閉館した映画館を中心とする、日本の映画館の総合データベースです。管理人「hekikaicinema」のみが編集可能。


仙台市

青葉区

北映劇場
所在地 : 宮城県仙台市宮町92(1963年)
開館年 : 1958年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
錦映画館
所在地 : 宮城県仙台市錦丁21(1955年)、宮城県仙台市錦町21(1963年)
開館年 : 1945年12月
閉館年 : 1963年以後1966年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1945年12月開館。1955年の映画館名簿では「錦映画館」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
仙台有楽座
所在地 : 宮城県仙台市東一番丁(1958年)、宮城県仙台市東一番丁69(1963年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の映画館名簿では「仙台有楽座」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
仙都劇場/大映仙都劇場/仙台大映仙都劇場
所在地 : 宮城県仙台市東三番丁40(1955年・1966年)
開館年 : 1953年5月
閉館年 : 1966年以後1969年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1953年5月開館。1955年の映画館名簿では「仙都劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
中央劇場/仙台中央劇場
所在地 : 宮城県仙台市東一番丁84(1955年・1966年)
開館年 : 1948年11月
閉館年 : 1966年以後1969年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1948年11月開館。1955年の映画館名簿では「中央劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
ロマンス座映画劇場/仙台ロマンス座
所在地 : 宮城県仙台市堤町土手下3-1(1958年)、宮城県仙台市堤土手下3-1(1969年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の映画館名簿では「ロマンス座映画劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。
日活映画劇場/仙台日活劇場
所在地 : 宮城県仙台市東一番丁27(1955年)、宮城県仙台市東一番丁28(1969年)
開館年 : 1946年1月
閉館年 : 1969年以後1973年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1946年1月開館。1955年の映画館名簿では「日活映画劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。
東北劇場/仙台東北劇場
所在地 : 宮城県仙台市本櫓丁15(1955年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年)、宮城県仙台市立町1丁目23(1975年)
開館年 : 1945年12月
閉館年 : 1979年4月
『全国映画館総覧 1955』によると1945年12月開館。1953年・1955年・1960年・1963年の映画館名簿では「東北劇場」。1966年・1969年・1973年・1975年の映画館名簿では「仙台東北劇場」。1978年の映画館名簿には掲載されていない。1979年4月焼失&閉館。

1957年頃の仙台市細横町にあった映画館「東北劇場」の写真あり。「東北劇場」「東劇」「THEATRE TOHOKU」などの文字が見える。*1
仙台コニー劇場
所在地 : 宮城県仙台市支倉町59(1958年)、宮城県仙台市支倉町58(1960年・1963年・1966年)、宮城県仙台市支倉通り58(1969年)、宮城県仙台市支倉町58(1973年・1975年・1978年)、宮城県仙台市支倉町4-39(1980年・1985年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1985年頃
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年の映画館名簿では「仙台コニー劇場」。1986年・1988年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は1987年竣工のマンション「チサンマンション支倉」。
仙台名掛丁地下劇場/名掛丁地下劇場
所在地 : 宮城県仙台市中央1-7-12(1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1986年)
開館年 : 1969年以後1973年以前
閉館年 : 1986年以後1988年以前
1969年の映画館名簿には掲載されていない。1973年・1975年・1978年の映画館名簿では「仙台名掛丁地下劇場」。1980年・1985年・1986年の映画館名簿では「名掛丁地下劇場」。1988年の映画館名簿には掲載されていない。
仙台名画座
所在地 : 宮城県仙台市東一番丁83(1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年)、宮城県仙台市一番町2-5-1(1975年・1978年・1980年・1985年)、宮城県仙台市青葉区一番町2-5-1(1990年)
開館年 : 1955年
閉館年 : 1991年3月3日
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年の映画館名簿では「仙台名画座」。1992年の映画館名簿には掲載されていない。
仙台青葉劇場
所在地 : 宮城県仙台市南光院丁8-6(1958年・1960年・1963年・1966年・1969年)、宮城県仙台市南光院丁8-5(1973年)、宮城県仙台市中央4-1-3(1975年)、宮城県仙台市中央4-1-3 仙台プレイビル内(1978年・1980年)、宮城県仙台市中央4-1-3(1985年)、宮城県仙台市青葉区中央4-1-3(1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1957年
閉館年 : 2001年8月31日
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「仙台青葉劇場」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。仙台プレイビルは現存。
仙台松竹映画劇場/仙台松竹劇場/仙台松竹劇場・仙台ピカデリー
所在地 : 宮城県仙台市南町通12(1955年)、宮城県仙台市東一番丁88(1960年・1963年・1966年・1969年・1973年)、宮城県仙台市一番町2-6-1(1975年・1978年・1980年・1985年)、宮城県仙台市青葉区一番町2-6-1(1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1946年4月、1967年
閉館年 : 2001年8月
『全国映画館総覧 1955』によると1946年4月開館。1955年の映画館名簿では「仙台松竹劇場」。1960年・1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「仙台松竹映画劇場」。1973年・1975年・1978年・1980年・1985年・1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「仙台松竹劇場」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。

