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福知山市、舞鶴市、綾部市、宮津市、京丹後市の映画館。

『全国映画館総覧 1953』における丹後地方の映画館は計24館。福知山市3館、舞鶴市7館、綾部市2館。与謝郡6館(宮津町2館、加悦町1館、岩滝町1館、市場村2館)。中郡3館(峰山町2館、大野村1館)。竹野郡3館(網野町1館、間人町1館、和田野町1館)。鉄筋造館は福知山市の福知山第二日活館、舞鶴市の松竹旭キネマ、綾部市の三ッ丸会館の3館のみであり、残りの21館は木造館。

福知山市

福知山の映画館の概観

福知山の広小路は若いころからの数々の懐かしい思い出の町です。殊に娯楽面での繁華街として、今の第一映画が明治期は、常盤館の名で歌舞伎や新派劇などの興行を見せ、またこの常盤館(当時は東向き)の左側の道路(御霊神社高台の下)を西へ行くと福知館という芝居小屋もありました。*1

松竹座

所在地 : 京都府福知山市東中之町27
開館年 : 1938年*2
閉館年 : 不明
座席数 : 540席

福知山劇場として平尾吉三氏が経営、その後上野寿雄氏に引継ぎ経営、昭和22年(1947年)同氏長男利明氏により「松竹座」と映画館に変身同48年まで営業する。現在は福知山商工会館として種々の団体が利用している。※下と同じ出典なのに文章に整合性がない。*3


福知座は明治36年(1903年)9月1日落成した。御霊神社裏手にあり、従来は半席芝居小屋であったが大正7年(1918年)広小路が拡張されて立派な建物に変ったが昭和7年(1932年)に焼失した。福知座の跡地は昭和13年(1938年)頃当時桑畑完治氏の経営による松竹座が建ち名作“愛染かつら”が封切られて大ヒットした。戦後、第2日活、外映等に変り以後すっかり壊されてパーキングになっている。※上と同じ出典なのに文章に整合性がない。*4

福知山第一日活館/福知山東宝第一映画劇場/福知山東宝劇場

所在地 : 京都府福知山市東中之町28(1953年)、福知山市東中ノ28(1980年)、福知山市東中の28(1990年)
開館年 : 1953年*5
閉館年 : 2006年2月
座席数 : 629席(1953年版)、425席(1980年版)、150席(1990年版)、135席(1994年または1995年以降)

福知山スカラ座

所在地 : 京都府福知山市東中ノ28(1980年)、福知山市東中の28(1990年)
開館年 : 1986年*6
閉館年 : 2006年2月
座席数 : 161席(1990年)→146席(1994年または1995年以降)

福知山第二日活館

所在地 : 京都府福知山市東中之町44
開館年 :
閉館年 : 1980年以前
座席数 : 755席

福知山駅前東映

所在地 : 京都府福知山市布下川田21
開館年 :
閉館年 : 1982年頃
座席数 : 400席(1980年版)

福知山シネマ(2スクリーン)

福知山シネマ CC by Razgrad
所在地 : 京都府福知山市東中ノ町28-1
開館年 : 2007年8月4日
閉館年 : 営業中
座席数 : 134席、120席

福知山東宝劇場の跡地に開館。運営はシマフィルム。

福知山市東中ノ町の広小路通りに4日、映画館「福知山シネマ」が開館する。市内で唯一残っていた福知山東宝劇場・スカラ座の休館から約1年半ぶりの劇場復活。「地方でも良い映画が鑑賞できる場を」と、舞鶴市の映画制作者が乗り出し、開館にこぎ着けた。運営するのは舞鶴市上福井、シマフィルム代表志摩敏樹さん(44)。各約140席の2スクリーンがあり、スタッフは地元の若者ら7人。映画の多様性を知ってほしいと、独立系作品も上映する。*7


(要約)3月末には豊岡劇場が閉館し、北近畿の映画館はシマフィルムが運営する福知山シネマと舞鶴八千代館の2館のみとなった。5月21日から5月24日まで休館し、洋式トイレの整備、2館それぞれのデジタル化、スクリーン交換などを行う。5月25日からは『メン・イン・ブラック3』を3Dで上映。*8


