日本の映画館の総合データベースです。

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港区

港区の映画館
1922年時点で、名古屋市旧南区には劇場5館、活動常設館2館、諸劇場2館があった。このうち港区には、活動常設館の港館と、諸劇場の千鳥座があり、いずれも築地にあった。*1

1949年4月現在の名古屋市南部の映画館・演劇場は以下の通り。熱田区澤上町の「熱田映画劇場」。中川区西日置町2-17の「日置劇場」。中川区尾頭本通1-9の「尾頭劇場」。中川区下之一色町東ノ切の「一色劇場」。南区城下町の「笠寺松竹劇場」。南区豊門町3-7の「内田橋劇場」。南区笠寺町の「観音劇場」。港区真砂町の「築地劇場」。港区真砂町の「港新松竹劇場」。瑞穂区堀田通8-35の「堀田劇場」。瑞穂区大喜新町1-8の「曙劇場」。*2

港まちポットラックビル(旧京屋ビル)のオーナーである伊藤京次は、港区真砂町に生まれ育った。商店街には映画館の看板がかかっており、映画館内の売店では駄菓子を買った。港会館、築地劇場、名港文化の3館があった。*3

座布団を持参して家族総出で港劇場や築地劇場を訪れた逸話がある。*4
名港映画劇場
所在地 : 愛知県名古屋市港区元町3(1943年)
開館年 : 1930年以前
閉館年 : 1943年以後1947年以前

港館
所在地 : 愛知県名古屋市港区浜町3(1943年)
開館年 : 1930年以前
閉館年 : 1943年以後1947年以前

東海会館/東海映画劇場
所在地 : 愛知県名古屋市港区七番町5-12(1964年)
開館年 : 1957年頃
閉館年 : 1964年頃
跡地は「愛名保育園」の道路を挟んで南側にある2001年竣工のマンション「フィレンツェ七番」。最寄駅は名古屋市営地下鉄名港線東海通駅。

港会館/港東映/名古屋港会館
所在地 : 愛知県名古屋市港区宝来町4-1(1971年)
開館年 : 1947年
閉館年 : 1971年頃
跡地はパチンコ店「以波橋」がある「橋元ビル」の建物と東側の以波橋駐車場。最寄駅は名古屋市営地下鉄名港線築地口駅。

稲永シネマ/稲永東映/稲永劇場
所在地 : 愛知県名古屋市港区錦町3-19(1971年)
開館年 : 1959年頃
閉館年 : 1971年頃
跡地は美容室ラボンテがある「錦町ビルディング」。最寄駅はあおなみ線稲永駅。


1963年5月1日付『中部日本新聞』朝刊の上映作品案内には「稲永」として掲載されているが、1964年12月31日付『中部日本新聞』朝刊の上映作品案内には掲載されていない。1964年以降も営業していたはずだが掲載されていない理由は不明。
築港劇場/築地松竹/名古屋築地劇場/築地劇場
所在地 : 愛知県名古屋市港区名港1-13-18(1980年)
開館年 : 1930年
閉館年 : 1981年頃
跡地は場外舟券発売場「ポートピア名古屋」建物南西部。最寄駅は名古屋市営地下鉄名港線築地口駅。


1956年の写真あり。1930年に港区に開館した「築地劇場」は、周辺では数少ない鉄筋建築物だった。邦画の松竹作品と日活作品のほかに洋画も上映した。*5
名港日活/名港文化/名港文化劇場
所在地 : 愛知県名古屋市港区名港1-13-18(1980年)
開館年 : 1958年頃
閉館年 : 1982年頃(映画館)、1993年3月30日(ストリップ劇場)
跡地は場外舟券発売場「ポートピア名古屋」建物南西部。最寄駅は名古屋市営地下鉄名港線築地口駅。


1963年5月1日付『中部日本新聞』朝刊の上映作品案内には「築地」しか掲載されていないが、1964年12月31日付『中部日本新聞』朝刊の上映作品案内には「築地」と「名港文化」が掲載されており、両館を合わせて「名港娯楽街」としている。

1980年時点では築地劇場と同一地点。サンポートビル(京屋デパート)5階。晩年はストリップ劇場。1989年4月に名港別世界ミュージックから名港文化に改称したとされる。1993年3月30日に閉館したとされる。2002年時点で5階はスーパーマーケットのおもちゃ売場であり、この階のトイレが男子専用であることだけが劇場時代の名残。2006年にはサンポートビルの跡地に競艇場外発売場のボートピア名古屋が開店した。