2001年1月17日の『河北新報』には「仙台松竹」が夏までに閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*2

2001年8月21日の『河北新報』には「仙台松竹」「ピカデリー」「青葉劇場」の3館が8月中に閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*3
日乃出会館
所在地 : 宮城県仙台市東五番丁17(1955年・1960年・1963年・1966年・1969年)、宮城県仙台市中央1-10-23(1975年・1978年・1980年・1985年)、宮城県仙台市青葉区中央1-10-23(1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1950年12月、1957年4月14日、1974年(日乃出会館)
閉館年 : 2002年9月17日
Wikipedia : 日乃出会館
1955年の映画館名簿では「日の出劇場・日の出地下劇場」(2館)。1960年の映画館名簿では「日乃出劇場・日乃出五階劇場・日乃出地下劇場・日乃出ニュース劇場」(4館)。1963年の映画館名簿では「日乃出劇場・日乃出五階劇場・日乃出地下劇場・日乃出地下小劇場」(4館)。1966年・1969年の映画館名簿では「仙台日乃出劇場・仙台日乃出五階劇場・仙台日乃出地下劇場・仙台日乃出地下小劇場」(4館)。1973年の映画館名簿には掲載されていない。1975年の映画館名簿では「仙台日ノ出劇場・シネマ仙台・日の出スカラ座」(3館)。1978年・1980年・1985年・1990年・1995年の映画館名簿では「日乃出スカラ座・日乃出プラザ劇場・仙台日乃出劇場・シネマ仙台」(4館)。2000年の映画館名簿では「日乃出スカラ座・日乃出プラザ劇場・日乃出劇場・シネマ仙台」(4館)。2005年の映画館名簿には掲載されていない。

2002年8月末までに、JR仙台駅前の日乃出興業ビル内にある「日乃出劇場」「シネマ仙台」「日乃出スカラ座」「日乃出プラザ」が閉館する。前者2館は地下1階、後者2館は3階と4階。総座席数は995席であり、仙台市の中心街では最大規模である。1974年に同ビルで上映を開始した。経営は東宝の子会社である三和興行。2000年から仙台市郊外に「MOVIX仙台」(10スクリーン)などのシネコンが増加し、反動で観客数が落ち込んでいた。2001年8月にも仙台松竹ビルの2館が閉館している。2002年7月には「仙台コロナシネマワールド」(12スクリーン)も開館する予定である。*4

2002年8月末までに、JR仙台駅前の日乃出興業ビル内にある「日乃出劇場」「シネマ仙台」「日乃出スカラ座」「日乃出プラザ」が閉館する。東宝の子会社である三和興行が決定してビルの所有者に伝えた。仙台市郊外にシネコンの進出が相次いで来客数の減少に歯止めがかからず、また施設の老朽化も目立つため。いずれの館も1974年に開館し、計1000席近くを有している。仙台市では2001年度にも3館が閉館している。*5

