日本の映画館の総合データベースです。

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新居浜市

小足谷劇場
所在地 : 愛媛県宇摩郡別子山村
開館年 : 1889年
閉館年 : 不明


1890年の別子銅山開坑200年祭の際の「小足谷劇場」の写真あり。最盛期の別子銅山には数千人の従業員がおり、その家族を合わせると別子山村の人口は1万人以上に達した(※江戸時代後期から明治時代中期)。幅18mの廻り舞台を有しており、収容人員は1000人を超える大劇場だった。観客は鉱山の居住者だけでなく、宇摩郡一帯から峠を超えて集まった。*1

1889年、別子銅山に「小足谷劇場」が建てられた。小足谷小学校跡地の隣であり、鉱業所の土木課と山林課の事務所を兼ねていた。廻り舞台を有しており、収容人員は1000人を超えていた。毎年5月には山神祭が催され、京都や大阪から役者を招いた歌舞伎の興行が行われた。現在も石積みと廻り舞台があった場所らしき窪みが残っている。*2
大江座
所在地 : 愛媛県新居郡新居浜町西町(1936年)
開館年 : 1912年
閉館年 : 1936年以後1941年以前


1912年、新居浜の新田に娯楽の殿堂「大江座」が建ち、日本演芸が上演された。*3

1939年の新居浜にあった劇場。登道の「敷島館」は日活・松竹の特約館であり、座主は岡部重吉。本町の「大江座」は新興・大都の特約館で、座主は青野吉松。昭和通の「昭和劇場」は東宝映画の直営館。惣開の「大黒座」の座主は塩崎由太郎。*4
新居浜銀映
所在地 : 愛媛県新居浜市登道商店街(1958年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1958年頃

旭館/旭座
所在地 : 愛媛県新居浜市新須賀町(1959年)
開館年 : 1949年頃
閉館年 : 1959年頃
跡地はスーパーマーケット「フジ新居浜店」北東110mの自動車工場「ボデーショップ三浦」。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。


戦後における新居浜市の芝居小屋(劇場)。中筋町の「寿美栄座」(1921年?〜1970年)、喜光地の「基固久座」(輝国座、大正末期〜1955年?)、垣生の「恵美須座」(1914年〜1960年)、新田の「大黒座」(1924年?〜1955年?)、白浜の「いろは座」(1919年〜1955年?)、新須賀の「朝日座」(1949年?〜1969年)。*5
四宮座/四宮座劇場
所在地 : 愛媛県新居浜市中萩町萩生(1960年)
開館年 : 1950年頃
閉館年 : 1960年頃
跡地は「タイヤサービスJ 新居浜店」南東140mの民家など。最寄駅はJR予讃線中荻駅。

えびす座
所在地 : 愛媛県新居浜市垣生1670(1960年)
開館年 : 1914年、1952年9月
閉館年 : 1960年


戦後における新居浜市の芝居小屋(劇場)。中筋町の「寿美栄座」(1921年?〜1970年)、喜光地の「基固久座」(輝国座、大正末期〜1955年?)、垣生の「恵美須座」(1914年〜1960年)、新田の「大黒座」(1924年?〜1955年?)、白浜の「いろは座」(1919年〜1955年?)、新須賀の「朝日座」(1949年?〜1969年)。*6
市民劇場/ダイコク座/大黒座
所在地 : 愛媛県新居浜市新田町(1960年)
開館年 : 1924年頃
閉館年 : 1960年頃


1939年の新居浜にあった劇場。登道の「敷島館」は日活・松竹の特約館であり、座主は岡部重吉。本町の「大江座」は新興・大都の特約館で、座主は青野吉松。昭和通の「昭和劇場」は東宝映画の直営館。惣開の「大黒座」の座主は塩崎由太郎。*7

1949年の『港新居濱の全貌』には、新居浜市花園町の「新居浜映画劇場」、徳常町の「敷島館」、昭和通り3丁目の「昭和映画劇場」、新田町の「市民劇場」の広告が掲載されている。市民劇場は新居浜市唯一の洋画封切館であり、セントラル映画作品を上映している。*8

戦後における新居浜市の芝居小屋(劇場)。中筋町の「寿美栄座」(1921年?〜1970年)、喜光地の「基固久座」(輝国座、大正末期〜1955年?)、垣生の「恵美須座」(1914年〜1960年)、新田の「大黒座」(1924年?〜1955年?)、白浜の「いろは座」(1919年〜1955年?)、新須賀の「朝日座」(1949年?〜1969年)。*9

新居浜市の「大黒座」。1924年頃竣工。2002年度以降解体。*10
大江座/新居浜映劇/新居浜映画劇場
所在地 : 愛媛県新居浜市花園町甲1276(1960年)
開館年 : 昭和初期以前
閉館年 : 1960年頃
跡地は「三井住友銀行新居浜支店」北北東70mの「縁真」など。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。


