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hekikaicinema 2026年09月09日(水) 20:42:06履歴
所在地 : 静岡県富士市本町5(1963年)
開館年 : 1948年12月
閉館年 : 1963年頃
跡地は薬局「望月しょうせいどう」北側の「岳南タクシー富士本町のりば」。最寄駅はJR東海道本線・身延線富士駅。
1959年11月21日、富士市本町5-61の「富士大映」は大映直営館となった。木造2階建て。座席数212。大映直営館は35館となった。*1
開館年 : 1948年12月
閉館年 : 1963年頃
跡地は薬局「望月しょうせいどう」北側の「岳南タクシー富士本町のりば」。最寄駅はJR東海道本線・身延線富士駅。
1959年11月21日、富士市本町5-61の「富士大映」は大映直営館となった。木造2階建て。座席数212。大映直営館は35館となった。*1
所在地 : 静岡県富士市水戸島234(1963年)
開館年 : 1938年6月
閉館年 : 1964年頃
跡地は「水戸島山神社」東40mの「GUESTHOUSE富士と碧」。最寄駅はJR東海道本線・身延線富士駅。
1960年3月1日には第二東映が発足し、各地で第二東映上映館への転向が相次いでいる。静岡県では熱海市の「名画座」、三島市の「三島中央劇場」、沼津市の「東海劇場」、吉原市の「吉原オリオン座」、富士宮市の「ロマン座」、富士市の「富士東映劇場」、焼津市の「ヒカリ座」、島田市の「太陽館」、掛川市の「中央劇場」、磐田市の「スバル劇場」、浜松市の「浜松国際劇場」などが第二東映に転向した。*2
開館年 : 1938年6月
閉館年 : 1964年頃
跡地は「水戸島山神社」東40mの「GUESTHOUSE富士と碧」。最寄駅はJR東海道本線・身延線富士駅。
1960年3月1日には第二東映が発足し、各地で第二東映上映館への転向が相次いでいる。静岡県では熱海市の「名画座」、三島市の「三島中央劇場」、沼津市の「東海劇場」、吉原市の「吉原オリオン座」、富士宮市の「ロマン座」、富士市の「富士東映劇場」、焼津市の「ヒカリ座」、島田市の「太陽館」、掛川市の「中央劇場」、磐田市の「スバル劇場」、浜松市の「浜松国際劇場」などが第二東映に転向した。*2
所在地 : 静岡県吉原市富士岡町(1966年)
開館年 : 1953年8月
閉館年 : 1966年頃
吉永地区の劇場「富士岡館」の隣には、この地区におけるスーパーマーケットの先駆けとされる魚武があった。*3
開館年 : 1953年8月
閉館年 : 1966年頃
吉永地区の劇場「富士岡館」の隣には、この地区におけるスーパーマーケットの先駆けとされる魚武があった。*3
所在地 : 静岡県富士市和田町75(1974年)
開館年 : 1949年12月
閉館年 : 1974年頃
跡地は「和田町公民館」から道路を挟んで北側の分譲住宅地。最寄駅は岳南電車本吉原駅。
昭和30年代の富士市和田町2丁目にあった映画館「岳南劇場」の写真あり。*7
開館年 : 1949年12月
閉館年 : 1974年頃
跡地は「和田町公民館」から道路を挟んで北側の分譲住宅地。最寄駅は岳南電車本吉原駅。
昭和30年代の富士市和田町2丁目にあった映画館「岳南劇場」の写真あり。*7
所在地 : 静岡県富士市平垣261(1976年)
開館年 : 1921年4月
閉館年 : 1976年頃
跡地は有料駐車場「キネマパーキング」。閉館後の土地区画整理事業で道路割が大きく変化しているので参考程度に。最寄駅はJR東海道本線・身延線富士駅。
1976年の富士市仲町にあった映画館「富士キネマ」の写真あり。「Kinema」の文字が見える。この時点では成人映画の上映館であり、三本立て300円だった。最盛期には洋画の名画が上映されていた。*8
開館年 : 1921年4月
閉館年 : 1976年頃
跡地は有料駐車場「キネマパーキング」。閉館後の土地区画整理事業で道路割が大きく変化しているので参考程度に。最寄駅はJR東海道本線・身延線富士駅。
1976年の富士市仲町にあった映画館「富士キネマ」の写真あり。「Kinema」の文字が見える。この時点では成人映画の上映館であり、三本立て300円だった。最盛期には洋画の名画が上映されていた。*8
