消えた映画館の記憶 - 鹿児島市の映画館

鹿児島市

鹿児島市中心部

公楽劇場
所在地 : 鹿児島県鹿児島市下荒田町153(1960年)
開館年 : 1958年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1960年の映画館名簿では「公楽劇場」。
鹿児島上町東映/上町映劇
所在地 : 鹿児島県鹿児島市恵美須町46(1958年)、鹿児島県鹿児島市恵美須町48(1960年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1958年の映画館名簿では「鹿児島上町東映」。1960年の映画館名簿では「上町映劇」。
大松映劇
所在地 : 鹿児島県鹿児島市易居町45(1960年)
開館年 : 1958年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1960年の映画館名簿では「大松映劇」。
朝日映劇
所在地 : 鹿児島県鹿児島市草牟田町448(1960年)
開館年 : 1958年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後1963年以前
1960年の映画館名簿では「朝日映劇」。
日東映画劇場/日東映劇
所在地 : 鹿児島県鹿児島市天文館通(1950年)、鹿児島県鹿児島市山之口町4(1953年・1955年・1960年)
開館年 : 1947年7月
閉館年 : 1960年以後1963年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1947年7月開館。1950年の映画館名簿では「日東映画劇場」。1953年の映画館名簿では「日東映劇」。1955年の映画館名簿では「日東映画劇場」。1960年の映画館名簿では「日東映劇」。
新世界映画劇場/新世界映劇
所在地 : 鹿児島県鹿児島市武町570(1955年・1958年・1960年)
開館年 : 1953年8月
閉館年 : 1960年以後1963年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1953年8月開館。1955年・1958年の映画館名簿では「新世界映画劇場」。1960年の映画館名簿では「新世界映劇」。
オリオン映画劇場/第二文化映劇/第二文化劇場
所在地 : 鹿児島県鹿児島市山之口町21(1958年・1960年・1963年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1958年の映画館名簿では「オリオン映画劇場」。1960年の映画館名簿では「第二文化映劇」。1963年の映画館名簿では「第二文化劇場」。
鹿児島市中央公民館
所在地 : 鹿児島県鹿児島市山下町(1963年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1963年の映画館名簿では「鹿児島市中央公民館」。
伊敷映劇
所在地 : 鹿児島県鹿児島市伊敷町(1963年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1963年の映画館名簿では「伊敷映劇」。
鴨池東映
所在地 : 鹿児島県鹿児島市郡元町248-1(1958年)、鹿児島県鹿児島市郡元町2481(1960年・1963年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「鴨池東映」。
西駅東映/鹿児島西駅日活劇場
所在地 : 鹿児島県鹿児島市武町315(1960年・1963年・1966年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1963年の映画館名簿では「西駅東映」。1966年の映画館名簿では「鹿児島西駅日活劇場」。
みなみ東映/鹿児島みなみ東映劇場
所在地 : 鹿児島県鹿児島市塩屋町214(1963年・1966年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1963年の映画館名簿では「みなみ東映」。1966年の映画館名簿では「鹿児島みなみ東映劇場」。
ナポリ座/鹿児島ナポリ座
所在地 : 鹿児島県鹿児島市山之口町121(1960年・1963年)、鹿児島県鹿児島市山之口町8-20(1966年・1969年)
開館年 : 1958年以後1960年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
1960年・1963年の映画館名簿では「ナポリ座」。1966年・1969年の映画館名簿では「鹿児島ナポリ座」。
日活銀座/鹿児島日活劇場
所在地 : 鹿児島県鹿児島市山之口町5(1958年・1960年・1963年)、鹿児島県鹿児島市千日町15-15(1966年・1969年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「日活銀座」。1966年・1969年の映画館名簿では「鹿児島日活劇場」。
日本劇場(武町)/鹿児島日劇東映劇場
所在地 : 鹿児島県鹿児島市武町299(1960年・1963年・1966年・1969年)
開館年 : 1959年2月28日
閉館年 : 1969年以後1973年以前
1960年・1963年の映画館名簿では「日本劇場」。1966年・1969年の映画館名簿では「鹿児島日劇東映劇場」。