1949年の『港新居濱の全貌』には、新居浜市花園町の「新居浜映画劇場」、徳常町の「敷島館」、昭和通り3丁目の「昭和映画劇場」、新田町の「市民劇場」の広告が掲載されている。新居浜映画劇場は新居浜市の劇場としては最も古く、かつては「大江座」という名称だった。「東宝・新東宝・ユナイテツト・日本ニユース・教育映画 特約封切館」。*11
ヒカリ座/ひかり座
所在地 : 愛媛県新居浜市東町元塚(1961年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1961年頃

沢津劇場
所在地 : 愛媛県新居浜市沢津町(1961年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1961年頃
跡地は沢津町交差点北東40mにある数軒分の民家。最寄駅はJR予讃線多喜浜駅。

大東亜館/東亜館/寿美栄座/スミエ座
所在地 : 愛媛県新居浜市角野町山根(1963年)
開館年 : 1921年4月
閉館年 : 1963年頃
跡地は「新居浜山根郵便局」西北西90mの一戸建群。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。


戦後における新居浜市の芝居小屋(劇場)。中筋町の「寿美栄座」(1921年?〜1970年)、喜光地の「基固久座」(輝国座、大正末期〜1955年?)、垣生の「恵美須座」(1914年〜1960年)、新田の「大黒座」(1924年?〜1955年?)、白浜の「いろは座」(1919年〜1955年?)、新須賀の「朝日座」(1949年?〜1969年)。*12
昭和劇場/昭和映画劇場/新居浜東映
所在地 : 愛媛県新居浜市中須賀町(1963年)
開館年 : 1938年12月24日
閉館年 : 1963年頃
跡地はマンション「マリベール中須賀」。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。


1939年の新居浜にあった劇場。登道の「敷島館」は日活・松竹の特約館であり、座主は岡部重吉。本町の「大江座」は新興・大都の特約館で、座主は青野吉松。昭和通の「昭和劇場」は東宝映画の直営館。惣開の「大黒座」の座主は塩崎由太郎。*13

1949年の『港新居濱の全貌』には、新居浜市花園町の「新居浜映画劇場」、徳常町の「敷島館」、昭和通り3丁目の「昭和映画劇場」(昭和劇場)、新田町の「市民劇場」の広告が掲載されている。昭和映画劇場は大映封切館であり、経営者は加藤清矣。1938年12月24日、目抜き通りの昭和通りに開館した。*14

1952年正月の新居浜市にあった映画館「昭和館」の写真あり。「昭映」の文字が見える。『地獄門』の看板が見える。*15
タカラ劇場/宝劇場/宝会館
所在地 : 愛媛県新居浜市若水町(1964年)
開館年 : 1951年10月
閉館年 : 1964年頃
跡地は「特別養護老人ホーム 若水館」建物北西端部。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。

新居浜松竹
所在地 : 愛媛県新居浜市泉池町登道(1965年)
開館年 : 1958年頃
閉館年 : 1965年頃
跡地はパチンコ店「Nikko town 本店」立体駐車場南側。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。

基固久座/キコク座/輝国座/キコク座劇場/キコクザ東映/新居浜キコクザ東映劇場
所在地 : 愛媛県新居浜市泉川町寿光地4753(1966年)
開館年 : 大正末期、1940年
閉館年 : 1966年頃
跡地は「立花病院」西南西130mの数軒分の民家。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。


1920年12月26日午前4時10分、新居郡泉川村の常設興行場「基固久座」西側に隣接する売店から出火し、基固久座に火気が蔓延した。*16

戦後における新居浜市の芝居小屋(劇場)。中筋町の「寿美栄座」(1921年?〜1970年)、喜光地の「基固久座」(輝国座、大正末期〜1955年?)、垣生の「恵美須座」(1914年〜1960年)、新田の「大黒座」(1924年?〜1955年?)、白浜の「いろは座」(1919年〜1955年?)、新須賀の「朝日座」(1949年?〜1969年)。*17
グランド劇場/新居浜グランド劇場
所在地 : 愛媛県新居浜市泉池町9-37(1969年)
開館年 : 1956年頃
閉館年 : 1969年頃
跡地はパチンコ店「Nikko town 本店」立体駐車場北側。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。

文化劇場/新居浜泉川文化劇場
所在地 : 愛媛県新居浜市泉川町寿光地4736(1972年)
開館年 : 1956年6月
閉館年 : 1972年頃
跡地は「立花病院西棟」。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。


1956年6月のこのほど、新居浜市泉川町に「文化劇場」が開館した。日活・東宝・大映の弐番館。総工費600万円。木造平屋建て。定員300人。館主は原秀雄。支配人は原洋。*18
新潮館/新居浜新潮館
所在地 : 愛媛県新居浜市新須賀町(1972年)
開館年 : 1958年頃
閉館年 : 1972年頃
跡地は「ゴルフドゥ新居浜店」建物中央部。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。