2002年9月17日をもって、仙台市の日乃出興業ビルにある映画館4館が閉館する。施設の老朽化や観客数の減少が理由。「日乃出スカラ座」や「日乃出プラザ」の2館は一足早く9月10日に最後の上映を終えている。東宝系の三和興行が運営していた。1973年以前は木造2階建の建物の「日乃出劇場」があったが、1973年に日乃出興業ビルに入居した。邦画中心の「シネマ仙台」、洋画の「日乃出スカラ座」や「日乃出プラザ」を相次いで開館させ、計約1000席の映画館となった。*6
公共会館/国際劇場/仙台新東宝劇場/仙台東映劇場・仙台東映パラス劇場/仙台東映・仙台東映2/仙台東映・仙台メルローズ
所在地 : 宮城県仙台市東一番丁29(1955年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年)、宮城県仙台市一番町4-2-10(1980年・1985年)、宮城県仙台市青葉区一番町4-2-10(1990年・1995年・2000年・2005年)
開館年 : 1948年7月3日(公共会館)、1954年2月3日(新東宝劇場)、1956年9月(仙台東映劇場)、1994年6月18日(仙台東映プラザ)
閉館年 : 2005年4月15日
Wikipedia : 仙台東映
1955年の映画館名簿では「新東宝劇場」。1960年の映画館名簿では「仙台東映劇場・仙台東映パラス」(2館)。1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「仙台東映劇場・仙台東映パラス劇場」(2館)。1973年の映画館名簿では「仙台東映・仙台東映パラス劇場」(2館)。1980年・1985年・1990年の映画館名簿では「仙台東映劇場・仙台東映パラス」(2館)。1995年の映画館名簿では「仙台東映・仙台東映2」(2館)。2000年・2005年の映画館名簿では「仙台東映・仙台メルローズ」(2館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。

1994年6月18日、仙台市青葉区一番町4丁目の仙台東映プラザビルに「仙台東映」が新装開館する。約2年前に休館し手建て替えを行っていた。鉄筋コンクリート造、地上7階・地下1階建であり、6階と7階が映画館である。298席の「東映1」は東映系邦画、154席の「東映2」は洋画中心。休館前の「東映」は722席であり、「東映パラス」は350席だった。*7

2005年3月16日の『河北新報』には「東映」が4月15日に閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*8

2005年4月15日をもって、仙台市青葉区一番町の東映プラザビル6階にある東映封切館「仙台東映」と「メルローズ」の2館が閉館した。同日には青森市の「青森東映」も閉館しており、東北地方から東映の直営館がなくなった。2000年12月には仙台市長町に10スクリーンを有する「MOVIX仙台」が開館し、仙台市や利府町などにはシネコン4施設が進出している。2001年8月には仙台松竹や青葉劇場も閉館している。*9
東宝映画劇場/仙台東宝/仙台東宝劇場/仙台東宝劇場・仙台東宝劇場2
所在地 : 宮城県仙台市東五番丁17(1955年)、宮城県仙台市東五番丁27(1960年)、宮城県仙台市東五番丁17(1963年)、宮城県仙台市東五番丁19(1966年・1969年・1973年)、宮城県仙台市中央2-1-1(1980年・1985年)、宮城県仙台市青葉区中央2-1-1(1990年・1995年・2000年・2005年)
開館年 : 1954年10月、1963年3月(ビル化)、1986年3月(2館化)
閉館年 : 2006年2月26日
Wikipedia : 仙台東宝劇場
1955年の映画館名簿では「東宝映画劇場」。1960年の映画館名簿では「仙台東宝」。1963年・1966年・1969年・1973年・1980年・1985年の映画館名簿では「仙台東宝劇場」。1990年・1995年・2000年・2005年の映画館名簿では「仙台東宝劇場・仙台東宝劇場2」(2館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。東宝仙台ビル6階・8階。跡地は「リッチモンドホテルプレミア仙台駅前」が入る「仙台東宝ビル」。

2005年9月2日の『河北新報』には「仙台東宝」が2006年2月に閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*10

2006年2月をもって、仙台市青葉区の東宝仙台ビルにある映画館「仙台東宝劇場」と「仙台東宝2」が閉館する予定。2005年9月2日までに東宝子会社の三和興行が発表した。シネコンの進出や施設の老朽化が理由。1963年3月には地上8階・地下2階建ての東宝仙台ビルが完成し、同時に仙台東宝劇場が営業を開始した。1986年3月には仙台東宝2も営業を開始した。2000年頃からシネコンの影響で観客数が減少し、現在はピーク時の約3割となっていた。*11

2006年2月27日の『河北新報』には「仙台東宝」が閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*12

