最終更新:
hekikaicinema 2026年09月08日(火) 21:59:28履歴
所在地 : 大阪府大阪市都島区東野田町7-35(1961年)
開館年 : 1946年11月
閉館年 : 1961年頃
跡地はマンション「ウィスタリア京橋」北の立体駐車場「K3スカイパーク駐車場」建物東側。最寄駅はJR京橋駅。
1960年の「最新都島区精図」には京橋周辺に「京橋松竹」、「京橋大映」、「京橋アカデミー」、「京橋東宝」、「京橋東映」、「京橋劇場」、「京橋映画」が描かれている。*1
開館年 : 1946年11月
閉館年 : 1961年頃
跡地はマンション「ウィスタリア京橋」北の立体駐車場「K3スカイパーク駐車場」建物東側。最寄駅はJR京橋駅。
1960年の「最新都島区精図」には京橋周辺に「京橋松竹」、「京橋大映」、「京橋アカデミー」、「京橋東宝」、「京橋東映」、「京橋劇場」、「京橋映画」が描かれている。*1
所在地 : 大阪府大阪市都島区東野田町7-7(1961年)
開館年 : 1951年10月
閉館年 : 1961年頃
跡地は「マンションKLM」。最寄駅はJR京橋駅。
1960年の「最新都島区精図」には京橋周辺に「京橋松竹」、「京橋大映」、「京橋アカデミー」、「京橋東宝」、「京橋東映」、「京橋劇場」、「京橋映画」が描かれている。*2
開館年 : 1951年10月
閉館年 : 1961年頃
跡地は「マンションKLM」。最寄駅はJR京橋駅。
1960年の「最新都島区精図」には京橋周辺に「京橋松竹」、「京橋大映」、「京橋アカデミー」、「京橋東宝」、「京橋東映」、「京橋劇場」、「京橋映画」が描かれている。*2
所在地 : 大阪府大阪市都島区東野田町7-15(1962年)
開館年 : 1958年頃
閉館年 : 1962年頃
跡地は「スペースみやこ」。最寄駅はJR京橋駅。
1960年の「最新都島区精図」には京橋周辺に「京橋松竹」、「京橋大映」、「京橋アカデミー」、「京橋東宝」、「京橋東映」、「京橋劇場」、「京橋映画」が描かれている。*3
開館年 : 1958年頃
閉館年 : 1962年頃
跡地は「スペースみやこ」。最寄駅はJR京橋駅。
1960年の「最新都島区精図」には京橋周辺に「京橋松竹」、「京橋大映」、「京橋アカデミー」、「京橋東宝」、「京橋東映」、「京橋劇場」、「京橋映画」が描かれている。*3
所在地 : 大阪府大阪市都島区東野田町7-34(1962年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1962年頃
跡地は国道1号沿いの「協和病院」。最寄駅はJR京橋駅。
1960年の「最新都島区精図」には京橋周辺に「京橋松竹」、「京橋大映」、「京橋アカデミー」、「京橋東宝」、「京橋東映」、「京橋劇場」、「京橋映画」が描かれている。*4
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1962年頃
跡地は国道1号沿いの「協和病院」。最寄駅はJR京橋駅。
1960年の「最新都島区精図」には京橋周辺に「京橋松竹」、「京橋大映」、「京橋アカデミー」、「京橋東宝」、「京橋東映」、「京橋劇場」、「京橋映画」が描かれている。*4
所在地 : 大阪府大阪市都島区毛馬町2-12(1963年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1963年頃
跡地はドラッグストア「ドラッグセイムス都島毛馬店」建物北東角。最寄駅はJRおおさか東線城北公園通駅。
1960年の「最新都島区精図」には「都島シネマ」、「都島銀映」、「阪映劇場」、「昭映劇場」、「赤川東映」が描かれている。*5
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1963年頃
跡地はドラッグストア「ドラッグセイムス都島毛馬店」建物北東角。最寄駅はJRおおさか東線城北公園通駅。
1960年の「最新都島区精図」には「都島シネマ」、「都島銀映」、「阪映劇場」、「昭映劇場」、「赤川東映」が描かれている。*5
所在地 : 大阪府大阪市都島区大東町1-68(1964年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1964年頃
跡地は「カレーハウスCoCo壱番屋都島インター店」北西40mにある6軒分の民家。最寄駅はJRおおさか東線城北公園通駅。
1960年の「最新都島区精図」には「都島シネマ」、「都島銀映」、「阪映劇場」、「昭映劇場」、「赤川東映」が描かれている。*6
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1964年頃
跡地は「カレーハウスCoCo壱番屋都島インター店」北西40mにある6軒分の民家。最寄駅はJRおおさか東線城北公園通駅。
