かつて存在した映画館についてのwikiです。事実上の個人サイトであり管理人「hekikaicinema」のみが編集可能です。

青森県

弘前市

弘前市の映画館
弘前東宝スカラ座は経営者が同じであり、弘前東宝は東宝の封切館であり、スカラ座は洋画の封切館である。弘前大映慈善館は大映封切館である。百石町には松竹直営で松竹封切館の弘前大和館がある。弘前東映は東映直営である。弘前日活は国営社直営で日活と新東宝の封切館である。国際劇場は洋画封切館である。国民劇場は洋画番外である。弘前駅前には弘前ニュース劇場がある。駅前劇場の通称を持つ弘前映画劇場は東映二番館かつ日活と新東宝の再映館である。百石町には洋画の有楽座、大映と新東宝ほかの再映館である弘前オリオン座、松竹や東宝ほかの再映管である弘前日本劇場がある。洋画再映館の光映画劇場は1956年春に焼失したが、現在再建中で近く開館の見込みである。
*1

弘前市は青森市・八戸市に次いで第3位の人口14万人を持ち、映画館は14館がある。市街地は戦災を受けておらず、乞食が1人もいないといわれるほど住みよい町である。弘前大映慈善館、弘前ニュース劇場、弘前映画劇場、弘前オリオン座、国際劇場、弘前東宝、スカラ座、国民劇場、有楽座、弘前東映劇場、弘前日本劇場、弘前大和館、光映画劇場、弘前日活の写真あり。
*2

秋田県

秋田市

シネマパレ
所在地 : 秋田県秋田市千秋久保田町4番2号 秋田フォーラス8階(現・秋田オーパ)
開館年 : 1985年11月30日
閉館年 : 2017年2月26日
Wikipedia : 秋田オーパ
1985年11月30日に開館。当初は東宝の封切館であり、『千と千尋の神隠し』を上映していた時には年商が1億円を超えていた。郊外にシネコンができたりして客数が減少。2003年に川口豊が運営にかかわると、ミニシアター系の作品を上映したり、名画座形態に変更したりした。近年は1カ月当たりの客数が300人にとどまっていた。2017年2月26日に31年の歴史に幕を閉じて閉館した。最終上映は『男はつらいよ 寅次郎純情詩集』。座席数は150席。*3

秋田フォーラスのビルに改装に伴って、最上階のシネマパレが閉館する。客席は傾斜が少なく、座席は赤い別珍であり、扉は革張り風である。*4

山形県

山形市

新山形にっかつ
所在地 : 山形県山形市幸町1-2
開館年 : 1974年頃
閉館年 : 1999年5月1日
1999年5月1日をもって、JR山形駅前の新山形にっかつが閉館した。観客数の減少による経営難が理由。25年ほど前に、現在と同じ商業ビルの地下で日活の直営館として開館した。3本立てを1週間交代で上映し、年間約150本を上映した。119席の館内は立ち見状態だったといい、女優の舞台挨拶ではビルの周りにも観客が押し寄せたという。山形県内の成人映画館は山形市本町2丁目の山形ロマン映劇のみとなった。全国的には最盛期の半分の300館を切ったとされる。*5

福島県

南相馬市

朝日座
所在地 : 福島県南相馬市原町区大町1
開館年 : 1923年、1952年
閉館年 : 1991年
1923年(大正12年)には芝居小屋兼活動写真館として旭座が開館。1952年(昭和27年)には朝日座に改称して映画専門館となった。1991年(平成3年)の『ホーム・アローン』『シザーハンズ』の上映を最後に閉館。その後もスクリーンなどは残し、小規模な鑑賞会などが開催されている。建物は「旧朝日座」として登録有形文化財となっている。*6