2006年2月26日をもって、仙台市青葉区中央2丁目の東宝仙台ビルにある映画館「仙台東宝劇場」と「仙台東宝2」が閉館し、43年の歴史に幕を下ろした。1968年の同ビル完成とともに仙台東宝劇場が開館し、1986年3月には仙台東宝2も開館した。『ローマの休日』や『タイタニック』など洋画ロードショー作品を中心に上映していた。2000年頃からシネコンの影響で観客数が減少し、現在はピーク時の約3割となっていた。2005年3月にも投影の直営館2館が閉館しており、中心部の映画館は仙台駅東口の「チネ・ラヴィータ」など3館だけとなる。*13
日乃出セントラル劇場/仙台セントラル劇場/桜井薬局セントラルホール/仙台セントラルホール
所在地 : 宮城県仙台市中央2-5-10(1985年)、宮城県仙台市青葉区中央2-5-10(1990年・1995年・2000年・2005年・2010年・2015年・2018年)
開館年 : 1979年12月15日
閉館年 : 2018年6月30日
Wikipedia : 仙台セントラルホール
1980年の映画館名簿には掲載されていない。1985年・1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「日乃出セントラル劇場」。2005年の映画館名簿では「仙台セントラル劇場」。2010年・2015年・2018年の映画館名簿では「桜井薬局セントラルホール」。2010年の映画館名簿では経営会社が合同会社仙台セントラル劇場、経営者・支配人ともに小野寺勉、鉄筋造3階、154席、邦画・洋画を上映。2020年の映画館名簿には掲載されていない。桜井薬局ビル3階。

仙台市青葉区のクリスロード商店街に面したビルの3階には映画館「桜井薬局セントラルホール」がある。1979年の開館時の仙台市には10以上の映画館があったが、2000年に仙台市太白区長町にシネコン「ムービックス仙台」が開館すると、その後は利府町・富谷町・名取市にも相次いでシネコンが開館し、仙台市中心部の映画館はばたばたと閉館した。セントラルホールのオーナーは文化活動に理解があり、赤字でも営業を続けてきた同館だけが残っている。*14

2018年6月末をもって、仙台市中心部のクリスロード商店街にある映画館「仙台セントラルホール」が閉館する。商店街に面したビルの3階にあり、154席の1スクリーンを有する。1979年に開館し、当時の仙台市中心部には10以上の映画館があったが、現在は仙台セントラルホールのみとなっていた。事前に作品名を明らかにしない覆面上映で話題を呼んだことがある。2011年3月11日に発生した東日本大震災後には休館したが、ゴールデンウィークに合わせて営業再開した。その後は被災地を取材したドキュメンタリー作品を多数上映し、2015年には運営会社が宮城県芸術選奨新人賞を受賞した。6月23日から30日までは「セントラル特選さよなら上映」と題したプログラムを組み、山本薩夫監督『真空地帯』、マキノ雅弘監督『弥太郎笠』、家城巳代治監督『ともしび』と『雲ながるる果てに』、関川秀雄監督『ひろしま』、木下恵介監督『楢山節考』、中村登監督『夜の片鱗』、鈴木則文監督『文学賞殺人事件 大いなる助走』の旧作を上映する。*15

2019年、仙台市にあった映画館「仙台セントラルホール」の常連客や劇場スタッフらによるエッセー集『セントラル劇場でみた一本の映画』が完成した。小説家の伊坂幸太郎、前仙台市長の奥山恵美子、俳優の水沢紳吾、漫画家のいがらしみきお、小説家の佐伯一麦らも寄稿している。仙台セントラルホールは1979年に開館した。2011年3月11日の東日本大震災の発生時には『武士の家計簿』を上映中であり、映写機は地震でも無事だった。*16

2019年4月1日、仙台市に劇場「誰も知らない劇場」が開館した。2018年に閉館した映画館「仙台セントラルホール」の跡地であり、大幅に改修して多目的ホールとした。コンサート、寄席、演劇、講演会などに使用できる。*17
仙台フォーラム1・2・3/フォーラム仙台1・2・3
所在地 : 宮城県仙台市青葉区木町通2-1-33 伊澤竹に雀ビル1階(2000年・2005年・2010年・2015年・2020年)
開館年 : 1999年12月23日
閉館年 : 営業中
1995年の映画館名簿には掲載されていない。2000年・2005年の映画館名簿では「仙台フォーラム1・2・3」(3館)。2010年・2015年・2020年の映画館名簿では「フォーラム仙台1・2・3」(3館)。2010年の映画館名簿では経営会社が株式会社フォーラム運営委員会、経営者が長澤裕二、支配人が橋村小由美、鉄筋造1階、40席と55席と98席、いずれも邦画・洋画を上映。