1960年の「最新都島区精図」には「都島シネマ」、「都島銀映」、「阪映劇場」、「昭映劇場」、「赤川東映」が描かれている。*6
所在地 : 大阪府大阪市都島区都島本通3-32(1970年)
開館年 : 1936年以後1941年以前、1948年12月
閉館年 : 1970年頃
跡地は「グルメシティ都島本通店」建物西側。最寄駅は大阪メトロ谷町線都島駅。
1960年の「最新都島区精図」には「都島シネマ」、「都島銀映」、「阪映劇場」、「昭映劇場」、「赤川東映」が描かれている。*7
開館年 : 1936年以後1941年以前、1948年12月
閉館年 : 1970年頃
跡地は「グルメシティ都島本通店」建物西側。最寄駅は大阪メトロ谷町線都島駅。
1960年の「最新都島区精図」には「都島シネマ」、「都島銀映」、「阪映劇場」、「昭映劇場」、「赤川東映」が描かれている。*7
所在地 : 大阪府大阪市都島区都島本通2-15-16(1971年)
開館年 : 1955年頃
閉館年 : 1971年頃
跡地は「宝コーポ」建物南側。最寄駅は大阪メトロ谷町線都島駅。
1960年の「最新都島区精図」には「都島シネマ」、「都島銀映」、「阪映劇場」、「昭映劇場」、「赤川東映」が描かれている。*8
開館年 : 1955年頃
閉館年 : 1971年頃
跡地は「宝コーポ」建物南側。最寄駅は大阪メトロ谷町線都島駅。
1960年の「最新都島区精図」には「都島シネマ」、「都島銀映」、「阪映劇場」、「昭映劇場」、「赤川東映」が描かれている。*8
所在地 : 大阪府大阪市都島区大東町1-29(1973年)
開館年 : 1927年10月
閉館年 : 1973年頃
跡地はマンション「パークプラザ都島」。最寄駅はJRおおさか東線城北公園通駅。
1960年の「最新都島区精図」には「都島シネマ」、「都島銀映」、「阪映劇場」、「昭映劇場」、「赤川東映」が描かれている。*9
開館年 : 1927年10月
閉館年 : 1973年頃
跡地はマンション「パークプラザ都島」。最寄駅はJRおおさか東線城北公園通駅。
1960年の「最新都島区精図」には「都島シネマ」、「都島銀映」、「阪映劇場」、「昭映劇場」、「赤川東映」が描かれている。*9
所在地 : 大阪府大阪市都島区東野田町5-3-39(1990年)
開館年 : 1952年12月
閉館年 : 1991年頃
跡地は「日本パーキング京橋駅前駐車場」。最寄駅はJR京橋駅。
1960年の「最新都島区精図」には京橋周辺に「京橋松竹」、「京橋大映」、「京橋アカデミー」、「京橋東宝」、「京橋東映」、「京橋劇場」、「京橋映画」が描かれている。*10
開館年 : 1952年12月
閉館年 : 1991年頃
跡地は「日本パーキング京橋駅前駐車場」。最寄駅はJR京橋駅。
1960年の「最新都島区精図」には京橋周辺に「京橋松竹」、「京橋大映」、「京橋アカデミー」、「京橋東宝」、「京橋東映」、「京橋劇場」、「京橋映画」が描かれている。*10
所在地 : 大阪府大阪市都島区東野田町3-12-3(1990年)
開館年 : 1946年12月
閉館年 : 1991年頃
跡地は「京橋プラザビル」。最寄駅はJR京橋駅。
1960年の「最新都島区精図」には京橋周辺に「京橋松竹」、「京橋大映」、「京橋アカデミー」、「京橋東宝」、「京橋東映」、「京橋劇場」、「京橋映画」が描かれている。*11
開館年 : 1946年12月
閉館年 : 1991年頃
跡地は「京橋プラザビル」。最寄駅はJR京橋駅。
1960年の「最新都島区精図」には京橋周辺に「京橋松竹」、「京橋大映」、「京橋アカデミー」、「京橋東宝」、「京橋東映」、「京橋劇場」、「京橋映画」が描かれている。*11
所在地 : 大阪府大阪市東淀川区十三西之町1(1943年)
開館年 : 1930年以後1934年以前
閉館年 : 1943年以後1947年以前
戦前の十三地区には映画館または劇場として「十三劇場」、「朝日座」、「光明館」などがあった。*14
開館年 : 1930年以後1934年以前
閉館年 : 1943年以後1947年以前
戦前の十三地区には映画館または劇場として「十三劇場」、「朝日座」、「光明館」などがあった。*14
所在地 : 大阪府大阪市東淀川区塚本町3-80(1961年)
開館年 : 1954年8月
閉館年 : 1961年頃
跡地は「クレールコシダ」。最寄駅はJR神戸線塚本駅。
東淀川区塚本町3-80の「塚本映画劇場」。1954年創立。第三封切館。東宝・日活・東映・松竹・新東宝。*15
開館年 : 1954年8月
閉館年 : 1961年頃
跡地は「クレールコシダ」。最寄駅はJR神戸線塚本駅。
東淀川区塚本町3-80の「塚本映画劇場」。1954年創立。第三封切館。東宝・日活・東映・松竹・新東宝。*15
所在地 : 大阪府大阪市東淀川区十三西之町3-19(1960年)
開館年 : 1955年12月31日
閉館年 : 1966年頃
跡地は「十三エステートハイツ」。最寄駅は阪急電鉄十三駅。