1959年2月28日、鹿児島市武町に「日本劇場」が開館した。西鹿児島駅前にあり、鹿児島興行の直営。工費1500万円。オープニング作品は『嵐を呼ぶ友情』と『雪女の足跡』。建坪3960平方メートル、木造2階建て、客席定員350。系統は邦画および洋画の再映。*1
セントラル映劇/セントラル映画劇場/東映センター/鹿児島東映センター劇場
所在地 : 鹿児島県鹿児島市東千石町65(1953年・1955年)、鹿児島県鹿児島市東千石町63(1958年)、鹿児島県鹿児島市東千石町65(1960年・1963年)、鹿児島県鹿児島市東千石町9-2(1966年・1969年)
開館年 : 1946年10月17日
閉館年 : 1970年7月26日
『全国映画館総覧 1955』によると1946年11月開館。1953年の映画館名簿では「セントラル映劇」。1955年・1958年の映画館名簿では「セントラル映画劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「東映センター」。1966年・1969年の映画館名簿では「鹿児島東映センター劇場」。
天文館劇場/鹿児島天文館劇場
所在地 : 鹿児島県鹿児島市船津町52(1960年・1963年)、鹿児島県鹿児島市千日町12-23(1966年・1969年)
開館年 : 1959年9月1日
閉館年 : 1971年1月31日
1960年・1963年の映画館名簿では「天文館劇場」。1966年・1969年の映画館名簿では「鹿児島天文館劇場」。
日本劇場/鹿児島東映/鹿児島東映劇場(旧)
所在地 : 鹿児島県鹿児島市山之口町6(1958年・1960年・1963年)、鹿児島県鹿児島市千日町7-4(1966年・1969年)
開館年 : 1950年3月31日(日本劇場)、1955年1月1日(鹿児島東映)
閉館年 : 1972年7月13日(移転)
『全国映画館総覧 1955』によると1950年4月開館。1953年・1955年の映画館名簿では「日本劇場」。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「鹿児島東映」。1966年・1969年の映画館名簿では「鹿児島東映劇場」。
鹿児島南国ショー劇場
所在地 : 鹿児島県鹿児島市山之口町7-3(1973年)
開館年 : 1970年8月1日
閉館年 : 1974年11月20日
上町東映/鹿児島上町東映劇場
所在地 : 鹿児島県鹿児島市小川町72(1960年)、鹿児島県鹿児島市小川町73(1963年・1966年・1969年・1975年・1977年)
開館年 : 1958年以後1960年以前
閉館年 : 1977年頃
1960年・1963年の映画館名簿では「上町東映」。1966年・1969年の映画館名簿では「鹿児島上町東映劇場」。
鹿児島大劇/鹿児島大劇場
所在地 : 鹿児島県鹿児島市山之口町87(1958年・1960年・1963年)、鹿児島県鹿児島市山之口町8-30(1966年・1969年・1973年・1975年・1978年)
開館年 : 1956年10月8日
閉館年 : 1979年6月27日
1958年・1960年の映画館名簿では「鹿児島大劇」。1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「鹿児島大劇場」。
南映劇場/鹿児島南映劇場/鹿児島日活南映劇場/鹿児島南映(旧)
所在地 : 鹿児島県鹿児島市山之口町99(1958年・1960年・1963年)、鹿児島県鹿児島市山之口町7-13(1966年・1969年・1973年・1985年年)
開館年 : 1956年7月3日
閉館年 : 1984年2月29日(移転)
1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「南映劇場」。1966年・1969年の映画館名簿では「鹿児島南映劇場」。跡地は「南映ビル」。
南映劇場(新)
所在地 : 鹿児島県鹿児島市千日町
開館年 : 1984年3月1日(移転)
閉館年 : 1987年9月30日
第一映画劇場/松竹第一映画劇場/松竹第一映劇/鹿児島松竹第一映劇(旧)
所在地 : 鹿児島県鹿児島市東千石町(1950年)、鹿児島県鹿児島市東千石町66(1953年・1955年・1958年・1960年・1963年)、鹿児島県鹿児島市東千石町1-24(1966年・1969年・1973年・1975年・1978年)
開館年 : 1946年9月
閉館年 : 1978年以後1980年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1946年9月開館。1950年の映画館名簿では「第一映画劇場」。1953年の映画館名簿では「第一映劇」。1955年の映画館名簿では「第一映画劇場」。1958年の映画館名簿では「松竹第一映画劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「松竹第一映劇」。1966年の映画館名簿では「鹿児島松竹第一映画劇場」。1969年・1973年・1975年・1978年の映画館名簿では「鹿児島松竹第一映劇」。1980年の映画館名簿には掲載されていない。
第一小劇/第一小劇場/鹿児島第一小劇場/鹿児島松竹第一映劇(新)
所在地 : 鹿児島県鹿児島市千石町(1950年)、鹿児島県鹿児島市東千石町65(1953年・1955年・1958年・1960年・1963年・1966年)、鹿児島県鹿児島市東千石町10-10(1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年)
開館年 : 1948年9月、1960年頃(建て替え)
閉館年 : 1988年9月5日
『全国映画館総覧 1955』によると1948年9月開館。1950年の映画館名簿では「第一小劇場」。1953年の映画館名簿では「第一小劇」。1955年・1958年の映画館名簿では「第一小劇場」。1959年10月焼失。1960年・1963年の映画館名簿では「第一小劇場」。1966年・1969年・1973年・1975年・1978年の映画館名簿では「鹿児島第一小劇場」。1980年・1985年の映画館名簿では「鹿児島松竹第一映劇」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。
鹿児島有楽座/鹿児島有楽座・鹿児島ロマン劇場/鹿児島有楽座・鹿児島にっかつ/鹿児島有楽座・ロッポニカ鹿児島
所在地 : 鹿児島県鹿児島市山之口町11-1(1969年・1980年・1985年・1990年)
開館年 : 1965年8月7日(有楽座)、1972年4月29日(地下館)
閉館年 : 1990年5月31日(地下館)、1990年8月31日(完全閉館)
1966年の映画館名簿には掲載されていない。1969年の映画館名簿では「鹿児島有楽座」。1980年の映画館名簿では「鹿児島有楽座・鹿児島ロマン劇場」(2館)。1985年の映画館名簿では「鹿児島有楽座・鹿児島にっかつ」(2館)。1990年の映画館名簿では「鹿児島有楽座・鹿児島ロマン」(2館)。1995年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「有楽ビル」。
鹿児島文化プラザ120・鹿児島文化プラザ80
所在地 : 鹿児島県鹿児島市東千石町2-12(1986年・1988年・1990年・1992年)
開館年 : 1985年頃
閉館年 : 1992年以後1995年以前
1985年の映画館名簿には掲載されていない。1986年・1988年・1990年・1992年の映画館名簿では「鹿児島文化プラザ120・鹿児島文化プラザ80」(2館)。1994年・1995年の映画館名簿には掲載されていない。
名画座/鹿児島名画座・鹿児島第二名画座/鹿児島名画座
所在地 : 鹿児島県鹿児島市上荒田町(1958年)、鹿児島県鹿児島市上荒田町2134(1960年)、鹿児島県鹿児島市上荒町2124(1963年)、鹿児島県鹿児島市上荒田町2134(1966年・1969年・1973年)、鹿児島県鹿児島市下荒田町3-27-20(1990年)、鹿児島県鹿児島市下荒田町(1985年)、鹿児島県鹿児島市下荒田3-27-20(1990年・1995年・1996年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1996年頃
1958年の映画館名簿では「鹿児島名画座」。1960年・1963年の映画館名簿では「名画座」。1966年の映画館名簿では「鹿児島名画座」。1969年の映画館名簿では「鹿児島名画座・鹿児島第二名画座」(2館)。1980年・1985年・1990年・1995年・1996年の映画館名簿では「鹿児島名画座」。1997年・1998年・2000年の映画館名簿には掲載されていない。
鹿児島東映劇場
所在地 : 鹿児島県鹿児島市千日町13-24(1990年)、鹿児島県鹿児島市千日町13-24 ホテルニューニシノ1階(2000年)
開館年 : 1973年8月3日(移転)
閉館年 : 2004年9月16日
1990年・2000年の映画館名簿では「鹿児島東映劇場」。2010年の映画館名簿には掲載されていない。ホテルニューニシノは現存。