所在地 : 静岡県富士市本町14-19(1980年)
開館年 : 1957年2月17日
閉館年 : 1980年頃
跡地は「サンコーポ若草」建物西側。最寄駅はJR東海道本線・身延線富士駅。
1957年2月17日、富士市銀座通りに「若草劇場」が開館した。鉄筋造3階建て。2階と3階はスタジアム式。客席500。系統は大映と新東宝。経営は森山雅一社長の森山興行。支配人は森山貞二。*11
開館年 : 1957年2月17日
閉館年 : 1980年頃
跡地は「サンコーポ若草」建物西側。最寄駅はJR東海道本線・身延線富士駅。
1957年2月17日、富士市銀座通りに「若草劇場」が開館した。鉄筋造3階建て。2階と3階はスタジアム式。客席500。系統は大映と新東宝。経営は森山雅一社長の森山興行。支配人は森山貞二。*11
所在地 : 静岡県富士市吉原2-4-1(1989年)
開館年 : 1872年2月、1972年頃(ビル化)
閉館年 : 1989年頃
跡地は「静岡中央銀行吉原支店」東側の「杉山ビル」建物北側。最寄駅は岳南電車吉原本町駅。
1872年、吉原横町に鈴木清吉が常設娯楽施設「東座」を開いた。当初は歌舞伎や浪曲を上演していたが、大正時代には活動写真を上映するようになった。昭和初期には常設活動写真館となった。時期不明の東座の写真あり。*12
時期不明の吉原にあった「東座」の写真あり。1907年頃に鈴木清次郎が寄席小屋として建てた。1975年現在の富士市吉原本町2丁目にある東座の前身の建物である。*13
昭和30年代の富士市吉原本町4丁目にあった映画館「東座」の写真あり。1954年日本公開のアメリカ映画『赤い山』の看板が見える。*14
昭和30年代の富士市域にあった「東座」の写真あり。1954年日本公開のアメリカ映画『赤い山』の看板が見える。戦前の吉原では古い小屋で芝居や活動写真などが興行されており、戦後にはこれらの小屋が映画館となった。*15
開館年 : 1872年2月、1972年頃(ビル化)
閉館年 : 1989年頃
跡地は「静岡中央銀行吉原支店」東側の「杉山ビル」建物北側。最寄駅は岳南電車吉原本町駅。
1872年、吉原横町に鈴木清吉が常設娯楽施設「東座」を開いた。当初は歌舞伎や浪曲を上演していたが、大正時代には活動写真を上映するようになった。昭和初期には常設活動写真館となった。時期不明の東座の写真あり。*12
時期不明の吉原にあった「東座」の写真あり。1907年頃に鈴木清次郎が寄席小屋として建てた。1975年現在の富士市吉原本町2丁目にある東座の前身の建物である。*13
昭和30年代の富士市吉原本町4丁目にあった映画館「東座」の写真あり。1954年日本公開のアメリカ映画『赤い山』の看板が見える。*14
昭和30年代の富士市域にあった「東座」の写真あり。1954年日本公開のアメリカ映画『赤い山』の看板が見える。戦前の吉原では古い小屋で芝居や活動写真などが興行されており、戦後にはこれらの小屋が映画館となった。*15
所在地 : 静岡県富士市今泉1-3-6(2001年)
開館年 : 1956年
閉館年 : 2001年頃
跡地は静岡県道22号「和田町」交差点南西にある駐車場。最寄駅は岳南電車吉原本町駅。
1956年のこのほど、吉原市和田町に「吉原オリオン座」が開館した。経営は吉原市で「第二電気館」を経営する中井省吾。木造平屋建て、建坪120坪。椅子席300。上映系統は洋画。*16
1960年3月1日には第二東映が発足し、各地で第二東映上映館への転向が相次いでいる。静岡県では熱海市の「名画座」、三島市の「三島中央劇場」、沼津市の「東海劇場」、吉原市の「吉原オリオン座」、富士宮市の「ロマン座」、富士市の「富士東映劇場」、焼津市の「ヒカリ座」、島田市の「太陽館」、掛川市の「中央劇場」、磐田市の「スバル劇場」、浜松市の「浜松国際劇場」などが第二東映に転向した。*17
昭和40年代の富士市今泉1丁目にあった映画館「オリオン座」の写真あり。*18
昭和30年代の富士市和田町1丁目にあった映画館「オリオン座」の写真あり。「Orion」の看板がかかる。*19
1955年の「オリオン座」の写真あり(※1955年は誤りと思われる)。現在の富士市今泉1丁目にあった。「Orion」の看板がかかる。『赤胴鈴之助 月夜の怪人』の看板が見える。*20