1988年12月14日、港警察署は職業安定法違反の疑いで「名古屋プロモート社長」の暴力団幹部の近村宏樹を逮捕した。「ジャパゆきさん」と呼ばれるフィリピン人女性30数人を愛知県内などのストリップ劇場にダンサーとして斡旋し、稼ぎをピンはねしていた。11月初頭、港区名港1丁目のストリップ劇場「名港ニュー別世界」に18歳のフィリピン人少女を本番ショーのダンサーとして紹介。10日間興行の給料17万円のうち、5万円を手数料として取っていた疑い。*6

1989年4月、名古屋市の「名港ミュージック」が「名港文化」に改称した。*7

1992年6月2日までに、愛知県警察保安課と港警察署は売春防止法違反(場所提供)の疑いで、港区名港1のストリップ劇場「名港文化」の経営者江口康和容疑者と従業員2人の3人を逮捕して送検した。劇場内のステージの一角に「ピンクコーナー」と呼ぶ個室を作り、公演中のストリッパーと客に個室で売春をさせて売春料を取っていた疑い。直接の逮捕容疑は、5月22日と29日に、40歳と48歳のストリッパー2人が3人の会社員を相手に売春をしていたこと。6人のストリッパーのうち3人と売春契約を結び、1日6回の公演ごとに客に1回3500円の売春チケットを販売。このうち、1000円をストリッパーに支払っていた。江口容疑者は「売春でもしないと、場末の劇場には客が集まらない」と話しているという。*8
ポートシネマ
所在地 : 愛知県名古屋市港区名港1-13-18(1987年)
開館年 : 1981年頃
閉館年 : 1989年頃
跡地は場外舟券発売場「ポートピア名古屋」建物南西部。最寄駅は名古屋市営地下鉄名港線築地口駅。

ヴァージンシネマズ名古屋ベイシティ/TOHOシネマズ名古屋ベイシティ
所在地 : 愛知県名古屋市港区品川町2-1-6 イオンモール名古屋みなと横(2020年)
開館年 : 1999年11月20日
閉館年 : 2020年11月30日
跡地は「ロジクロス名古屋みなと Amazon NGO3」北東100mの更地。最寄駅はあおなみ線荒子川公園駅。


1999年11月、名古屋市港区品川2丁目に「ジャスコベイシティ名古屋ショッピングセンター」が開店する予定であり、シネコン「ヴァージン・シネマズ名古屋ベイシティ」が併設される。12スクリーン・計2656席。旅客機のファーストクラス並みの座席や専用バーも設けた2スクリーンのプレミアスクリーンが設置される。*9

1999年11月20日、名古屋市港区品川町2-1-6に「ヴァージン・シネマズ名古屋ベイシティ」が開館した。12スクリーン計2656席。*10

東宝は2004年2月6日、買収したヴァージンシネマズ名古屋ベイシティをTOHOシネマズ名古屋ベイシティに改称させる。*11
イオンシネマ名古屋茶屋
所在地 : 愛知県名古屋市港区西茶屋2丁目11 イオンモール名古屋茶屋4階(2025年)
開館年 : 2014年6月27日
閉館年 : 営業中
最寄駅は近鉄名古屋線伏屋駅。

中川区

中川区の映画館
1949年4月現在の名古屋市南部の映画館・演劇場
熱田映画劇場--熱田区澤上町-------------木造2階建
日置劇場------中川区西日置町2-17------木造2階建
尾頭劇場------中川区尾頭本通1-9-------木造2階建
一色劇場------中川区下之一色町東ノ切--RC造2階建
笠寺松竹劇場--南区城下町---------------木造2階建
内田橋劇場----南区豊門町3-7-----------木造2階建
観音劇場------南区笠寺町---------------木造2階建
築地劇場------港区真砂町---------------RC造2階建
港新松竹劇場--港区真砂町---------------木造平屋建
堀田劇場------瑞穂区堀田通8-35--------木造2階建
曙劇場--------瑞穂区大喜新町1-8-------木造平屋建*12