茨城県

那珂市

あまや座
所在地 : 茨城県那珂市瓜連1243
開館年 : 2017年10月14日
閉館年 : 営業中
2017年10月、那珂市のJR瓜連駅近くに茨城県北唯一のミニシアターである「あまや座」が開館した。2015年夏ころに空き店舗の活用を検討する社団法人「カミスガプロジェクト」が映画館の開館を目指すプロジェクトを開始させ、クラウドファウンディングなどで資金を調達。椅子は東京都の閉館した映画館から譲り受けた。*7

群馬県

前橋市

前橋テアトル西友/シネマ前橋/前橋シネマハウス
所在地 : 群馬県前橋市千代田町5-1-16 アーツ前橋3階
開館年 : 2018年3月17日(前橋シネマハウス)
閉館年 : 営業中
2018年3月17日に前橋シネマハウスが開館する。前橋テアトル西友やシネマ前橋として愛されたスクリーンを前橋市が改修して復活させた。市は中心街の新たなにぎわい拠点にしたい考え。116席。ミニシアター系の作品、公開から半年-1年経ったメジャー作品、往年の名画、アニメなどを上映。1日2作品を2回ずつ、年間約50作品の上映を予定。2006年1月、西武系列の商業施設の閉館とともに前橋テアトル西友も閉館。2009年から2011年頃まではNPO法人がシネマ前橋を運営し、過去の名画を中心に上映。近年はイベント用の貸施設として使用され、映画館としては活用されなかった。市は約400万円を投じてスクリーンや座席を改修し、映写機と音響機器を更新。運営は市まちづくり公社に委託。3月17日から3月30日は『ムーンライト』『ラ・ラ・ランド』『湯を沸かすほどの熱い愛』『それいけ!アンパンマン ブルブルの宝探し大冒険!』の4作品を上映。*8

千葉県

千葉市

千葉にっかつ劇場/ロッポニカ千葉/シネロマン千葉
所在地 : 千葉県千葉市中央区中央1丁目1-12
開館年 : 1979年6月3日
閉館年 : 2006年6月29日
2006年6月29日をもって、千葉市中央区中央1丁目の成人映画館「シネロマン千葉」が閉館する。千葉市唯一の成人映画館だった。1979年6月3日に日活直営の千葉にっかつ劇場として開館。千葉にっかつ、ロッポニカ千葉と改称し、1990年にシネロマン千葉となった。最盛期の1982年から1983年頃には、週末に1日約400人、平日に1日約200人が来館した。現在は週末でも1日100人に届かない。アダルトビデオの普及で成人映画の需要が減ったといい、漫画喫茶やカラオケ店の普及でオールナイトの客が減ったという。映写室が雨漏りするなど老朽化が激しかった。*9

埼玉県

秩父市

秩父座/松竹秩父国際劇場
所在地 : 埼玉県秩父市宮側町18−7
開館年 : 1902年
閉館年 : 1983年
2013年5月、松竹秩父国際劇場の建物を改修したレストランが営業を開始した。建物は明治30年代に芝居小屋として建てられ、昭和に入って映画館となった。外観は東京・浅草の国際劇場を模している。合掌造りの梁など明治期の木造建築の一部を残し、外観は映画館を再現した。松竹秩父国際劇場は約30年前に閉館した。*10

1902年に芝居小屋の秩父座として開館。珍しい大型木造合掌造りの建物である。1942年に映画館に転換し、1950年に松竹秩父国際劇場となった。秩父市最後の映画館だったが、1983年に閉館した。以後は倉庫として使用されていたが、所有者一家の上石有規がイタリアンレストランの開業を計画した。地元住民らも愛着ある建物を残したいと考え、秩父市商店連盟事業協同組合も協力している。地域商店街活性化法に基づく勲位御補助金を受けて改修工事を行う。外観は浅草の国際劇場を模したとされる。*11

