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神戸市

元町映画館

所在地 : 兵庫県神戸市中央区元町通4丁目1−12
開館年 : 2010年8月21日
閉館年 : 営業中
Wikipedia : 元町映画館
小児科医の堀忠は「開業するなら病院より映画館」というほどの映画好きである。堀は2000年に元町商店街にある2階建てビルを購入して映画館の開館を計画し、資金面や運営面での準備を進めた。2009年にテナントが撤退したことから準備を本格化させ、2010年夏に映画館「元町映画館」を開館させる予定である。*1

2010年8月に開館する元町映画館の椅子や映写機は、閉館となった映画館の中古品を使用している。内装などの工事は知人やボランティアに依頼して初期投資額を抑えた。2010年8月1日にプレ開館し、スイスを舞台とする映画『要塞』を上映して正式開館のリハーサルとした。*2

医師の堀忠は10年前にビルを購入し、入居していたテナントが撤退したことから、2009年春から映画館の開館の準備に入った。神戸映画サークル協議会も協力し、運営委員だった藤島順二が支配人に就任。8月1日のプレ開館イベントは立ち見が出るほどの盛況であり、8月21日に元町映画館が正式開館した。この際には大阪市出身の映画監督である大森一樹の花輪などが並べられた。オープニング作品は『狙った恋の落とし方』と『赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道』。元町から映画館がなくなって20年以上経っていた。*3

元町映画館は2010年8月24日の開館からの1年間に100本余りの映画を上映。日本未公開のアメリカドキュメンタリー9本を一挙に上映したり、ゴダール監督の新作公開に合わせて旧作の特集を組んだりした。監督や出演者の舞台挨拶も定期的に実施している。2011年8月20日から8月26日までは、開館1周年を記念して藤島順二支配人の「人生を変えた」というスペインのビクトル・エリセ監督作『ミツバチのささやき』と『エル・スール』を上映する。*4

小児科医の堀忠は大の映画好きであり、1997年に大阪市西区にシネ・ヌーヴォが開館した際には、市民株主の一人として出資している。テナントの100円ショップが退去した跡地に映画館「元町映画館」を開館させた。映画館を開館させるにあたって8000万円の借金をしている。*5

明石市

白鳥座

所在地 : 兵庫県明石市
開館年 :
閉館年 :
国道2号沿いにあった映画館の「白鳥座」。当時の明石市中心部には、白鳥座のほかに明石東映・明石東宝・本町日活などが軒を連ねていた。白鳥座の前を明石商業高校映画部の生徒らが歩いている1959年の写真あり。*6

本町日活/明石ほんまち三白館

所在地 : 兵庫県明石市本町一丁目14−18
開館年 : 1947年
閉館年 : 2014年12月23日
本町日活は1947年に演芸場を兼ねた映画館として開館。木造。1950年代後半から日活の専門館となり、日活がロマンポルノの配給を始めてからは成人映画を上映していた。2013年にはやはり柏木弘が運営する明石東宝が再開発に伴って閉館している。2014年12月23日に閉館。来年2月には本町商店街振興組合による改装工事を行い、12月に「ほんまち三白館」(みはくかん)として開館する。明治から戦前にあった演芸場「三白亭」が名称の由来。*7

明石市の本町日活は1947年に開館し、1970年代からは成人映画の上映館となった。2015年1月11日には無声映画を弁士付きで上映する記念イベントを開催。*8

明石市の本町日活は2009年で開館62年を迎える。2009年時点では兵庫県唯一の成人映画の封切館である。回り舞台や楽屋を残している。戦前の芝居小屋「三白亭」(みはくてい)が前身であり、1947年に木造入母屋造の本格的な劇場として建設された。間口18メートル、奥行き36メートル。客席は240席。三角形に組んだ大規模な木造トラス屋根が特徴。舞台部分と客席部分は平屋だが、楽屋やかまど・宿泊施設のある裏側は二層構造。開館当時は洋画や民謡ショーなどが上演された。1950年代後半に日活の専属館になると大改装を行った。石原裕次郎や浅丘ルリ子が舞台挨拶を行った。阪神淡路大震災では全壊と判定されたが、修復工事を行って上映を再開した。*9

明石日活のの延床面積は約790平方メートル。木造一部2階建て。1956年の『太陽の季節』などのヒット作が続いたころには扉が閉まらないほどだった。石原裕次郎がロケで明石市を訪れた際には、ファンに囲まれたために本町日活に入れなかったというエピソードがある。渡哲也や浅丘ルリ子も本町日活を訪れた。出演者用の楽屋や宿泊部屋が残るのは、芝居小屋として建てられた名残である。*10

映画館「本町日活」の跡地を利用して、2015年12月に演劇場「明石ほんまち三白館」(みはくかん)が開館。開館から丸2年を迎える前の2017年10月に入場者10万人を超えた。*11

明石東宝

所在地 : 兵庫県明石市大明石町1-6-7 明神ビル2階
開館年 :
閉館年 : 2013年9月24日
1995年1月17日の阪神淡路大震災では阪神間にある映画館も大きな被害を受けた。1月28日には明石東宝が営業を再開した。この時点では神戸市の三宮地区の映画館のほとんどは、入居するビルそのものが使用不可の状態だった。*12

2009年2月22日に第81回アカデミー外国語映画賞を受賞した『おくりびと』を上映する明石東宝では、1996年以来となる入場待ちの行列ができた。*13

明石東宝は1966年にビルを新築した。1990年代の映画低迷期には、「明石シネマクラブ」が休館日の明石東宝のスクリーンを借用して定期上映会を行った。1997年にはシネマコンプレックスが登場し、明石東宝の観客数がいっそう減少した。*14

明石駅南地区には戦前から芝居小屋があり、戦後には明石東宝・明石松竹・明石東映・白鳥座・明石日活館の計5館の映画館があった。1973年には明石東映と白鳥座が閉館し、明石駅南地区の一般映画館は明石東宝のみとなった。1967年頃の写真あり。明石東宝は1966年竣工の6-7階建てのビルに入居し、このビルの東側には明石東映と白鳥座が入るビルがあった。*15

1953年に明石映画銀座として開館し、後に明石東宝に改称して東宝作品の封切館となった。1966年には複合商業ビルを建設してその中に入ったが、映画館の複合ビル化の先駆け的存在だった。1960年代には加山雄三主演の若大将シリーズなどが人気であり、1970年代以降はアニメ映画が人気だった。2001年には東宝との専属契約を解除し、自前での番組編成が可能となった。2013年の閉館時までデジタルシネマ化を行わず、35mmフィルムで上映を行った。2013年9月末に閉館する。閉館時点で東宝系では兵庫県唯一の映画館だった。270席。*16

明石駅/山陽明石駅前の国道2号沿いには、かつて映画会社直営の映画館が並んでいた。それ以外を含めると、映画全盛期の明石市には7館の映画館があった。1977年の明石東宝の写真あり。藤岡弘主演の『大空のサムライ』と森繁久彌主演の『喜劇 百点満点』の看板が見えている。この頃には3館に減っていた。*17

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