1956年現在の中川区の映画館
尾頭パレス----1954年12月31日設立--木造2階建--建坪93.45坪--300人収容--洋画
日置劇場------1936年5月設立---------木造2階建--建坪127坪----446人収容--邦画
尾頭劇場------1946年4月21日設立----木造2階建--建坪120坪----408人収容--邦画
一色映画劇場--1921年設立------------RC造2階建--建坪120坪----390人収容--邦画*13

1956年現在の中川区には4館の映画館がある。一色映画劇場・尾頭劇場・日置劇場の3館が邦画上映館、尾頭パレスの1館が洋画上映館である。名古屋市中心部の映画館と比べて、邦画を上映する館の比率が高い。中川区では保守的で大衆的な作品を好む傾向がみられる。*14

1960年の映画館名簿における中川区の映画館
日置劇場--------中川区西日置町7-17----------木造2階建---450人収容
尾頭劇場--------中川区尾頭橋通り2-9---------木造平屋建--1320人収容
尾頭第一劇場----中川区尾頭橋通り2-35-------木造2階建---300人収容
一色映画劇場----中川区下之一色町東ノ切3----RC造2階建--390人収容
八幡映画劇場----中川区石場町4---------------木造平屋建---354人収容*15
常盤劇場
所在地 : 愛知県名古屋市中川区八熊町小屋畑(1943年)
開館年 : 1934年以後1936年以前
閉館年 : 1943年以後1947年以前

八幡劇場/東宝八幡劇場
所在地 : 愛知県名古屋市中川区西古渡町(1943年)
開館年 : 1934年以後1936年以前
閉館年 : 1943年以後1947年以前

尾須劇場
所在地 : 愛知県名古屋市中川区八幡本通り(1947年)
開館年 : 1943年以後1947年以前
閉館年 : 1947年以後1950年以前

自由劇場/伏見劇場
所在地 : 愛知県名古屋市中川区
開館年 : 不明
閉館年 : 不明


1953年の名古屋市にあった「伏見劇場」。尾頭橋には尾頭劇場のほかに、芝居・浪花節・漫才をかける「伏見劇場」もあるが繁盛していない。伏見劇場は1951年頃までは自由劇場という名称だったが、経営難により興行主が変わって伏見劇場となり、やや改善したらしい。伏見劇場は客席の前半分が畳である。*16
長良映画劇場
所在地 : 愛知県名古屋市中川区松葉町1-43(1963年)
開館年 : 1960年頃
閉館年 : 1963年頃
跡地は1977年竣工の「トキワハイツ」。最寄駅は近鉄名古屋線烏森駅。

尾頭パレス劇場/尾頭第一劇場/尾頭ミュージック
所在地 : 愛知県名古屋市中川区尾頭橋通2-35(1965年)
開館年 : 1954年12月31日
閉館年 : 1965年頃
跡地はマンション「バンベールNAGOYAフォレスタS」建物中央西側。最寄駅はJR東海道本線尾頭橋駅。


1956年発行の『中川区郷土史』。尾頭パレスは1954年12月31日設立。木造2階建て。建坪93.45坪。300人収容。大人50円。小人30円。洋画上映。30歳代が75%、20歳代が20%、その他が5%。*17

1963年5月1日付『中部日本新聞』朝刊の上映作品案内には掲載されておらず、1964年12月31日付『中部日本新聞』朝刊の上映作品案内にも掲載されていない。しがたって1963年1月から5月までに閉館した可能性がある。

1960年の八熊学区には、「尾頭映劇」(尾頭映画劇場)、「尾頭パレス」(尾頭第一劇場)、「八熊東映」(八熊文化)の3館の映画館があった。尾頭パレスは尾頭映画劇場のやや南にあった。1957年には既に開館しており、洋画中心の上映だった。後年にはミュージックホールや寄席にもなったが、1970年には既に廃業していた。*18
日置劇場
所在地 : 愛知県名古屋市中川区西日置町7-17(1967年)
開館年 : 1936年5月
閉館年 : 1967年頃
跡地は1997年竣工のマンション「メゾンサンウエスト」。最寄駅は名鉄名古屋本線山王駅。


1956年発行の『中川区郷土史』。日置劇場は1936年5月設立。木造2階建て。建坪127坪。446人収容。大人55円・小人20円。邦画上映。20歳代と30歳代が多いが、夜間は比較的女性が多い。*19