東京都

世田谷区

三軒茶屋中央劇場
所在地 : 東京都世田谷区三軒茶屋1-14-5
開館年 : 1952年
閉館年 : 2013年2月14日
港町キネマ通り : 三軒茶屋中央劇場
2013年2月14日、東京都世田谷区の三軒茶屋駅前にあった三軒茶屋中央劇場が閉館した。1952年に松竹系封切館として開館。男女のかっぱの看板があるため「かっぱの映画館」としても知られた。一時期は成人映画館に転換したが、1992年に姉妹館の三軒茶屋映画劇場が閉館したことから、名作を2本立て1300円で上映する名画座となった。閉館までフィルム上映のみだった。閉館後も元従業員の映写技師らは存続を求めて署名運動も行っている。*12

調布市

イオンシネマシアタス調布
所在地 : 東京都調布市小島町2丁目61−1 トリエ京王調布C館
開館年 : 2017年9月29日
閉館年 : 営業中
2017年度には京王調布駅の駅前広場の西側に建設する商業施設に、イオンシネマが開館する予定。11スクリーンで計約2100席。うち一つは500席超の大型スクリーンとなる。2011年9月に調布駅前のパルコ調布キネマが閉館してから、「映画のまち調布」をPRしているにもかかわらず映画館がなかった。*13

立川市

立川演芸館/立川名画座
所在地 : 東京都立川市
開館年 : 1925年
閉館年 : 1986年4月
1925年(大正14年)9月には立川駅南口に、芝居などを上映する立川演芸館が開館。1935年頃から映画の上映を始め、やがて立川名画座に改称した。勝て立川駅周辺には最大10館の映画館がひしめいていた。立川名画座は1986年4月に閉館した。*14

八王子市

ニュー八王子シネマ
所在地 : 東京都八王子市横山町13-4
開館年 : 1947年以前
閉館年 : 2017年1月31日
Wikipedia : ニュー八王子シネマ
1947年頃の文献からニュー八王子の名前が登場する。1950年代の八王子駅周辺には6館の映画館があった。1964年に現在のニュー八王子ビルに移り、4階で1スクリーンだった。1992年に現在の運営会社が引き継ぎ、3階から5階の4スクリーンに増やした。ビルの建て替えに伴い、2017年1月31日で閉館した。*15

神奈川県

藤沢市

フジサワ中央
所在地 : 神奈川県藤沢市藤沢93
開館年 : 1950年4月
閉館年 : 2010年8月31日
Wikipedia : フジサワ中央
藤沢市最後の映画館だったフジサワ中央が2010年8月31日をもって閉館する。1950年4月に現在地に開業した。JR藤沢駅北口から徒歩5分。大小の2スクリーンがある。2007年に4スクリーンがあった湘南オデオンが閉館すると藤沢市最後の映画館となった。座席には背もたれもカップホルダーもなかく、興行収入はこの5年で3割も減少していた。*16
シネコヤ
所在地 : 神奈川県藤沢市鵠沼海岸3−4−6
開館年 : 2017年4月8日
閉館年 : 営業中
ベーカリーと読書スペースを併設した小規模映画館「シネコヤ」が開館。25席ある館内。竹中翔子社長(32歳)が2016年9月に起業し手準備を進めた。竹中は藤沢市内の他の映画館で働いたり、上映会を企画した。2007年と2010年には藤沢氏内の老舗映画館が相次いで閉館。*17

滋賀県

草津市

草津シネマハウス
所在地 : 滋賀県草津市 JR草津駅前
開館年 : 1948年(文栄座)、1988年(草津シネマハウス)
閉館年 : 2007年7月31日
2007年9月末、滋賀県草津市唯一の映画館である草津シネマハウスが閉館する。1948年に角正太郎によって、前身の文栄座が1スクリーンで開館。1988年に5スクリーン計540席の現在の建物となり、文栄座から草津シネマハウスに改称した。2007年の閉館時には角正太郎の孫の角大介が社長だった。ピークの1997年には観客数が約30万人を記録したが、中心市街地にあって駐車場がないことや、近隣にシネコンが開館したことなどが響き、2006年は約15万人まで減少。さらに草津市にもシネコンの開館が計画されていることから、2007年春頃に閉館を決意した。*18