(要約)館内に多目的スペース「シネマ・プラス」を設置した。*9


福知山市中ノの映画館「福知山シネマ」の隣で、空き店舗を改装した複合施設「まちのば」が10日、オープンする。同シネマなどを運営する「シマフィルム」(舞鶴市)が「街の元気と市民の憩いの場を提供しよう」と、金融機関が使っていた店舗を改修した。施設(鉄筋コンクリート3階建て、延べ約390平方メートル)は国の助成を受け、総額約9千万円で新たに生まれ変わった。1階は、コミュニティースペースとして有料で貸し出す。舞台や35ミリフィルム映写機などを備え、上映会や演劇、公園、展示会などに使える。2階にはブックカフェがあり、国内や海外の文学作品や画集などの古本約3500冊をそろえている。コーヒーなどを味わいながら読書を楽しめ、購入もできる。同社の西村優作さん(29)が東京都内の古書店などで半年かけてそろえたという。*10


(要約)2014年5月10日には「まちのば」がオープン。1階のコミュニティスペース、2階のブックカフェからなる。ブックカフェには、東京の一箱古本市でグランプリ受賞経験のある、ブックキュレーターの西村優作が収集した3000冊以上の古本を設置。キャラクター「モジカちゃん」は漫画家の西島大介によるデザイン。まちのばのオープニングイベントとして、1階では「福知山名作劇場 日活映画の青春」と題した名画の特集上映を開催。5月24日から6月1日には『嵐を呼ぶ男』『伊豆の踊子』『キューポラのある街』『紅の拳銃』『さすらい』『夜霧よ今夜も有難う』の6作品を、8月23日から8月31日の会期2には『幕末太陽傳』『拳銃は俺のパスポート』『憎いあンちくしょう』『狂った果実』『愛と死をみつめて』『豚と軍艦』の6作品を上映した。*11


福知山市唯一の映画館「福知山シネマ」が今年8月、開館10周年を迎える。記念イベントとして、同市在住のマンガ家・こうの史代さん(48)が原作で話題のアニメ映画「この世界の片隅に」のパネル展(21日〜3月1日)を開催し、2月4日から同作品を上映。20日にはこうのさんが同シネマを訪れ、「福知山の若者たちにぜひ見てほしい」と呼びかけた。パネル展は無料で原画の複製など約50点を展示。2月4日には、こうのさんと片渕須直監督のトークショーも開催する。こうのさんは昨年2月、夫の実家がある同市に転居。同シネマ支配人の細川龍作さん(34)が10周年イベント企画中にこれを知り、参加を依頼した。かつて同市内には複数の映画館があったが、人口減少の影響もあり、2006年までに全て姿を消した。しかし、舞鶴市の映画製作会社シマフィルムの志摩敏樹代表が「地方都市の映画館の灯を消してはならない」と、閉館した映画館を活用して07年8月4日に同シネマをオープンした。中心部の広小路商店街にある同シネマは当初、客足が伸び悩んだ時期もあったが、12年に立体映像(3D)に対応するためデジタルシステムを導入。14年には隣の空き店舗を改修して多目的スペース「まちのば」をオープンするなど、「街の映画館」として市民に受け入れられてきた。*12

舞鶴市

松竹旭キネマ

所在地 : 京都府舞鶴市中舞鶴上3(西舞鶴)
開館年 : 1953年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後
座席数 : 718席

開館時の運営者は舞鶴八千代館と同じく野村鎌太郎。

松竹旭館

所在地 : 京都府舞鶴市円満寺165(西舞鶴)
開館年 : 1953年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後
座席数 : 593席

開館時の運営者は舞鶴八千代館と同じく野村鎌太郎。

八千代館(東舞鶴)/舞鶴八千代1/舞鶴八千代館1

所在地 : 京都府舞鶴市余部3(1980年)、舞鶴市字浜239(1990年)
開館年 : 1938年(開館)、1981年(建て替え)
閉館年 : 営業中
座席数 : 220席(1938年-)→540席(1980年)→170席(1990年)→156席(1994年または1995年以降)
昭和初期の芝居小屋から始まり、今も常連ファンに愛される舞鶴市唯一の映画館「舞鶴八千代館」。取締役支配人の野村正男さん(61)にとって思い出深いのは約30年前に上映した薬師丸ひろ子さん主演の「セーラー服と機関銃」。長蛇の列ができ、わざわざスクリーンのある一室を待合室にしたという。17日から立体映像(3D)の設備を導入、洋画「アリス イン ワンダーランド」を上映中だ。*13