1956年5月の写真あり。西日置本通商店街の「日置劇場」は、戦前の1936年に開館した。買い物帰りの主婦や近くの紡織工場の労働者が主な観客であり、母親ものや東映の時代劇が人気だった。*20
尾頭松竹映画劇場/尾頭映画劇場/尾頭劇場/尾頭ロマンス劇場
所在地 : 愛知県名古屋市中川区尾頭橋通2-215(1970年)
開館年 : 1946年4月21日
閉館年 : 1968年頃
跡地は「ツルハドラッグ尾頭橋店」。最寄駅はJR東海道本線尾頭橋駅。


1956年発行の『中川区郷土史』。尾頭劇場は1946年4月21日設立。木造2階建て。建坪120坪。408人収容。大人80円・小人50円。邦画上映。20歳代が80%、30歳代+40歳代前半が18%。*21

1956年5月の「尾頭映劇」の写真あり。戦前の名古屋市電下之一色線は30分に1本であり、尾頭橋停留場付近にはウドン屋、カフェ、酒屋がパラパラと並んでいただけだったが、1956年時点では市電の乗降客と尾頭劇場があるために商店がぎっしりと立ち並んでいる。1947年に開館した尾頭劇場はいつでも満席である。床は土間であり隙間風やトイレの匂いも漂う。映画のクライマックスには拍手が起こる。*22

1950年の中川区にあった夜の「尾頭映劇」の写真あり。『ごろつき船』のポスターが映っている。大映作品の封切館である。*23

1952年現在の名古屋南部の「映画館その他」として、尾頭方面の三差路付近に「尾頭劇場」が、金山方面に「澤上館」が、築地口方面の名古屋港商店街に「築地劇場」と「ポート・ナゴヤ」が、雁道方面の雁道発展会にカッコつきで「牛巻館」が記されている。*24

1960年の八熊学区には、「尾頭映劇」(尾頭映画劇場)、「尾頭パレス」(尾頭第一劇場)、「八熊東映」(八熊文化)の3館の映画館があった。尾頭映劇は2025年現在のツルハドラッグ尾頭橋店の場所にあった。1947年創設であり、当初は封切館だったが、やがて二番館となった。1970年頃に廃業した。*25
八幡映画劇場/名古屋八幡劇場/八幡映劇
所在地 : 愛知県名古屋市中川区石場町4-45(1970年)
開館年 : 1955年12月
閉館年 : 1972年5月24日
跡地は五女子交差点北110mにある民家。最寄駅はJR東海道本線尾頭橋駅。


1956年の中川区尾頭橋にあった「八幡映画劇場」の写真あり。1955年12月、映画館激戦区の尾頭橋に開館した。上映作品は大映・日活・新東宝・松竹であり、時代劇や母子ものの人気が高かった。*26

1963年5月1日付『中部日本新聞』朝刊の上映作品案内には掲載されていないが、1964年12月31日付『中部日本新聞』朝刊の上映作品案内には「八幡」として掲載されている。1963年より前から存在したはずだが掲載されていない理由は不明。

1972年1月4日の『中日新聞』映画上映案内には「八幡」として掲載されており、『現代ポルノ伝』と『先天性淫婦』と『任侠列伝男』を上映している。*27

1972年5月24日午後4時5分頃、名古屋市中川区石場町4の空き家から出火し、北隣の映画館「八幡映劇」の壁と天井の一部を焼いた。八幡映劇は木造ブロック2階建て。20人の観客は無事だった。子どもが裏口から入ってろうそく遊びをしていたことが原因とみられる。*28
一色劇場/一色映画劇場/名古屋一色映画劇場
所在地 : 愛知県名古屋市中川区下之一色町東之切22(1969年)
開館年 : 1922年頃、1946年8月、1950年(映画館化)
閉館年 : 1971年以後1973年以前
跡地は「浅間社」拝殿北東40mにある駐車場。最寄駅は近鉄名古屋線伏屋駅。


