日本の映画館の総合データベースです。

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足立区

大師館
所在地 : 東京市足立区本木町1-762(1941年)
開館年 : 1930年以後1934年以前
閉館年 : 1941年以後1943年以前

千住中央館/中央館
所在地 : 東京市足立区中居町(1943年)
開館年 : 1933年頃
閉館年 : 1944年頃


1933年頃、千住に大都映画の上映館「中央館」が開館した。国道4号の西側にあり、市電の大師道停留場に近かった。1944年頃に閉館した。*1
綾瀬映画館
所在地 : 東京市足立区柳原町(1943年)
開館年 : 1936年以後1941年以前
閉館年 : 1945年頃

関原館/西新井東宝館
所在地 : 東京市足立区本木町2(1943年)
開館年 : 1930年以前
閉館年 : 1945年頃

西新井金美館
所在地 : 東京市足立区本木町1(1943年)
開館年 : 1941年以後1943年以前
閉館年 : 1945年頃

梅田金美館
所在地 : 東京都足立区梅田町1633(1959年)
開館年 : 1936年以後1941年以前、1953年10月
閉館年 : 1959年頃
跡地は「都営バス千住営業所」(千住車庫)西側入口付近。最寄駅は東武伊勢崎線五反野駅。


1945年の空襲の焼失や強制疎開を免れた東郊3区の映画館として、足立区の「千住東宝映画劇場」と「千住新橋館」と「梅田金美館」の3館、江戸川区の「小岩松竹館」の1館がある。葛飾区では戦前に存在した6館全てが空襲などを免れた。*2
島根富士館
所在地 : 東京都足立区島根町947(1960年)
開館年 : 1953年1月
閉館年 : 1960年頃
跡地は集合住宅「Amour Umejima」。最寄駅は東武伊勢崎線梅島駅。

本木銀星座/本木銀星館/本木銀星
所在地 : 東京都足立区本木町3-2519(1962年)
開館年 : 1953年2月
閉館年 : 1962年頃

千住劇場/千住金美館
所在地 : 東京都足立区千住中居町98(1962年)
開館年 : 1916年頃、1951年11月
閉館年 : 1961年
跡地は「三泉ビル」と「第二小泉ビル」。最寄駅はJR北千住駅。


足立区で2番目に古い映画館は、千住中居町29-1にあった「千住金美館」であり、1930年または1931年に開館した。前身は寄席「千寿劇場」(千住劇場)であり、大正記念道が開通した1916年頃に開場したとされることもあるが、『東京朝日新聞』によると開場初日は1919年1月1日だった。1927年12月には千住金美館に改称し、1936年には建物脇に昭和通りが開通すると、映画館の入口を大正記念道側から昭和通り側に移した。この際に千住金美館通り昭和会という商店会が発足している。1945年4月13日、空襲で建物が焼失した。終戦から数年後に再建されたが、千住金美館は1961年に閉館した。2012年現在の千住金美館跡地には三泉ビルが建っている。*3

足立区にあった「千住金美館」の前身は「千寿劇場」(千住劇場)である。1916年10月には大正道路が開通したが、千寿劇場もこの頃に開館した。千寿劇場は1927年暮れに千住金美館に改称した。*4

1916年に大正道が造成されると、1920年3月には千住寿町に「千寿劇場」(千住劇場)が開館した。1930年には金美館チェーンの「千住金美館」に改称した。1935年頃には千住駅前通りが完成し、映画館入口を駅前通り側に移すと、松竹映画の封切館となった。近くに柳町の歓楽街があったことから、観客は飲食店の女性やその馴染み客などが多かった。戦前には『愛染かつら』、戦後には『君の名は』などで人気があったが、1961年頃に閉館した。*5

1935年の『大東京区分図三十五区之内 足立区詳細図』では「金美館」。*6

2012年7月号『足立史談』には「東京東郊の映画館 1 都市化のあゆみと映画館の分布」が掲載されており、千住演芸館、千寿劇場(千住劇場)、小松川電気館、四ツ木観音館などが東郊3区の老舗映画館として紹介されている。*7
千住三益/千住ミマス映画劇場
所在地 : 東京都足立区柳原町2-1(1964年)
開館年 : 1952年12月
閉館年 : 1964年頃
跡地は「東京電力旭町変電所」東30mの民家数軒。最寄駅はJR北千住駅。


