1955年)、新潟県高田市本町2丁目(1960年・1963年)、新潟県高田市本町3丁目(1966年)、新潟県高田市本町2-82(1969年)、新潟県上越市本町2-2-27(1973年・1976年・1980年・1985年)
開館年 : 1936年(松竹館)、1946年(高田シネマ)
閉館年 : 1985年以後1990年以前
地図 : 「消えた映画館の記憶地図」上越市高田地区付近
1950年・1953年・1955年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1976年の映画館名簿では「高田シネマ」。1980年・1985年の映画館名簿では「高田シネマ・高田ムービータイム」(2館)。1984年の住宅地図では「高田シネマムービータイム」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は1993年竣工の「ライオンズマンション高田」。最寄駅はえちごトキめき鉄道妙高はねうまライン高田駅。

1936年(昭和11年)には「電気館」が「松竹館」に改称して松竹系統となった。1946年(昭和21年)には松竹館が「高田シネマ」に改称し、東宝系統となって1954年現在に至っている。経営者は齋藤武。*7
直江津東映劇場/直江津東映
所在地 : 新潟県直江津市住吉町115(1960年・1963年)、新潟県直江津市住吉町115(1966年)、新潟県直江津市住吉町115(1969年)、新潟県上越市住吉町115(1973年・1976年・1980年)、新潟県上越市住吉町2-11(1985年・1990年)
開館年 : 1956年
閉館年 : 1990年以後1993年以前
地図 : 「消えた映画館の記憶地図」上越市直江津地区付近
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「直江津東映」。1966年・1969年・1973年・1976年・1980年の映画館名簿では「直江津東映劇場」。1984年の住宅地図では「直江津東映劇場」。1985年・1990年の映画館名簿では「直江津東映」。1995年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「小林医院」「すみよし調剤薬局」から道路を挟んで北側、直江津郵便局敷地内?にある倉庫のような建物。最寄駅はJR信越本線・えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン直江津駅。
直江津座/第一劇場/直江津日活第一劇場/直江津第一劇場
所在地 : 新潟県直江津市中島区1166(1955年)、新潟県直江津市天王町1166(1960年・1963年)、新潟県直江津市天王町(1966年・1969年)、新潟県上越市中央3-1106(1973年)、新潟県上越市中央3-1-6(1976年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年・2002年)
開館年 : 1951年
閉館年 : 2002年以後2005年以前
地図 : 「消えた映画館の記憶地図」上越市直江津地区付近
1955年・1960年の映画館名簿では「直江津第一劇場」。1963年の映画館名簿では「第一劇場」。1966年の映画館名簿では「直江津日活第一劇場」。1969年・1973年・1976年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「直江津第一劇場」。2002年の映画館名簿では鉄筋3階、250席、経営会社が株式会社第一娯楽センター、経営者・支配人ともに中島裕司、成人映画を上映。1984年の住宅地図では「第一娯楽センター」とあり、1階は焼き鳥店、2階は劇場、3階は麻雀店。2013年に建物が取り壊された。2005年の映画館名簿には掲載されていない。晩年は成人映画館。跡地は2014年3月竣工のアパート「ラ・ルジュ・アン」。最寄駅はJR信越本線・えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン直江津駅。
高田中央劇場/高田中央劇場・高田東映/高田中央劇場・高田東映劇場/高田中劇1・2
所在地 : 新潟県高田市仲町3丁目(1955年・1960年・1963年・1966年)、新潟県高田市仲町3-236(1969年・1973年)、新潟県上越市仲町3-5-12(1976年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1948年
閉館年 : 2006年9月
地図 : 「消えた映画館の記憶地図」上越市高田地区付近
1955年の映画館名簿では「高田中央劇場」。1960年・1963年・1966年の映画館名簿では仲町3丁目に「高田中央劇場」と「高田東映劇場」。1969年・1973年の映画館名簿では仲町3-234に「高田東映劇場」で仲町3-236に「高田中央劇場」。1976年・1980年・1985年の映画館名簿では「高田中央劇場・高田東映劇場」。1984年の住宅地図では中劇会館とあり、1階は中劇東映、2階は会議室、3階は中央ボウル。1990年の映画館名簿では「高田中央劇場・高田東映」。1995年の映画館名簿では「高田中央劇場・高田東映劇場」。2000年の映画館名簿では「高田中劇1・2」(2館)。2005年の映画館名簿には掲載されていない。2013年末から2014年初頭に高田中劇会館が取り壊され、2018年時点で跡地は空き地。高田中央劇場を運営していた金子興業は、2004年に上越地方初のシネコンである「JMAX THEATER 上越」を開館させており、また2016年には「JMAX THEATER とやま」を開館させて県外進出している。最寄駅はえちごトキめき鉄道妙高はねうまライン高田駅。