新居浜レッドホール
所在地 : 愛媛県新居浜市泉池町9-34(1986年)
開館年 : 1981年頃
閉館年 : 1986年頃
跡地は「産直市場 銅夢キッチン」東にあるパチンコ店「Nikko town本店」平面駐車場。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。

新居浜敷島館/敷島館
所在地 : 愛媛県新居浜市徳常町6-20(1990年)
開館年 : 1930年10月
閉館年 : 1990年頃
跡地は「新居浜山内病院」北40mの駐車場。 最寄駅はJR予讃線新居浜駅。


1939年の新居浜にあった劇場。登道の「敷島館」は日活・松竹の特約館であり、座主は岡部重吉。本町の「大江座」は新興・大都の特約館で、座主は青野吉松。昭和通の「昭和劇場」は東宝映画の直営館。惣開の「大黒座」の座主は塩崎由太郎。『新居浜商工案内』には敷島館の広告が掲載されている。「日活・松竹の上映館 高級映画の殿堂」「新居浜市敷島通 敷島館 電話116番」。*19

1949年の『港新居濱の全貌』には、新居浜市花園町の「新居浜映画劇場」、徳常町の「敷島館」、昭和通り3丁目の「昭和映画劇場」、新田町の「市民劇場」の広告が掲載されている。1930年10月に開館した敷島館は松竹封切館であり、愛媛県では自家発電装置を有する唯一の映画館である。*20

1952年、新居浜市の「敷島館」で天才少女として知られた美空ひばりがステージを行った。*21

敷島館を主題とする書籍として、久米雄三『新居浜敷島館物語』日本文学館、2010年がある。*22
大坪会館/新居浜大坪東映劇場/大坪東映
所在地 : 愛媛県新居浜市泉池町9-34(1993年)
開館年 : 1958年頃
閉館年 : 1993年頃
跡地は「産直市場 銅夢キッチン」東にあるパチンコ店「Nikko town本店」平面駐車場。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。

テレコムプラザ
所在地 : 愛媛県新居浜市坂井町2-3-17(2001年)
開館年 : 1994年頃
閉館年 : 2001年頃
映画館が入っていた「新居浜テレコムプラザ」は現存。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。

新居浜新宝館/新宝館/シネックス1・2・3
所在地 : 愛媛県新居浜市徳常町6-8(2000年)
開館年 : 1956年(新宝館)、1993年(シネックス)
閉館年 : 2003年2月11日
映画館が入っていた建物はライブハウス「新居浜ジャンドール」などがある「CINEXビル」として現存。最寄駅はJR予讃線新居浜駅。


2002年12月26日の『愛媛新聞』には「シネックス新居浜」が2003年2月をもって閉館するという記事が掲載されている。現物は未確認。*23

2003年2月中旬、新居浜市の映画館「シネックス新居浜」が閉館する。2月1日から11日にはこれまでの話題作などを上映する。洋画を中心に親しまれた。経営は宮崎善博社長の宝劇場である。1956年に宮崎木材社長の宮崎智によって「新宝館」が開館した。1991年に現在の名称に改称して2スクリーン体制とし、その後3スクリーン体制とした。2002年7月にはシネコン「新居浜TOHOプレックス」が開館し、収益が悪化したことで閉館を決定した。1965年頃の新居浜市には12館の映画館があったが、1993年にはシネックス新居浜のみとなった。*24

2003年2月11日をもって、新居浜市の映画館「シネックス新居浜」が閉館する予定。1951年、新居浜市若水町に「宝劇場」として開館し、1956年には徳常町に移転して「新宝館」に改称。1960年代の新居浜市には12館の映画館があった。1991年には複合映画館に改装した。1993年から2002年7月までは新居浜市唯一の映画館だった。1998年には年間8万人を超える入場者数があったが、近年には7割以上減少していた。洋画を中心として1000本以上の作品を上映した。最終上映作品は『タイタニック』。*25

1956年に洋画専門映画館「新宝館」が開館。1993年にはシネコン「シネックス新居浜」に改装された。2003年2月に閉館した。ネットカフェとして営業していた時期もあったが、2010年1月にはライブハウス「新居浜ジャンドール」となった。2019年7月20日は一日限定で映画館となり、『チャーリーとチョコレート工場』が上映された。*26
新居浜TOHOプレックス/TOHOシネマズ新居浜
所在地 : 愛媛県新居浜市前田町8-8 イオンモール新居浜2階(2025年)
開館年 : 2001年6月
閉館年 : 営業中
最寄駅はJR予讃線新居浜駅。


2009年11月14日、新居浜市の「新居浜TOHOプレックス」が「TOHOシネマズ新居浜」に改称してリニューアルオープンする。11月9日から11月13日はリニューアル工事のために休館する。*27

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