1955年12月11日には東淀川区に「江口劇場」が開館した。12月25日には「小松映画劇場」が開館した。12月26日には「松鶴座」が開館した。12月28日には「ヒカリ劇場」と「トキワ映画劇場」が開館した。12月31日には「若草劇場」が開館した。*24
東淀川区十三西之町3-19の「若草劇場」。1955年12月31日創立。洋画各社を上映。*25
1960年の「最新東淀川区西部精図」には十三周辺に「十三大映」、「十三劇場」、「OK劇場」、「十三東映」、「アカデミー劇場」、「若草映劇」が描かれており、三国周辺に「三国劇場」、「三栄映画」、「新三国映劇」が描かれている。*26
開館年 : 1955年12月31日
閉館年 : 1966年頃
跡地は「十三エステートハイツ」。最寄駅は阪急電鉄十三駅。
1955年12月11日には東淀川区に「江口劇場」が開館した。12月25日には「小松映画劇場」が開館した。12月26日には「松鶴座」が開館した。12月28日には「ヒカリ劇場」と「トキワ映画劇場」が開館した。12月31日には「若草劇場」が開館した。*24
東淀川区十三西之町3-19の「若草劇場」。1955年12月31日創立。洋画各社を上映。*25
1960年の「最新東淀川区西部精図」には十三周辺に「十三大映」、「十三劇場」、「OK劇場」、「十三東映」、「アカデミー劇場」、「若草映劇」が描かれており、三国周辺に「三国劇場」、「三栄映画」、「新三国映劇」が描かれている。*26
所在地 : 大阪府大阪市東淀川区西三国町3-5(1967年)
開館年 : 1957年頃
閉館年 : 1967年頃
跡地は「西三国モータープール」。最寄駅は阪急宝塚線三国駅。
1960年の「最新東淀川区西部精図」には十三周辺に「十三大映」、「十三劇場」、「OK劇場」、「十三東映」、「アカデミー劇場」、「若草映劇」が描かれており、三国周辺に「三国劇場」、「三栄映画」、「新三国映劇」が描かれている。*29
開館年 : 1957年頃
閉館年 : 1967年頃
跡地は「西三国モータープール」。最寄駅は阪急宝塚線三国駅。
1960年の「最新東淀川区西部精図」には十三周辺に「十三大映」、「十三劇場」、「OK劇場」、「十三東映」、「アカデミー劇場」、「若草映劇」が描かれており、三国周辺に「三国劇場」、「三栄映画」、「新三国映劇」が描かれている。*29
所在地 : 大阪府大阪市東淀川区加島町1231(1970年)
開館年 : 1955年12月25日
閉館年 : 1970年頃
跡地は「淀川加島郵便局」南東60mの民家数軒。最寄駅はJR神戸線加島駅。
東淀川区加島町1331の「加島大光」。1955年12月25日創立。日活・松竹を上映。*30
開館年 : 1955年12月25日
閉館年 : 1970年頃
跡地は「淀川加島郵便局」南東60mの民家数軒。最寄駅はJR神戸線加島駅。
東淀川区加島町1331の「加島大光」。1955年12月25日創立。日活・松竹を上映。*30
所在地 : 大阪府大阪市東淀川区十三西之町2-12-4(1973年)
開館年 : 1946年10月
閉館年 : 1973年頃
跡地は有料駐車場「東コンドルモータープール」。最寄駅は阪急電鉄十三駅。
東淀川区十三西之町2-40の「光洋劇場」。1946年7月11日創立。東宝。*35
開館年 : 1946年10月
閉館年 : 1973年頃
跡地は有料駐車場「東コンドルモータープール」。最寄駅は阪急電鉄十三駅。
東淀川区十三西之町2-40の「光洋劇場」。1946年7月11日創立。東宝。*35
所在地 : 大阪府大阪市淀川区十三本町1-17-20(1985年)
開館年 : 1955年7月11日
閉館年 : 1985年頃
跡地は「セブンイレブン大阪十三本町1丁目店」などが入る「アカデミープラザ」。最寄駅は阪急電鉄十三駅。
1954年12月25日には東淀川区に「三津屋旭劇場」が開館した。1955年7月11日には「十三アカデミー劇場」が開館した。8月25日には西中島町に「大光劇場」が開館した。*36
東淀川区十三西之町2-81の「十三アカデミー劇場」。1955年8月11日創立。洋画シネスコ館。*37
1960年の「最新東淀川区西部精図」には十三周辺に「十三大映」、「十三劇場」、「OK劇場」、「十三東映」、「アカデミー劇場」、「若草映劇」が描かれており、三国周辺に「三国劇場」、「三栄映画」、「新三国映劇」が描かれている。*38
開館年 : 1955年7月11日
閉館年 : 1985年頃
跡地は「セブンイレブン大阪十三本町1丁目店」などが入る「アカデミープラザ」。最寄駅は阪急電鉄十三駅。
1954年12月25日には東淀川区に「三津屋旭劇場」が開館した。1955年7月11日には「十三アカデミー劇場」が開館した。8月25日には西中島町に「大光劇場」が開館した。*36
東淀川区十三西之町2-81の「十三アカデミー劇場」。1955年8月11日創立。洋画シネスコ館。*37