浜の舞鶴八千代館が3台目のデジタル映写システムを導入し、3月2日から3スクリーン全てがデジタル館となる。映画のデジタル化に対応できず地方の多くの映画館が閉館する中で、映画館を地域に残そうと熱意を傾けている。今年は八千代館の開業から75周年。2月20日から映画ポスター展と同館の懐かしい写真で歩みを振り返り、3月1~3日はファン感謝デーとして入場料を1,000円とする。
 八千代館は1938(昭和13)年に野村鎌太郎氏が創業。第1回の上映作はトーキー映画の「河内山宗俊」。1スクリーンで2階は畳敷きだった。このほかにも浜に旭座、中地区に旭キネマ、西地区に旭館を運営していたが、戦後順次閉館した。
 81年に現在の建物に建て替え2スクリーンに、2000年から3スクリーンとした。08年から「シマフィルム」(志摩敏樹代表)の運営に変わり、10年と11年にかけ2台の3Dデジタル映写機を入れた。
 1957(昭和32)年ごろには朝6時までオールナイトで上映し、入館者を京都市内の東映撮影所に招待して俳優らとの食事会のファンサービスも行った。DVDの普及などで観客が減少する中でも、アニメ映画を楽しみに開館時間前に並ぶ子供たち、観たい映画のため愛知県豊橋市などから訪れた熱心なファンもいた。
 ポスター展は、コレクターから借りた「ゴジラ」「日本沈没」「七人の侍」「戦場のメリークリスマス」など約50点を展示する。3月8日まで。*14


舞鶴市でただ一つ営業を続けている映画館「舞鶴八千代館」(同市浜)が今年、創業75周年を迎えた。1938(昭和13)年に今の場所でオープンした八千代館。当初は木造でスクリーンが1面だった。81年に現在の鉄骨造りに建て替えられ、スクリーンも2面に。さらに00年の改築で3面に増やした。 今年は75周年であると同時に、上映機材を昔ながらのフィルム映写機からデジタル映写機に入れ替える(3月2日)という、八千代館にとっては大きな節目。野村さんによると、舞鶴市内には昭和30年代までは映画館が8館あった。だが、東京オリンピック(64年)を機にテレビが急速に普及。映画人口は減り続け、現在、北近畿には八千代館のほかは福知山市に1館あるだけだという。元々、八千代館は邦画専門だったが、周りの映画館が消えていくうちに洋画も上映するようになった。今も、八千代館の入場者は1日当たりおよそ100人程度。*15

舞鶴八千代2/舞鶴八千代館2

所在地 : 京都府舞鶴市字浜239(1990年)
開館年 : 1981年
閉館年 : 営業中
座席数 : 72席(1990年)

新舞鶴座/豊栄座/松竹旭座

所在地 : 京都府舞鶴市八島通り八条(東舞鶴)
開館年 : 1953年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後
座席数 : 529席

開館時の運営者は舞鶴八千代館と同じく野村鎌太郎。
写真右端は映画館の旭座。八島通り八条角のこの位置には、明治38年に演劇場の新舞鶴座が落成した。大正時代になると映画が流行しだし、舞鶴でも活動写真の上映が多くなり、新舞鶴座も映画館となった。映画館の名前は、大正末ころから昭和初期には豊栄座(町民の投票で決まった)となり、その後、昭和十年代半ばころには旭座となった。昭和34年市内に7館あった映画館も、テレビに押され次第に減少、旭座も姿を消した。現在(平成8年)、市内の映画館は2館。*16

東宝浮島劇場(東舞鶴)

所在地 : 京都府舞鶴市溝尻150(1980年)、舞鶴市字溝尻150-15(1990年)
開館年 :
閉館年 : 1997年
座席数 : 1000席(1980年)→384席(1990年)→453席(1991年または1992年以降)

57年間、舞鶴市溝尻で映画を上映してきた舞鶴浮島劇場が閉館することになり、8、9の両日、500円で4本立てさよなら上映会がある。1940年(昭和15年)、旧海軍の慰安施設として水兵たちでにぎわい、戦後は府北部で一番広い画面でシネマスコープを映して映画ファンや海上自衛隊員らの人気を呼んだが、レンタルビデオの普及やパチンコなどレジャーの多様化で客足が落ちたのと、2年前に経営者が死去し、維持費がかさむため廃業することになった。映画館は旧海軍の共済組織「海仁会」が建てた木造3階建て。戦後は東宝浮島劇場となり、洋画封切館となった。1952年から現在の舞鶴浮島劇場に改名された。客席は500席で2階は畳席となっている。支配人の加藤とし子さん(67)は「亡くなった経営者の岡本勢平さん、徳ゑさん夫妻が映画好きだったので映画ファンの映画館だった」と振り返っていた。さよなら上映会には2階の畳席も開放し、映画が大衆娯楽の王座だったころを再現する。さよなら上映会のプログラムは次の通り。8日=午前11時「ショーシャンクの空に」▽午後2時「男はつらいよ第一作」▽午後3時32分「新・喜びも悲しみも幾歳月」▽午後6時15分「マディソン郡の橋」。9日=午前11時「マディソン郡の橋」▽午後1時45分「男はつらいよ第一作」▽午後3時17分「ボデイガード」▽午後5時45分「ニューシネマパラダイス」*17