草津シネマハウスは滋賀県南部で唯一の本格的映画館。1994年5月の大型連休には『シンドラーのリスト』『クレヨンしんちゃん』『ミセス・ダウト』などの話題作を上映。立ち見の観客もあった。*19

1995年11月18日から映画誕生100周年を記念して、彦根市の「ひこね燦ぱれす」、草津市の「草津シネマハウス」、大津市の「大津市生涯学習センター」の3会場で「95年びわ湖シネマフェスタ」を開催。草津シネマハウスでは『午後の遺言状』、『エイジアン・ブルー』、『恋人までの距離』、『マディソン郡の橋』の4作品を上映し、新藤兼人監督が舞台挨拶を行う。*20

滋賀県で育った映画音楽作曲家・シンガーソングライターの世武裕子は、草津駅前の草津シネマハウスによく通ったという。アメリカ映画『スリーパーズ』を観た時は観客が一人だった。*21

東近江市

東近江市立八日市図書館には、個人や団体が地域限定で自主発行する「リトルプレス」のコーナー「筏川」(いかだがわ)がある。2013年春に設置され、全国から集めた250冊が並んでいる。リトルプレスコーナーは全国の図書館でも珍しいという。彦根市の閉館した映画館を振り返る自主製作雑誌『かぜがたみ』、長野県の高齢者を追う『鶴と亀』、大阪府のビルの魅力を語る『月刊ビル』などがある。*22

奈良県

奈良市

尾花座/尾花劇場
所在地 : 奈良県奈良市
開館年 : 1920年
閉館年 : 1980年
正確な開館年は不明だが明治30年代にはすでに尾花座が開館しており、1909年(明治42年)に大改築した。その後大阪で映画興行会社を経営していた中野某が購入し、1920年(大正9年)7月に映画館の尾花劇場となった。こけら落としは中村扇太郎一座による芝居。1921年(大正10年)には無声映画『実録忠臣蔵』を上映し、この際に大入り満員となった記念の奉献額は現在もホテルに遺っている。戦時中は洋画を上映できず、戦争関連映画ばかりを上映した。戦後には1945年(昭和20年)8月23日から営業を再開した。1945年(昭和20年)から1946年(昭和21年)に上映した『愛染かつら』は記録的な入場者数。ピーク時には1日11,000人が入館した。『燃えよドラゴン』や『未知との遭遇』もヒット。1980年(昭和55年)に閉館した。跡地にはホテルサンルート奈良が営業している。2018年(平成30年)9月20日から9月22日には、跡地のホテルサンルート奈良がなら国際映画祭の会場となり、“尾花座が復活”と銘打って、『裸の島』『地蔵とリビドー』などを上映した。*23

大和高田市

高田シネマ/弁天座
所在地 : 奈良県大和高田市北本町9-2
開館年 :
閉館年 : 2004年
Wikipedia : 弁天座 (大和高田市)
奈良県大和高田市はかつて紡績業で栄え、最盛期には中心市街地に8館の映画館があった。2004年(平成16年)8月には近鉄大和高田駅近くの高田シネマが閉館した。2005年(平成17年)4月には高田シネマの2館をつなげて舞台・花道・桟敷席などを設け、大衆演劇場の弁天座が開館した。奈良県にわずか3か所の大衆演劇場の代表格であり、大阪や神戸などから来る観客もいるという。*24