2012年8月現在、新潟県上越市仲町3の高田中劇会館跡に5階建ての温浴複合施設を建設する計画が暗礁に乗り上げている。事業主体の中心となる金子興業は、富山市にシネコンのジェイマックスシアター富山を建設する予定であり、富山市での事業が進捗するまでは上越市の事業に着手できないという。また、2013年度に予定していた国の補助金がなくなることも決まっていた。*8
高田松竹館/高田大映/高田映画劇場/テアトル高田/高田日活/高田世界館
所在地 : 新潟県高田市本町6丁目(1953年・1955年)、新潟県高田市本町6-51(1960年)、新潟県高田市本町6丁目(1963年・1966年)、新潟県高田市本町6-51(1969年・1973年)、新潟県上越市本町6-4-21(1976年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年・2005年・2010年)
開館年 : 1911年11月
閉館年 : 営業中
地図 : 「消えた映画館の記憶地図」上越市高田地区付近
Wikipedia : 高田世界館
1953年頃に高田松竹館に改称。1953年・1955年・1960年の映画館名簿では「高田松竹館」。1962年に高田映画劇場に改称。1963年・1966年の映画館名簿では「高田映画劇場」。1969年・1973年の映画館名簿では「テアトル高田」。1975年に高田日活に改称。1976年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年・2005年・2010年の映画館名簿では「高田日活」。2009年3月31日に高田日活としては閉館。2009年6月24日に高田世界館として営業再開。2015年の映画館名簿には掲載されていない。最寄駅はえちごトキめき鉄道妙高はねうまライン高田駅。

1933年(昭和8年)には「世界館」が「高田東宝映画劇場」に改称した。戦後の1946年(昭和21年)には「高田セントラルシネマ」に改称して洋画専門館になった。1948年(昭和23年)12月には松竹映画会社の系統となり、「松竹館」に改称して1954年(昭和29年)現在に至っている。経営者は熊谷兼市。*9

「高田世界館」に言及している書籍として、中馬聰『映画館 中馬聰写真集』リトルモア、2015年がある。*10

「西尾劇場」、「高田日活」、「豊岡劇場」に言及している雑誌記事として高田京子「human INTEREST レトロを訪ねる 映画館編」『週刊新潮』2007年3月15日号がある。現物は未確認。*11

「高田世界館」に言及している雑誌記事として「ローカルキャリアのつくり方 試みは高田の文化・歴史の更新、そして再定義 日本最古級の減益映画館『高田世界館』の支配人」『ソトコト』2018年6月号がある。現物は未確認。*12

「高田世界館」に言及している雑誌記事として「知られざるニッポンの風景 18回 高田世界館」『ノジュール』2013年4月号がある。現物は未確認。*13

「高田世界館」に言及している雑誌記事として門田恭子「ぶらりわが街 大人の散歩 294回 上越 100年の歴史を刻んだ映画館」『週刊文春』2009年3月19日号がある。現物は未確認。*14
J-MAXシアター
所在地 : 新潟県上越市富岡3524(2005年・2010年・2015年)
開館年 : 2004年6月26日
閉館年 : 営業中
地図 : 「消えた映画館の記憶地図」JMAX THEATER 上越付近
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2005年・2010年・2015年の映画館名簿では「J-MAXシアター1-8」(8館)。上越地方初のシネコン。最寄駅はえちごトキめき鉄道妙高はねうまライン春日山駅。

2004年6月26日、上越市富岡に「J-MAXシアター」が開館する。8スクリーンを有し、座席数は最大で312席。上越地方初のシネコンであり、新潟県では5施設目のシネコンである。経営は上越市の金子興業。長野県や富山県の一部、柏崎市も商圏に見込んでいる。*15