1962年3月15日に東映会館が開館。鉄筋コンクリート造1790m2。地上3階・地下1階建。地下1階と1階が映画館。2階と3階はキャバレーエンパイア。2004年9月16日には閉館。東映九州最後の直営館だった。翌日の9月17日には西鹿児島駅前に鹿児島ミッテ10が開館している。
高島映画劇場/大映高島映劇/高島映劇/鹿児島大映高島劇場/鹿児島松竹高島劇場/鹿児島松竹高島・鹿児島ピカデリー/鹿児島松竹タカシマ1・2・3
所在地 : 鹿児島県鹿児島市山之口町16(1950年)、鹿児島県鹿児島市山之口町4(1953年・1955年・1958年・1960年・1963年)、鹿児島県鹿児島市千日町15-24(1966年・1969年・2005年)
開館年 : 1947年7月、1987年4月25日(ビル化)
閉館年 : 2005年5月5日
1950年の映画館名簿では「高島映画劇場」。1953年の映画館名簿では「高島映劇」。1955年の映画館名簿では「高島映画劇場」。1958年の映画館名簿では「大映高島映画劇場」。1960年の映画館名簿では「大映高島映劇」。1963年の映画館名簿では「高島映劇」。1966年・1969年の映画館名簿では「鹿児島大映高島劇場」。1990年・2000年の映画館名簿では「鹿児島ピカデリー・鹿児島松竹高島」(2館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はカラオケ店「コロッケ倶楽部鹿児島天文館店」などが入る「高島ビル」。