昭和40年代の富士市にあった映画館「オリオン座」の写真あり。「洋画はオリオン」の文字が見え、1955年公開の『エデンの東』や1963年公開の『シャレード』のポスターが見える。*21
1956年秋の富士市の「富士オリオン座」では、ジャン・ギャバン主演のフランス映画『ヘッドライト』、ジェームズ・ディーン主演のアメリカ映画『エデンの東』、マリリン・モンロー主演のアメリカ映画『七年目の浮気』など、立て続けに洋画の話題作が上映された。地元紙「富士ニュース」には「連日満員、熱狂的人気」と報じられた。建物は2001年頃に解体された。*22
1965年5月26日の写真あり。スティーブ・マックイーン主演のアメリカ映画『ハイウェイ』、シルヴィ・ヴァルタン主演のフランス映画『アイドルを探せ』、アメリカ映画『若さでブッ飛ばせ!』の看板が見える。「オリオン座」が開館したのは昭和30年代であり、こけら落としは『有楽町で逢いましょう』だった。映画最盛期には上映を待つ親子連れが映画館の入り口から和田川の橋まで並んでいたこともある。*23
1966年頃のオリオン座の写真あり。*24
富士市の地図が掲載されており、富士裾野線と富士沼津線の交差点(和田交差点)南側の三角地帯に「オリオン座跡地」とある。*25
開館年 : 1956年
閉館年 : 2001年頃
跡地は静岡県道22号「和田町」交差点南西にある駐車場。最寄駅は岳南電車吉原本町駅。
1956年のこのほど、吉原市和田町に「吉原オリオン座」が開館した。経営は吉原市で「第二電気館」を経営する中井省吾。木造平屋建て、建坪120坪。椅子席300。上映系統は洋画。*16
1960年3月1日には第二東映が発足し、各地で第二東映上映館への転向が相次いでいる。静岡県では熱海市の「名画座」、三島市の「三島中央劇場」、沼津市の「東海劇場」、吉原市の「吉原オリオン座」、富士宮市の「ロマン座」、富士市の「富士東映劇場」、焼津市の「ヒカリ座」、島田市の「太陽館」、掛川市の「中央劇場」、磐田市の「スバル劇場」、浜松市の「浜松国際劇場」などが第二東映に転向した。*17
昭和40年代の富士市今泉1丁目にあった映画館「オリオン座」の写真あり。*18
昭和30年代の富士市和田町1丁目にあった映画館「オリオン座」の写真あり。「Orion」の看板がかかる。*19
1955年の「オリオン座」の写真あり(※1955年は誤りと思われる)。現在の富士市今泉1丁目にあった。「Orion」の看板がかかる。『赤胴鈴之助 月夜の怪人』の看板が見える。*20
昭和40年代の富士市にあった映画館「オリオン座」の写真あり。「洋画はオリオン」の文字が見え、1955年公開の『エデンの東』や1963年公開の『シャレード』のポスターが見える。*21
1956年秋の富士市の「富士オリオン座」では、ジャン・ギャバン主演のフランス映画『ヘッドライト』、ジェームズ・ディーン主演のアメリカ映画『エデンの東』、マリリン・モンロー主演のアメリカ映画『七年目の浮気』など、立て続けに洋画の話題作が上映された。地元紙「富士ニュース」には「連日満員、熱狂的人気」と報じられた。建物は2001年頃に解体された。*22
1965年5月26日の写真あり。スティーブ・マックイーン主演のアメリカ映画『ハイウェイ』、シルヴィ・ヴァルタン主演のフランス映画『アイドルを探せ』、アメリカ映画『若さでブッ飛ばせ!』の看板が見える。「オリオン座」が開館したのは昭和30年代であり、こけら落としは『有楽町で逢いましょう』だった。映画最盛期には上映を待つ親子連れが映画館の入り口から和田川の橋まで並んでいたこともある。*23
1966年頃のオリオン座の写真あり。*24
富士市の地図が掲載されており、富士裾野線と富士沼津線の交差点(和田交差点)南側の三角地帯に「オリオン座跡地」とある。*25
所在地 : 静岡県富士市吉原2-9-28(2002年)
開館年 : 1970年頃(移転)
閉館年 : 2002年頃
映画館の建物は茶舗「くぼた園」東側にあるパチンコ店「アミューズメントマカオ吉原店」廃墟として現存。最寄駅は岳南電車吉原本町駅。
2025年11月9日、富士市吉原で「めぐる吉原映画祭」が開催され、3会場で15作品が上映される。旧「吉原東映劇場」をメイン会場とし、吉原商店街や妙祥寺も会場とする。映画館の復活に向けた活動に取り組む今屋敷正成、「めぐる沼津映画祭」に携わった飯島充子らが実行委員会を組織した。*26
