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伊那市、飯田市、駒ヶ根市など。

伊那市

伊那電気館

所在地 :
開館年 : 1922年
閉館年 :
写真 : 向山雅重(監修)『図説・上伊那の歴史 下巻』〈長野県の歴史シリーズ〉郷土出版社、1987年、p.87
大正時代に入り電気が普及すると、活動写真が上伊那地方にも入ってきて、娯楽場などで上映された*1
常設館を望む声が高まったため、大正11年(1922)4月には伊那町に伊那電気館が開設され、伊那市域で初めてトーキー映画を上映した*2
劇場の伊那旭座が映画も上映するようになった時期もこの頃とされる*3
赤穂電気館の開設も大正末年だった*4

伊那旭座/伊那旭座1

伊那旭座1
所在地 : 長野県伊那市錦町3400
開館年 : 1913年
閉館年 : 営業中
座席数 : 424席(1990-1992)→352席(1993-1998)

公式サイト
伊那旭座 - Wikipedia
伊那旭座1 - 港町キネマ通り

伊那映画劇場/伊那旭座2

伊那旭座2
所在地 : 長野県伊那市錦町3400
開館年 : 1968年
閉館年 : 営業中
座席数 : 221席(1990-1992)→198席(1993-1996)→204席(1997-1998)

公式サイト
伊那旭座 - Wikipedia
伊那旭座2 - 港町キネマ通り

伊那中央劇場/伊那中劇

所在地 : 長野県伊那市通り町3447-6
開館年 : 1950年代後半
閉館年 : 1998年以後*5
座席数 : 65席(1990-1998)

1970年代前半には成人映画館に転向。

飯田市

飯田市の劇場

江戸時代から下伊那の人びとは芸能好きで、人形芝居や地芝居が盛んであった。明治に入ると中央の役者がしばしば訪れ、興行をしている。明治32年には羽場坂の歌舞伎座のこけら落としに五代目音羽屋尾上菊五郎一座が訪れ、また主税町の曙座の改築祝いには大阪の市川左団次が訪れ、東西の千両役者が同時に飯田の町で華々しく開演し、連日超満員であった。大正4年にはカチューシャで知られる松井須磨子、島村抱月らの一行が来飯、そのとき抱月は「糸の都、芝居の王国、飯田の皆さん」とあいさつをした。昭和に入ると市田に昭和劇場、阿知に駒場劇場、時又に時又劇場、下條に四海座、新野に開明座などあちこちに劇場ができ、映画は活動写真として親しまれた。*6


昭和2年11月にはトーキー映画が飯田で初公開され、昭和3年中山晋平作曲の龍峡小唄の発表、藤原義江(昭和4年)、関谷敏子(昭和5年)など中央から音楽家の来飯、若松座飯田帝国館の開館、また周辺でも市田球場ができ、時又劇場大島劇場などの開館、大相撲や拳闘大会の興行、治部坂スキー場のオープンなど昭和の初期、庶民は娯楽にことかかなかった*7


明治以来の飯田市街地に設けられた劇場や映画館の分布は第1図のようである。いかに飯田人が興行好きであるかがうかがわれる。そのほか飯田周辺にも明治末から終戦後しばらくまで劇場があった。それを列挙すると、松川町大島に新富座(開館明治42年)、大島劇場(昭和3年)、市田に昭和劇場(昭和3年、のち高森会館)、阿智村に駒場劇場(昭和4年)、時又に時又劇場(昭和2年)、八幡に八幡会館、天竜峡に龍峡会館あるいは天竜峡会館(戦後)、喬木村に阿島劇場、下条村北又に四海座、阿南町新野に開明座、そのほか、和田(南信濃村)、平岡(天龍村)にもあった。*8

飯田市の映画館

飯田市には戦前から多くの映画館がありました。帝国館大松座などに加え、1949(昭和24)年には洋画専門館として主税町3丁目に銀星会館ができています。映画は庶民の代表的な娯楽として人気を集めていきました。1958(昭和33)年8月、一つの映画雑誌が飯田で創刊されました。「編集後記」は、「せまい飯田にも、常盤中央銀星の他に1958年9月に開館する飯田松竹劇場と4つの映画館をもつことになります。各館で毎週上映される数は沢山です」と述べ、今度創刊される『月間・飯田 映画ノート』は「毎月の各館の上映目録をまっ先に掲載して、これは『みた方がよいもの』は責任をもって推薦し、それについては詳しい解説をのせる」、「よい映画のための案内をはたす」ものとして誕生したとうたっています。編集責任者は菊池幸子、編集委員には池田憲介や高堂正男ら飯田の社会教育関係者も名を連ね、のちには同人誌『橋』の林俊も参加していました。飯田市公民館長であった矢高行路は「観客が映画を作る(中略)映画をよくするのもヘボクするのも観客の教養の如何によるのだ」とのことばを寄せています。*9