岡山県

津山市

津山劇場
所在地 : 岡山県津山市
開館年 :
閉館年 :
宮川の西岸、大橋と新大橋の間にあった。*25
津山東宝
所在地 : 岡山県津山市 明宝ビル1階
開館年 :
閉館年 : 2008年以前
津山明宝会館と同じ明宝ビルの1階には津山東宝があったが、津山明宝会館よりもかなり早くに閉館した。『七人の侍』などの邦画を上映した。明宝ビルは2015年前半に取り壊され、明宝ビルの跡地は2015年8月28日に開店した「ファミリーマート津山駅前店」の駐車場となった。*26
津山映画劇場
所在地 : 岡山県津山市
開館年 : 1955年以前
閉館年 : 1955年以後
アルネ津山の立体駐車場の東側、パチンコ店の駐車場になっている場所には津山映画劇場があった。1955年頃には『二十四の瞳』を上映した。*27
さくら映画劇場
所在地 : 岡山県津山市
開館年 :
閉館年 : 1987年以前
銀天街と一番街の交差点から南西方向にあった。現在はアルネ津山になっている場所と思われる。*28
新地座/協映劇場
所在地 : 岡山県津山市山下
開館年 : 1885年(新地座)、1954年(協栄劇場)
閉館年 : 1988年
1885年(明治18年)に芝居小屋の「新地座」が開館し、1954年に映画館化して「協映劇場」に改称した。日活作品(石原裕次郎・小林旭出演作品)を上映していた。1988年に閉館した。*29
冨士映画劇場/津山東映
所在地 : 岡山県津山市本町三丁目
開館年 :
閉館年 : 1989年以後
本町3丁目商店街にあった。
津山明宝会館
所在地 : 岡山県津山市 明宝ビル2階
開館年 : 1957年
閉館年 : 2008年7月13日
JR津山駅からすぐ、「津山駅前交差点」北側角の明宝ビル2階にあった。1957年に津山明宝会館が開館し、洋画専門館だった。最盛期の津山市内には7館の映画館があった。2008年7月13日に閉館した。最終上映作品は『ナルニア国物語第二章 カスピアン王子の角笛』。観客は約30人であり、支配人に就任してまだ9か月の能勢さん(33歳)の前で片岡社長が閉館のあいさつを行った。片岡社長は3代目である。閉館から1週間後の7月20日と7月21日には、津山明宝会館で『ほっこまい 高松純情シネマ』のロケが行われた。1970年の高松市に住む高校生の主人公が通い詰める映画館として使用された。1960年頃の明宝会館の写真あり。*30

明宝ビルは2015年前半に取り壊され、明宝ビルの跡地は2015年8月28日に開店した「ファミリーマート津山駅前店」の駐車場となった。*31
錦鶴映画劇場(錦映)
所在地 : 岡山県津山市福渡町
開館年 :
閉館年 : 2008年11月30日
2008年7月13日に津山明宝会館が閉館すると、3か月後の2008年11月30日には津山市最後の映画館だった錦映も閉館した。最終上映作品は『崖の上のポニョ』。*32

島根県

隠岐郡西ノ島町

大久館
所在地 : 島根県隠岐郡西ノ島町美田尻
開館年 : 昭和30年代半ば
閉館年 : 昭和40年代
昭和30年代半ば頃、美田尻に大久館(だいきゅうかん)という映画館が開館。毎日興行ではなかったが、常設の映画館だった。テレビの普及に伴い、昭和40年代に閉館となった。*33

愛媛県

宇和島市

宇和島市の映画館
宇和島市には多すぎるといわれる映画館8館のうち7館までが商店街沿いまたは近接して位置している。商店街の南端にある洋画封切館のスバル座は、演劇場の融通座を回収したシネマスコープ劇場である。700席を持ち、客層はインテリ層が多数を占める。中央劇場は宇和島の草分け的存在であり、約50年前に開館した。戦火を免れた唯一の館であり、日活の封切館である。商店街の中心部にある丸の内劇場(丸劇)は松竹封切館であり、広いステージで歌謡ショーやファッションショーも催されるため女性ファンが多い。丸の内劇場と向かい合って、1955年に開館したばかりの宇和島東映があり、東映の封切館である。城山の山麓、宇和島港に接して日劇があり、スバル座と同じく洋画の封切館である。海岸村から来る客に便利な立地のせいか西部劇が多い。臨港道路を渡ると東宝封切館の新劇がある。新劇を過ぎて商店街の北端部に、大映封切館のキリン館がある。市街地南部の町はずれにあるつばめ座は、1956年9月に町工場を改修して開館したばかりの邦画再映館である。*34