1954年の鹿児島市にあった「高島劇場」の写真あり。『続々十代の性典』の看板が見える。*2

1956年の鹿児島市にあった「大映高島映画劇場」の写真あり。「大映封切劇場」の文字が見える。同年の大映作品『滝の白糸』を上映している。*3

1987年4月25日に開館。2階がピカデリー、4階が松竹高島劇場。2000年8月には松竹高島劇場が3スクリーンの鹿児島松竹タカシマに。2005年5月5日に閉館した。*4
日南映画劇場/国際映画劇場/国際映劇/東洋映画劇場/富士館/文化劇場/鹿児島文化劇場/鹿児島文化劇場・鹿児島文化シネマ/鹿児島シネシティ文化1-6
所在地 : 鹿児島県鹿児島市山之口町(1950年)、鹿児島県鹿児島市山之口町6(1953年)、鹿児島県鹿児島市山之口町(1955年)、鹿児島県鹿児島市山之口町6(1958年・1960年・1963年)、鹿児島県鹿児島市千日町5-6(1966年・1969年・1973年・1975年・1980年・1985年・2005年)
開館年 : 1953年9月5日(文化劇場)、1988年7月23日(シネシティ文化)
閉館年 : 2006年6月5日
『全国映画館総覧 1955』によると1953年11月開館。1950年の映画館名簿では「国際映画劇場」。1953年の映画館名簿では「国際映劇」。1955年の映画館名簿では「富士館」。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「文化劇場」。1966年・1969年の映画館名簿では「鹿児島文化劇場」。1990年の映画館名簿では「鹿児島シネシティ文化1-4」(4館)。2000年の映画館名簿では「鹿児島シネシティ文化1-5」(5館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はネットカフェ「快活CLUB天文館通り店」などが入る「シネシティ文化ビル」。

2006年6月5日をもって、鹿児島市の天文館地区にある映画館「シネシティ文化」が休館した。2004年9月に鹿児島市中央町のアミュプラザに開館したシネコン「鹿児島ミッテ10」の影響で観客数が減少したため。シネシティ文化や鹿児島ミッテ10を経営する有楽興業によると、7月か8月に特別興行を行う予定。1957年に「鹿児島文化劇場」として開館した。6スクリーン計833席を有し、鹿児島ミッテ10が開館するまで鹿児島県最大の映画館だった。*5

