かつて存在した映画館についてのwikiです。事実上の個人サイトであり管理人「hekikaicinema」のみが編集可能です。

滋賀県

草津市

草津シネマハウス
所在地 : 滋賀県草津市 JR草津駅前
開館年 : 1948年(文栄座)、1988年(草津シネマハウス)
閉館年 : 2007年7月31日
2007年9月末、滋賀県草津市唯一の映画館である草津シネマハウスが閉館する。1948年に角正太郎によって、前身の文栄座が1スクリーンで開館。1988年に5スクリーン計540席の現在の建物となり、文栄座から草津シネマハウスに改称した。2007年の閉館時には角正太郎の孫の角大介が社長だった。ピークの1997年には観客数が約30万人を記録したが、中心市街地にあって駐車場がないことや、近隣にシネコンが開館したことなどが響き、2006年は約15万人まで減少。さらに草津市にもシネコンの開館が計画されていることから、2007年春頃に閉館を決意した。*1

草津シネマハウスは滋賀県南部で唯一の本格的映画館。1994年5月の大型連休には『シンドラーのリスト』『クレヨンしんちゃん』『ミセス・ダウト』などの話題作を上映。立ち見の観客もあった。*2

1995年11月18日から映画誕生100周年を記念して、彦根市の「ひこね燦ぱれす」、草津市の「草津シネマハウス」、大津市の「大津市生涯学習センター」の3会場で「95年びわ湖シネマフェスタ」を開催。草津シネマハウスでは『午後の遺言状』、『エイジアン・ブルー』、『恋人までの距離』、『マディソン郡の橋』の4作品を上映し、新藤兼人監督が舞台挨拶を行う。*3

滋賀県で育った映画音楽作曲家・シンガーソングライターの世武裕子は、草津駅前の草津シネマハウスによく通ったという。アメリカ映画『スリーパーズ』を観た時は観客が一人だった。*4

島根県

隠岐郡西ノ島町

大久館
所在地 : 島根県隠岐郡西ノ島町美田尻
開館年 : 昭和30年代半ば
閉館年 : 昭和40年代
昭和30年代半ば頃、美田尻に大久館(だいきゅうかん)という映画館が開館。毎日興行ではなかったが、常設の映画館だった。テレビの普及に伴い、昭和40年代に閉館となった。*5

佐賀県

佐賀市

シアター・シエマ
所在地 : 佐賀県佐賀市松原2丁目14−16
開館年 : 2007年12月15日
閉館年 : 営業中
閉館した映画館を使用して2007年12月15日に開館。2スクリーンに計165席。ランチが食べれるカフェもある。10年間で上映した作品数は約1700作品。2008・2009年頃にはデジタル化に際して約1000万円かかる機材の導入に頭を悩ませたが、募金で1200万円超が集まり、2014年末に1スクリーンで新しい映写機を導入できた。2014年以降には上映された作品についてカフェで語り合う催しを開催。2017年12月10日にはファン投票による歴代上映作ベスト10を発表。*6

熊本県

阿蘇郡小国町

小国シネ・ホール
所在地 : 熊本県阿蘇郡小国町宮原1988-7
開館年 : 1970年代
閉館年 : 2007年12月(定期上映終了)
2007年12月から休館中の映画館「小国シネ・ホール」(阿蘇郡小国町宮原)が、約8年ぶりに期間限定で上映会を行う。休館前は阿蘇郡唯一の映画館だった。2018年6月18日から6月24日まで、2016年4月の熊本地震前に県内で撮影された短編映画『うつくしいひと』をチャリティー上映する。*7