1960年の「最新東淀川区西部精図」には十三周辺に「十三大映」、「十三劇場」、「OK劇場」、「十三東映」、「アカデミー劇場」、「若草映劇」が描かれており、三国周辺に「三国劇場」、「三栄映画」、「新三国映劇」が描かれている。*38
所在地 : 大阪府大阪市淀川区十三本町1-20-15(2005年)
開館年 : 1948年10月1日
閉館年 : 2006年7月18日
跡地はマンション「アーバネス淀川」建物北側。最寄駅は阪急電鉄十三駅。
1948年10月1日には東淀川区に「十三銀映劇場」が開館した。1949年12月24日には国次町351に「淡路劇場」が開館した。*39
東淀川区十三西之町2-91の「十三銀映劇場」。1948年10月1日創立。東映。*40
1960年の「最新東淀川区西部精図」には十三周辺に「十三大映」、「十三劇場」、「OK劇場」、「十三東映」、「アカデミー劇場」、「若草映劇」が描かれており、三国周辺に「三国劇場」、「三栄映画」、「新三国映劇」が描かれている。*41
「十三ロマン」に言及している書籍として、高瀬進『ピンク映画館の灯 暗闇が恋しい都市の隠れ家』自由国民社、2001年がある。*42
開館年 : 1948年10月1日
閉館年 : 2006年7月18日
跡地はマンション「アーバネス淀川」建物北側。最寄駅は阪急電鉄十三駅。
1948年10月1日には東淀川区に「十三銀映劇場」が開館した。1949年12月24日には国次町351に「淡路劇場」が開館した。*39
東淀川区十三西之町2-91の「十三銀映劇場」。1948年10月1日創立。東映。*40
1960年の「最新東淀川区西部精図」には十三周辺に「十三大映」、「十三劇場」、「OK劇場」、「十三東映」、「アカデミー劇場」、「若草映劇」が描かれており、三国周辺に「三国劇場」、「三栄映画」、「新三国映劇」が描かれている。*41
「十三ロマン」に言及している書籍として、高瀬進『ピンク映画館の灯 暗闇が恋しい都市の隠れ家』自由国民社、2001年がある。*42
所在地 : 大阪府大阪市淀川区十三本町1-7-27 サンポードシティビル6階(2022年)
開館年 : 1927年以前、1972年(ビル化)
閉館年 : 営業中
公式サイト : 第七芸術劇場
Wikipedia : 第七芸術劇場
最寄駅は阪急電鉄十三駅。
1946年3月には東淀川区に「十三劇場」が開館した。10月15日には「十三大映朝日座」が開館した。*43
1960年の「最新東淀川区西部精図」には十三周辺に「十三大映」、「十三劇場」、「OK劇場」、「十三東映」、「アカデミー劇場」、「若草映劇」が描かれており、三国周辺に「三国劇場」、「三栄映画」、「新三国映劇」が描かれている。*44
重政隆文「おおさか映画館主義」『月刊せんば/月刊SEMBA』1987年2月号には「第2回 サンポード・アップル・シアター」が掲載されている。*45
「第七芸術劇場」に言及している書籍として、中馬聰『映画館 中馬聰写真集』リトルモア、2015年がある。*46
「第七芸術劇場 シアターセブン」に言及している書籍として、『ミニシアターのある街へ。』JTBパブリッシング、2021年がある。*47
開館年 : 1927年以前、1972年(ビル化)
閉館年 : 営業中
公式サイト : 第七芸術劇場
Wikipedia : 第七芸術劇場
最寄駅は阪急電鉄十三駅。
1946年3月には東淀川区に「十三劇場」が開館した。10月15日には「十三大映朝日座」が開館した。*43
1960年の「最新東淀川区西部精図」には十三周辺に「十三大映」、「十三劇場」、「OK劇場」、「十三東映」、「アカデミー劇場」、「若草映劇」が描かれており、三国周辺に「三国劇場」、「三栄映画」、「新三国映劇」が描かれている。*44
重政隆文「おおさか映画館主義」『月刊せんば/月刊SEMBA』1987年2月号には「第2回 サンポード・アップル・シアター」が掲載されている。*45
「第七芸術劇場」に言及している書籍として、中馬聰『映画館 中馬聰写真集』リトルモア、2015年がある。*46
「第七芸術劇場 シアターセブン」に言及している書籍として、『ミニシアターのある街へ。』JTBパブリッシング、2021年がある。*47
所在地 : 大阪府大阪市東淀川区小松西通2-18(1962年)
開館年 : 1955年12月11日
閉館年 : 1962年頃
跡地は「大阪厚生信用金庫上新庄支店」北東130mにある複数の民家。最寄駅は阪急京都線上新庄駅。
1955年12月11日には東淀川区に「江口劇場」が開館した。12月25日には「小松映画劇場」が開館した。12月26日には「松鶴座」が開館した。12月28日には「ヒカリ劇場」と「トキワ映画劇場」が開館した。12月31日には「若草劇場」が開館した。*49
東淀川区小松南通2-18の「小松映画劇場」。1955年12月25日創立。東映・ワーナーブラザース・日本RKO。*50