宇和島の映画館は宇和島発祥の堀部チェーンと戦後に松山から進出した坪内チェーンに二分される。スバル座、丸の内劇場、新劇は堀部チェーン、日劇、宇和島東映、中央劇場、キリン館は坪内チェーンである。つばめ座のみは個人経営。宇和島東映、つばめ座、丸の内映画劇場(丸劇)、新栄劇場、キリン座、スバル座、中央劇場、日劇の写真あり。*35

喜多郡内子町

旭館
所在地 : 愛媛県喜多郡内子町内子
開館年 : 1926年
閉館年 : 1967年
1926年に木造平屋建て一部2階建ての旭館が開館。重要伝統的建造物群保存地区の町並みに近い。1967年に閉館し、長らく倉庫として使用されていた。2013年12月には登録有形文化財となった。2013年6月2日には約半世紀ぶりに上映会が開催され、不定期に上映会を行っている。*36

高知県

四万十市

中村太陽館
所在地 : 高知県中村市(現・高知県四万十市中村栄町)
開館年 : 1926年
閉館年 : 2005年
1926年(大正15年)に中村太陽館が開館した。全盛期の中村市には4館の映画館があり、中村市栄町にあった中村太陽館は「おまち中村」のシンボル的存在だった。2005年(平成17年)には4館の中で最後に残った中村太陽館も閉館した。幡多地域最後の映画館だった。閉館後も待ち合わせ場所などに使用されたが、2017年(平成29年)5月以降に建物が解体された。*37

福岡県

大川市

大川シネマホール
所在地 : 福岡県大川市酒見215−1
開館年 : 2015年10月11日
閉館年 : 営業中
2015年(平成27年)10月11日、福岡県大川市に映画館の大川シネマホールが開館した。運営は国際医療福祉大学などを運営する高邦会グループ。2015年4月にオープンした同グループの複合施設「おおかわ交流プラザ」4階に設置される。370席。スクリーンは高さ6.3メートル、幅14.5メートル。かつて大川市には4館の映画館があったが、1975年(昭和50年)頃までにすべて閉館している。*38

佐賀県

佐賀市

シアター・シエマ
所在地 : 佐賀県佐賀市松原2丁目14−16
開館年 : 2007年12月15日
閉館年 : 営業中
閉館した映画館を使用して2007年12月15日に開館。2スクリーンに計165席。ランチが食べれるカフェもある。10年間で上映した作品数は約1700作品。2008・2009年頃にはデジタル化に際して約1000万円かかる機材の導入に頭を悩ませたが、募金で1200万円超が集まり、2014年末に1スクリーンで新しい映写機を導入できた。2014年以降には上映された作品についてカフェで語り合う催しを開催。2017年12月10日にはファン投票による歴代上映作ベスト10を発表。*39

熊本県

阿蘇郡小国町

小国シネ・ホール
所在地 : 熊本県阿蘇郡小国町宮原1988-7
開館年 : 1970年代
閉館年 : 2007年12月(定期上映終了)
2007年12月から休館中の映画館「小国シネ・ホール」(阿蘇郡小国町宮原)が、約8年ぶりに期間限定で上映会を行う。休館前は阿蘇郡唯一の映画館だった。2018年6月18日から6月24日まで、2016年4月の熊本地震前に県内で撮影された短編映画『うつくしいひと』をチャリティー上映する。*40