開館年 : 1970年頃(移転)
閉館年 : 2002年頃
映画館の建物は茶舗「くぼた園」東側にあるパチンコ店「アミューズメントマカオ吉原店」廃墟として現存。最寄駅は岳南電車吉原本町駅。
2025年11月9日、富士市吉原で「めぐる吉原映画祭」が開催され、3会場で15作品が上映される。旧「吉原東映劇場」をメイン会場とし、吉原商店街や妙祥寺も会場とする。映画館の復活に向けた活動に取り組む今屋敷正成、「めぐる沼津映画祭」に携わった飯島充子らが実行委員会を組織した。*26
所在地 : 静岡県富士市平垣270-10 ショッピングセンターパピー5階(2010年)
開館年 : 1998年12月19日
閉館年 : 2010年4月16日
跡地は「駅前センタービル」北60mの更地。最寄駅はJR東海道本線・身延線富士駅。
1998年12月中旬、JR富士駅前のショッピングセンター「パピー」に富士シネ・プレーゴが開館予定である。運営は映画館興行の日映。総投資額は約3億5000万円。富士市・富士宮市・芝川町を商圏とし、年間15-20万人の動員、年間2億5000万円の売り上げを見込んでいる。*27
1998年12月19日、JR富士駅前のショッピングセンター パピーに「シネ・プレーゴ」が開館した。5スクリーンを有する。経営は日映。*28
2010年2月24日の『静岡新聞』には「富士シネ・プレーゴ」が4月に閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*29
2010年4月16日、富士市唯一の映画館「富士シネ・プレーゴ」が閉館した。JR富士駅北口の商業施設「パピー」5階。6スクリーン計658席。1998年に日映が開館させた。年間約30万人の観客があり採算性は合っていたが、パピーが新耐震基準を満たしていないとして立ち退きが決定した。NPO法人のフィルムコミッション富士は映画館の復活を願って署名運動を開始している。*30
2010年4月16日、富士シネ・プレーゴが12年の歴史に幕を閉じて閉館した。富士市最大のショッピングセンターだったパピー5階に、1998年に日映が開館させた。6スクリーン675席。2008年に核施設であるパピーが耐震性を理由に閉店すると、施設からテナントが続々撤退し、富士シネ・プレーゴが最後まで残っていた。*31
開館年 : 1998年12月19日
閉館年 : 2010年4月16日
跡地は「駅前センタービル」北60mの更地。最寄駅はJR東海道本線・身延線富士駅。
1998年12月中旬、JR富士駅前のショッピングセンター「パピー」に富士シネ・プレーゴが開館予定である。運営は映画館興行の日映。総投資額は約3億5000万円。富士市・富士宮市・芝川町を商圏とし、年間15-20万人の動員、年間2億5000万円の売り上げを見込んでいる。*27
1998年12月19日、JR富士駅前のショッピングセンター パピーに「シネ・プレーゴ」が開館した。5スクリーンを有する。経営は日映。*28
2010年2月24日の『静岡新聞』には「富士シネ・プレーゴ」が4月に閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*29
2010年4月16日、富士市唯一の映画館「富士シネ・プレーゴ」が閉館した。JR富士駅北口の商業施設「パピー」5階。6スクリーン計658席。1998年に日映が開館させた。年間約30万人の観客があり採算性は合っていたが、パピーが新耐震基準を満たしていないとして立ち退きが決定した。NPO法人のフィルムコミッション富士は映画館の復活を願って署名運動を開始している。*30
2010年4月16日、富士シネ・プレーゴが12年の歴史に幕を閉じて閉館した。富士市最大のショッピングセンターだったパピー5階に、1998年に日映が開館させた。6スクリーン675席。2008年に核施設であるパピーが耐震性を理由に閉店すると、施設からテナントが続々撤退し、富士シネ・プレーゴが最後まで残っていた。*31

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