1960年の「最新東淀川区東部精図」には淡路周辺に「淡路劇場」、「淡路シネマ」、「淡路東宝」、「桜木映劇」、「松鶴座」が描かれており、上新庄周辺に「小松映画」が描かれている。*51
開館年 : 1955年12月11日
閉館年 : 1962年頃
跡地は「大阪厚生信用金庫上新庄支店」北東130mにある複数の民家。最寄駅は阪急京都線上新庄駅。
1955年12月11日には東淀川区に「江口劇場」が開館した。12月25日には「小松映画劇場」が開館した。12月26日には「松鶴座」が開館した。12月28日には「ヒカリ劇場」と「トキワ映画劇場」が開館した。12月31日には「若草劇場」が開館した。*49
東淀川区小松南通2-18の「小松映画劇場」。1955年12月25日創立。東映・ワーナーブラザース・日本RKO。*50
1960年の「最新東淀川区東部精図」には淡路周辺に「淡路劇場」、「淡路シネマ」、「淡路東宝」、「桜木映劇」、「松鶴座」が描かれており、上新庄周辺に「小松映画」が描かれている。*51
所在地 : 大阪府大阪市東淀川区淡路本町2-409(1962年)
開館年 : 1955年12月26日
閉館年 : 1962年頃
跡地はマンション「プリュネ淡路本町」北西隣の有料駐車場「三井のリパーク東淀川淡路4丁目」。最寄駅は阪急京都線・千里線淡路駅。
1955年12月11日には東淀川区に「江口劇場」が開館した。12月25日には「小松映画劇場」が開館した。12月26日には「松鶴座」が開館した。12月28日には「ヒカリ劇場」と「トキワ映画劇場」が開館した。12月31日には「若草劇場」が開館した。*52
東淀川区国次町406の「松鶴座」。1955年12月26日創立。日活・新東宝。*53
1960年の「最新東淀川区東部精図」には淡路周辺に「淡路劇場」、「淡路シネマ」、「淡路東宝」、「桜木映劇」、「松鶴座」が描かれており、上新庄周辺に「小松映画」が描かれている。*54
開館年 : 1955年12月26日
閉館年 : 1962年頃
跡地はマンション「プリュネ淡路本町」北西隣の有料駐車場「三井のリパーク東淀川淡路4丁目」。最寄駅は阪急京都線・千里線淡路駅。
1955年12月11日には東淀川区に「江口劇場」が開館した。12月25日には「小松映画劇場」が開館した。12月26日には「松鶴座」が開館した。12月28日には「ヒカリ劇場」と「トキワ映画劇場」が開館した。12月31日には「若草劇場」が開館した。*52
東淀川区国次町406の「松鶴座」。1955年12月26日創立。日活・新東宝。*53
1960年の「最新東淀川区東部精図」には淡路周辺に「淡路劇場」、「淡路シネマ」、「淡路東宝」、「桜木映劇」、「松鶴座」が描かれており、上新庄周辺に「小松映画」が描かれている。*54
所在地 : 大阪府大阪市東淀川区淡路本町2-334(1979年)
開館年 : 1949年12月24日
閉館年 : 1979年頃
跡地はマンション「マリンズ淡路」東隣の有料駐車場「タイムズ淡路駅前第2」。最寄駅は阪急京都線・千里線淡路駅。
1948年10月1日には東淀川区に「十三銀映劇場」が開館した。1949年12月24日には国次町351に「淡路劇場」が開館した。*61
東淀川区国次町351の「淡路劇場」。1949年12月24日創立。東宝・洋画。*62
1960年の「最新東淀川区東部精図」には淡路周辺に「淡路劇場」、「淡路シネマ」、「淡路東宝」、「桜木映劇」、「松鶴座」が描かれており、上新庄周辺に「小松映画」が描かれている。*63
開館年 : 1949年12月24日
閉館年 : 1979年頃
跡地はマンション「マリンズ淡路」東隣の有料駐車場「タイムズ淡路駅前第2」。最寄駅は阪急京都線・千里線淡路駅。
1948年10月1日には東淀川区に「十三銀映劇場」が開館した。1949年12月24日には国次町351に「淡路劇場」が開館した。*61
東淀川区国次町351の「淡路劇場」。1949年12月24日創立。東宝・洋画。*62
1960年の「最新東淀川区東部精図」には淡路周辺に「淡路劇場」、「淡路シネマ」、「淡路東宝」、「桜木映劇」、「松鶴座」が描かれており、上新庄周辺に「小松映画」が描かれている。*63
所在地 : 大阪府大阪市東淀川区淡路本町2-131(1979年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1979年頃
跡地は「カラオケビッグエコー淡路駅前店」などが入る「アイゼン淡路ビル」。最寄駅は阪急京都線・千里線淡路駅。
1960年の「最新東淀川区東部精図」には淡路周辺に「淡路劇場」、「淡路シネマ」、「淡路東宝」、「桜木映劇」、「松鶴座」が描かれており、上新庄周辺に「小松映画」が描かれている。*64
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1979年頃