中川区下之一色字東切には芝居小屋「桔梗屋」があった。*29

1922年5月25日、愛知郡下之一色町(現・中川区)の劇場「桔梗座」から出火し、桔梗座が全焼、16戸が焼失、5戸が半焼した。*30

1949年4月現在、名古屋市南部地域には11館の映画館・演芸場がある。熱田区沢上町の「熱田映画劇場」。中川区西日置町2-17の「日置劇場」。中川区尾頭本通1-9の「尾頭劇場」。中川区下之一色町東ノ切の「一色劇場」。南区城下町の「笠寺松竹劇場」。南区豊門町3-7の「内田橋劇場」。南区笠寺町の「観音劇場」。港区真砂町の「築地劇場」。港区真砂町の「港新松竹劇場」。瑞穂区堀田通8-35の「堀田劇場」。瑞穂区大喜新町1-8の「曙劇場」。一色劇場と築地劇場の2館は鉄筋コンクリート造、残りの9館は木造である。*31

1956年発行の『中川区郷土史』。一色映画劇場は1921年設立。太平洋戦争で被災。1946年営業再開。鉄筋コンクリート造2階建て。建坪120坪。390人収容。大人50円・中人40円・小人20円。邦画上映。17歳から20歳代が大半を占めるが、他館と比べると中学生が多く、中人料金があるのが特徴。*32

下之一色地区の娯楽施設としては映画劇場があった。氏神である浅間社の東の道を北に向かい、辻を東に廻った2軒目にあった。この劇場は1975年に建て替えを行ったが、その後失火で焼失した。建て替え前の客席には畳が敷かれ、映画や芝居の殿堂として下之一色地区の住民に親しまれていた。*33

2012年4月28日に下之一色の銀座通りを歩いてみると、呉服屋・文房具屋・美容院が現在も営業しており、その道先には映画館の廃墟があった。銀座通りを映画館跡手前で南に折れると、浅間神社がある。(※つまり2012年4月時点では一色映画劇場の建物が残っていた可能性がある)*34

1956年6月の「一色映画劇場」の写真あり。一色映画劇場は大正末期に演芸館として開館し、1950年に映画館に転身した。母親ものやチャンバラものが中心であり、当時の支配人は「『ローマの休日』もコケた」と語る。*35

1972年1月4日の『中日新聞』映画上映案内には掲載されておらず、中川区南部や港区の映画館は掲載範囲から外れている可能性がある。*36 1973年12月31日の『中日新聞』映画上映案内には掲載されておらず、中川区南部や港区の映画館は掲載範囲から外れている可能性がある。*37

1949年に一色劇場が開館した。*38
トキワ座/八熊東映/八熊文化劇場
所在地 : 愛知県名古屋市中川区八熊2-19-13(1993年)
開館年 : 1960年頃
閉館年 : 1993年
跡地は1995年竣工のマンション「ラ・ポート八熊苑」。最寄駅はJR東海道本線尾頭橋駅。


かつて佐屋街道には名古屋市電が走っていた。大正時代から芝居小屋兼演芸場「大正座」があり、「ガン正座」、「トキワ劇場」に改称した。*39

戦前の中川区の八幡連区では、八熊町2250番地に「雁正座」という劇場があった。*40

1960年の八熊学区には、「尾頭映劇」(尾頭映画劇場)、「尾頭パレス」(尾頭第一劇場)、「八熊東映」(八熊文化)の3館の映画館があった。八熊東映は2025年現在の八熊郵便局の北東すぐの場所にあった。大衆演劇場「ときわ座」があった場所に1960年頃に開館した。当初は第二東映の上映館だったが、後に日活上映館となった。1993年まで存在した記録がある。*41

1972年1月4日の『中日新聞』映画上映案内には掲載されておらず、中川区南部や港区の映画館は掲載範囲から外れている可能性がある。*42 1973年12月31日の『中日新聞』映画上映案内には掲載されておらず、中川区南部や港区の映画館は掲載範囲から外れている可能性がある。*43
昭和橋キネマ/昭和橋東映/昭和橋東映劇場
所在地 : 愛知県名古屋市中川区昭和橋通1-11(1995年)
開館年 : 1960年頃
閉館年 : 1995年? 1997年頃?
跡地は国道1号「昭和橋通1交差点」北西の月極駐車場。最寄駅はあおなみ線中島駅。


1930年には中川運河が全面開通し、昭和橋以南には鉄工街が発達した。中野新町では土地区画整理が他地域に先駆けて行われ、1934年から1940年にかけて相当数の貸家が建てられた。1935年には小学校分教場(1983年現在の昭和橋小学校)、1937年には昭和橋郵便局、1939年には名古屋市立工業高校、1944年には東海銀行昭和橋支店、1952年頃には昭和橋市場(1983年現在の昭和橋ストアー)、1958年頃には蜆橋市場(1983年現在の菊水ストアー)、1960年頃には「昭和橋映画館」が建てられた。*44