昭和22年の飯田大火前には下荒町(中央通り1)に電気館帝国館が軒を並べ賑わっていた。古くは末広座大松座飯田劇場があり、映画も上映していた。大火後電気館跡は中劇となり、銀座の角に常盤劇場が出来た。さらに主税町には昭和25年洋画を専門とする銀星会館が創られた。戦後の娯楽に飢えた人々で、映画館はいつも満員の盛況であった。とりわけ洋画専門の銀星会館は長らく禁じられてきた外国語と西洋の文化に触れる唯一の機会であっただけに、盛況を極めた。やがてテレビが普及し、その後カラーテレビが流行り始めると、映画館から人々の足が遠のき急速に衰退していった。昭和45年、ついに銀星会館は閉館。中央通り3丁目にも松竹劇場のち日活劇場があったが閉館となった。今日、中劇千劇と名を変え、トキワ劇場と2館のみが上映をつづけている。写真1は大火復興後の常盤劇場。唯一の娯楽は映画だった。写真2は復興記念館と常盤劇場。この建物は今はない。写真3は大火後電気館跡にできた中劇。カラー映画は総天然色といい、いつも満員だった。写真4は洋画専門の銀星会館。西部劇からフランス映画と多くの人々に思い出を残して消えて行った。*10

大松座

大松座。明治24年、現在の橋南防災センターの場所に建てられた。橘亭という寄せであったが、門前へ若松を植えたことから若松座と改め、主に新派の劇を上演していた。その後、昭和7年大松座と改称し、昭和20年12月「市長公選、在外同胞救済、失業対策の確立、家庭用塩の増配」等時代を反映した決議をした市民大会も開かれた。昭和22年4月の大火で焼失。写真あり。*11


大松座跡。昭和22年の大火後、上常盤町や扇町の南側は防火のための緑地帯として建物は建てられなくなった。大松座も前側へ移転して、映画の常設館・常盤劇場として衣替えした。突き当りには何も建てられていない。しかし、火災が大火になる原因は鼎側から松川を越えて吹き上げる風であるとされ、防風施設として昭和29年復興記念館が建てられた。現在は橋南防災センター(橋南公民館)に建て替えられている。*12

飯田会館

飯田会館。大正14年にできた飯田劇場が、昭和7年2月に失火によって焼失し、その後、株式を募って昭和13年3月に飯田会館として再建された。現在の信南のバスターミナルの一角に位置していた。写真の建物は昭和22年の大火で焼失した。*13


戦前の興行中の劇場「飯田会館」の写真。*14

銀星会館

銀星会館。昭和24年12月、洋画専門の映画館として、主税町(現リンク会館所在地)に開館。戦時中英米仏文化に飢えていた当時の郡市民は、ここの映画を通じてむさぼるように欧米文化を吸収した。館の正面につけられたアメリカの映画製作各社のマークはそのあと外され、The Ginseiの文字に代わり、テレビの普及、映画の衰退とともに、昭和44年10月惜しまれつつ閉館した。*15

飯田中央劇場1/飯田千劇1/飯田千劇シアター1/飯田センゲキシネマズ1

所在地 : 長野県飯田市中央通り1-5
開館年 : 1953年以後
閉館年 : 営業中
座席数 : 270席(1990-1992)→234席(1993-1995)→217席(1996-1998)

下荒町。中央通り、現在の中劇付近。右側に映画の常設館である電気館帝国館が並んだ、テレビのない時代の盛り場の一つであった。大火後、中央劇場が建てられた。*16


日本映画全盛時代の中央劇場。昭和37年。*17


中劇食堂。昭和37年。飯田市。飯田市中劇食堂に併設された大衆食堂。入口・内部ともに映画や映画俳優、女優のポスターで飾られていた。娯楽の花形として、まだまだ映画が人気があった頃だ。上映の前後にはみんなここで映画の話題に熱中したことだろう。*18

飯田中央劇場2/飯田千劇2/飯田千劇シアター2/飯田センゲキシネマズ2

所在地 : 長野県飯田市中央通り1-5
開館年 : 1953年以後
閉館年 : 営業中
座席数 : 174席(1990-1992)→168席(1993-1998)

飯田センゲキシネマズ3

所在地 : 長野県飯田市中央通り1-5
開館年 : 1998年以後
閉館年 : 営業中
座席数 :

飯田常盤劇場/飯田トキワ劇場

所在地 : 長野県飯田市銀座5-2
開館年 : 1953年以前
閉館年 : 営業中
座席数 : 165席(1990-1998)

常盤劇場の前。昭和30年代。飯田市。常磐町の人通りの中を信南交通の旧型バスが走っている。横断歩道もない道路を縦横に歩く人々の姿には、まだ和服姿もちらほらと見える。*19

駒ヶ根市

各年の映画館

【1990年版】
飯田中央劇場1・2、飯田常盤劇場、伊那旭座、伊那映画劇場、伊那中劇
【1991年版】
不明
【1992年版】
飯田千劇1・2、飯田常盤劇場、伊那旭座、伊那映画劇場、伊那中劇
【1993年版】
飯田千劇1・2、飯田常盤劇場、伊那旭座、伊那映画劇場、伊那中劇
【1994年版】
飯田千劇1・2、飯田常盤劇場、伊那旭座、伊那映画劇場、伊那中劇
【1995年版】
飯田千劇シアター1・2、飯田常盤劇場、伊那旭座、伊那映画劇場、伊那中劇
【1996年版】
飯田千劇シアター1・2、飯田常盤劇場、伊那旭座、伊那映画劇場、伊那中劇
【1997年版】
飯田千劇シアター1・2、飯田常盤劇場、伊那旭座、伊那映画劇場、伊那中劇
【1998年版】
飯田千劇シアター1・2、飯田常盤劇場、伊那旭座、伊那映画劇場、伊那中劇

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