跡地は「カラオケビッグエコー淡路駅前店」などが入る「アイゼン淡路ビル」。最寄駅は阪急京都線・千里線淡路駅。
1960年の「最新東淀川区東部精図」には淡路周辺に「淡路劇場」、「淡路シネマ」、「淡路東宝」、「桜木映劇」、「松鶴座」が描かれており、上新庄周辺に「小松映画」が描かれている。*64
所在地 : 大阪府大阪市東淀川区淡路4-7-7(2017年)
開館年 : 1957年、1977年頃
閉館年 : 2017年5月31日
港町キネマ通り : 淡路東宝
映画館の建物は「淡路4公園」から商店街を挟んで南側に現存。最寄駅は阪急京都線・千里線淡路駅。
1960年の「最新東淀川区東部精図」には淡路周辺に「淡路劇場」、「淡路シネマ」、「淡路東宝」、「桜木映劇」、「松鶴座」が描かれており、上新庄周辺に「小松映画」が描かれている。*65
映画評論家である筆者(重政隆文)の家から最も近い映画館は「淡路東宝」である。淡路東宝では東映だけでなく東宝・松竹・洋画なども上映し、各社の作品を混ぜて上映することもある。都心の映画館の入場料は1500円だが、淡路東宝は100円安い1400円であり、情報誌を持参すれば1200円になる。大阪経済大学の生協では900円でチケットが購入できるという。1981年の井筒和幸監督作『ガキ帝国』では、不良グループが乱闘するシーンで淡路東宝のロビーがロケに用いられた。かつてロビーには売店とともにカレー屋があり、一般的なカレー皿に盛られたカレーを観客席で食べることもできたが、1987年現在は売店もカレー屋も営業していない。映画館は商店街にある宝来市場の2階にあり、チケットをもぎってもらってから階段を上がる仕組みである。ホールの天井は高く、圧迫感がないため気持ちがいい。「おおさか映画館主義」『月刊せんば/月刊SEMBA』1987年8月号には「第8回 淡路東宝」が掲載されている。*66
阪急淡路駅西口から西に延びるアーケードの本町通商店街のほぼ中央に映画館「淡路東宝」がある。1957年、東宝の封切館として開館した。現在の桜田丑男の曽祖父が運営する宝来興業株式会社が隣接する宝来市場を増築して開館させた。リニューアルは行われているが、外観は開館当時とほぼ変わらない。かつて淡路駅前にはペンキ屋が経営していた東映専門館や松竹専門館があったが、現在の本町通商店街に残っているのは淡路東宝のみである。かつては徒歩2-3分の場所にもう1館を経営していたが、2011年に常設映画館としての営業を終了して貸しホールとした。観客は地元住民が中心であり、平日は年配者が多いものの、休日は家族連れや中高生も訪れる。東宝の直営館ではなく、松竹や東映の作品も上映している。ロードショー作品ではなくムーブオーバー作品も上映するため、梅田の映画館で見逃した作品を目的として訪れる観客もいる。近隣の住民はだれでも子供の頃に連れられてきたことがあるという。正面入り口には大きなゴジラの絵看板が掲げられている。1階のロビーは受付と売店のみの単純な構造であり、受付でチケットを購入して2階まで階段を上る。ホールは前方がワンスロープであり、後方には段差が付いたスタジアム形式である。天井は高くスクリーンが大きい。ロビーの天井は2階分の高さがあり、ガラス張りの壁面を持つ吹き抜けとなっている。デジタルとフィルムの双方の上映が可能である。映画館に隣接して喫茶店トーホーがあり、坂本がマスターを兼務している。記憶に残るヒット作品には『世界の中心で愛をさけぶ』があり、階段の上から下まで行列が途切れず、すべての回で扉が閉められないほどの満席になった。梅田の映画館に入りきらない観客が淡路東宝まで誘導されたという。2012年9月には2週間限定のイベント上映を行い、昼間は『男はつらいよ』、夜間は東宝の特撮映画『海底軍艦』を35ミリフィルムで上映すると、『海底軍艦』はリバイバル上映されることが少ない作品だったこともあり、大阪府以外からも観客が訪れた。*67
『大阪人 OSAKA-JIN』大阪市都市工学情報センター、2010年4月号は「東淀川右岸 左岸」を特集している。「東淀川・商店街遊歩 淡路東宝」には支配人の坂本雅昭の談話が掲載されており、1956年の開館の経緯などを語っている。現物は未確認。*68
「淡路東宝・淡路東宝2」に言及している書籍として、中馬聰『映画館 中馬聰写真集』リトルモア、2015年がある。*69
「淡路東宝」に言及している書籍として、大屋尚浩『日本懐かし映画館大全』辰巳出版、2017年がある。*70
開館年 : 1957年、1977年頃
閉館年 : 2017年5月31日
港町キネマ通り : 淡路東宝
映画館の建物は「淡路4公園」から商店街を挟んで南側に現存。最寄駅は阪急京都線・千里線淡路駅。
1960年の「最新東淀川区東部精図」には淡路周辺に「淡路劇場」、「淡路シネマ」、「淡路東宝」、「桜木映劇」、「松鶴座」が描かれており、上新庄周辺に「小松映画」が描かれている。*65