足立区柳原2丁目1番には「三益劇場」(ミマス館)があった。寄席とされる「綾瀬館」が前身であり、綾瀬館は1937年には既に営業していた記録がある。戦後に映画館となり、3本立を上映していた。北千住駅の東口では唯一の映画館だった。*8
梅田シネマ/梅田東映
所在地 : 東京都足立区梅田町1527(1965年)
開館年 : 1951年12月
閉館年 : 1965年頃
跡地はマンション「ローヤルシティ梅島第2」。最寄駅は東武伊勢崎線梅島駅。

三益劇場/三益映画劇場/西新井三益映画劇場/本木三益映劇
所在地 : 東京都足立区本木町2-2074(1967年)
開館年 : 1951年7月
閉館年 : 1967年頃
跡地は「常唱庵」北北東50mの数軒分の民家。最寄駅は東武伊勢崎線梅島駅。

パロマ映劇/本木パロマ映劇/関原映画劇場/ニューパロマ
所在地 : 東京都足立区本木町2-1363(1969年)
開館年 : 1954年4月
閉館年 : 1969年頃
跡地は「関原3丁目公園」。最寄駅は東武伊勢崎線西新井駅。


1958年2月25日午前8時40分頃、足立区本木町2-1363の「パロマ映画劇場」出札場付近から出火し、木造モルタル2階建の劇場の一部が焼失した。原因は暖房用行火の不始末とみられる。*9
大原館/本木大原館
所在地 : 東京都足立区本木町1-1068(1970年)
開館年 : 1955年頃
閉館年 : 1970年以後1973年以前
跡地は「足立成和信用金庫本木関原支店」。最寄駅は東武伊勢崎線梅島駅。

千住名画座(旧)/梅田名画座
所在地 : 東京都足立区足立4-31-1(1970年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1970年以後1973年以前
跡地は「足立区立末広公園」南西70mのマンション「レクセル五反野」。最寄駅は東武伊勢崎線五反野駅。

梅田映画劇場・梅田大原館
所在地 : 東京都足立区足立4-7-1(1970年)
開館年 : 1957年頃
閉館年 : 1970年以後1973年以前
跡地は「足立一郵便局」北120mの有料駐車場「ナビパーク足立第8駐車場」。最寄駅は東武伊勢崎線五反野駅。

千住シネマ
所在地 : 東京都足立区千住柳町3-5(1975年)
開館年 : 1955年頃
閉館年 : 1975年頃
跡地は「足立成和信用金庫柳町支店」。最寄駅はJR北千住駅。


1960年の足立区にあった映画館「千住シネマ」の写真あり。花輪が見える。*10

1950年代中頃、足立区千住竜田町14の料理屋跡地に新東宝上映館「千住シネマ」が建てられた。柳町の歓楽街に近かったが、柳町が閉鎖されると観客が減少した。一時は劇場に転向し、再び映画館に戻ったが、その後閉館した。*11
西新井観光映画/西新井観光劇場
所在地 : 東京都足立区西新井町1-11-1(1979年)
開館年 : 1952年7月
閉館年 : 1979年頃
跡地は「西新井区民事務所」。最寄駅は東武大師線大師前駅。

千住演芸館/千住東宝映画/千住東宝映画劇場/千住東宝劇場
所在地 : 東京都足立区千住3-66(1978年)
開館年 : 1926年、1953年1月
閉館年 : 1978年
跡地は「リクスタ駐輪場北千住駅西口」。最寄駅はJR北千住駅。


足立区で最も古い映画館は千住3丁目66番にあった「千住演芸館」である。『絵で見る年表・足立風土記』や『足立風土記稿・地区編1千住』では1926年開業とされているが、映画雑誌『活動画報』1917年8月号には千住演芸館の名前が記されており、1913年10月16日付『都新聞』でも同館の存在が窺える。1937年5月には「千住東宝映画劇場」に改称し、戦後も東宝直営館として営業を続けると、1978年に閉館した。*12