舞鶴日活映画劇場

所在地 : 京都府舞鶴市円満寺151(西舞鶴)
開館年 : 1953年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後
座席数 : 526席

日本劇場

所在地 : 京都府舞鶴市広小路(西舞鶴)
開館年 : 1953年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後
座席数 : 750席

舞鶴市の映画館

朝代新地に在るものを縦楽座とし、鎮守府街道にあるものを舞鶴座とす、舞鶴座は明治31年の新築にして、縦楽座は本年を以て改築せらる、輪興の美共に近郷に誇るに足るものあり、其他人寄席都座は、本年新に字堀上に建てらる、規模小なりと雖も設備美●一夕の歓を●に足る*18


東部の新市街、八島通六条に明治35年新築された稲荷座と、同じ街通りの八条角に38年落成した新舞鶴座が興行していた。また、同44年にすでに興行していた三条海岸の群鶴座では、同年9月16、17日琵琶同好会が開催され、衣川美由幾、山岡薩南等が滞在し出演した記録がのこっている。加佐郡役所の調査によると、明治44年末当時、演劇場及び人寄席は、舞鶴町3、余部町2、新舞鶴町2あるが、これらのうち舞鶴町の縦楽座では同年11月30日から12月1日にかけて、今様能狂言の名優といわれた泉祐三郎一座が舞鶴紫泉会に招かれて来演し、翌45年6月に新舞鶴町稲荷座で翠香園一座の壮士芝居が、また同年9月には劇場は不明ながら川上音次郎一派から分れた静間小次郎劇団の新派劇が興行されるなど、新興の軍港都市として多彩な動きがみられる。大正2年に入ると5月26日に鳥取地方の巡業の帰阪途次、市川斎入、右団次、嵐巌、実川八百歳、浅尾関十郎、嵐村右衛門等名の大歌舞伎の一行が舞鶴町の舞鶴座で開演し、福知山、綾部、新舞鶴からの観劇者には片道の汽車賃を、余部(中舞鶴)、宮津よりの入場者には汽車賃の割戻しをするなどの客寄せをして評判高い興行を行った。これらの劇場や寄席は、当時寺院以外には公共の会場をもたなかった民衆にとって、共通の意思疎通をはかり、またこれを確認し合いながら共に楽しむことができる集合所でもあった。明治35年、加佐郡の招魂祭で縦楽座舞鶴座がその慰安会場として使用されたもので、その後、海軍工廠の職工団体が中舞鶴町の寿座、新舞鶴町の稲荷座などを借用して諸行事を開催している。*19


大正11年、新舞鶴町では常設映画館として帝国館新舞鶴座の2館が興行している。昭和13年、舞鶴町内には2常設映画館がある。旭館は197坪、定員607、個人経営。八千代館は77坪、定員360、個人経営。映画館ではなく劇場の舞鶴座は270坪、定員825、個人経営。*20


東舞鶴市民が銃後の産業に疲れた身を映画慰安に求める傾向は最近ことのほか著しく市内5ヶ所の常設館は常に超満員という盛況をみせているが東舞鶴警察署の調査による9月各館の入場者左の通り総計10万を突破している。
東舞鶴新興・・・・・39,554人
東舞鶴映画劇場・・・25,815人
旭座・・・・・・・・20,005人
八千代館・・・・・・13,091人
旭キネマ・・・・・・11,124人*21
しかし、これらの映画館も、敗戦色濃くなった昭和19年ごろから次つぎと閉鎖・廃業に追いやられていった。そして戦後、戦前からすでに衰退傾向にあった劇場が、26年には舞鶴市内から姿を消したのとは反対に、映画館は大衆娯楽上の中核としていち早く復活、大繁栄をみた。34年4月1日現在、本市内には映画館は7館あり、前年の33年中にこれに入場した人数は、延べ118万9968人を数えたが、これは、市民1人当たり年間11.6回入場したことになる。29年3月のNHK大阪テレビ局に続き民間テレビ局も開局し、テレビがめざましく普及したため、それに押されて映画観覧者は次第に減少をはじめ、48年4月1日現在、市内の映画館数4館、47年中の入場者延べ18万1663人と、33年をピークに年々衰微し、54年には東地域に2館を残すのみとなってしまった。*22