映画評論家である筆者(重政隆文)の家から最も近い映画館は「淡路東宝」である。淡路東宝では東映だけでなく東宝・松竹・洋画なども上映し、各社の作品を混ぜて上映することもある。都心の映画館の入場料は1500円だが、淡路東宝は100円安い1400円であり、情報誌を持参すれば1200円になる。大阪経済大学の生協では900円でチケットが購入できるという。1981年の井筒和幸監督作『ガキ帝国』では、不良グループが乱闘するシーンで淡路東宝のロビーがロケに用いられた。かつてロビーには売店とともにカレー屋があり、一般的なカレー皿に盛られたカレーを観客席で食べることもできたが、1987年現在は売店もカレー屋も営業していない。映画館は商店街にある宝来市場の2階にあり、チケットをもぎってもらってから階段を上がる仕組みである。ホールの天井は高く、圧迫感がないため気持ちがいい。「おおさか映画館主義」『月刊せんば/月刊SEMBA』1987年8月号には「第8回 淡路東宝」が掲載されている。*66
阪急淡路駅西口から西に延びるアーケードの本町通商店街のほぼ中央に映画館「淡路東宝」がある。1957年、東宝の封切館として開館した。現在の桜田丑男の曽祖父が運営する宝来興業株式会社が隣接する宝来市場を増築して開館させた。リニューアルは行われているが、外観は開館当時とほぼ変わらない。かつて淡路駅前にはペンキ屋が経営していた東映専門館や松竹専門館があったが、現在の本町通商店街に残っているのは淡路東宝のみである。かつては徒歩2-3分の場所にもう1館を経営していたが、2011年に常設映画館としての営業を終了して貸しホールとした。観客は地元住民が中心であり、平日は年配者が多いものの、休日は家族連れや中高生も訪れる。東宝の直営館ではなく、松竹や東映の作品も上映している。ロードショー作品ではなくムーブオーバー作品も上映するため、梅田の映画館で見逃した作品を目的として訪れる観客もいる。近隣の住民はだれでも子供の頃に連れられてきたことがあるという。正面入り口には大きなゴジラの絵看板が掲げられている。1階のロビーは受付と売店のみの単純な構造であり、受付でチケットを購入して2階まで階段を上る。ホールは前方がワンスロープであり、後方には段差が付いたスタジアム形式である。天井は高くスクリーンが大きい。ロビーの天井は2階分の高さがあり、ガラス張りの壁面を持つ吹き抜けとなっている。デジタルとフィルムの双方の上映が可能である。映画館に隣接して喫茶店トーホーがあり、坂本がマスターを兼務している。記憶に残るヒット作品には『世界の中心で愛をさけぶ』があり、階段の上から下まで行列が途切れず、すべての回で扉が閉められないほどの満席になった。梅田の映画館に入りきらない観客が淡路東宝まで誘導されたという。2012年9月には2週間限定のイベント上映を行い、昼間は『男はつらいよ』、夜間は東宝の特撮映画『海底軍艦』を35ミリフィルムで上映すると、『海底軍艦』はリバイバル上映されることが少ない作品だったこともあり、大阪府以外からも観客が訪れた。*67
『大阪人 OSAKA-JIN』大阪市都市工学情報センター、2010年4月号は「東淀川右岸 左岸」を特集している。「東淀川・商店街遊歩 淡路東宝」には支配人の坂本雅昭の談話が掲載されており、1956年の開館の経緯などを語っている。現物は未確認。*68
「淡路東宝・淡路東宝2」に言及している書籍として、中馬聰『映画館 中馬聰写真集』リトルモア、2015年がある。*69
「淡路東宝」に言及している書籍として、大屋尚浩『日本懐かし映画館大全』辰巳出版、2017年がある。*70
千林周辺には8館もの映画館があった。映画館「千林松竹」はやがて建て替えられてダイエー千林店(後のトポス千林店)となり、その後パチンコ店になった。千林松竹は大人の女性向きの作品が多かった。東映の時代劇を上映する「森小路劇場」(後の森小路東映)は京阪森小路駅前にあり、同一経営母体の洋画上映館は「ミリオン座」だった。現在のミリオン座跡地は1階に100円ショップのあるマンションである。森小路劇場のほうが収容人数が多かったため、東映人気が低下して洋画人気が向上すると森小路劇場とミリオン座の場所が交換された。現在のパチンコ店 パーラー千林の場所には大映専門館「江南キネマ」が、現在のパチンコ店 天竜会館の場所には東宝専門館「大宮劇場」(後の大宮東宝)が、大宮劇場の裏には大衆演劇場「寿座」があった。京阪千林駅の近くには邦画の3本立再上映館「千林劇場」があり、千林劇場は後に日活専門館となった。千林栄通商店街には洋画の三番館「千林セントラル」があった。現在の千林劇場や千林セントラルの跡地にはマンションが建っている。京街道と千林商店街の交差点近く、かき氷のかどやの筋向いには3本立格安洋画館「角座」があり、閉館後の跡地はパチンコ店が営業した後に駐車場になっている。最後まで営業していたのは森小路駅前のミリオン座であり、閉館後にはスーパーとなった。*71
所在地 : 大阪府大阪市旭区赤川町2-9(1968年)