2006年8月26日、鹿児島市千日町の映画館「シネシティ文化」跡地でフォーラム「鹿児島の映画文化を考える」が開催された。鹿児島市芸術文化協会とNPO法人かごしまアートネットワークが主催した。6月にはシネシティ文化が休館しており、10月には千日町の「鹿児島東宝」が閉館する予定。*6

福岡県の有楽興行は鹿児島県に進出し、1957年9月に富士館を文化劇場と改称して鹿児島の拠点とした。1959年に劇場を新築し、鹿児島市の洋画館として初めて冷房設備を設置した。文化劇場・銀ザシネマ・銀座劇場の洋画上映館3館は提携して番組編成を行っており、文化劇場はその要となった。1988年9月には約10億円を投じた地上7階・地下1階のシネシティビルが千日町天文館通りに完成し、4スクリーンの複合映画館「シネシティ文化」が開館。厳密にはシネコンの定義には当てはまらない。1990年6月には5スクリーンに増やし、2003年12月には6スクリーンに増やした。2004年にミッテ10が開館したことなどが理由で、2006年6月5日から休館し、10月7日には営業再開の断念を決定した。*7
帝国館/銀映座/銀映座・銀座劇場/東宝銀映座・新東宝銀座/鹿児島東宝銀映座・鹿児島銀座劇場/鹿児島東宝銀映・鹿児島東宝スカラ座・鹿児島銀座劇場/鹿児島東宝1・2・3
所在地 : 鹿児島県鹿児島市山之口町(1950年)、鹿児島県鹿児島市山之口町5(1953年・1955年・1960年・1963年)、鹿児島県鹿児島市千日町14-28(1966年・1969年・1980年・1985年・1990年・2005年)
開館年 : 1946年10月15日(銀映座)、1974年8月3日(東宝銀映座・新東宝銀座)、1995年7月1日(鹿児島東宝)
閉館年 : 2006年10月11日
1950年の映画館名簿では「東宝銀映座・銀座屋映画劇場」(2館)。1953年の映画館名簿では「銀映座・銀座映劇」(2館)。1955年の映画館名簿では「銀映座・銀座劇場」(2館)。1960年の映画館名簿では「東宝銀映座・新東宝銀座」(2館)。1963年の映画館名簿では「銀映座・銀座シネマ・銀座劇場」(3館)。1966年・1969年の映画館名簿では「鹿児島東宝銀映座・鹿児島銀座劇場」(2館)。1980年の映画館名簿では「鹿児島東宝銀映・鹿児島東宝スカラ座」(2館)。1985年の映画館名簿では「鹿児島銀座劇場・鹿児島東宝スカラ座」(2館)。1990年の映画館名簿では「鹿児島東宝銀座・鹿児島東宝スカラ座・鹿児島銀座劇場」(3館)。2000年の映画館名簿では「鹿児島東宝1・2・3」(3館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。

鹿児島市千日町にある映画館「鹿児島東宝」は3スクリーン計650席を有する。1964年に建物が完成した。受付にはスナック菓子・ポップコーン・パンフレットが並ぶガラスケースがある。*8

2006年10月11日には鹿児島市の映画館「鹿児島東宝」が閉館し、南九州随一の繁華街である天文館から映画館が姿を消す。天文館には1911年に常設映画館が開館し、最盛期には16の映画館がひしめいていた。2年前の時点ではシネシティ(6スクリーン)、鹿児島東映、松竹タカシマ(3スクリーン)、鹿児島東宝(3スクリーン)の4館計13スクリーンが営業していたが、JR鹿児島中央駅前のアミュプラザに開館したシネコン「鹿児島ミッテ10」の影響は大きく、まずは鹿児島東映と松竹タカシマが閉館し、2006年6月には天文館にある6スクリーンの映画館「シネシティ文化」も閉館していた。2006年10月14日には郊外に10スクリーンのTOHOシネマズ与次郎が開館するため、鹿児島東宝の閉館が決定した。*9

2006年10月、鹿児島市の天文館地区にある映画館「鹿児島東宝」が閉館する予定である。10月には与次郎地区のジャングルパーク跡地に10スクリーンの複合映画館が開館する予定であり、移転という形になる。3スクリーン計650席を有している。*10