綾部市

三ッ丸会館

所在地 : 京都府綾部市綾部21
開館年 : 1953年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後
座席数 : 350席

栄楽劇場

所在地 : 京都府綾部市本町5-24
開館年 : 1953年以後1960年以前
閉館年 : 1960年以後
座席数 : 700席

綾部ITホールA

所在地 : 京都府綾部市西町1-4-1
開館年 : 1997年
閉館年 :
座席数 : 80席

宮津市

宮津劇場

所在地 : 京都府与謝郡宮津町字万年107
開館年 :
閉館年 :
座席数 : 650席

宮劇は今の万年ハイツの場所にあり,東映作品と洋画がかかった。「ベン・ハー」も「ほほにかかる涙」も「大脱走」も宮劇で見た。「イージーライダー」はよく分からなかった。有楽館の2階は畳敷きで冬は寒かった。有料の火鉢の貸し出しがあり,客はおのおの火鉢にあたりながら映画を見た。*23


宮津には、かつて宮津劇場があり、旅役者が公演されたそうで、近江飛竜一座もたびたび公演されたそうで、その流れをくむ、近江新之介座長が率いる関西老舗の「浪花劇団」の特別公演。*24

宮津有楽館

所在地 : 京都府与謝郡宮津町字万年538、549
開館年 :
閉館年 :
座席数 : 588席
宮津にはかつて「有楽館」,「宮津劇場(宮劇)」という二つの映画館があった。有楽館はやまと屋旅館の斜め前,今はガレージになっている辺りにあり,大映,にっかつ,松竹の作品がかかった。*25

宮津東宝1

所在地 : 京都府宮津市字敦賀2075(1990)
開館年 : 1990年以前
閉館年 : 1995年
座席数 : 72席

宮津東宝2

所在地 : 京都府宮津市字敦賀2075(1990)
開館年 : 1990年以前
閉館年 : 1994年
座席数 : 50席

京丹後市

加悦劇場

所在地 : 京都府
開館年 : 1953年以前
閉館年 : 1980年以後
座席数 :

岩滝劇場

所在地 : 京都府
開館年 :
閉館年 :
座席数 :

市場劇場

所在地 : 京都府
開館年 :
閉館年 :
座席数 :

橋立劇場

所在地 : 京都府
開館年 :
閉館年 :
座席数 :

峰山劇場

所在地 : 京都府
開館年 : 1953年以前
閉館年 : 1980年以後
座席数 :

明峰会館

所在地 : 京都府
開館年 :
閉館年 :
座席数 :

大野劇場

所在地 : 京都府
開館年 :
閉館年 :
座席数 :

日勝館

所在地 : 京都府
開館年 :
閉館年 :
座席数 :

間人劇場

所在地 : 京都府
開館年 :
閉館年 :
座席数 :

和田野座

所在地 : 京都府
開館年 :
閉館年 :
座席数 :

各年の映画館名簿

【1990年版】
福知山東宝劇場、福知山スカラ座、浮島劇場、舞鶴八千代1、舞鶴八千代2、宮津東宝1、宮津東宝2
【1991年版】
不明
【1992年版】
福知山東宝劇場、福知山スカラ座、浮島劇場、舞鶴八千代1、舞鶴八千代2、宮津東宝1、宮津東宝2
【1993年版】
福知山東宝劇場、福知山スカラ座、浮島劇場、舞鶴八千代1、舞鶴八千代2、宮津東宝1、宮津東宝2
【1994年版】
福知山東宝劇場、福知山スカラ座、浮島劇場、舞鶴八千代1、舞鶴八千代2、宮津東宝1、宮津東宝2
【1995年版】
福知山東宝劇場、福知山スカラ座、浮島劇場、舞鶴八千代1、舞鶴八千代2、宮津東宝1
【1996年版】
福知山東宝劇場、福知山スカラ座、浮島劇場、舞鶴八千代1、舞鶴八千代2
【1997年版】
福知山東宝劇場、福知山スカラ座、浮島劇場、舞鶴八千代1、舞鶴八千代2
【1998年版】
福知山東宝劇場、福知山スカラ座、舞鶴八千代1、舞鶴八千代2、綾部ITホールA

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