開館年 : 1954年1月
閉館年 : 1968年頃
跡地はパチンコ店「キコーナ赤川店」。最寄駅はJRおおさか東線城北公園通駅。
1960年の「最新旭区精図」には「大宮東宝」、「森小路東映」、「旭映劇」が描かれている。*74
開館年 : 1954年1月
閉館年 : 1968年頃
跡地はパチンコ店「キコーナ赤川店」。最寄駅はJRおおさか東線城北公園通駅。
1960年の「最新旭区精図」には「大宮東宝」、「森小路東映」、「旭映劇」が描かれている。*74
所在地 : 大阪府大阪市旭区大宮町8-150(1973年)
開館年 : 1950年12月
閉館年 : 1976年頃
跡地はまずパチンコ店「天龍会館旭店」、跡地はパチンコ店「ジョイコム千林店」を経て、跡地は2023年竣工のマンション「アドバンス北大阪ロワン」。最寄駅は大阪メトロ谷町線千林大宮駅。
1960年の「最新旭区精図」には「大宮東宝」、「森小路東映」、「旭映劇」が描かれている。*75
千林界隈の映画館としては、「千林松竹」、駅裏の新東宝・日活上映館(名称は「千林劇場?」)、洋画の「千林セントラル劇場」、洋画の「千林角座」、大映上映館の「江南キネマ」、「大宮東宝」、森小路の洋画の「ミリオン座」、「森小路東映」などがあった。大宮東宝跡地のパチンコ店は大宮東宝の建物を利用している。*76
開館年 : 1950年12月
閉館年 : 1976年頃
跡地はまずパチンコ店「天龍会館旭店」、跡地はパチンコ店「ジョイコム千林店」を経て、跡地は2023年竣工のマンション「アドバンス北大阪ロワン」。最寄駅は大阪メトロ谷町線千林大宮駅。
1960年の「最新旭区精図」には「大宮東宝」、「森小路東映」、「旭映劇」が描かれている。*75
千林界隈の映画館としては、「千林松竹」、駅裏の新東宝・日活上映館(名称は「千林劇場?」)、洋画の「千林セントラル劇場」、洋画の「千林角座」、大映上映館の「江南キネマ」、「大宮東宝」、森小路の洋画の「ミリオン座」、「森小路東映」などがあった。大宮東宝跡地のパチンコ店は大宮東宝の建物を利用している。*76
森小路劇場/森小路東映/森小路東映会館・森小路松竹/森小路東映劇場・森小路劇場(旧)/森小路ミリオン座/ミリオン座・森小路劇場/森小路ミリオン座・地下・2・3/森小路ミリオン2・3/森小路ミリオン1・2(新) 
所在地 : 大阪府大阪市旭区森小路1-4-15(1995年)
開館年 : 1952年5月
閉館年 : 1995年頃
跡地は「スーパーナショナル森小路店」。最寄駅は京阪本線森小路駅。
1960年の「最新旭区精図」には「大宮東宝」、「森小路東映」、「旭映劇」が描かれている。*77
開館年 : 1952年5月
閉館年 : 1995年頃
跡地は「スーパーナショナル森小路店」。最寄駅は京阪本線森小路駅。
1960年の「最新旭区精図」には「大宮東宝」、「森小路東映」、「旭映劇」が描かれている。*77
所在地 : 大阪府大阪市城東区今福町中4-26(1962年)
開館年 : 1957年頃
閉館年 : 1962年頃
跡地はマンション「ユニライフ今福鶴見駅前」の北東30mにある13軒分の住宅。最寄駅は大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅。
1960年の「最新城東区区精図」には「旭東劇場」、「関目シネマ」(※関目東映)、「スミレ日活」、「城東東映」、「鶴見館」、「鴫野東劇」、「永楽東映」、「佐々木映劇」が描かれている。*78
開館年 : 1957年頃
閉館年 : 1962年頃
跡地はマンション「ユニライフ今福鶴見駅前」の北東30mにある13軒分の住宅。最寄駅は大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅。
1960年の「最新城東区区精図」には「旭東劇場」、「関目シネマ」(※関目東映)、「スミレ日活」、「城東東映」、「鶴見館」、「鴫野東劇」、「永楽東映」、「佐々木映劇」が描かれている。*78
所在地 : 大阪府大阪市城東区放出町238(1968年)
開館年 : 1954年9月
閉館年 : 1966年頃
跡地は2020年竣工のマンション「スプランディット放出DUE」。最寄駅はJR片町線・おおさか東線放出駅。
1960年の「最新城東区区精図」には「旭東劇場」、「関目シネマ」(※関目東映)、「スミレ日活」、「城東東映」、「鶴見館」、「鴫野東劇」、「永楽東映」、「佐々木映劇」が描かれている。*79
開館年 : 1954年9月
閉館年 : 1966年頃
跡地は2020年竣工のマンション「スプランディット放出DUE」。最寄駅はJR片町線・おおさか東線放出駅。
1960年の「最新城東区区精図」には「旭東劇場」、「関目シネマ」(※関目東映)、「スミレ日活」、「城東東映」、「鶴見館」、「鴫野東劇」、「永楽東映」、「佐々木映劇」が描かれている。*79

コメントをかく