1999年12月23日、仙台市青葉区木町通2丁目に独立系映画館「仙台フォーラム」が開館した。仙台市は東北最大の都市でありながら、アート系作品の上映館に恵まれていなかった。仙台フォーラムは商店街にあり、40席・54席・96席の小劇場3スクリーンを有する。12月23日からはイタリア映画『ライフ・イズ・ビューティフル』や高橋栄樹監督作『trancemission』を上映している。運営はフォーラム運営委員会であり、山形、福島、盛岡に次いで4都市目、7館目の映画館である。*18

1999年12月23日、仙台市青葉区にアート系作品専門の映画館「仙台フォーラム」が開館した。山形市の映画興行会社であるフォーラム運営委員会が運営する。山形市の自主上映サークル「えいあいれん」がルーツであり、1983年6月には自前の映画館を建設する志を立てた。長澤裕二(49)を中心とする中核メンバー18人が、1人30万円を出資して株式会社を設立した。1984年7月、市民が設立した全国初の映画館「フォーラム1・2」が開館した。1987年には福島市、1993年には盛岡市に進出し、どの都市でも会員制を採用して企画会議などに参加してもらった。1989年に始まった山形国際ドキュメンタリー映画祭にもフォーラム会員が協力している。1999年10月には第6階映画祭を開催したが、延べ2万1000人を集めて「みちのく映画の都」をアピールした。*19
TOHOシネマズ仙台
所在地 : 宮城県仙台市青葉区中央3-7-5 仙台パルコ6階(2020年)
開館年 : 2016年7月1日
閉館年 : 営業中
2015年の映画館名簿には掲載されていない。2020年の映画館名簿では「TOHOシネマズ仙台1-9」(9館)。

2016年春、仙台市のJR仙台駅西口にTOHOシネマズによるシネコンが開館する予定。この時に開業するパルコ新館の6階から9階に出店し、約10スクリーンを予定している。2006年には「仙台東宝劇場」が閉館し、東宝系映画館がなくなっていた。*20

2016年7月1日、仙台市のJR仙台駅西口に地上9階建・地下2階建のファッションビル「パルコ2」が開業する。衣料品店や飲食店など計84店舗が入り、6階から9階には「TOHOシネマズ」が入る。*21

宮城野区

公園劇場/仙台公園劇場
所在地 : 宮城県仙台市鉄砲町5(1955年・1975年)
開館年 : 1946年10月
閉館年 : 1975年以後1978年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1946年10月開館。1955年の映画館名簿では「公園劇場」。1978年の映画館名簿には掲載されていない。
仙台東日乃出劇場/東日乃出劇場
所在地 : 宮城県仙台市原町苦竹32-4(1958年・1975年・1978年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1978年以後1980年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の映画館名簿では「東日乃出劇場」。1980年の映画館名簿には掲載されていない。
仙台コロナワールド/仙台コロナシネマワールド
所在地 : 宮城県仙台市宮城野区福室字田中前1-53-1(2005年・2008年・2010年)
開館年 : 2002年7月
閉館年 : 2011年3月11日
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2005年・2008年の映画館名簿では「仙台コロナワールド1-12」(12館)。2010年の映画館名簿では「仙台コロナシネマワールド1-12」(12館)。2010年の映画館名簿では経営会社が株式会社コロナ、経営者が大塚勉、支配人が出口大輔、鉄筋造2階、74席から330席。2011年3月11日の東日本大震災で被災して休館。2015年の映画館名簿には掲載されていない。

2002年7月上旬、仙台市宮城野区福室に大型アミューズメント施設「仙台コロナワールド」が開業する。12スクリーン計1852席を備えた東北最大規模のシネコンが中核施設であり、温泉やボウリング場も併設される。2000年12月には仙台市太白区に12スクリーンの「MOVIX仙台」が、2001年3月には利府町に「MOVIX利府」が開館しており、イオンシネマも2002年10月に富宮町にオープンするイオン富谷大清水にシネコンの併設を検討している。この一方で、2001年8月には仙台松竹、仙台ピカデリー、仙台青葉劇場の3館が閉館している。*22