1972年1月4日の『中日新聞』映画上映案内には「昭和橋」として掲載されており、『シェーン』と『チャレンジャー』と『お前と俺』を上映している。*45 1973年12月31日の『中日新聞』映画上映案内には掲載されていないが理由は不明。*46
中川シネマ/中川コロナワールド/中川コロナシネマワールド
所在地 : 愛知県名古屋市中川区江松3-110(2025年)
開館年 : 1995年12月23日
閉館年 : 営業中
最寄駅は近鉄名古屋線伏屋駅。


小牧市に本社を置くコロナグループは、小牧市・春日井市・江南市・豊川市など、愛知県・岐阜県下で複合映画館を核とする複合レジャー施設を展開している。1995年12月23日、名古屋市中川区に「中川コロナシネマワールド」を、安城市に「安城コロナシネマワールド」を同時開館させる。コロナグループの集大成を目指した中川コロナワールドと安城コロナワールドの核となる部分であり、それぞれ10スクリーンを有する。中川コロナワールドは国道1号三日月橋西詰の江松交差点角に位置し、敷地面積は約2万平方メートルである。安城コロナワールドはJR安城駅から東1kmのフタバ産業跡地にあり、敷地面積は約4万平方メートル。いずれもシネコンを中心として、パチンコ店・ゲームセンター・カラオケボックス・ビデオ&CDレンタル店・外食店などを出店させ、さらに今まではなかったボウリング場や天然温泉も加える。これによってコロナグループのシネコンは9施設となり、57館の直営映画館を抱えることとなる。安城市には11年ぶりに映画館が復活することとなる。*47

1995年12月22日の広告。コロナグループは名古屋市中川区に中川コロナワールドを、安城市に安城コロナワールドをオープンさせる。中川コロナワールドでは、12月23日にはキャットアカデミーと中川コロナシネマWORLDがオープンする。12月25日にはパチンココロナがオープンする。12月28日には中川コロナワールドグランドオープンする。安城コロナワールドでは、12月22日にパチンココロナがオープンする。12月23日には中川コロナシネマWORLDがオープンする。1996年2月下旬には安城コロナワールドがグランドオープン予定である。*48

1995年12月23日、名古屋市中川区と安城市に国内最大級の複合レジャー施設「中川コロナシネマワールド」「安城コロナシネマワールド」を開館させる。コロナグループは小牧市・春日井市・江南市・一宮市・半田市・豊田市・豊川市・多治見市にレジャー施設を展開しているが、既存施設にはない天然温泉やボウリング場を加える。コロナグループ6社を率いる代表取締役は大塚定光(66)。父親から引き継いだ江南市の映画館「新盛館」を、パチンコ店などとの連結経営によってよみがえらせ、複数映画館を核とする複合レジャー施設井発展させた。愛知県・岐阜県下に9施設計57館の映画館を展開することとなる。*49

1995年から1996年のこのほど、コロナグループは名古屋市中川区に10館、安城市に10館を開館させた。愛知県と岐阜県で39館を経営している。*50

2014年4月25日から、東京都大田区平和島の映画館「シネマサンシャイン平和島」に「4DX」がお目見えした。『アメイジング・スパイダーマン2』から稼働する。「4DX」は韓国メーカーが開発し、2013年には名古屋市の映画館「中川コロナワールド」が全国に先駆けて導入した。首都圏ではシネマサンシャイン平和島が初登場となる。*51

2013年4月、名古屋市の映画館「中川コロナシネマワールド」に「4DX」が登場した。「4DX」は座席が動く上に、風・香り・ミスと・泡・煙など五感を刺激するアトラクション効果が楽しめる。アクション映画を中心に人気であり、土日や祝日は10代から30代を中心に満席になる日が増えたという。『アメイジング・スパイダーマン2』は全国の劇場別興行収入ランキングで1位になった週もある。コロナグループは中川に続いて、福岡県北九州市の「小倉コロナシネマワールド」、広島県福山市の「福山コロナシネマワールド」にも「4DX」を導入しており、2014年8月には「小田原コロナシネマワールド」にも導入する予定である。コロナ系列以外では、2014年4月に東京都の「サンシャイン平和島」に初導入された。*52

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