小国町中心部の宮原地区にはかつて約250席の「雄国館」があったが、1960年代後半に閉館。北村の父・弘義が同館の設備を賃借し、1970年代から不定期に映画興行を行ってきた。『砂の器』『スター・ウォーズ』などのヒット作を次々に上映したが、過疎化で観客が減少して賃借料の市は依頼が困難になったため、弘義は1983年に自宅を改装して小国シネ・ホールを開館し、不定期で上映を続けた。1994年頃に栄次朗が帰郷して手伝い、『もののけ姫』や『タイタニック』などを上映。町内外から入りきらないほどの客が訪れ、「雄国館」の建物でも臨時上映した。2002年頃には大規模改修。映画館用の固定椅子63席と音響設備。ワーナー・ブラザーズなどと契約し、常設館として最新作を毎日上映した。しかし熊本市近郊に相次いでシネコンが開業すると、客数が減少して2007年12月に休館。支配人の北村栄次朗50歳。2016年4月の熊本地震後、『うつくしいひと』を上映すると1週間で約350人が来館。以後は不定期で上映を再開し、2017年には『この世界の片隅に』、2018年6月には『blank13』を上映。町民数人が「小国シネマ倶楽部」を結成してチケット販売や宣伝用看板の製作を手伝っている。*8

鹿児島県

鹿児島市

旭シネマ
1977年2月、上町東映の経営者は西鹿児島駅周辺の平和通り(ベル通り)に西駅旭シネマを開館させた。西鹿児島駅周辺では久々の映画館だった。*9
鹿児島東映
1962年3月15日に東映会館が開館。鉄筋コンクリート造1790m2。地上3階・地下1階建。地下1階と1階が映画館。2階と3階はキャバレーエンパイア。2004年9月16日には閉館。東映九州最後の直営館だった。翌日の9月17日には西鹿児島駅前に鹿児島ミッテ10が開館している。
文化劇場/シネシティ文化
所在地 : 鹿児島市千日町5
開館年 : 1957年9月
閉館年 : 2006年6月5日
福岡県の有楽興行は鹿児島県に進出し、1957年9月に富士館を文化劇場と改称して鹿児島の拠点とした。1959年に劇場を新築し、鹿児島市の洋画館として初めて冷房設備を設置した。文化劇場・銀ザシネマ・銀座劇場の洋画上映館3館は提携して番組編成を行っており、文化劇場はその要となった。1988年9月には約10億円を投じた地上7階・地下1階のシネシティビルが千日町天文館通りに完成し、4スクリーンの複合映画館「シネシティ文化」が開館。厳密にはシネコンの定義には当てはまらない。1990年6月には5スクリーンに増やし、2003年12月には6スクリーンに増やした。2004年にミッテ10が開館したことなどが理由で、2006年6月5日から休館し、10月7日には営業再開の断念を決定した。*10
鹿児島東宝
所在地 : 鹿児島市千日町5
開館年 :
閉館年 : 2006年10月14日
1995年には東宝銀座が3スクリーンの鹿児島東宝に。鹿児島東宝は2004年10月14日をもって閉館。翌日には鹿児島市郊外にTOHOシネマズ与次郎が開館している。*11
松竹高島劇場/鹿児島松竹タカシマ
1987年4月25日に開館。2階がピカデリー、4階が松竹高島劇場。2000年8月には松竹高島劇場が3スクリーンの鹿児島松竹タカシマに。*12
鹿児島ミッテ10
2004年3月には九州新幹線の新八代駅=鹿児島中央駅間が開業。同年9月には鹿児島中央駅ビルに隣接して複合商業施設「アミュプラザ鹿児島」が開業し、6階にシネコン「鹿児島ミッテ10」が開館。10スクリーン計1922席。東映の子会社と有楽興行の合弁会社が運営。*13

鹿屋市

テアトル文化
1992年2月には鹿屋市のテアトル文化が閉館。鹿児島県内では鹿児島市以外にあった唯一の映画館だった。2000年8月には奄美市にシネマパニックが開館するまで、約8年間は鹿児島県内の映画館は鹿児島市のみという状態が続いた。*14
リナシアター
2007年4月に鹿屋市民交流センター「リナシティ」にリナシアターが開館。鹿屋市の指定管理施設。座席数68席。

奄美市

シネマパニック
2000年8月には奄美市にシネマパニックが開館。*15

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