2006年10月11日の『南日本新聞』には「鹿児島東宝」がこの日限りで閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*11

2006年10月11日をもって、鹿児島市の天文館地区にある映画館「鹿児島東宝」が休館した。天文館で最後の映画館だった。*12

2006年10月12日の『西日本新聞』には「鹿児島東宝」が閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*13

2006年10月12日の『南日本新聞』には「鹿児島東宝」が閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*14

1995年には東宝銀座が3スクリーンの鹿児島東宝に。鹿児島東宝は2004年10月14日をもって閉館。翌日には鹿児島市郊外にTOHOシネマズ与次郎が開館している。*15
鹿児島旭シネマ
所在地 : 鹿児島県鹿児島市中央町20-12(2010年)
開館年 : 1977年2月
閉館年 : 2017年9月30日
1990年・2000年・2010年の映画館名簿では「鹿児島旭シネマ」。晩年は鹿児島県唯一の成人映画館。

1977年2月、上町東映の経営者は西鹿児島駅周辺の平和通り(ベル通り)に西駅旭シネマを開館させた。西鹿児島駅周辺では久々の映画館だった。*16
鹿児島ミッテ10
所在地 : 鹿児島県鹿児島市中央町1-1 アミュプラザ鹿児島6階
開館年 : 2004年9月17日
閉館年 : 営業中
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2010年の映画館名簿では「鹿児島ミッテ10 1-10」(10館)。10スクリーンのシネコン。

2004年9月17日、鹿児島市の鹿児島中央駅ビル「アミュプラザ鹿児島」6階にシネコン「ミッテ10」が開館する予定。10スクリーン計1922席を有し、鹿児島県では初めて全席指定の映画館となる。経営はティ・ジョイ シネシティ鹿児島。東映系のティ・ジョイと鹿児島市でシネシティ文化を経営する有楽興業が出資している。九州における東映系のシネコンは大分市と北九州市に次いで3サイト目である。最大のスクリーンは縦14m8メートル×横6.1メートル。*17

2004年9月15日、鹿児島市の鹿児島中央駅ビル6階に完成したシネコン「ミッテ10」の内覧会が開催され、父親が鹿児島出身だという女優の吉永小百合が訪れた。10スクリーン計1922席を有し、鹿児島県では初めて全席指定の映画館となる。*18

2004年3月には九州新幹線の新八代駅=鹿児島中央駅間が開業。同年9月には鹿児島中央駅ビルに隣接して複合商業施設「アミュプラザ鹿児島」が開業し、6階にシネコン「鹿児島ミッテ10」が開館。10スクリーン計1922席。東映の子会社と有楽興行の合弁会社が運営。*19
TOHOシネマズ与次郎
所在地 : 鹿児島県鹿児島市与次郎1-11-1 フレスポジャングルパーク内
開館年 : 2006年10月14日
閉館年 : 営業中
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2010年の映画館名簿では「TOHOシネマズ与次郎1-10」(10館)。
ガーデンズシネマ
所在地 : 鹿児島県鹿児島市呉服町6-5 マルヤガーデンズ7階
開館年 : 2010年4月4日
閉館年 : 営業中
2010年の映画館名簿には掲載されていない。
天文館シネマパラダイス
所在地 : 鹿児島県鹿児島市東千石町19‐1 LAZO表参道3階
開館年 : 2012年5月3日
閉館年 : 営業中
2010年の映画館名簿には掲載されていない。7スクリーン計875席のシネコン。

旧谷山市

谷山座/谷山座映画劇場/谷山座映劇
所在地 : 鹿児島県鹿児島郡谷山町松崎(1958年)、鹿児島県谷山市上福元町4837(1963年)
開館年 : 1926年2月
閉館年 : 1963年以後1966年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1926年2月開館。1955年の映画館名簿では「谷山座」。1958年の映画館名簿では「谷山座映画劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「谷山座映劇」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
谷山東映
所在地 : 鹿児島県鹿児島郡谷山町(1958年)、鹿児島県谷山市上福元4119(1960年)、鹿児島県谷山市上福元町429(1963年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「谷山東映」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。経営者は俳優の島津雅彦の父。