2002年7月、仙台市宮城野区の仙台コロナワールドに仙台市周辺で3番目のシネコンが開館した。12スクリーン計約2000席を有する。8月には施設が全面開業し、見込みより8万人多い28万人が訪れた。パチンコ、回転ずし、天然温泉浴場、ボウリング場なども備え、約2000台分の駐車場がある。*23
仙台シネアート1・2/チネ ラヴィータ1・2/チネ ラヴィータ1・2・3
所在地 : 宮城県仙台市東八幡町73-2(1988年)、宮城県仙台市宮城野区榴岡1-2-15(1990年・1995年・2000年・2002年・2005年)、宮城県仙台市宮城野区榴岡2-1-25 BiVi仙台駅東口2階(2010年・2015年・2020年)
開館年 : 1985年(仙台シネアート)、2004年6月(チネ・ラヴィータ)
閉館年 : 2004年5月(仙台シネアート)、営業中
1985年の映画館名簿には掲載されていない。1988年・1990年・1995年・2000年・2002年の映画館名簿では「仙台シネアート1・2」(2館)。2002年の映画館名簿では経営会社が三和興行、経営者が吉村将夫、支配人が坂修一、1が鉄筋2階で93席で洋画を上映、2が鉄筋4階で93席で洋画を上映。2005年の映画館名簿では「チネ・ラヴィータ1・2」(2館)。2010年・2015年・2020年の映画館名簿では「チネ・ラヴィータ1・2・3」(3館)。

2003年11月12日の『河北新報』には「シネアート」が閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*24

2004年3月30日の『河北新報』には「シネアート」跡地に6月に「フォーラム」が開館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*25

仙台市のJR仙台駅東口にあった映画館「シネ・アート」跡地を山形県の映画興行グループが譲り受け、2004年6月に「チネ・ラヴィータ」が開館した。2009年6月には5周年を迎え、5年間で約450本を上映した。同館の観客数ランキング上位は『誰も知らない』、『ゆれる』、『人のセックスを笑うな』の順であり、観客の7割は女性である。カンヌ国際映画祭などで注目された作品は、年代や男女を問わず観客が増える。『おくりびと』は満員御礼が続き、上映期間の延長に踏み切った。2009年5月に発売された雑誌『仙台学』第8号には菊池雅人による「1970年代仙台映画館散歩」が掲載されている。*26

太白区

ミリオン劇場/ミリオン映画劇場/仙台ミリオン映画劇場
所在地 : 宮城県仙台市長町大道141(1958年)、宮城県仙台市長町大道西1(1966年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の映画館名簿では「ミリオン劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。
長町劇場
所在地 : 宮城県仙台市長町1-7-39(1978年・1980年・1982年)
開館年 : 1975年以後1978年以前
閉館年 : 1982年以後1985年以前
1975年の映画館名簿には掲載されていない。1985年の映画館名簿には掲載されていない。
MOVIX仙台
所在地 : 宮城県仙台市太白区長町7-20-15 ザ・モール仙台長町Part2内(2005年・2010年・2015年・2020年)
開館年 : 2000年12月20日
閉館年 : 営業中
2000年の映画館名簿には掲載されていない。2005年・2010年・2015年・2020年の映画館名簿では「MOVIX仙台1-10」(10館)。2010年の映画館名簿では経営会社が松竹マルチプレックスシアターズ、経営者が中島厚、支配人が氏家亨、1から6が鉄筋造4階、7から10が6階、110席から383席。

2000年12月20日、仙台市郊外に大型ショッピングセンター「THE MALL仙台長町 Part2」が開業し、4階から6階には「MOVIX仙台」が開館した。MOVIX仙台は10スクリーン計約1900席を有し、宮城県最大の映画館である。*27

泉区

泉コロナワールド/泉コロナシネマワールド
所在地 : 宮城県仙台市泉区市名坂字清水端200-3(2008年・2010年)
開館年 : 2007年10月
閉館年 : 2011年3月11日(休館)、2011年10月(閉館)
2005年の映画館名簿には掲載されていない。2008年の映画館名簿では「泉コロナワールド1-10」。2010年の映画館名簿では「泉コロナシネマワールド1-10」。2010年の映画館名簿では経営会社が株式会社コロナ、経営者が大塚勉、支配人が後藤直也、鉄筋造2階、112席から348席。2015年の映画館名簿には掲載されていない。10スクリーンのシネコン。

若林区

連坊映画劇場/連坊ロマンス映画劇場
所在地 : 宮城県仙台市連坊小路61(1955年・1963年)
開館年 : 1952年12月
閉館年 : 1963年以後1966年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1952年12月開館。1955年の映画館名簿では「連坊映画劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。
南街映画劇場/南街東映劇場
所在地 : 宮城県仙台市舟丁64(1955年・1966年)
開館年 : 1940年2月
閉館年 : 1966年以後1969年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1940年2月開館。1955年の映画館名簿では「南街映画劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。

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