1926年には千住に無声映画の上映館「千住演芸館」が開館した。椅子は長椅子であり、小さなオーケストラボックスがあった。さらに、改装してオールトーキーの封切館「千住東宝劇場」となった。1978年に閉館した。千住3丁目のサンロード商店街の東側である。*13

1945年の空襲の焼失や強制疎開を免れた東郊3区の映画館として、足立区の「千住東宝映画劇場」と「千住新橋館」と「梅田金美館」の3館、江戸川区の「小岩松竹館」の1館がある。葛飾区では戦前に存在した6館全てが空襲などを免れた。*14

2011年現在の足立区域で最も古い映画館は「千住演芸館」であり、足立区教育委員会が発行した『絵でみる年表・足立風土記』によれば1926年に開設された。しかし、1924年12月調査の映画館名簿にも千住演芸館は掲載されており、『活動画報』1917年8月号にも広告が掲載されており、1915年の『芸人名簿 付 劇場観物場及寄席案内』にも掲載されており、1913年10月16日付『都新聞』にも存在をうかがわせる記事が掲載されている。千住演芸館は千住東宝映画劇場の前身である。*15

2012年7月号『足立史談』には「東京東郊の映画館 1 都市化のあゆみと映画館の分布」が掲載されており、千住演芸館、千寿劇場(千住劇場)、小松川電気館、四ツ木観音館などが東郊3区の老舗映画館として紹介されている。*16
千住ミリオン座/千住ミリオン
所在地 : 東京都足立区千住仲町60(1980年)
開館年 : 1951年9月
閉館年 : 1982年
跡地は「足立区役所千住庁舎」。最寄駅はJR北千住駅。


1950年、足立区千住仲町の東裏通り、氷川通り東栄会商店街の西側に「ミリオン座」が開館した。やがて通りがミリオン座通りと呼ばれ、商店街がミリオン座通り商店会に改称した。1982年に閉館し、しばらくは駐車場などとなっていたが、区民事務所と福祉事務所を併せ持つ千住総合センターが建った。*17
千住会館/千住日活/千住日活映画劇場
所在地 : 東京都足立区千住3-74(1980年)
開館年 : 1957年頃
閉館年 : 1981年4月1日
跡地は「第2白亜ビル」。最寄駅はJR北千住駅。


1981年4月1日の『読売新聞』夕刊には、4月1日に足立区の映画館「千住日活」が全焼したという記事が掲載されている。現物は未確認。*18
千住新橋館/千住東映劇場/千住東映
所在地 : 東京都足立区千住5-2-2(1985年)
開館年 : 1928年、1945年10月
閉館年 : 1985年頃
跡地はマンション「ライオンズマンション北千住第2」。最寄駅はJR北千住駅。


『絵でみる年表・足立風土記』などによると、「千住新橋館」は1928年に開設された。1927年12月には千住大橋が鉄橋に架け替えられ、1928年7月には東京市電が千住大橋を通って千住4丁目に達した。千住新橋館は千住4丁目停留場に近かった。*19

1945年の空襲の焼失や強制疎開を免れた東郊3区の映画館として、足立区の「千住東宝映画劇場」と「千住新橋館」と「梅田金美館」の3館、江戸川区の「小岩松竹館」の1館がある。葛飾区では戦前に存在した6館全てが空襲などを免れた。*20

1928年には「千住新橋館」(千住東映)が開館した。市電の終点である千住四丁目停留場から東に入った場所にあった。1988年に閉館し、2004年現在の跡地にはマンションが建っている。*21
千住名画座(新)
所在地 : 東京都足立区千住3-74(1991年)
開館年 : 1985年頃
閉館年 : 1991年頃
跡地は「第2白亜ビル」。最寄駅はJR北千住駅。

TOHOシネマズ西新井
所在地 : 東京都足立区西新井栄町1-20-1 アリオ西新井4階(2025年)
開館年 : 2007年11月6日
閉館年 : 営業中
最寄駅は東武伊勢崎線・東武大師線西新井駅。

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