小国町中心部の宮原地区にはかつて約250席の「雄国館」があったが、1960年代後半に閉館。北村の父・弘義が同館の設備を賃借し、1970年代から不定期に映画興行を行ってきた。『砂の器』『スター・ウォーズ』などのヒット作を次々に上映したが、過疎化で観客が減少して賃借料の支払いが困難になったため、弘義は1983年に自宅を改装して小国シネ・ホールを開館し、不定期で上映を続けた。1994年頃に栄次朗が帰郷して手伝い、『もののけ姫』や『タイタニック』などを上映。町内外から入りきらないほどの客が訪れ、「雄国館」の建物でも臨時上映した。2002年頃には大規模改修。映画館用の固定椅子63席と音響設備。ワーナー・ブラザーズなどと契約し、常設館として最新作を毎日上映した。しかし熊本市近郊に相次いでシネコンが開業すると、客数が減少して2007年12月に休館。支配人の北村栄次朗50歳。2016年4月の熊本地震後、『うつくしいひと』を上映すると1週間で約350人が来館。以後は不定期で上映を再開し、2017年には『この世界の片隅に』、2018年6月には『blank13』を上映。町民数人が「小国シネマ倶楽部」を結成してチケット販売や宣伝用看板の製作を手伝っている。*41

鹿児島県

鹿児島市

旭シネマ
1977年2月、上町東映の経営者は西鹿児島駅周辺の平和通り(ベル通り)に西駅旭シネマを開館させた。西鹿児島駅周辺では久々の映画館だった。*42
鹿児島東映
1962年3月15日に東映会館が開館。鉄筋コンクリート造1790m2。地上3階・地下1階建。地下1階と1階が映画館。2階と3階はキャバレーエンパイア。2004年9月16日には閉館。東映九州最後の直営館だった。翌日の9月17日には西鹿児島駅前に鹿児島ミッテ10が開館している。
文化劇場/シネシティ文化
所在地 : 鹿児島市千日町5
開館年 : 1957年9月
閉館年 : 2006年6月5日
福岡県の有楽興行は鹿児島県に進出し、1957年9月に富士館を文化劇場と改称して鹿児島の拠点とした。1959年に劇場を新築し、鹿児島市の洋画館として初めて冷房設備を設置した。文化劇場・銀ザシネマ・銀座劇場の洋画上映館3館は提携して番組編成を行っており、文化劇場はその要となった。1988年9月には約10億円を投じた地上7階・地下1階のシネシティビルが千日町天文館通りに完成し、4スクリーンの複合映画館「シネシティ文化」が開館。厳密にはシネコンの定義には当てはまらない。1990年6月には5スクリーンに増やし、2003年12月には6スクリーンに増やした。2004年にミッテ10が開館したことなどが理由で、2006年6月5日から休館し、10月7日には営業再開の断念を決定した。*43
鹿児島東宝
所在地 : 鹿児島市千日町5
開館年 :
閉館年 : 2006年10月14日
1995年には東宝銀座が3スクリーンの鹿児島東宝に。鹿児島東宝は2004年10月14日をもって閉館。翌日には鹿児島市郊外にTOHOシネマズ与次郎が開館している。*44
松竹高島劇場/鹿児島松竹タカシマ
1987年4月25日に開館。2階がピカデリー、4階が松竹高島劇場。2000年8月には松竹高島劇場が3スクリーンの鹿児島松竹タカシマに。*45
鹿児島ミッテ10
2004年3月には九州新幹線の新八代駅=鹿児島中央駅間が開業。同年9月には鹿児島中央駅ビルに隣接して複合商業施設「アミュプラザ鹿児島」が開業し、6階にシネコン「鹿児島ミッテ10」が開館。10スクリーン計1922席。東映の子会社と有楽興行の合弁会社が運営。*46

鹿屋市

テアトル文化
1992年2月には鹿屋市のテアトル文化が閉館。鹿児島県内では鹿児島市以外にあった唯一の映画館だった。2000年8月には奄美市にシネマパニックが開館するまで、約8年間は鹿児島県内の映画館は鹿児島市のみという状態が続いた。*47
リナシアター
2007年4月に鹿屋市民交流センター「リナシティ」にリナシアターが開館。鹿屋市の指定管理施設。座席数68席。

奄美市

シネマパニック
2000年8月には奄美市にシネマパニックが開館。*48

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

管理人/副管理人のみ編集できます